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19. バッドエンドへの道 ①
しおりを挟む「あれ?」
私は小さく驚きの声を上げた。
なぜなら……
レグラス様の執務室にやって来たのはディーク殿下だけではなかったから。
「え? 何で皆がいるの? ……それに……」
エルミナ様もその事に気付いたのか驚きの声を上げた。
そう。
この場に現れたのはゲームで言うところの攻略対象者の残り、神官の息子リオン様と教師のデシフェル様。
そして、ディーク殿下の婚約者兼悪役令嬢でもあるステミア様。さらに……残りの二人の婚約者で、私と同じモブのリーゼ様にコレット様。
何より一番驚いたのは、さり気なく、王太子殿下までもがこの場に混ざっていた事だった。
(……これって、攻略対象者とその婚約者が揃ってる!?)
モブの私達も含めた、まさかのゲームのキャラが勢揃いした瞬間だった。
ちなみに、王太子殿下の婚約者がこの場にいないのは、お相手が隣国の王女様だからで、さすがにここには来れない。
そもそも王太子殿下の婚約者は、ゲームでは存在は匂わされるけどやはり名前すら出てこないので、現実で王太子殿下のお相手を知った時は驚いたわ。
(ゲームの展開みたいに王太子殿下ルート入って婚約破棄なんて起こさせてたら間違いなく国際問題に発展するじゃないの……)
「皆様。お揃いでどうなさったの? あ! 私の婚約を祝福にー……」
さすがのエルミナ様も何かを感じたのかさっきまでのあの、余裕たっぶりの表情が消えて言葉を詰まらせていた。
それくらい現在、この部屋の中の空気はおかしかった。
「……残念だよ、エルミナ」
「!? 何がですか? ディーク様?」
変な空気を断ち切るかのように、最初に口を開いたのは聖女統括責任者となっているディーク殿下だった。
ディーク殿下は冷たい目でエルミナ様を見下ろした。
(あれ? ディーク殿下だってエルミナ様に攻略されてたはずなのに何でそんな目を……?)
「話は全部聞かせてもらったよ……君はここに来た頃と随分変わったね」
「え!」
「聖女認定されて王城に来た頃の君は、突然の事に戸惑いながらも、礼儀正しく、あの素直な性格と明るさをパワーに何でも頑張ろうとする子だった」
「……っ!」
「だからこそ、僕達は君を助けたいと思ったんだ」
ディーク殿下のその言葉にマルク様がピクっと反応を示した。
言葉は発しないけど思い当たる事があるのかもしれない。
「本当に初めの頃は、勉強も熱心で教えがいがあったんですけどねぇ……」
「デシフェル先生!?」
「最近は取って付けたように、孤児院の訪問とかしてたみたいだけど、一番大事な聖堂に来てのお祈りはだいぶ手を抜く様になったよね~。初めの頃はこっちが止めても、これが私のお役目ですからって笑顔で言ってたのにさ」
「リ、リオン……?」
ディーク殿下の言葉に彼らも続く。
「や、やだ、皆、どうしたの? 何を言ってるのか分からないわ」
彼らの言葉を受けて、たじろぐエルミナ様に向けてディーク殿下はますます冷たい目を向けて言った。
「はっきり言おう。エルミナ。君の世間の評判はあまりにも悪すぎる」
「え?」
「聖女は、まず各地域の有力権力者達からの推薦があり、その後、素行や経歴などを調べた上で選出されるものだ。だが、エルミナ。とくにここ数ヶ月の君はその評判が報告とあまりにも違い過ぎている」
「なに、を……」
あぁ、聖女の選出ってそういうシステムだったのね?
認定は神殿が行う事は説明されてたけど、選出方法についてはゲームでは端折られてたから初めて知ったわ。
それにしても、経歴や素行……? 失礼だけどエルミナ様、何で選ばれたの……?
いくらヒロイン補正があってもおかしくないかしら?
「何かがおかしいと思ってね。エルミナ。君の事は調べさせてもらったよ」
「は? 調べる?」
「だって、そうだろう? 君の変わり様はまるで人の中身が入れ替わってしまったかのようにおかしいのだから」
「!!」
エルミナ様の顔色がだんだん悪くなって来た。
ディーク殿下の発言を聞いて私は、まさかまさか……という思いを抱く。
──もしかして、エルミナ様が前世を思い出したのは聖女認定されて王城にあがってからだったんじゃ……?
聖女に選出された時は、まだ今の様な彼女では無かった……?
だから選出されて認定も通った……?
最初は熱心だった勉強。聖堂でのお祈りもしっかり行っていた……なのにエルミナ様は変わった。
───それは……中身が変わったから!
(全然その可能性を考えてなかった……!)
