14 / 32
14. 生まれる疑問
しおりを挟む(あれ?)
──おかしいなとは思っていたけれど。
お義父様とお義母様や屋敷の人達は、私がアドルフォ様の本物の花嫁ではなくて契約の花嫁だという事は、もしかして知らないのかもしれない。
そう感じてはいた。それでもさすがに借金の事は知っているとばかり思っていた。
「……父から、旦那様……アドルフォ様が結婚の話を持ってきた際にロンディネ子爵家が抱えていた借金を肩代わりしてくれた……と聞いたのですが」
「アドルフォが?」
「あの子、そんな事をしていたの?」
とりあえず、借金肩代わりの対価に契約の花嫁を求めたという部分をぼかしながらそう説明してみる。
「うーん、アドルフォの個人資産から出したのかな」
「でも変ね。そんなに資産あったかしら?」
お義父様とお義母様は不思議そうだ。私にも分からない。
だけど、私の実家のロンディネ子爵家に借金があった事は事実。
実際、元婚約者は、それが理由でシルヴィとの婚約の前に逃げ出している。
「あのね、ミルフィさん。私達はある日、アドルフォから突然、花嫁を迎える事になったからと聞いただけなの」
「え?」
(どういう事かしら?)
この結婚話、お父様か旦那様(仮)……どちらかが嘘をついている?
「ようやく迎えられるんだって嬉しそうだったな」
「え?」
「アドルフォったら、これまで全然、縁談の話に頷かないからどうしたものかとこっちは思っていたのよね。だから花嫁を決めた、迎えるという話を聞いた時は、あぁ、内緒の恋人がいたからだったのね、と喜んだのよ」
「内緒の恋人……」
二人の顔はその内緒の恋人がミルフィさんだったのでしょ? と言っている。
なんて事! とんでもない誤解が発生しているわ!
(旦那様(仮)ーー! 今すぐ……今すぐ帰って来て説明してーー!!)
「子爵家の令嬢だったから反対されると思っていたのでしょう? だから、こっそりお付き合いをしていたのよね?」
「そんな事は気にしなくても良かったのに」
「……!」
どうして二人はそんな誤解をしているの? ……と思ったものの、
これはあれよ。旦那様(仮)と会話らしい会話をしないせいで、親子の解釈が間違ったまま話が進んだのだわ。
と理解した。
(もしくは旦那様(仮)が両親が勘違いしたままなのを利用した可能性もある?)
……婚約者を作る気の無かった自分が、ある日突然迎える事になった爵位の低い花嫁を侯爵家の人々に快く受け入れてもらう為に、旦那様(仮)はあえてロマンスを信じている両親の考えを否定しなかったのかもしれない。
(優しい旦那様(仮)の事だもの。そんな風に嫁いで来る仮の嫁の為に気を配ってくれていてもおかしくはないわ)
実際、お義父様とお義母様、ロイター侯爵家の人々はとても私に対して好意的で優しい。
「……」
ロイター侯爵家の人達が私を“本物の花嫁”と思っているように感じた理由は分かったわ。
そうなると、後はこの結婚話がどこから来たのか……
(そして、旦那様(仮)とお父様の間にどんな話があったのか、よね)
借金は本当に旦那様(仮)が、肩代わりしてくれているの、いないの?
「ふふ、私としてはこれまで二人がどんな風にこっそり愛を育んで来たのか知りたいわ」
「え?」
(あ……い?)
お義母様が嬉しそうにとんでもない事を言い出した!
「こらこら、それを聞くのは野暮ってものだろう?」
「だって、あなた! あのアドルフォよ? 前にも言ったけど絶対こっそり片想いしていたに違いないんだから!」
「ミルフィさんへのデレデレっぷりを見る限りそれは私もそうだとは思うが……」
(えぇーー!? お義父様まで何を言っているの?)
「デ、デレデレ……ですか?」
これは私も聞かずにはいられない。
確かに、ナデナデ……ポンポン、ギュッ……ついさっきは(額に)チューまでされたけれど、デレデレとは?
「あらあら、その全然分かっていなさそうな顔。やっぱりミルフィさんはアドルフォの特別なのね」
「私が特別……ですか?」
首を傾げる私にお義母様はふふっと笑いながら言う。
「ミルフィさんは、あの子の噂を聞いた事は無い?」
「噂? 無口という噂ですか?」
「それもあるわね。でも、それだけでは無いわ、もう一つ。冷酷無慈悲っていう方の噂よ」
「あ!」
それは、シルヴィが言っていた噂……あの子も噂は本当よと言っていた。
「あれは無口なのに加えてね、興味の無い人にはニコリともしない子だからそんな噂が立ってしまったのよ。すごく冷たいんですって」
「ニコリともしない……冷たい?」
「ふふ、ほらやっぱり! ミルフィさんはアドルフォのニコリともしない冷たい姿の方が想像つかないみたいね?」
「ミルフィさんにデレデレの証拠だな」
お義父様までもがうんうん頷きながらそんな事を言う。
「デレ……」
「帰宅する度に玄関口で頭を撫で合っている夫婦が何を言っているんだ?」
「うっ!」
それを言われると私は恥ずかしくて何も言えない。
だって、無口どころでは無い旦那様(仮)とのナデナデはもう私達の日課のようになっている。
(ナデりナデられ……のナデナデ結婚生活……)
そんな毎日を思い返してしまったせいで何だか頬が熱くなって来た。
「た、確かに、だ、旦那様は初めて会った時から、優しかった……です」
私は赤くなった頬を抑えながらそう答える。
旦那様(仮)は突然、階段の上から降って来た花嫁(仮)を受け止めてくれた。
嫌な顔をされた記憶は無い。むしろ、頭をポンッとされて初めてのナデナデをされたような……
だから、冷酷無慈悲なんて噂は嘘よ! ってすぐに思った。
「それからもいつだって……今も旦那様は私に優しいです……」
「それはそうだろう。前にも言ったがアドルフォが望んで待ちに待った花嫁なのだからね」
それは確かに前にも聞いた。
あの時はそんなにも仮の花嫁が早く欲しいのかと思ったのだけれど……
そこに生まれる疑問。
「……あの、ひとつ聞いてもよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「何だい?」
「……」
……胸がドキドキする。
このドキドキは、きっと“この先を聞いてもいいのかしら”というドキドキ。
聞いてしまったらもう後戻りは出来ない。そんな気がする。
(いえ、私はお飾りの妻であっても無くても、ここで……ロイター侯爵家で旦那様(仮)とこれからも一緒にいたいと思っているもの……!)
だから聞く!
「……旦那様はその待ち望んでいたという花嫁の名前をはっきり私……“ミルフィ”だと言っていたのでしょうか?」
「「え?」」
「単なるロンディネ子爵家の娘、それとも、ロンディネ子爵家の娘のミルフィ……どちらだったか覚えていらっしゃいますか?」
お義父様とお義母様は私のその質問にとても驚いた顔をした。
そしてその後、二人は顔を見合わせると「それは……」と、答えてくれた。
65
お気に入りに追加
5,708
あなたにおすすめの小説
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

今更「結婚しよう」と言われましても…10年以上会っていない人の顔は覚えていません。
ゆずこしょう
恋愛
「5年で帰ってくるから待っていて欲しい。」
書き置きだけを残していなくなった婚約者のニコラウス・イグナ。
今までも何度かいなくなることがあり、今回もその延長だと思っていたが、
5年経っても帰ってくることはなかった。
そして、10年後…
「結婚しよう!」と帰ってきたニコラウスに…

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです
果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。
幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。
ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。
月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。
パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。
これでは、結婚した後は別居かしら。
お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。
だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

【完結】美人な姉と間違って求婚されまして ~望まれない花嫁が愛されて幸せになるまで~
Rohdea
恋愛
───私は美しい姉と間違って求婚されて花嫁となりました。
美しく華やかな姉の影となり、誰からも愛されずに生きて来た伯爵令嬢のルチア。
そんなルチアの元に、社交界でも話題の次期公爵、ユリウスから求婚の手紙が届く。
それは、これまで用意された縁談が全て流れてしまっていた“ルチア”に届いた初めての求婚の手紙だった!
更に相手は超大物!
この機会を逃してなるものかと父親は結婚を即快諾し、あれよあれよとルチアは彼の元に嫁ぐ事に。
しかし……
「……君は誰だ?」
嫁ぎ先で初めて顔を合わせたユリウスに開口一番にそう言われてしまったルチア。
旦那様となったユリウスが結婚相手に望んでいたのは、
実はルチアではなく美しくも華やかな姉……リデルだった───

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。

【完結】姉は全てを持っていくから、私は生贄を選びます
かずきりり
恋愛
もう、うんざりだ。
そこに私の意思なんてなくて。
発狂して叫ぶ姉に見向きもしないで、私は家を出る。
貴女に悪意がないのは十分理解しているが、受け取る私は不愉快で仕方なかった。
善意で施していると思っているから、いくら止めて欲しいと言っても聞き入れてもらえない。
聞き入れてもらえないなら、私の存在なんて無いも同然のようにしか思えなかった。
————貴方たちに私の声は聞こえていますか?
------------------------------
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる