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11. 人違いです!
しおりを挟む「シェイラ……?」
どう聞いても、シで始まってラで終わる名前だった。
従姉妹のシーデラ嬢がカイザル様の好きな人ではなかったなら、もしかして今度こそ!? と思った。
だけど……
(どうしてかしら? 重要な手がかりのはずなのに素直に喜べない)
あと、何故かは分からないけれど妙に私の胸に残る“シェイラ”という名前。
自分の名前ではないし、似ても似つかないのに何故か胸に残る。
(……前世の名前に似ているから?)
「……ラ……お、俺は」
「───カイザル様?」
「き、君を…………ごめっ……ゲホゲホ」
「カイザル様!」
苦しそうにしながらも“シェイラ”に謝ろうとするカイザル様。
私は思わずカイザル様の手を取った。
「……え? シェ…………ラ? あぁ、そこ、にいたのか……ケホッ」
「!」
熱にうなされているのか、薄目を開けたカイザル様が手を取った私を見ながらそう言った。
まさかの人間違いにとっさに反応出来ずにいたら、カイザル様は再び謝罪を始めた。
「すまな……約束……守、れなくて……行けな……た」
「え? あの、カイザル様? あなた本当に何を言っているのです?」
「た……誕、生日……俺…………した、のに」
「……誕生日?」
人違い、これは完全に人違いよ、カイザル様!
そう訴えたいけれど、ここまで朦朧としている彼に伝わる気がしない。
(いったい何をそこまで懺悔しているのかしら?)
約束? 何か約束したのに守れなかった?
誕生日とも言っていたから誕生日に二人はなにか約束をしていた?
もしかして、カイザル様はそのことをずっと引きずっているの?
「俺は、ずっと君に謝……」
(──きっと、“シェイラ”がカイザル様の想い人に間違いないわ)
「カイザル様、分かったから落ち着いて下さい、ね? 私はコレットですよ?」
「コ……レ……?」
意外にもカイザル様は私の名前にも反応を見せた。
「そ…………やっと……会え……ケホッ、ケホケホッ」
「え?」
今なんて言った?
そう思った時、カイザル様の部屋の扉がノックされる。
医者……おじいちゃん先生に違いない。
「カイザル様! おじいちゃん……じゃなかった、お医者様いらっしゃいましたよ!」
「ケホッ……う、医者…………怖い……」
「怖い?」
子供みたいなことを言い出したわね、と思っていたら、更に……
「苦い…………嫌い……」
「あ、やっぱり風邪の場合も苦い薬なんですね」
おじいちゃん先生は子供の頃から、カイザル様を診ているようなことを言っていた。だから、これまでも風邪を引く度に苦い薬を処方されていたのかもしれない。
ちなみに、痛み止めもかなり苦いので出される薬は全て苦い説が出来た。
「なるほど……医者を呼ばないでくれ! は、こういう理由だったのね……」
「……」
「カイザル様。お気持ちはわかりますけど、駄目ですよ。ちゃんと診察を受けて薬は飲まないと!」
「うぅ……」
眉を寄せてどこか嫌そうに唸るカイザル様を見て、こんな時なのにクスッと笑ってしまう。
本当に大きな子供みたいだわ……そう思った。
「───おや、夫人? 姿が見えないと思ったらここにおりましたか?」
「先生!」
おじいちゃん先生の登場に私は振り返る。
「すみません、勝手にお邪魔していました」
「それは構わぬが…………おや? 口元のそれは」
先生が私のハンカチで覆った鼻と口元を見ながら訊ねてくる。
「あ、これは……風邪が移らないように、と思いまして……」
前世のマスクの応用です!
とはさすがに言えないのでそう伝えたら、おじいちゃん先生はフォッフォッフォと笑いだした。
「あの……?」
「そうか、夫人は伯爵殿からそれを聞いておったのじゃな?」
「は、はい?」
カイザル様から聞いていた? 何の話?
私が内心で首を傾げていると、おじいちゃん先生はカイザル様の方をチラッと見ながら言った。
「伯爵殿も子供の頃から風邪を引くと他の者に移すのは嫌だ、そう言っておってな。いつもそうしておったのじゃ」
「……!」
私は驚いた。
もちろん私がハンカチでマスク代わりにしたのは、カイザル様から聞いたわけではなく、前世の知識による──
(どういうこと……?)
「それでは診察するかのう……ほら、伯爵殿、口を開けるのじゃ」
「……ケホッ……くっ、いや、だ!」
「相変わらずだのう……フォッフォッフォ」
子供みたいにごねるカイザル様とおじいちゃん先生の攻防が始まった。
その光景をぼんやり見ながら、私は混乱する頭を整理しようとする。
カイザル様の好きな人はきっと“シェイラ”
二人の間には何かが起きて、誕生日の約束とやらを守れず、きっとそこから二人はずっと会っていない。
そこまで考えてふと思った。
(相手が病弱である可能性は考えていたけれど……)
その人が今も存命なのかは考えていなかったわ────と。
(もしかして、離縁は再婚するためではなく、彼女に操を立てる的な意味なのでは……)
もし、本当にそうならこの世界の物語はドロ泥の浮気・不倫の物語ではなく、ただの一途な純愛路線の物語に……
「……」
改めてこの世界の物語の結末を知らないことを私は大きく悔やんだ。
「……」
「───さぁ、カイザル様。そろそろ観念して口を開けたらどうです?」
「……」
「何かお腹に入れませんとお薬も飲めません」
「……」
カイザル様の表情が、全力で飲みたくないと言っている。
気持ちは分かるけれど、はい、そうですか。という訳にもいかない。
結局、診察の結果は風邪だった。
なので、おじいちゃん先生はカイザル様のためにと苦い薬を置いて帰られた。
そうして今、私はカイザル様にご飯を食べさせ、薬まで飲ませるという大役を仰せつかった。
身体が怠そうなので、あーんで食事を口元に運んでいるのに、カイザル様は何故かガチガチに固まってしまって全然口を開けてくれない。
(口を開けてくれないと進まないのに!)
顔だってまだまだ真っ赤だ。
いくら薬を飲むのが嫌でも早く治ってもらうためにもここは負けられない。
「な、なんで……」
「はい?」
「な、なんで……俺の食事の世話……が君、なんだ……コレット」
今度はちゃんと私を“コレット”と認識しているようね、とホッとする。
「妻だからです」
「……つま」
私の返しに小さな声で呟くカイザル様。
そうです。残念ながら私はあなたの妻なのですよ、一応。
「嫌われているかもしれませんが、妻です」
「……きら、い?」
「ええ。たまたまちょうど良かった、という理由だけで選ばれたお飾りの妻…………って、あ!」
「───え?」
私はつい口を滑らせてしまう。
そして、大きく慌てた。だってそのセリフは現実ではまだ言われていない。
「……あ、ああああの、カイザル、様……わ、私……」
「コレット……」
(──!?)
おそるおそる顔を上げて見たカイザル様の顔は絶望……いいえ、まるでこの世の終わりを迎えたかのように真っ青だった。
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