【完結】どうやら転生先は、いずれ離縁される“予定”のお飾り妻のようです

Rohdea

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8. 夫の好きな人?

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「おい!  大丈夫か!」

 突然、ケホケホとむせてしまった私にカイザル様が椅子から立ち上がって駆け寄って来た。
 そして、労わるように背中をさすってくれる。
 思いの外、その手が優しくて驚いた。

「だ、だいじょうぶ……です……ケホッ」
「……」

 またすぐに無言になってしまったけれど、かれこれもう一ヶ月の無言の付き合いをして来たカイザル様と私。
 カイザル様が何を思っているのかはだいたい分かるようになった。

「…………君はそそっかしい」
「ケホッ……そうですね。昔……子供の頃から父にもよく……」

 ───言われていまして。
 そう言いかけて私の思考が一瞬止まる。

(……あれ?  そうだったかしら?  本当に?)

 ───なんでそんなにお前はいつもそそっかしいんだ!

 子供の頃に私に向かってそう言ったのは……怒鳴っていたのは本当にお父様だった……?  
 あれ?  え?

(どうしよう……私、変かもしれない)


「おい?  突然、黙ってどうした?」
「い、いえ……何でもありません……とにかく大丈夫ですので」
「……」
「そ、そんな顔なさらなくても!  本当ですよ?」
「……」

 カイザル様の目は、私の“大丈夫”という言葉を明らかに疑っていた。



 どうにか朝食を終え、仕事に向かうカイザル様を見送った後、私は部屋に戻る。
 そうして考えるのは───まずは自分のことだった。

(前世を思い出したせいなの?  どうして?  どうして私……)

「って、今はそれより……カイザル様の従姉妹だという令嬢よ、シーデラ嬢!」

 おじいちゃん先生の言っていた シで始まりラ で終わる名前!  
 なんと彼女はピッタリ当てはまる。
 社交界で恋の噂が出なかったのも相手が親戚なら納得よ。
 だけど、さらに話を聞いたところ彼女にはなんと婚約者がいるのだそう。

(まさかの浮気……いえ、不倫……?  カイザル様は略奪……略奪をする気なの!?)

 ちなみにシーデラ嬢が病弱だという情報は無かった。
 彼女は子爵家の令嬢……決して伯爵家に嫁げないわけではない。

(でも、これはあれかしら?  親戚だからという理由で反対でもされた、とか?)

 そして無理やり二人を引き離すために、シーデラ嬢には婚約者が与えられ二人は別れを決意。
 カイザル様も爵位継承のために結婚を余儀なくされ……私というお飾り妻を迎える。
 それでもお互いのことを諦められず、とうとう道ならぬ恋に……

「…………って、前世の記憶の影響受けすぎね、私」

 妄想が捗りすぎた。
 ちなみに、自分が登場人物の一人でさえなければ好みの話だったりする。

「うーん、シーデラ嬢とは社交界ではどこかで会っているかもしれないけど、直接話をしたという記憶はないのよねぇ……」

 なので、申し訳ないけれど全く彼女の顔が浮かばない。
 慌ただしい結婚だったから、親戚関係についても頭に叩き込む時間は殆どなかった。

「どんな方なのかしら……シーデラ・ニースへフ子爵令嬢……」


 ◇◆◇


「はじめまして。ニースへフ子爵家のシーデラと申しますわ」
「コレットと申します、よろしくお願いします」

 そして、シーデラ嬢の訪問の日がやって来た。
 ディバイン伯爵家に現れた彼女はカイザル様と私に向かって丁寧に頭を下げた。

(いい子そう……)

 シーデラ嬢の第一印象としてはそんな感じ。
 そして、目がクリっとしていて、フワフワの髪が特徴的なかなりの美少女。
 ちなみに容姿だけでなく声も可愛い。
   
「カイザルお兄様、ご結婚おめでとうございます」
「ああ」
「私、ようやく奥様にご挨拶が出来て嬉しいですわ」
「ああ」

 二人の会話を聞きながら愕然とした。

(……カイザル様……あなたは従姉妹相手でも常にそれなの?)

 てっきり、“好きな人”を前にしたなら分かりやすく態度が変わるのだろうと思っていたけれど……
 カイザル様はいつ誰がどんな相手でも通常運転ということなのか、もしくはシーデラ嬢が想い人ではないのか……

(どっちなの!)

 本当にカイザル様って本当に分かりにくい。
 私はこっそり頭を抱えた。

「ですが、私……カイザルお兄様が結婚したと聞いて…………本当にショックでしたわ」

(ん?)

 不穏な発言が聞こえたので、シーデラ嬢の顔を見ると、この一瞬で目にうるうるの涙を浮かべていた。

(び、美少女のうるうる目の泣き顔+上目遣い!!)

 もともと美少女なのも相まって、これまたすごい破壊力だった!   こんなの間近で見たらその辺の男性ならイチコロ───

「そうか」
「そうか……では、ないんですのよ、カイザルお兄様!  どうしていつもカイザルお兄様はそうなんですの!?」
「ああ……」
「カイザルお兄様ぁ~~~」

 なのに、カイザル様はやっぱり通常運転だった。

 これは本当にどっちなのかと私は考える。
 仮にシーデラ嬢が本当にカイザル様の好きな人ならば二人の再婚にはまだまだ時間がかかる。
 ましてや、彼女の婚約解消が上手くいくかだって分からない。

(そうなると、離縁まではまだ時間と余裕がありそうね)

 離縁された後は、実家に戻るのはちょっと……という思いがある。
 そうなると実家に戻れない私は今後の生活を考えなくてはならない。

(慰謝料はたっぷり貰うでしょ?  あ、でも我が家の借金返済で相殺ってなるかもしれないわね)

「───あの、コレット様……聞いてますか?」

(……え?)

「は、はい?」

 考えごとに夢中になっていたせいで、全然二人を見ていなかった。
 どうやら、シーデラ嬢が私に話しかけていたらしい。

(って、あら?  カイザル様は?)

「えっと、旦那様は?」
「カイザルお兄様ですか?  女性同士の話があるから、外に出てもらいました!」

 シーデラ嬢はニッコリと笑ってそう言った。
 なんですって!?

「女性同士……の話?」
「そうでーす!」

 私が聞き返すとシーデラ嬢が笑みを深める。
 なんだか突然、彼女の纏う雰囲気が変わったような気がした。
 笑顔も少し怖い……

「カイザルお兄様ったら、私が話しているのに酷い受け答えだと思いませんか?  いっつもいっつも!  昔からあんな調子なんですよ」
「そ、そう……ね」
「こんなんじゃ、コレット様だって嫌になってしまいますよね?」
「え?」

 何が?  
 と聞きかけて、結婚生活のことだと思い至った。

「カイザルお兄様との結婚生活……苦痛でしょう?」
「……シー……デラさま?」

 シーデラ嬢が私に近付くと、そのまま手を伸ばして私の腕を握った。

(……痛っ)

「あんな冷た~いカイザルお兄様とは、上手くやっていける気がしないでしょう?」
「……っっ」
「でも、私なら理解してあげられると思うんです」

(つ、爪がくい込んで痛っ……シーデラ嬢はどうしてしまったの?)

 それだけじゃない。
 さっきまでの可愛らしい雰囲気はどこへやら。
 もはや、完全に黒のオーラしか見えない。

「───だから……私にカイザルお兄様を返してくださいな?  ね?  コレット様」

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