5 / 24
5. 夫は言葉が足りない
しおりを挟む「……」
「……」
カイザル様はじっと無言で私を見て来た。
行動に関しては、このように小説の彼と違うところが見受けられるけれど、この無口なところはやっぱり小説そのままだと思うのよね。
「……」
「……」
しーん……
カイザル様が何も言ってくれないから、部屋の中が一気に静まり返ってしまう。
お医者様も、あの有り得ない発言のあとはにこにこ笑顔のまま何も言わずに見守っている。
(心配? 本当に私の心配をして様子を見に来てくれたの?)
私もじっと見つめ返すけれど、カイザル様は無反応だった。
もちろん無言のまま。
「……」
…………せめて、ここで恥ずかしそうに顔を逸らすとか、照れ臭そうにするとか……そんな仕草があれば私も「もしかして、このまま小説とは違う展開が?」なんて胸をときめかせたかもしれないのに。
(やっぱりカイザル様はカイザル様のようね……)
「えっと、見ての通りだいぶ良くなりました。痛みも昨日に比べれば引きました」
「…………そうか」
あら、薄いけれど反応は帰ってくるのね。
そのことに驚いていたら、カイザル様は医者の方を向いた。
「……それならば、少し外に連れ出しても問題ないか?」
「外じゃと? いや、伯爵。夫人は足だって捻っておるのだぞ。まだ歩かせるには早い」
「……」
(……ん?)
私は自分の耳を疑った。
気のせい?
今、私を外に連れ出すとか言わなかった?
「……問題ない。俺が抱えていけば済む話だろう」
「まぁ、それなら反対はせんがの」
(…………んん?)
───オレガカカエテイケバスム……
私の脳内がカイザル様の言葉の変換に時間を費やしていたら、カイザル様が無言のままスタスタと私の元に向かって来た。
え? と、思う間もなくフワッと私の身体が持ち上がった。
「────っ!?」
これは!
だ、抱き上げられた!?
そう理解するまでに数十秒かかった。
(何これ、何これ、何これ!!)
話は序盤までしか知らないけど、こんな展開は知らないし、こんなことをするカイザル様も知らない!
「……くっ! 暴れるな」
「!」
「思っていたより、じゃじゃ馬のようだ」
「なっ!!」
(何ですってぇぇぇ?)
まさかのじゃじゃ馬扱いにカチンと来た。
「失礼です! 突然、何の前触れもなくこんなことをされたら、誰だって慌てますし驚きます!!!!」
「……」
私の反応? それとも言葉? に驚いたのかカイザル様は目を少し見開くと、またじっと何か言いたげに私を見つめた。
「……分かった。では……抱き抱えるぞ」
「は? バッ……今更、言われても遅いです!」
(危な……つい“バカなんですか!?” と口にしそうになってしまったわ)
「……」
カイザル様は再び無言で私を見る。
だけど、彼の中に抱き抱えている私を下ろすという選択肢はないらしい。
私は観念して目的を訊ねることにした。
「……どこに行かれるのですか?」
「外」
「そ……」
───そうですけど、そうじゃない!!
私はそう叫びたい気持ちをどうにかこうにか堪えた。
「……」
(ふ、ふふ……聖羅。いえ、コレット。落ち着くのよ……)
前世の記憶を含めれば、私は間違いなくカイザル様よりも大人!
ちょっと聖羅……前世の私がいつ死んだかは記憶にないけれど!
とにかく大人なのは間違いない!
───だから、ここは私が大人の対応しなくてはね!
「……外のどこに向かうのですか?」
何とか平静を装って訊ねる。
まさかとは思うけど、私、このまま外に運ばれてポイッと捨てられたりしないわよね!?
一瞬、そんな変なことを考えてしまった。
「……」
「……」
「……見せたいものがある」
「は、い? 見せたいもの、ですか?」
「……」
(とりあえず捨てられるわけではなさそう……)
カイザル様は私の質問にチラッとこちらに目を向け、そう言ったあとは無言で歩き続けた。
「……えっと、ここは?」
「庭」
「……」
気のせいかしらね?
お前にはこれが庭に見えないのか? と言われているような気持ちになったわ。
多分、カイザル様の言葉が少なすぎるのと、私がカイザル様をそんな目で見てしまっているせいだとは思うけれど。
「コホッ……えぇと、庭は分かります。私が聞きたいのはなぜ庭に連れて来た? ということです」
「…………ああ、そういうことか」
カイザル様はようやく納得した、という顔をした。
どうも、彼はどこかテンポがズレている気がする。
「見せたいもの、と言うのはこのお庭なのてすか?」
「……」
無言でコクリと頷くカイザル様。
何故……? と思ったところで口を開いた。
「昨日、庭いじりがしたいと言った」
「え? い、言いました……けど」
それで、私に庭を見せようと?
いや、それなら元気になった後にいくらでも見れるはず。
わざわざ抱き抱えてして連れてくるほどの場所では───
そう思っていたら、カイザル様は無言で庭のとある一画を指さした。
「……?」
私はその先に視線を向ける。
それなりに広さがあって、なんていじりがいのありそうな───……
私の胸がその庭(正確にはまだ庭とは呼べない)にときめいていたら……
「あそこを好きに使っていい」
「え? で、ですが……」
「構わない」
「か……ええ!? ───きゃっ!」
「!」
驚きすぎたせいで、バランスを崩してしまいつい落ちそうになってしまった。
そこをカイザル様が慌てて私を抱き直してくれたことで事なきを得る。
(こ、怖っ!)
「療養期間を延ばす気か」
「あ、いえ、まさか! ……ありがとう、ございました」
「……」
私がお礼を言うと無言で頷いていた。
(それにしても)
まさか、昨日の今日の話で庭を用意してくれるなんて。
そんなことをしてくれる人だとは思わなかった。ましてや、私はお飾り妻のはず。
嫌だわ。
こんなの……こんなことされてしまったら、私───……
(いったい何を企んでいるのよ……)
ますます疑い深くなってしまうじゃないの。
「……」
だいたい、話を聞いたばかりの昨日の今日で突然、庭の準備なんて出来るはずがない。
だとすれば、元々ここは───
(ここは、誰のために用意されていた場所なの───?)
私の脳裏に顔も名前もどこの誰なのかも知らないカイザル様の“好きな人”の存在が浮かんだ。
130
お気に入りに追加
4,308
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる