12 / 24
12. すれ違う心
しおりを挟む「……」
「……」
(えっと……)
カイザル様の寝室で、看病をしていたはずの私。
だけど、うっかり余計な口を滑らせてしまったことで一気に部屋の中は気まずい空気へと変わってしまった。
「コレットがお飾りの妻……ちょうど良かった……?」
「……」
この世の終わりみたいな顔をしたカイザル様が、呆然とした表情で呟く。
熱のせいであんなに真っ赤だった顔が今は青ざめている。
(やってしまった……)
いつかハッキリさせなくてはいけない話だったとしても、それは今じゃなかった。
少なくとも“シェイラ”に関する情報は集めておきたかったし、何よりも今、カイザル様は具合が悪いのに。
「ケホケホッ……コレット。もしか、して君は俺と結婚してから、ずっとそう思って……来たのか?」
「……っ」
私は答えに詰まる。すると、カイザル様が悲しそうな表情になった。
「そ、れは俺が……口下手だからか?」
「え? く、口下手? 確かに口下手ですが……そ、それが理由では……ありません」
「……」
否定はしたけれど、カイザル様の表情に生気は戻らない。
「……コレット」
「は、はい」
「もしかして俺は熱にうなされている時、ケホッ……君に何か言ったか?」
「───!」
私は咄嗟に答えられずに目を逸らす。
カイザル様はそんな私の様子だけで察したのか「……言ったんだな」と口にすると下を向いた。
「……すまない」
「え?」
「ちゃんと説明をしたい、のだが……ちょっと今はまだ話す、のは……難しい」
「難しい、のですか?」
「……」
カイザル様は静かに頷く。
そして小さな声でポツリと言った。
「まだ、コレットが…………から」
(──私?)
「カイザル様? 今なんて?」
「いや……」
聞きたいことはたくさんある。
でも、何故かは分からないけれど、確かに今は聞いてはいけない……そんな気がした。
「カイザル様……」
「コレットありがとう。ケホッ、そしてすまない……もう食事は一人で食べられる。薬もちゃんと飲む。だから……」
カイザル様が何を言いたいかは分かった。
今は一人にしてくれ。そう言っている。
「───分かりました」
私は椅子から立ち上がり部屋から出て行こうと扉に向かう。
「……コレット」
だけど部屋を出る寸前に声をかけられたので振り返った。
「はい?」
「きっと君は信じられない、と言う、だろうが……俺は君を“お飾りの妻”だと思ったことは一度も無い」
「え?」
カイザル様の発したその言葉があまりにも意外だったので私は一瞬その場で動けなくなる。
「……今、言えるのはそれだけだ……」
「……」
それなら“シェイラ”は? 彼女はなんなの?
そう言いたかったけれど、文句を言うならしっかりカイザル様が元気になってからにすべきだと思い直す。
こんな体調の時に感情論で言い合いしてもいいことなんかない。
だから、私は「そうですか……」とだけ答えてカイザル様の部屋を出た。
カイザル様の前では何とか平静を装ったけれど、部屋に戻り一人になった私は大人しくしていられない。
───お飾りの妻じゃないですって?
確かに、現実では一度もそんなこと言われていないからその通りなのだけれども!
それでも、カイザル様には夢現の中で私に向かって“シェイラ”と間違って呼びかけるほどの特別な女性がいることは事実。
(もう! 彼女はどこの誰なの!?)
シとラしか手がかりが無かった時とは違って今度は名前が分かった。
調べて辿っていけばどこの令嬢なのかくらいはハッキリするはず────
元気になった後、カイザル様を問い詰めるためにシェイラが何者かハッキリさせるわ!
(カイザル様と話すのはシェイラを調べてからね)
そういうわけで、私は“シェイラ”について調べることにした。
────しかし。
屋敷の者たちはカイザル様の味方なのだろう。
“シェイラ”について訊ねると知っていそうな様子を見せるけれど、皆、これ以上は勘弁してくれと言ってそそくさと逃げてしまう。
仕方がないので独自で調べることにした。けれど……
「全然、当てはまる人がいないってどういうこと……?」
あれから、どんなに調べてみても“シェイラ”という名前を持ち、カイザル様と付き合いがありそうな世代の近い令嬢が現れない。
シェイラという名の女性がいないわけではない。
だけど、赤ちゃん、幼女……マダム……
(なぜ……?)
「いったい“シェイラ”はどこにいるの……?」
ここまで貴族令嬢を調べているのに、それらしき人物が浮かび上がってこないのだとすると、他に考えられるのは……
「まさか、平民?」
身分差があることは予想していたけれど、まさか相手が平民だとは思わなかった。
そうなるとはっきり言ってもうお手上げ状態。
だけど、もし“シェイラ”が平民なら結婚出来ない事情も分かる。
そしてカイザル様の社交界で恋の噂を聞かなかった理由も納得出来る。
だって相手が社交界にいないんだもの。
シーデラ嬢が裏で邪魔していた可能性はあるけれど、私は平民の可能性を推す。
「そうなると……」
シェイラが平民の女性と仮定するとして、残りの問題は彼女が今も生きているのかどうか。
それはかなり気になる所だった。
(カイザル様が約束を破ったらしい誕生日とは何歳頃の誕生日の話だったのかしら……)
「駄目ね。これ以上はお手上げ……────カイザル様から話を聞くしかないみたい。でも……」
すっかり元気になったカイザル様は、あれから私と話すことを避けている節がある。
朝食や夕食の席には現れてくれるけれど、ずっと私の顔色を気にしている。
その様子を思い出すだけで怒りがふつふつと湧いてくる。
「そんなに気まずいなら、小説みたいに“仕事が忙しい”と嘘でもついて私を放置すればいいのに! なんでしないのよ! 律儀にしっかり現れるだけ現れて! あなたがそんなだから…………」
(───嫌いになれない)
小説の中のカイザル様なら嫌いになれる自信があるのに。
「中途半端に優しくして妻扱いなんかしないでよ……!」
私は部屋で一人虚しくカイザル様の文句を言い続けた。
そして……
「ああ……もう駄目。我慢出来ない。文句を言いに行ってやる!」
私はそう決めてカイザル様の部屋に向かうことにした。
「コレットは?」
「お部屋にいらっしゃるかと思いますが?」
(ん? 私の名前……?)
カイザル様の部屋に向かおうと階段を上っていたら、ちょうど上の方からカイザル様の声が聞こえて来た。
どうやら使用人と話している。
「ご主人様、どうされるのですか?」
「どうするも何も、コレットは…………まだ……」
「───ですが、奥様は我々使用人にも“シェイラ様について”訊ねて回っていました。我々も、もう隠しては置けません!」
「だが……」
(こ、これは。もしかして、シェイラの話をしている?)
話の内容が気になってそちらに気持ちがいってしまっていた私はすっかり忘れてしまっていた。
───ここが階段の途中であることを。
「ん? コレット? 階段の途中で何をしている?」
「……あ! えっと……」
そして、私はあっさりカイザル様に見つかってしまった。
だけど、気まずくてなんと答えようかと目を逸らした瞬間、私は足を踏み外してしまう。
「っっ!」
フワッと自分の身体が浮いた瞬間、結婚式の日の夜のことを思い出した。
(や、これ…………あの時と同じ────また私、落ちる────……)
「────シェイラ!!!!」
(…………え? なん、で……?)
再び階段から落ちて行くその瞬間。
驚きと泣きそうな顔で必死に私に手を伸ばしていたカイザル様は、確かに私に向かってそう呼んだ。
135
お気に入りに追加
4,308
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる