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14. 夫に聞きたい
しおりを挟む顔色の良くないメイドから話を聞いた私はガバッとベッドから起き上がる。
「え……お、奥様!?」
「……っっ! ─── 旦那様……いえ、カイザルは? 部屋にいるの?」
「あ、は、はい…………」
メイドはおそるおそるそう答えた。
「……分かったわ」
そう言って私はベッドから出る。
その様子を見たメイドが慌てて私を止めようとする。
「お、奥様……ダメです! 奥様だってお身体が……」
「平気です! ────だって!」
───私のことはカイザルが庇ってくれた、そう言ったじゃない!
それで、本当は階段から落下するはずだった私の代わりに彼が────……
(私の身体がどこも痛くないはずよ……庇われていたのだから!)
「奥様!」
「私はカイザルが目が覚めた時には近くに……誰よりも彼のそばに居たいの!」
「あ……」
「……」
私は静止するメイドの手を振り切ってカイザルの元に向かった。
──────……
カイザルと初めての誕生日の約束に浮かれていたシェイラは何も気付いていなかった。
いえ、正確には疑問を抱いたけれど、カイザルの“大丈夫”という言葉に甘えてそれ以上、考えないようにしてしまった。
跡継ぎの貴族令息が訪問中の街で何をやっているかは、当然、彼の両親たちには全部筒抜けだった。
それでも暫くは様子を見ていたのだと思う。だけど……
───これ以上はあの平民の娘を息子とは関わらせない。
彼の両親がそう決断したのは、皮肉にもお祝いをしてくれる約束をした“シェイラの誕生日の前日”だった。
そんなことを知らない私は、当日ウキウキした気持ちで待ち合わせ場所に向かって────
「……っ」
あの時に、待ちぼうけをして、すっぽかされた時の気持ちと、その後に起きたアレが結果として私を……私から過去の記憶を奪った。
そうして“シェイラ”という平民の娘は何処にもいなくなった。
(……どんなに探したところで見つかるはずがなかったのよ)
シェイラは私自身だったのだから!
それも、貴族ではなく平民の……
そんなことを考えているうちに、私はカイザルの部屋の前に到着した。
「え!? お、奥様……どうして……あ、あのご主人様ですが、今はまだ目が……」
私の姿を見て動揺しながらそう声をかけてきたのは、私が階段から落下する時にカイザル様と話をしていた使用人。
「ええ……私を庇って旦那様の方が頭と身体を大きく打ってしまって、目が覚めていないという話は聞きました」
「は、い……」
「お願い。どうしても旦那様の顔が見たいの。そばについていたいの」
「奥様……」
私は必死にそうお願いした。
そうして、私自身も無理をしないこと──を条件にカイザルの部屋への入室が許された。
「……カイザル」
「……」
カイザルの眠るベッドに近付きながら、静かに声をかける。
当然、反応は無い。
(まぁ、無口な人だからいつも通りのような気がするけれど)
そんなことを思いながらベッドの脇の椅子に腰かける。
そして私はもう一度話しかけた。
「カイザル、私、全部思い出したわ」
「……」
「あなたが今は話すのが難しい……私にそう言ったのはコレット……私が昔の記憶を失くしていることを知っていたからなのね?」
「……」
あの日、約束の誕生日。カイザルは来なかった。
何があったかは想像がつくけれど、私と違って記憶を失っていない彼は“その後のコレットとなった私”を調べていたのだと思う。
カイザルがどのタイミングで私がシェイラの記憶を失っていると気付いたかは、話を聞かないと分からないけれど、無理やり思い出させようとせず、見守ってくれていたのだと分かる。
「私、あなたにたくさん聞きたいことがあるの」
「……」
カイザルが反応する様子はない。それでも、と私は続ける。
やっぱり気になるのは……
「───なんで、そんなに無口になっちゃったの?」
「……」
「あなた、昔はあんなにもペラペラ喋っていたじゃない……」
少年が青年へと成長……年月が経てば人は変わるもの……
とは分かっているけれど、カイザルに関しては随分と変わったような気がした。
「───それから。あなたは知っていたの? コレットになった私が伯爵家に引き取られてからもあまり良い扱いを受けていなかったこと」
「……」
パパ───お父様は、あの日。記憶と行き場を失くした私を仕方なく引き取ることにした。
伯爵家に引き取られた誕生日の日の夜、私はケーキにばかり夢中になって、新しい家族となった彼らがどんな目で私を見ていたかなんて気付きもしなかった。
(でも、これで家族からずっとよそよそしさを感じていた理由がようやく分かったわ)
「……記憶がないところに無理やり貴族のマナーや知識を叩き込んで、ゆくゆくは政略結婚でどこかの家に嫁がせる……」
厄介者だけど、そうするためだけにお父様は娘である私を引き取る選択をしたのだろう。
「ねぇ、カイザル……私、嫁いできてから実は不思議だったの。どうしてディバイン伯爵家の前当主夫妻の姿が無いのかなって」
カイザルが伯爵位を継いだのは何も前当主が亡くなったからではない。
二人はきちんと存命で領地にいると説明された。ただ、カイザルが親しく連絡をとっている様子はこれまで見られなかった。
よく考えればまだ引退するほどの歳でもないはずの前当主夫妻。一方、カイザルはまだ若いのにディバイン伯爵を継いだ──
「……自意識過剰かもしれないけど、それって私のため?」
「……」
「あなた、いつかお父さんとお母さんより強くなったら……って言っていたわよね」
「……」
「ねぇ! カイザル……」
怪我をしているはずなので強くは握らないように気をつけて私はそっとカイザルの手を取る。
「あなたの……この手、好きだったわ」
「……」
私ね? たくさん話がしたいことがあるのよ。
そしてあなたの話もたくさん聞きたい。
「……そういえば」
この今の状況は、あの小説のストーリーどおりなのかしら?
実はあの話の裏にはこんな話が用意されていた……?
「……」
そこまで考えて私は首を横に振る。
もう、そんなことはどうでもいい。だってここはどうせ、もともと結末を知らない物語の世界。
私もカイザルも……多分シェイラも物語の登場人物かもしれないけれど、生きているのは“現実”だ。
「カイザル……私、これからはちゃんと目の前のあなたを見るから……だから、お願い……」
────目を覚まして!
私は心の底からそう強く願った。
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