【完結】どうやら転生先は、いずれ離縁される“予定”のお飾り妻のようです

Rohdea

文字の大きさ
上 下
10 / 24

10. 調子が狂う

しおりを挟む


「ふむ。これは、また……伯爵殿が血相を変えた様子で呼び出したのはこれのせいですな?」

 カイザル様に呼び出されて慌ててやって来たおじいちゃん先生が、私の腕を見てそう言った。

「随分と強く掴まれたようじゃのう。これまた爪の跡までしっかりと残っておる」
「……そうですね。かなり強く掴まれました」

 私がそう言うと、先生は扉の方に視線を向けるとポツリと小さな声で「これは伯爵殿が見たら大変なことになりそうですな」と言った。
 カイザル様は診察の間は扉の外で待っているので、そちらに視線を向けたのだと思う。

「大変?  どういうことですか?」
「夫人……」

 私が聞き返すと先生は苦笑するだけで、その続きは言ってくれなかった。




「───どうだった?」

 診察を終えて先生を見送ったあと、カイザル様がまだ怒り冷めやらぬ表情のまま私に訊ねて来た。
 まだ、怒っているらしい。

「診察の間にシーデラは追い出した」
「そ、そうですか。ですけど、シーデラ様は大人しく帰られたのですか?」
「……帰らせた」

(これは、私を安心させるために言ってくれている……のかしら?)

 本当にどうにもこうにも調子が狂う。

 他に好きな人がいるから、お飾りの妻を娶ったはずのカイザル様。
 愛せない女とは顔を合わせるのも嫌で仕事を言い訳にして放置するはずのカイザル様。

(そんな冷たいはずの彼は、どこに行ってしまったのかしら)

 今、目の前にいるのは、普通に怪我をした妻を心配する夫(ただし無口)にしか見えない。
 そして、カイザル様がお飾り妻の私と離縁してまで手に入れたいほど好きなはずの女性はどこにいるの───?


「……怪我ですが、少し痕は残っていますが数日で良くなるそうです」
「そうか」
「ご心配をおかけしました。それから、助けてくれてありがとうございました」
「……」

 私が頭を下げてお礼を伝えると、カイザル様は小さく頷く。
 だけど、なぜかその後は悲しそうな目をして私を見ていた。


◇◇◇


「なんていい天気なの……絶好の庭いじり日和だわ!」
「奥様、本当に庭をいじるのがお好きなのですね」

 付き添いのメイドに聞かれて私は満面の笑みで頷く。

「ええ!  それに今日は久しぶりだし。やっとなのよ!」
「ご主人様、なかなか許可出しませんでしたからね」

 そう。カイザル様はやっぱり過保護だった。
 シーデラ嬢の襲撃後、傷痕が消えるまではと庭いじり禁止を言い渡されてしまっていた。
 けれど、ようやく本日許可が降りたので早速、庭にやって来た。
 これまでも、時間が出来ると庭に入り浸っていた私。
 ようやくそんな生活の再開だ。

(だけど……まさか、ここまで自由にさせてくれるとは思わなかったわ)

 カイザル様は私に女主人の役割をそこまで強く求めてこない。本当に“妻”が必要な時だけお声がかかる。
 所詮、お飾り妻でしかない私にそこまで家のことに首を突っ込まれたら後々、離縁しにくくなるからだと私は思っている。
 なので、私の伯爵夫人生活は想像以上にのびのびとしたものだった。

「何か好きになられたきっかけとかあるのですか?」
「きっかけ?」
「お花や植物を好きな女性は多いですが、育てるとなるとそこまでは多くありませんから」
「あー……そうね、普通は希望を伝えて庭師に任せるわよね」

 メイドに訊ねられた私はそう答えながら考える。
 私が庭いじりを好きになったきっかけね……きっかけ……きっ……

「……」
「奥様?」

 私が動きを止めてしまったからか、メイドが心配そうな顔を向けてくる。
 ハッとした私は慌てて首を振った。

「何でもないわ、大丈夫よ」
「そうですか?」
「ええ、でも具体的なきっかけは覚えていないの。でも物心ついた時から好きだった、わ」
「そうでしたか」

 メイドは安心したように微笑んでくれた。
 けれど、私には引っかかる事があり、曖昧な笑顔を浮かべることしか出来なかった。



 お喋りを終えて庭いじりの作業に戻り、種を植えながら考える。

「……」

(……駄目。やっぱり私、おかしいわ)

 ───どうして?
 どうして私はある時を境にして、パッタリとの───?

