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9. 分かりづらい優しさ
しおりを挟む優しい手付きの頭ポンポンを終えた旦那様(仮)は、そのまま椅子から立ち上がると、私の元に近付いて来た。
「……え?」
そして、何とそのまま私を横抱きにして抱えた。
「え? え!? だ、旦那様!?」
「……」
「アドルフォ? 何をしているの?」
旦那様(仮)のこの行動にはさすがのお義父様とお義母様もギョッとしていた。
「旦那様! お、降ろしてください! お、重いでしょう!?」
「……」
ブンブンと旦那様(仮)は首を横に振る。
その否定は降ろさないのブンブンか、重くないのブンブンか……
「だ、旦那様ってば!」
「……」
そのまま私を抱き抱えた旦那様(仮)は、お義父様とお義母様にペコッと軽く頭を下げて挨拶をした後、食事の場を出て颯爽と歩き出す。
無駄だと分かっていても私も訊ねずにはいられない。
「ど、どこに行くんですか?」
「……」
「もーう! こんな時まで無言ですか!」
「……!」
「あ、はい……」
暴れないでくれ! と、目で訴えられた。確かにこの状態で暴れるのは得策では無い。
(だけど急にどうしたと言うの? こんな事は初めてだわ……)
と、不安になるも、ここは屋敷の中。旦那様(仮)が向かっていたのはなんてことは無い。
……私の部屋だった。
扉の前でピタッと足を止めた旦那様(仮)に訊ねてみる。
「えっと? 部屋までお連れしてくれた……のですか?」
「……」
この1ヶ月、頑なに部屋に入ろうとしない旦那様(仮)だから、このままここで降ろしてくれる……そう思ったのだけど、今日の旦那様(仮)はひと味もふた味も違った。
ガチャリ……と、扉を開けて中へと入る旦那様(仮)。
(えぇえぇえ!? 旦那様(仮)が私の部屋の中に入った!?)
脳内大パニックの私を気にする事もなく、結婚後初めて私の部屋の中に入った旦那様(仮)は、キョロキョロと部屋の中を見回すと、ベッドに向かって歩き出す。
そして、ようやくそのままそこに私を降ろすと自身もその横に腰を降ろした。
「えっと?」
「……」
(これは何? どういう状況?)
旦那様(仮)とベッドに並んで腰掛けているこの状況は何?
「旦那様? あのこれはー……」
私がそう言いかけたら、フワッと前にも嗅いだシダーウッドの香りがした。そして、同時に感じたのはあたたかい温もり……
何でこの香りが? そう思ったのだけど、ようやくそこで私は今、旦那様(仮)に何をされているのかを理解した。
(これは、だ、抱きしめられている!!)
なんと旦那様(仮)が私を抱きしめていた。
「本当に、ど、どうされたのですか?」
「……」
ギューッ
「だ、旦那様、私のお部屋に入ってますけど……」
「……」
ギューッ
「さっきのポンポンもそうですが、いったい何があっ……」
「……」
ギューッ
全てギュッと抱きしめられてしまって答えにならない。
似たような事が前にも無かったかしら?
と思いながらも旦那様(仮)は私を離す気は全く無さそうだという事は分かった。
恥ずかしさと戸惑いで私の顔もどんどん赤くなっていく。
旦那様(仮)こそ、どんな顔をしているのかと思ってチラッと見てみれば、こちらも顔が真っ赤。
(真っ赤に照れながら抱きしめるってどういう事!?)
ギューッ
また、強く抱きしめられた。
──最初は恥ずかしかったものの、何だかそのうち旦那様(仮)の温もりが心地よくなってしまって、頭の中がぼんやりし始めた頃、旦那様(仮)がそっと身体を離した。
「……」
「……」
私達は無言でしばし見つめ合う。
すると、旦那様(仮)の手がすっと伸びてその手が私の頭……ではなく、目元に触れた。
(え? あっ!)
私はそこでようやく理解した。
旦那様(仮)はさっき私が泣きそうになっていた事を感じ取ってあの場から強引に連れ出したのだと。
そして、このギューッはきっと私を慰めるため……
「わ、分かりづらいです……」
「……」
旦那様(仮)の手が軽く私の目元を擦る。
そして……
ナデナデナデナデ……
もう片方の手で私の頭をナデナデする。
優しくて温かいナデナデ。
(なんてずるい事をするの……)
そんな温かさにつられてしまったのか、私はポツリと零す。
「……妹に会うのが怖いのです」
「……」
ナデナデ……
「妹、シルヴィは私と違って可愛くて明るくて社交的で……だから、いつだってちょっとしたワガママも皆に許されて……私は我慢を強いられて……」
「……」
「私が大事に思う人も物も、気付いたら皆、シルヴィに…………って、きゃ!?」
ナデナデナデナデナデナデ!
何やらいつもの照れた時とは違う高速ナデナデが繰り出された。
「旦那様?」
「……」
ナデナデナデナデナデナデ!
(えっと? これは、私を元気づけようとしている?)
「……旦那様」
「……」
ギュッ
高速ナデナデを止めた旦那様(仮)が再び私を抱きしめる。
「旦那様」
「……」
ギューッ
「私、ここにいていいですか?」
「……」
ギューッ
「私が、あなたの……アドルフォ様の妻でいていいですか?」
「……」
ギューッ
「旦那様……!」
全部、肯定してくれている。そんな抱きしめ方だった。
嬉しくて私からもギュッと旦那様(仮)に抱き着いた。
「!!」
旦那様(仮)がひゅっと息を呑んだ気配がしたので、チラッと顔を見たら、やっぱり旦那様(仮)の顔は赤かったので、思わずふふっと笑ってしまった。
(……大丈夫。旦那様(仮)がいてくれる。だから、シルヴィが何を言って来ても怖くなんかない)
そう思えた。
*****
「お姉様~! お久しぶりです~」
「……シルヴィ」
そして、翌日。
シルヴィがロイター侯爵家にやって来たので出迎える。
「……お姉様」
「何かしら?」
「……」
シルヴィが私の顔をじっと見て黙り込んでしまったので何かあったのかと訊ねてみる。
「いーえ? ただ、本当にお姉様ったら元気なんだなぁって……」
「……そう」
シルヴィの顔が“残念、つまらなーい”と言っている。
「それより、お姉様! お義兄様は? お義兄様はどこにいらっしゃるの? 早くお会いしてみたいわ!!」
目を輝かせてシルヴィはそんな事を言う。
私の胸がチクリと痛む。
「シルヴィ。先にロイター侯爵夫妻への挨拶が先でしょう?」
「あ、そうでしたぁ……えへへ、つい」
「えへへ……では無いでしょう!」
「ごめんなさーい。だってとにかく早くお義兄様にお会いしたかったんだもの」
シルヴィはそう言っていつもの可愛い笑顔を浮かべた。
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