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17. 両親との決別
しおりを挟む「……え、えっと? コレット……!?」
カイザルは突然私に抱きつかれて明らかに動揺していた。
「ど、どうした……んだ?」
「……」
「俺としては……その、夢の続きかと思うほど最高に幸せなんだが……えっと……コレットは……」
「……」
私は私で抱きついてみたはいいものの、うまく言葉が出てくれず単なる痴女と化していた。
(言いたいことがありすぎるのよ……)
ありがとう、ごめんなさい……カイザルに伝えなくてはいけない言葉は沢山あるけれど。
やっぱりこれを伝えなくちゃ始まらない。
「────全部、思い出したの」
「え? 思い……出した?」
私の発したその言葉にカイザルの身体がビクッと震えた。
そして声も震わせながら私に訊ねる。
「コ、コレット? 君、まさか……」
「……忘れててごめんね、カイザル」
「!」
更に身体を震わせたカイザルが、おそるおそる私に訊ねる。
「…………シ、シェイラ?」
「───うん」
「────!!」
私が頷いた瞬間、カイザルはすごい力で私のことを抱きしめた。
(……く、苦しい!)
カイザルは力加減というものを何処かに放り出したのか、ギュウギュウと抱きしめてくる。
「……っ!」
「カイザル?」
「…………っっ!」
そしてカイザルは、何か言いたそうにしているのだけどうまく言葉になってくれないみたいだった。
私はそっと自分の手をカイザルの背中に回して優しく背中を擦る。
“私はここにいるよ!”
そう伝えるために。
「待て! コレット…… ───お、思い出した、だと!?」
言葉を失っているカイザルとは逆に大きな反応を見せたのは、お父様だった。
盛大に顔をしかめながら私に訊ねる。
「コレット! お前……ほ、本当に七歳までの記憶……を」
「……」
私は無言で頷く。
「まさか……」
「……」
カイザルと肝心な話をする前にお父様ともきちんと向き合わなくてはと思い、私はカイザルからそっと離れる。
「……あっ」
私が離れた瞬間、カイザルが寂しそうな声を発したのは気のせいではないと思う。
「───お父様。あの日……行き場を失った私をこの歳まで育て養ってくださったこと感謝しています」
私は静かに頭を下げた。
「コレット……」
「お母さんが私を産んだすぐ後にあなたの元を訪ねて認知を求めた時は、門前払いをしたと聞きましたから、まさか引き取っていただけるとは夢にも思いませんでしたが」
「な! なぜ、それを……!」
「……」
お母さんはお酒に酔うといつだってその話を赤裸々に子どもの私の前でしていた。
その度に金にならない娘だと罵られた。
だからこそ、そんな厄介者をよく引き取ったなと思った。
(記憶が無かったから……なのかもしれないけれど)
空っぽの人間の中になら何でも入るだろうから。
───カイザルとシェイラのことを知ったディバイン伯爵家は、私のお母さんに連絡をした。
そこであったやり取りが、どんなものかは分からないけれど、お母さんは相当責められたのだと思う。
あの日、怒りがヒートアップしたお母さんは、道路に……馬車の前に私を突き飛ばした。
子どもだった私は、何が起きたのか分からないまま道路に転がり落ちた。
そして自分の目の前に迫ってくる馬車。
お母さんが半狂乱になって何かを叫んでいる光景と、目撃していた人たちによる悲鳴───
(……このまま死ぬのかもって思った)
幸い馬車は私を轢くことなく直前で止まったので、私に大きな怪我はなかった。けれど私はそのまま意識を失った。
そして、保護されていた私は目が覚めると、自分のことも……直前まで何があったのかも全てをきれいさっぱり忘れ去っていた。
そんな右も左も分からない私の元に現れたのが“お父さん”だった。
(記憶が混乱しているようだが君は私の娘だ。家に帰るぞ、コレット……そう言われたっけ)
記憶が無かったから何の違和感もなく私はすんなり受けいれて、ラフズラリ伯爵家へと帰った。
そうしてよく分からないまま“コレット”としての人生がスタートした。
「……私を引き取ったお父様の思惑がなんであれ、私はこうして会いたかった人と再会することが出来たので……それだけは、ありがとうございます」
そう言って、再び頭を下げた私にお父様がポツリと言った。
「コレット……では、ディバイン伯爵が私を呼んだのは……」
「───記憶喪失に関する件をコレットに話をする許可をあなたから頂きたかったからですよ」
カイザルが私の肩に腕を回して抱き寄せながらそう言った。
「コレット自身が全て思い出したので、もう許可は不要となりましたが」
「そうか……」
お父様は、それなら私はもうここに用はないと言って部屋から出て行こうとする。
そんなお父様の背中に私は一つ気になっていることを問いかけた。
「……お父様。お母さんは……あの人は今、どうしているのですか?」
「!」
私が最後に見た光景で覚えているのは、お母さんが半狂乱になっている所を取り押さえられているところだった。
「……子供を。自分の子供を殺しかけた罪で今も服役中だ」
「───そうですか」
(それなら、私は“お母さん”とはもう二度と会うことはないのでしょうね)
そう思った。
「では、帰る」
「ああ、ラフズラリ伯爵」
そう言って今度こそ帰ろうとしたお父様に向かって、今度はカイザルが呼びかけた。
「……何だ?」
「───あなたのお望みどおり、コレットが伯爵家に戻ることは二度とありませんので」
「……!」
「もう一度言います。離縁はしません。そこの所、お間違い無きよう……くれぐれもよろしくお願いしますね?」
「……ひっ!?」
そう口にしたカイザルは、笑顔だったけれど目の奥は全く笑っていなかった。
そのままお父様は顔を青くして逃げるように帰って行った。
「……」
「……」
そうして、部屋に残った私たち。
お互い何から話していいか分からず沈黙が流れていた。
(……離縁はしませんって、カイザルは二度もお父様に言ってくれたわ)
私の胸は高鳴り、そして何だか嬉しさと照れくさい気持ちが同時にやって来る。
「……」
「……」
「…………コレット、いや、シェイラ。本当に思い出した、んだな……?」
「うん」
私が微笑み返すとカイザルの顔がぐにゃっと歪んだ。
そんなカイザルの顔は今にも泣きそう出しそうな子どものようにも見えた。
すっかり大人になってしまったけれど、子供の頃のカイザルの姿が脳裏に浮かぶ。
(あの頃に戻ったみたい……)
「シェイラ……すまない。俺は約束を……君の誕生日を祝う約束を、守れ……ずに……」
「───いいの!」
私は首を横に振って謝罪を止めさせる。
何があったかは想像がつく。だって絶対にカイザルの意思じゃないもの。
「……約束、をした……君の誕生日の日、俺は───」
カイザルは私を抱きしめながらポツポツと語り出した。
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