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13. 失った記憶 ①
しおりを挟むシェイラ……
───どうして、私に向かって“シェイラ”と呼ぶの?
こんな時まであなたは私を他の女性と重ねるの─────?
そんな悲しい気持ちになりながらも、私もカイザル様に向かって手を伸ばした。
───────
───……
『──おい、お前! そんな所で一人で何をやっているんだ?』
『……え?』
いつものように、お店の前でママのお仕事が終わるのを待っていたら、突然男の子に話しかけられた。
年齢は私よりは少し上かな、と思った。
随分と身なりと育ちが良さそうな、いかにもお坊ちゃんといった感じ。
お忍びでウロウロしているどこかの貴族の子どもなのかも、と密かに思う。
(いいなぁ……私とは大違い……)
『お前はここ……そこの店がどういう店なのか分かっているのか?』
『……』
『子どもが来るような場所ではないんだぞ!』
どうやら男の子は私のことを心配しているみたいだった。
(こんな私を心配? 変な人……)
『しっているわ。でも、私はここで待つしか出来ないんだもん』
『待つ……?』
私がそう答えたら、男の子はどこか不思議そうな表情になる。
『私のママがこのお店で、はたらいているの』
『え?』
『だから、おしごとが終わるまで私は待つしか出来ないの』
『あ……』
男の子は動揺しているみたいだった。
『すまない……』
そして、そう謝ると、男の子は私の隣に腰を下ろした。
(え……)
私はギョッとする。
こんなキレイな身なりの男の子が私なんかの隣に座っちゃったわ!
キレイな服が汚れちゃうのに。怒られないのかしら?
『どうして家で待たないんだ? 何も店の前で待たなくても……』
男の子はどこか心配そうな表情を浮かべて私に言った。
初対面の見ず知らずの私を心配するなんてやっぱり変な人、と思った。
『前はね、ひとりでお家でまっていたの』
『そうなのか?』
『でもね? どうしてもお腹がすいちゃって、ごはんが食べたくなったからキッチンに行ったらお鍋をひっくり返しちゃって…………ん?』
『……』
そこまで話したら男の子が青ざめてる。
もしかしたら、痛い話とか苦手なのかも。
『他にもね? 包丁を持ち出したら手が滑っちゃって指をザクッと……』
『うわぁぁぁ、やめろ、やめてくれ、聞いているだけの俺が痛い!!』
『……ぷっ』
そう叫ぶ男の子の様子がおかしくて思わず笑ってしまった。
すると、男の子がじとっとした目で私を見る。
『……お前、今俺のことバカにしたな?』
『してない』
『いや、しただろう? 笑ったはずだ。聞こえた!』
『笑ってない』
『嘘だ! 俺は聞いたぞ!!』
男の子はしつこかった。
なので私はツンっと顔を背けて言った。
『ママが言うには、しつこい男の人は嫌われるんですって』
『な、なに!?』
『あと、口うるさい人も』
『……!』
男の子は大きくショックを受けている。
『い、今はちょっと……く、口うるさくしてしまったが、ふ、普段はどちらかと言うと俺は無口で……』
『ふーん』
あんまり説得力のない言葉だなぁと思った。
『あ! でも、前にママも言っていたわ』
『また、ママか? 今度は何だ?』
『男の人は少し無口で……えっと、み、みすてりあす? な人のほうがカッコイイのよね、って』
『みすてりあす?』
男の子が首を傾げた。
実のところ私もよく分かっていない。ただ、ママはよくそう言っていた。
『よく分からないが、男は無口な方がカッコイイ……というわけか』
『そうみたい』
『ふーん……』
男の子は「そうか……」と呟いた。
『えっと、それで話を戻すけど、お鍋をひっくり返したり、血だらけになった私をママは一人でお家には置いておけないって』
『それで子供を仕事場に? だとしてもこんな所で一人でいたら……』
慌てる男の子に向かって私はクスッと笑う。
他人のことだから、気にしなくてもいいのに。
『こんな見るからに貧乏そうな、しょーふの娘を誘拐しても得にはならないから平気でしょ! ってママは言ってたわ』
『なっ……! き、君の母親は何を言っているんだ!』
その反応を見てやっぱりママの言っていた言葉は普通じゃなかったのね……と思った。
『んー、それにママはね、私がじゃまなんだと思うの』
『えっ!?』
男の子が驚く。
やっぱりこの言葉も普通じゃなかったみたい。
『お酒を飲むとね、ママはよく言うのよ、“こんなはずじゃなかった”って。私を産んだらお金をもらえると思ってたのに失敗したって』
『お金……? 失敗した?』
『そう。だからお金になれなかった私はじゃまなのかなーって』
男の子は何でだ? そんな表情になった。
『ママには内緒よって言われたんだけど、私のパパ? は、この街で一番偉い人なんだって』
『え? この街で一番偉い……人? それってラフズラリ伯……』
さぁっと男の子の顔色が変わる。
そうだった! 男の子はどこかの貴族の子供なのかもしれなかった。
もしかしたら、パパの知り合いかも!
