【完結】契約の花嫁だったはずなのに、無口な旦那様が逃がしてくれません

Rohdea

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19. 嵐の前の静けさ

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「旦那様!  いってらっしゃいませ!」
「……!」

  今日もいつもように私が笑顔でお見送りすると、旦那様は嬉しそうに微笑む。
  私の頭に手を伸ばして、いってきますのナデナデ。
  そして、いってきますのチュー……

「お気を付けて!」
「……」

  ナデナデ!

  元気な旦那様のナデナデに安心しながらも、私もそっと手を伸ばして旦那様の頭をナデナデする。

  ナデ、ナデ……

  (旦那様って髪もサラサラ。羨ましいくらい……)

  こんなに顔も美しくてカッコよくて髪もサラサラとか少し嫉妬してしまいそうになる。

「……」
「?  どうかしましたか?  旦那様」

  ナデナデナデ!!

  旦那様のナデナデの様子が変わったので何事かと思って訊ねてみる。
  すると、旦那様はナデナデしていた手を今度は私の頬に持っていきスリスリを始めた。

  スリスリ……

「!!」
「……」

  (ナデナデはだいぶ感情が読めるようになったけれどこのスリスリは新しすぎて……)

  スリスリスリスリ……

「旦那様……擽ったい……です」
「……」

  (……?  ちょっと表情も元気が無くなってしまったわ……さっきまでニコニコ微笑んでいたのに!)

  ──旦那様がこんな表情をする時は──……

「……はっ!」

  ……スリスリ

「旦那様!  もしやこのスリスリは、私が憂いの様子を見せたから心配して慰めてくれているのですか?」
「……!」

  ナデナデナデ!

  旦那様はスリスリを止めて再び頭をナデナデし始めた。

  (これは、肯定の意!)

「あ……これはですね、嫉妬をしてしまったのです」
「……?」

  ナデナデ?

  私は恥ずかしくて頬を染めながら答える。

「頭を……旦那様の頭をナデナデしていましたら、旦那様の髪がサラサラで羨ましいわ……と、思ってしまいまして」
「……?」

  旦那様はきょとんとした顔で私を見つめる。
  
「……!!」

  やがてホッとした顔で微笑むと、そっと私の髪をひと房を手に取った。

「旦那様?」
「……」

  そしてそのまま旦那様は私の髪にそっと、キスを落とした。

「だ、だ、旦那様!?」
「……」

  こんなどこにでもいるような亜麻色の髪になんて事を!  と思った私は大慌てになったけれど、旦那様はまるで宝物のように……とても大事なものであるかのように私の髪に触れている。

「……わ、私の髪はシルヴィみたいに綺麗ではないのに……」

  思わず私の口から出てしまったのはそんな言葉。
  頭の中にあの子の綺麗な蜂蜜色の金の髪が浮かんでしまったせいだった。

  ───シルヴィの髪は本当に綺麗ね。私に似てくれて嬉しいわ。

  ───シルヴィ嬢とミルフィの髪は姉妹なのに全然違うんだね。シルヴィ嬢の髪はあんなに眩しくてキラキラしているのに。

  シルヴィの髪を見て嬉しそうに語るお母様と、悪気があったのか無かったのかよく分からない言葉でシルヴィと私をいつも比べていた元婚約者カイン様

  どうやら長年、受け続けた仕打ちは今も私の心の中に燻っているみたい。

「……」
「旦那様?」

  私がつい零した言葉を拾った旦那様は、再び手に取っていた私の髪にキスを落とす。
  そして、髪から手を離すと今度は優しく頭をポンポンしてくれた。

  ──ナデナデ。

「……旦那様……」
「……」

  ──ナデナデナデ。

「……っ!」
「……」
「シルヴィの髪と比べる必要なんか無い……そう言っています?」

  ナデナデナデ!

「私の髪……好きですか?」
「……!」

  旦那様は笑顔で大きく頷くと“当然だ”と言っているかのようにナデナデをしてくれた。

「旦那様……!」
「……」

  私が嬉しくなって旦那様を見つめると旦那様も私を見つめる。
  そして、自然と互いの顔が近付き、チュッと唇が触れ合ったその時──……

「あー、コホンッ……盛り上がっている所、非常に申し訳ないのだが」
「!」
「……!」

  言葉通りの非常に申し訳無さそうなお義父様の声がしたので、私と旦那様はビクッと身体を震わせて慌てて離れた。

「……そろそろ、時間が迫っていてね」
「す、すみません!!」

  (は、恥ずかしい!  私、侯爵家の皆の前だって事をすっかり忘れてしまっていた!)

「じゃあ、アドルフォは連れて行っても構わないかな?」
「は、は、はい!  いってらっしゃいませ!」
「……」

  お義父様は、はっはっは!  と笑ってちょっと不機嫌になった息子旦那様を引きずるようにして出て行かれた。

  扉が閉まり、赤くなった頬を冷ましていると、

「凄いわ……いつものナデナデから始まって頬をスリスリ。髪へのキスと頭ポンポンもあったわね。そして最後に……」
「お、お義母さ……ま!」

  その声に私は慌てて振り返る。
  お義母様は「朝から凄いものを見せて貰ったわ~」と笑っている。

「す、すみません……私、周りが見えなくなってしまっていて……!」
「本当に毎日毎日熱々ね」
「は、恥ずかしいです……」
「ミルフィさんのせいでは無いわよ。アドルフォがミルフィさんへの感情を抑え切れてないだけだもの」
 
  お義母様はクスクスと笑いながらそう口にする。

「私への感情?」
「もう、あの子のあれらの行動全てがミルフィさんを可愛い、可愛いって言ってるみたいでしょう?」
「かわ……」

   (私が……可愛い?)

  一生懸命冷ましたはずの頬がまた赤くなる。

「ほら、赤くなった!  可愛い!  アドルフォは、きっとミルフィさんのこんな所も大好きなんでしょうね」
「大好……」

  (大好き!?)

  私を妻に望んでくれていたという事や、ここまでの態度で旦那様からの好意はちゃんと感じている。
  でも、大好き……これは照れてしまうわ。

「ところで、ミルフィさん」
「はい」

  私は再び熱くなった頬を冷ましていると、お義母様の声が先程までとは変わって真面目なものになる。

「実は、ミルフィさんに会いたいという人からの訪問連絡が来ているのだけど……」
「っ!」

  その言葉に胸がドキッとする。

  (まさか……シルヴィ?  お父様に頼んだけれど無駄だった?)

  と、私が身構えると、お義母様は私が想像もしていなかった人の名前を告げた。

「ルクデウス子爵家の令息らしいのだけど」
「え?」

  ルクデウス子爵家の令息……つまりそれは……元婚約者カイン様

  (何で今さら彼が?)

「ミルフィさんとは旧知の仲だから、ぜひ結婚のお祝いを直接会って言いたい等、手紙には書いてあるそうなのだけ……」
「断って下さい!」

  私はお義母様の言葉を遮るようにそう叫んでいた。

「ミルフィさん?」
「す、すみません……ルクデウス子爵家のカイン様は確かに知り合いです……が、わざわざ訪ねて来られて話しをする程の仲ではありません」
「……」
「それに私は旦那様……アドルフォ様の妻ですから。旦那様のいない所で他の男性と会う真似もしたくありません。ですからお断りして下さい」
「そう?  ミルフィさんがそう言うのなら構わないわ」

  お義母様はあっさり受け入れてくれた。

  (良かった……)

  そう安堵するも彼がどうして今更、私に?  という疑問は消えない。

「……」

  それに、この胸騒ぎは何かしら?

  (旦那様……)

  何だかとても不安な気持ちになってしまった私は、今すぐ旦那様にギューっと抱きしめて欲しい……なんて思ってしまった。

 
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