「僭越ながら調査は私の家で行わせていただきましたわ。こういった仕事は我がクヤーク家の役目なので」
そう言ってディーク殿下の横に並んだのは、ステミア様。
何か調査書の様な紙の束をディーク殿下に手渡していた。
「さて、エルミナ様。私、一つ分からない事がありまして。直接あなたの口から答えを聞かせて欲しいわ。あなた、セラフィーネ様がまだマルク様の婚約者だった頃、ご実家の人間にお願いして随分と執拗にセラフィーネ様について調べていたみたいですわね?」
「……なんっ!」
(えっ!?)
突然、自分の名前が出て来て驚いた。
調べられてた? 私が?
「当時、まだマルク様の婚約者だったセラフィーネ様の事を調べて何をするつもりだったのかしら? まさかとは思いますけど、私達と違ってなかなか王城に来ないセラフィーネ様に何か危害でも与えようとしていたのではなくて? あなた、何故かここにいる男性方の婚約者にだけわざわざ突っかかってましたものね?」
「…………!」
エルミナ様の顔色が分かりやすく変わった。
その様子を見て心の底から驚いた。
……まさか、本当にそんな事を考えてた……?
だから、あの日エルミナ様は私の顔を知ってたの……?
背筋がゾクリとした。
「…………へぇ、セラフィーネに危害を? それはそれは詳しく聞きたいところだなぁ」
私の横からレグラス様のとんでもなく低い声が聞こえた。
こっちも分かりやすく黒いオーラが出ている……当たり前だけど間違いなく怒っている。
「セラ」
レグラス様が私の名前を呼ぶなり、すっと腰に手を回して自分の方へ引き寄せ私を抱き寄せた。
「レグラス様!?」
「ちょっと震えてる。大丈夫だ。セラには指一本触れさせないから」
そう言って優しく微笑むレグラス様の顔を見てこんな時なのに私の胸がキュンとした。
震え? 何それってなる程の甘くて優しい笑顔だった。
(……別の意味で死にそう……!!)
「ふふ。お熱いですわね、羨ましいわ。それではレグラス・クレシャス様。後で詳しく調べた調査報告書をお渡ししますわね」
「ありがとう、ステミア嬢」
「……まぁ、そこの女の口からも、じっくりと詳細を聞いてみたいけどね」
と、レグラス様がものすごく冷たい目でエルミナ様を睨みながら言った。
「……ひっ!」
エルミナ様は小さく悲鳴を上げ、レグラス様から慌てて視線を逸らした。
「それでは、次は私達の番ね。エルミナ様。あなた、こちらもご実家の人間を使って私達に関する根も葉もない噂を広めていましたよね?」
「やだわ、な、なんの、話かしら……?」
ステミア様の追求と入れ替わるように、リーゼ様とコレット様が口を開いた。
対するエルミナ様の目は完全に泳いでいる。
「ここの男性陣が皆、聖女様に夢中でわたくし達が、それぞれの婚約者と不仲である……が最も多かったですわね……あと、この度のレグラス・クレシャス様とのお話も、今朝、皆様の前で発言するより前に、わざと先に広めさせていたのではありません?」
「だ、だから! な、な、何で、私がそんな事する必要が……!」
必死に反論しようとするエルミナ様の顔は図星だと言っているようなものだった。
(だから、あんなに情報が早かったんだ……)
「思うようにいかなかった時の為でしょう? 先に噂が広がってしまえば、レグラス様も断りづらくなるとでも思ったのでしょうね」
「まぁ、浅はかですわね」
リーゼ様の言葉にコレット様が賛同し、二人はさらに追い討ちをかけていく。
「だって、あの噂を広げたのもエルミナ様ですものね」
「あぁ、あの噂ですわね? リーゼ」
「そうよ。聖女の婚約や結婚が優遇されるって話。そんな事あるわけないじゃない。いくら聖女でもそんな越権行為が認められるわけないでしょう? でも、そうやってわざと事情を知らない人達に噂を流して、そう思わせれば本当になるとでも思ったのでしょ。とても短絡的な思考だわ」
リーゼ様がとても冷ややかにそう言った。
「実際かなり多くの方が信じているみたいなので、迷惑な話ですわよね……。そうそう、わたくし前々から思ってましたけれど、エルミナ様の頭の中を覗いて見たいですわ。すごく興味がありますの。何が出て来るかしら??」
コレット様が真面目な顔してそんな事を言う。
その気持ちはとてもよく分かるので心の中で同意しておいた。
多分、お花畑かな。
「何よ! か、勝手な事ばかり言って! 私はっ……」
リーゼ様とコレット様の追求になおも食い下がろうとするエルミナ様だけど、彼女は気付いてるのかしら。
さっきから、まともな反論一つ返せていない事に。
そんなエルミナ様と違って、攻略対象者達&その婚約者達の追求の手はまだまだ緩みそうに無かった。
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