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15. 目覚めない夫と、訪問者
しおりを挟む───本当にここが物語の世界なら、こういう時にこそ奇跡を起こしてよ!
そう祈って願ってカイザルの手を握り続けたけれど、カイザルが目を覚ます気配はない。
私は握っている手にもっとギュッと力を込める。
「そうだ、カイザル……覚えてる? 私、もうすぐ誕生日だよ?」
「……」
あなたはどんな風に私の誕生日をお祝いしようと思ってくれていた?
用意してくれていたプレゼントって何だった?
「あなたは昔も今も……私なんかのために……」
目を覚ましてくれないと「ありがとう」が届かない。
「あ……!」
ふと、窓の外に目を向けると、カイザルが用意してくれた庭がこの部屋の窓からはとてもよく見えることに気付いた。
(もしかして、部屋にいる時は作業をしている私を見守っていてくれたのかしら?)
そう思うと私はどれだけ自分が知らないだけで、ずっとカイザルに守られていたのだろうかと考えずにはいられない。
「ねぇ……シェイラが、花や植物が好きだと言ったのを覚えてくれていたの? それでいつか私をここに呼ぼうと……そのための場所を確保してくれていたの?」
「……」
「本当にあなたって人は……」
私の目からポタポタと涙が溢れる。
でも、今は泣いている場合ではない。泣くのはカイザルが目覚めてからよ。
そう思った私は涙を拭って顔を上げる。
「カイザル、あのね……」
そうして私はたくさんたくさんカイザルに話しかけた。
まるで、昔にシェイラに戻った時のような気持ちで。
そんな時だった。
「───すみません。あの、奥様……」
「どうかしたの?」
カイザルの部屋の扉の前で待機している使用人が困った様子で中に顔を出した。
「ご主人様に来客なのですが……」
「来客? 誰かと約束していたのかしら? でも旦那様はまだ目が覚めていないわ」
主人がこんな状態なので当然、対応することは出来ない。
訪問者には申し訳ないけれど、カイザルは会えないと伝えればいいはずなのに、何かを躊躇っている。
「その通りなのですが……実は、訪問者というのが……ですね」
「もしかして断りづらい相手なの?」
そうなると“伯爵夫人”である私が出ないといけない相手なのかもしれない、と思って立ち上がろうとしたその時。
訪問者のまさかの名前を聞いて私はピタッと動きを止めた。
「いえ。ラフズラリ伯爵がお見えなのです。どうも、ご主人様と会う約束をしていたそうです」
「ラフ……お、お父様……が?」
そう、まさかのお父様。
結婚以来特に連絡も取っていなかったのに、なぜ?
使用人が私のところにお伺いを立てに来た理由は分かった。
(だけど、なぜお父様が?)
理解すると同時にカイザルと会う約束だった、ということに、いったい二人は何の話をするつもりだったのかしら? という疑問を抱く。
(……それにしても、凄いタイミングだこと)
まさか私が全てを思い出したタイミングで訪ねてくるなんて。
これは偶然なのか必然なのか……
どんなに祈ってもカイザルの目は覚めないのに、こんな所だけは変な力を感じてしまう。
「……分かりました。私が応対します。応接間かしら?」
「はい。奥様、すみませんがよろしくお願いします」
「ええ……」
そう返事をしたものの気が重い。
記憶を思い出したばかりなので、正直、どんな顔で会えばいいのか……
私は小さくため息を吐いた。
「……カイザル。そういうわけだから、私……お父様のところに行ってくるわ」
「……」
私は最後にもう一回だけ強めにカイザルの手を握る。
「カイザル、戻ってくるまで待っていてね?」
「……」
「───ん?」
そう言って、私が手を離そうとしたその一瞬、カイザルの手が私の手をギュッと握り返したような気がした。
「え、今……カ、カイザル!?」
「……」
慌ててカイザルの様子を見たけれど、何も変わっておらず無反応のまま。
握り返されたと思ったのは、どうやら私の気のせいだったみたい。
「願望が強すぎたのかしら……それじゃあ、行ってくるわね」
「……」
そう言って私は今度こそ、その手を離した。
─────
「ご無沙汰しています、お父様」
「──コレットか?」
応接間に現れた私を見てお父様は眉をひそめた。
その表情は“なんでお前が来るんだ”と言っている。
「……夫が急用で応対出来ないため、私が代わりに来たのですが」
「お前がか?」
お父様はじとっとした目で私を見た。
その目は“お前なんかが夫の代わり? 笑わせるな”と言っている。
「私はカイザル殿と約束をしたんだ。お前じゃ話にならない」
「……そうですね……」
「急用だと? カイザル殿の方から私を呼び出しておいて……チッ」
(えっ! 今──……)
お父様のその言葉を聞いて驚いた。
カイザルの方からお父様を呼び出していた? 一体何のために───?
「はぁ……コレット。まさか……お前、カイザル殿との結婚生活、上手くいっていないのではないか?」
「え?」
その指摘にドキッとした。
上手くいっているいないで言えば、上手くいっていない……となる。
だって、私たちは初夜もしていない白い結婚だから───
「まさか、カイザル殿……お前と離縁するつもりで私を呼び出したのではあるまいな?」
「──え?」
「やはり、何の取り柄もないお前なんかには無理だったんだ……」
(お父様はいったい何を言って……?)
離縁? どうしてそんな話になるの?
「つまり───借金の肩代わりも無かったことにされてしまうのだろうか……畜生!」
「え? 本当に待って! お父様……勝手に話を……」
「他にカイザル殿が私を呼び出す理由が分からぬからな!」
「っ!」
お父様がじろりと私を睨む。そして、ポソッとした小さな声で言った
「もう少し役に立ってくれると思ったのに。お前にはがっかりだ……」
「──!」
「…………ったく、あの女の娘なら色仕掛けの一つや二つ……」
(今、あの女の娘と言った────……!!)
お父様は意外とあっさり口にしている。
もしかしなくても、私が鈍くて気がついていなかっただけで実家にいた時も実はチクチク言っていたのかもしれない。
「本当にお前は昔から物覚えは悪いし、役に立たないし、そそっかしいし…………はぁ」
そして、最後は大きなため息を吐かれた。
「───いいか、コレット! たとえ本当にカイザル殿に離縁されたとしても、もう二度と我が家には───」
もうこれ以上、お父様の話を聞くのは嫌だ。
とにかく今日はカイザルと会えないことを謝罪して帰ってもらおう──
「おとうさ……」
私が口を開きかけた時、後ろから声が聞こえて来た。
「────離縁? まさか! 俺はそんなこと……絶対にしませんよ?」
「……ん?」
(───え? この声……は)
「そんな話をするために、あなたを呼んだわけではありませんよ、ラフズラリ伯爵」
聞き覚えのあるその声に私は慌てて後ろを振り返った。
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