(やっぱり頭を打ったことが原因なのかしら?)

 目が覚めて前世を思い出した時は、一瞬だけ前世の記憶に頭の中が支配されてしまった。
 その時に忘れてしまった?
 でも、その後にすぐ今のコレットの記憶が流れ込んで来たのに……

 八歳の誕生日を迎えた所からの記憶しかないのは何故なのかしら?
 誕生日当日、伯爵家の食卓で目の前に用意されたケーキを前にして嬉しそうに笑っていた自分。
 そのことは鮮明に覚えているのに。
  
(それより前のことを思い出そうとすると記憶にモヤがかかったみたいになる……)

「まぁ……子供の頃のこと思い出せないからって、特別不都合があるわけじゃないから気にすることもないのかもしれないけど」
「──奥様?  何か仰いましたか?」
「あ、いいえ。ただの独り言よ」

(そうよ……そこまで気にすることじゃない……多分)
   
 私は笑って誤魔化して残りの作業に集中することにした。


◇◇◇


 それから数日後のことだった。

「───え?  カイザ……旦那様が熱を出した?」
「はい」

 結婚後、共に無言の食事を摂る時間を一日たりとも欠かさなかったカイザル様が、その日の朝食の席に現れなかった。
 まさか、これは遂にその時が?
 と、思って覚悟していたら、実態は全然違っていた。
 なんと、カイザル様は朝から高熱が出ていて寝込んでいるのだという。

「だ、大丈夫なの!?」

 これはさすがに心配だ。

「ご主人様はこんなのはただの風邪だ、心配いらない、医者も要らないと言い張っておられますが……」
「何を!  旦那様はお医者様ではないのだから、診断なんか出来ないでしょうに!」

 もしかして医者嫌いなのかしら?
 全く!  自分に何かあったらどうする気なの!
 カイザル様はいくら新米といえども伯爵家の当主の自覚が欠けてるわ!

 私は医者を呼ぶように言いつけてから立ち上がる。

「──旦那様の部屋に行きます」
「え!  奥様……ですが、ご主人様は奥様に移したくないから、決して近付けさせるな、と……」
「また、そうやって過保護ですか!  私はそんなに弱くありません!」

(言いつけを破ったなーーって怒られても構わないわ)

 たとえ、本当にただの風邪だったとしても拗らせるとどうなってしまうかは分からない。
 それに、病気の時は心も寂しくなって人恋しくなるものだから。



「失礼します───カイザル様?  起きていらっしゃいます?」

 カイザル様の部屋の前に着いた私は、軽くノックをして声をかけてみる。
 返事が無かったのでそっと扉を開けて室内を覗く。

(暗い……寝室は向こうの扉……よね?)

 ここまでつい勢いで来てしまったけれど、少しだけ怯む。
 寝室……婚約者だったらこれ以上進むのは躊躇うところ。
 でも、真っ白だけど私たちは一応夫婦なのだということを思い出して、私は寝室の扉をそっと開けた。


 ゲホゲホ……ゴホッ

 ベッドのある方向から苦しそうな咳が聞こえてくる。

(これは……思っていたより酷いかも)

 マスクの代わりにとハンカチで口を覆ってから、私はそっとカイザル様に近付く。

「カイザル様……」
「……くっ……ケホッ……」
「え、熱っ!」

 額にそっと手を触れるととんでもなく熱かったので、医者を呼ぶように言っておいて良かったと心から思った。

「全く!  私の心配ばかりしているからよ!」
「……ケホッ」
「おじいちゃん先生の薬は苦いわよ~」

(……せめて先生が来るまではここに……)

 そんな気持ちでカイザル様を見守っていたら突然、どこか辛そうにうなされ始めた。

「うっ……!」
「カイザル様!?」
「……めん…………ラ」
「え?」

 熱にうなされているせい?  これは誰かに謝っている?

「ご、めん………………シェイラ」
「……シェイ、ラ?」

 また新たな女性の名前が……今度はカイザル様の口から直接漏れた。

しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。 婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。 そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。 しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。 一体何があったのかというと、それは…… これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。 *本編は8話+番外編を載せる予定です。 *小説家になろうに同時掲載しております。 *なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——?

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...