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20. 初心な夫婦の私達

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  (カイン様の事、旦那様に話しておいた方が良いわよね……?)

  部屋に戻った私は、突然の元婚約者カイン様の行動に不安を覚えながらもそう考える。
  今回の訪問はお断り出来たけど、カイン様とは今後どこかで顔を合わせる機会だってあるかもしれない。
  でも……

  (シルヴィに婚約者を奪われた過去があるんです……)

  そんな話をしたら旦那様は私をどんな目で見るかしら。
  妹に婚約者を奪われるなんて情けない……旦那様もそんな目で見る?


  ──やっぱりシルヴィの方が可愛いものね。こうなると思っていたわ!

  ──どうしてこんな事になったんだ。危うくルクデウス子爵家との繋がりが駄目になる所だったじゃないか!

  ──お姉様……私、そんなつもりじゃ無かったの……


  当時、カイン様に心変わりされた事を知ったお母様、お父様、シルヴィがそれぞれ私に向けて言った言葉。
  誰一人、心変わりしたカイン様を責める事もせず、彼を繋ぎ止められなかった私が悪い。そう言っていた。

  それは、社交界でも同じ。
  もともとシルヴィと比べられてばかりで嫌で嫌で、私が表舞台に上がる事は少なかったけれど、カイン様と婚約をしていた間は何度かパーティーや夜会に参加する事もあった。
  婚約時はカイン様とは不釣り合い……そんな目で見られ、婚約解消後は“やっぱり捨てられた”と嘲笑されていた事は知っている。

「……そんな惨めな私の事を知ったら旦那様は……」

  一瞬、暗い気持ちになりかけたけれど、悲観的に考えるのは止めよう!  と思い直す。
  だって、旦那様は“私”を望んでくれた。
  お父様のやり方は私に変な誤解を生んだけれど、あれは旦那様がシルヴィではなく私がお嫁に来るようにってお父様にしっかり伝えてくれた結果だもの。

  (それにあの優しい頭ポンポンやナデナデからは私への愛情が伝わって来る)

「だから、旦那様は私を惨めな奴だなんて絶対に言わない……あ、違う。思わないわ!」



  そうして、前向きに考えた私はその夜、帰宅した旦那様にカイン様から訪問の連絡があった事を伝える事にした。

  いつものように“おやすみなさいのナデナデ”の為に、私の部屋を訪れる旦那様。

  ──ナデナデナデナデ……

  心地よいナデナデに癒されながら私は口を開く。

「旦那様……お断りはしたのですが、今日、私に会いたいという方からの訪問の連絡がありました」
「?」

  ナデナデ?

  いったい誰が?  旦那様のナデナデと表情がそう言っている。

「…………ルクデウス子爵家の令息……カイン様という方です」
「!!」

  ナデナデナデナデ!!!!

「だ、旦那様?」

  旦那様のナデナデが急に荒ぶった。表情も凄く驚いているのが分かる。
  突然の荒ぶり方に驚いた私に旦那様も“しまった!”と思ったのか、ナデナデはすぐに穏やかになった。

  ……ナデナデナデ。

  (驚かせてすまないって、言っているわ)

「その、ルクデウス子爵家のカイン様は以前、私の婚約者だった方で、彼とは──……」
「……」
「ひゃっ!  だ、旦那様!?」

  私の話の途中で旦那様が私の腕を引っ張り抱き寄せる。
  そして、ギューーーーっと力一杯抱きしめられた。

  (えぇえぇ!?  こ、これは……!)

「……旦那様は、私とカイン様……いえ、ルクデウス子爵令息様の事……ご存知……でしたか?」
「……」

  コクリと旦那様は頷く。
  今の抱きしめ方で、もしや……と思い訊ねると案の定、旦那様は頷いた。

「婚約解消をした理由も、ですか?」
「……」

  ギュッ

「旦那様は……知っていて私を……花嫁に望んでくれた……のですか?」
「……」

  ギューッ

  (知っていた……旦那様、ちゃんと知っていた……)

  昼間はずっと気持ちが沈んでいたのに胸の中がポカポカした気持ちになる。 

  (嬉しい……!)

「旦那様、ありがとうございます」
「!?」

  嬉しくなった私は自分からもギュッと旦那様に抱き着いた。
  一瞬で旦那様の顔が真っ赤になる。
  そして、何故か旦那様はアタフタし始めた。

  (いつもと様子が違う?)

