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2. どうやら転生したようです
しおりを挟む────コレット・ディバイン!
それ、私だわ!
間違いなく私のことよ!!
───流れ込んでくる“記憶”の波に“私”は完全に呑まれた。
そう。
私……コレットは昨日結婚したばかりの新婚ホッヤホヤの新妻!
結婚相手はディバイン伯爵……カイザル様。
カイザル様は私との結婚を持って伯爵位を継承したばかりのホッヤホヤの新米伯爵!
そして……今、流れてくるコレットの記憶できちんと思い出したわ。
コレット……つまり私、は結婚式を終えて屋敷に戻り、いよいよ初夜! ということでかなり気合を入れた入浴を終えて部屋へ戻ろうとしていた。
だけどその時、階段から足を踏み外した……わ。そして、そのまま落下してしまって───
……今、目が覚めた。
(…………それはいい。今、問題なのはそこではないの)
この、もう一つの記憶は……何なの!?
こんな記憶は昨日までの私、コレットには無かった。
明らかに“コレット”の記憶ではない。
それなのに間違いなく“自分のこと”なのだと分かるこの記憶は───
前世。
前世の記憶……だ。
(う、嘘でしょう……?)
これが、俗に言う『異世界転生』だと言うの?
先程までの思考は頭を打ったせいで、前世の記憶? とやらを思い出して記憶が混乱していたと考えるのが自然だ。
(そうなると……)
私は、前世を思い出したことで知らなくていいことを知ってしまった……ことになる。
つまり、ここは前世の私が読んだあの小説の世界……
新米伯爵カイザルにはずっと妻にしたいと願うほどの好きな女性がいて、伯爵夫人となったコレットはその事実を初夜になって初めて聞かされる。
自分は爵位継承の為だけの丁度良いお飾り妻として娶られただけで、カイザルはいずれコレット離縁するつもりのため、お決まりの白い結婚生活が始まる───
(詰んだ!)
え? これ……私、めちゃくちゃ詰んでない?
ちょっと動揺して前世の言葉が頭に浮かんでしまったけれど、どう考えても絶対詰んでるわよ、これ。
『異世界転生』ってもっと早くに前世の記憶を取り戻して、未来を変えるものではないの?
今の私の立場で言うなら、捨てられる未来なんてゴメンなので結婚回避するわよ!
……とか。
何も知らずに結婚しちゃったじゃないの……
「────伯爵夫人? 顔色が急に悪くなったようだが? 大丈夫かのう?」
「っ!」
おじいちゃ……お医者様に心配そうな顔で言われて私はハッと顔を上げる。
「だ、大丈夫です……その、やはり記憶が混乱しているよう、で……」
「ふむ。そうですかの」
「で、ですが結婚したことは、覚えてます、ええ……私、結婚、しました……」
(ようやく理解した───この結婚の話が慌ただしかったのは、こういうことだったのね……)
コレット・ラフズラリ。
私はラフズラリ伯爵家の娘だった。
なかなか良縁に恵まれなかった私にある日、届いたのはディバイン伯爵家の嫡男、カイザル様からの求婚の手紙だった。
それも、我が家が資金繰りに失敗して借金を抱えていることまで調べあげていて、結婚を承諾してくれるならその借金を肩代わりするという申し出まであった。
(そしてお父様はその話に飛び付いた……)
───まさか、お前のような取り柄もなくて使えない娘にこんないい話が来るなんて!
お父様はそう言って喜び、私の意見をまともに聞くことすらなく承諾の返事を送っていた。
そうして、結婚の話はとんとん拍子に進み、カイザル様とろくな顔合わせもしないままあっという間に結婚の日を迎えた……
そもそもとして、ディバイン伯爵家とラフズラリ伯爵家は同じ伯爵家でも随分と力に差がある
そして、借金の肩代わりまでされた私やラフズラリ伯爵家がカイザル様に逆らえるわけがない。
(丁度良かったとは、きっとこのこと……)
身分の釣り合いもとれ、婚約者のいない適齢期の令嬢である私。
ついでに借金肩代わりすることで完全に優位に立てる───
こんな状態により昨夜は初夜どころではなかったので、まだ実際にカイザル様にそう言われたわけではないけれど、実際、急な申し出に慌ただしい結婚を思うと現実もきっと小説と同じ……
「……あ、そういえば、旦……カイザル様、は?」
私は医者を連れて来たメイドに訊ねた。
彼女は確かご主人様にも伝えなくては、と言っていたはず。
「そ、れが……ご主人様は……」
「?」
メイドがどこか気まずそうな表情を浮かべて口ごもる。
「いいから言って頂戴?」
「は、はい。えっと今、大事な話の最中なので用事が済んだら行く……と」
「……それはお仕事かしら?」
「お、おそらく……」
私に促されて口を開いたメイドは申し訳なさそうに恐縮していた。
───ほう。
つまり、新婚ホッヤホヤの頭を打って倒れていた新妻が目を覚ましたというのに、旦那様は仕事が大事……と。
(仕事は確かに大事ですけど!)
仕事を蔑ろにするのもどうかとは思うので、一概にはそのことを責められない。
でも、やっぱり思わずにはいられない。
やっぱり、私──コレットはお飾り妻なのだと……
その後、一通り頭や身体の怪我の確認と記憶の混乱についての診察を終えた医者は、また明日診察に来ると言って帰って行った。
まだ、暫くは安静が必要らしい。
「奥様、何か飲まれますか?」
ふぅ、と小さなため息を吐いた私にメイドが気を利かして訊ねてくれた。
「あ、ではお茶をお願い出来ますか?」
「かしこまりました。すぐに用意して参ります」
「ありがとう」
部屋から一旦出ていくメイドの後ろ姿を見送りながら今のこの状況について改めて考える。
────私は小説の世界に転生した……そのことは理解した。
その記憶を取り戻したタイミングも悪かったけれど、冷静に考えればもっと悪いことがある。
それは──……
「私、この小説の結末を知らないのよ……」
自分でそう口にして、ズンッと落ち込んだ。
もっと言うなら、結末どころか話も序盤までしか知らない。
だから、夫となったカイザル様の“ずっと妻にしたいと願うほど好きな女性”が誰なのかも知らない。
なぜ、さっさとその女性を妻にしなかったのかとか、私たちの離縁はいつなのか……
それすらも分からない。
それに、今回この頭を打ったことで起きた記憶の混乱のせいなのかは分からないけれど、転生云々以外に、少し気がかりなことも出来てしまった。
(おかしいのよね……どうして、私って……)
「…………あーー考えても分からないことばかり!」
とにかく、一度に色々なことがあり過ぎて私は頭を抱える。
「……転生の意味はいったいどこに……! そして予定通り離縁された後の私はどうなるの!?」
こうして、せっかくの転生特典を全く活かせない私の新たな生活が始まった。
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