(……でも、もう遅いよね。言っちゃった……)
『喋りすぎちゃった! ママに怒られちゃう。 だから内緒にしてね?』
『……』
コクコクと男の子は無言で頷いてくれた。
それからも私たちはお互いの色んな話をした。
と、言っても私の話が珍しいのか私ばっかり喋っていたけど!
そこでよくよく話を聞いてみると男の子はこの街の子ではないらしい。
何か用があって短い間だけ、ここにいるのだと教えてくれた。
『んー、それじゃ、またあなたとお話出来る?』
『出来る』
『本当に? 嬉しい! 初めてのお友達だわ』
『え? は、初めて……なのか?』
その言葉が嬉しくて私は笑顔を浮かべる。
これまでお友達なんて出来たことがなかったから嬉しかった。
『……そうだ。君の名前は?』
『名前?』
男の子にそう訊ねられて「え?」と思った。
彼は頬を赤く染め、少し照れながらぶっきらぼうに私に言った。
『と、友達なら名前で呼び合うのが普通だろ? だから、君の名前は?』
『……』
(名前……)
『俺の名はカイザルと言う』
『カイザル……』
『それで、君は?』
カイザルが私に向かってそう訊ねるけど、私は困ってしまった。
『な、まえ……私の名前…………』
『うん』
『えっと…………』
(なんて伝えたらいい? でも正直に言うしかないよね?)
『な、無いの……』
『は?』
『…………ある、のかもしれないけど、呼ばれたことがないから……知らない、の』
『呼ばれたことが……ない?』
カイザルの表情で分かる。これはやっぱりおかしいんだって。
でもママは一度だって私に向かって名前を呼んだことが無いんだもん。
『……』
『……』
『…………それなら、君はなんて呼ばれたい?』
『え?』
カイザルのその言葉に驚いた。
なんて呼ばれたい?
まさか、そんなこと聞かれるなんて。
『名前が無いと不便は不便だからな。俺たちの間だけのものでもいいから君に名前を付けたい』
『カイザル……』
『なんて呼ばれたい?』
その時、ふと私の頭の中に浮かんだのは、物心がついた時からチラチラと頭の中に浮かぶ誰かの名前……
それは────
『……セイラ』
ポツリと小さな声で私は言った。
だけど、どうやら声が小さすぎたみたいでカイザルはこう言った。
『───シェイラ?』
『え?』
『よし、分かった! 君はシェイラだ!』
『シェ……』
『シェイラ!』
ちょっと違うけどカイザルが嬉しそうな顔でそう繰り返すので、もうそれでいいやと思った。
(嬉しい! 誰かに名前で呼ばれるの初めて……!)
『シェイラ!』
『はい!』
嬉しくて嬉しくて私は満面の笑みでカイザルに返事をした。
────
カイザル・ディバイン、十歳。
後に“コレット”と呼ばれることになるが、この時は本当の自分の名前を知らなかった少女、シェイラ、七歳。
こうしてこの日、偶然二人は出会った。
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