  私が抱き着くと旦那様が顔を真っ赤にするのはいつもと同じなのに、今日は何に慌てているのかしら?  
  そう不思議に思っていたら、旦那様の目線が私の身体に……

「……ひゃぁ!?」
「っっ!」

  勢いよく旦那様に抱き着いたせいで、私の着ていたガウンが乱れていた。
  ガウンの下は……ちょっとスケスケの夜着。

  (ルンナがこんなものを着せるからーー!)

  私は慌ててガウンの乱れを元に戻す。

「み、み、見ました!?」
「……」

  コクコクコクと真っ赤な顔で無言で頷く旦那様。

  このちょっとスケスケの夜着は私が熱望して着ているのではなく……

「新婚とはこういうものです!  坊っちゃまをこれでたくさん誘惑しましょう!」

  と言ってルンナが毎晩着せてくる。
  私は見られるのが恥ずかしくていつもガウンをきっちり着込んで旦那様とおやすみのナデナデをしていた。

  (はっ!  初夜もナデナデで終わって、毎晩こうして訪ねて来てもやっぱりナデナデのみで終わっていたから初日以降は深く考えなかったけど)

  ───私、お飾りの妻ではなくて本物の花嫁だったわ!!

  今更ながらそんな事に気付く。
  
「こ、これは!  ル、ルンナが!!  着せ、私に……誘惑」
「……」

  動揺した私が支離滅裂な発言をしているのに、
  コクコクコクと真っ赤な顔で無言で頷く旦那様。

「……」
「……」

  お互い無言で真っ赤な顔で見つめ合う。
 
  (ふ、夫婦なのよ、私達は!  だから全然おかしな事では無いのに!)

  キスだけで真っ赤になる私(達)にはまだ早すぎる気がした。

「だ、旦那様……えっと、すみません、私まだ、諸々の覚悟が……」
「……」

  コクコクコクと真っ赤な顔で無言で頷く旦那様。

「で、でもしたくないわけでは……そ、その相手は旦那様がいい……です」
「……」

  コクコクコクと真っ赤な顔で無言で頷く旦那様。

  ……旦那様、さっきからずっとこの状態なのだけど!?

「え、えと!  で、ですが、い、今はチューまででお願いしますっ!」
「……」

  私がそう叫んだら旦那様は再び私を抱きしめて、そっと私の顔を上に向かせると、そのままチュッと唇にキスをくれた。


  (今はここまでだけど、心の準備が出来たその時は──……)




*****




  そうして、旦那様がカイン様との事を知っていてくれた上で私を花嫁に望んでくれていた事が分かった私は、心の中の憂いも晴れてすっかり気持ちも前向きになっていった。

  それから、1ヶ月程たった日の事──

  (あれからカイン様からは何の連絡も無いし、シルヴィも静かなまま!)

  あまりにも静かだったので、私はどこかで気持ちが油断しかけていたのだと思う。



  その日は、ルンナ連れて街に出ていた。
 
  結婚してからバタバタしていた事もあり、旦那様に贈り物した事が無かった私は何かプレゼントをあげたいとルンナに相談したら、
「坊っちゃまは、あぁ見えて甘党です!」
  と、教えてくれたので、旦那様が好きそうなお菓子をあげたい!  と思い買い物に出た。

「坊っちゃま、大喜びするでしょうね」

  戦利品の袋を抱えた私にルンナがそんな事を言う。

「大袈裟だわ」
「いいえ、私には分かります。勿体なくて食べられない!  だが、せっかく愛する妻がくれたものだし……と無言で葛藤する坊っちゃまの姿が見えます」
「ふふ、そこも無言なのね」

  (無言でも喜んでくれたら嬉しい。でも、顔は真っ赤になるかしら?)

  そんな事を考えてウキウキしながら、馬車に乗り込もうとしたその時だった。

「見ーつけた、お・ね・え・さ・ま!」
「!!」

  聞き慣れたその声に私の身体がビクッと大きく跳ねた。
  振り返らなくても誰かなんて分かる。
  背中を冷たい嫌な汗が流れる。

  (シルヴィ……どうして今になって……)

  こんな所で……そう思いながら振り返る。
  だけど、振り返った私は驚きで言葉を失った。

  (───え?)

「やっと会えて嬉しいわ。お姉様ったらなかなか屋敷から外に出てくれないんですもの。人妻になっても引きこもりなのは変わらないのねぇ、そう思うでしょ?」
「あぁ、本当に。相変わらずつまらなそうな女だな」

  (どうして?  どうして二人が一緒に……)

  怪しく微笑みながら私に声を掛けて来たシルヴィは……一人では無かった。

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