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side マルク②
しおりを挟むセラフィーネが兄上との婚約を受け入れてくれたので、これで晴れてエルミナに想いを告げる事が出来る!!
そう意気込んでいた僕にもたらされた話は、「しばらく聖女の護衛の任務はしなくていい」だった。
「聖女の護衛ばかりでは、そなたの騎士としての腕前も鈍ってしまうだろう?」
その命令を下した第2王子ディーク殿下はそんな風に言ったが、きっと内心は違う。
僕が邪魔なんだと思う。
だって、彼もエルミナに惹かれている人間の一人だから。
エルミナが懇意にしている人間は僕一人では無い。
そして、彼女の可愛らしい容姿とあの天真爛漫な性格に惹かれている人間も僕だけではないと知っている。
「殿下……」
「あぁ、そう言えばマルク。君は婚約者との婚約が破談になったそうだな」
「! え、えぇ、そうですが……」
「それはさぞ大変だっただろうな」
ディーク殿下のその鋭い視線を受けて、僕は悟った。
──ディーク殿下は、僕に婚約者がいなくなったから警戒しているのだ、と。
エルミナが懇意にしている者達は僕を含めて全員婚約者がいる。
その中で現在、フリーになったのは……僕だけだ。
今、堂々とエルミナの手を取れる立場になったのは僕だけ。
だからどうにかして引き離そうとしているんだろう。
(ディーク殿下はおいそれと婚約破棄なんて出来る立場では無いからな……)
「……殿下、せめてエルミナ……聖女様とお話をする時間だけはください」
「……」
殿下は渋々だったが、そこは頷いてくれた。
「あら、マルクどうしたの?」
エルミナの元を訪ねると彼女はいつものように可愛らしい笑顔を見せてくれた。
「うん……実はしばらくエルミナの護衛から離れる事になりそうなんだ」
「え? どうして?」
エルミナがビックリした顔をする。
そうだよね、驚くよね……
「ディーク殿下に、少し騎士団に戻って腕を磨く様に言われたよ」
「どうして? マルクの実力なら今でも充分でしょう?」
「でも命令だから……」
「そんな、そんなの……ダメよ。私、あなたがいなくちゃ……!」
「エルミナ……」
エルミナが嫌がってくれてる様子なのがせめてもの救いだと思った。
「エルミナ、君が僕を呼んでくれた時はちゃんと君の元に駆けつけるから」
「マルク……嫌よ、私……!」
「ごめん、エルミナ。仕方ないんだよ」
あぁ、そんなに嫌がってくれるのか。
「マルク。私、私はね、あなたが1番なのよ」
「エルミナ?」
「あなたの事が1番好きよ。だから……また、ちゃんと戻って来てくれるわよね?」
「勿論だよ! 絶対君の元に戻って来るから!」
「……ありがとう、待ってるわ」
エルミナはニッコリ笑って言った。
その言葉に浮かれていた僕はその後のエルミナの小さな小さな呟きを拾う事は無かった。
「……今はまだ、あなたが必要なんだもの……」
──しかし。
結局、なかなかエルミナの元に戻る事が出来ずに無駄に日々だけが過ぎて行く。
最近の唯一の救いは、兄上とセラフィーネが思っていたよりも上手くいってそうに見える事だろうか。
(二人とも素直じゃないからもっと反発するかと思ってたんだけどな)
二人の結婚式の日程もだいぶ近付いて来た。
このまま幸せになってくれたらいいな、そんな風に思ってたその日──……
久しぶりにエルミナに呼び出された。
(ついに戻れるのかな??)
逸る気持ちを抑えながら、エルミナの元に駆け付けた。
「……今日、セラフィーネ様にお会いしたわ」
「え?」
セラフィーネに? 王城に来てたのか?
それより、何でエルミナがその事を??
「エルミナ? よく分からないんだけど、エルミナはセラフィーネの顔を知ってたの?」
「えぇ、もちろん知ってたわ」
エルミナがニッコリした顔で微笑んだ。
「僕の婚約破棄の事を聞いたの?」
「そうよ。どうしてその事をすぐに教えてくれなかったの? それに、どうして……セラフィーネ様はあなたのお兄様……レグラス様と新たに婚約しているの?」
「ごめん、伝えなきゃとは思ったんだけどちょうど任務を外されちゃった時だったから……それと兄上の婚約も、まぁ、色々事情があるんだよ」
「事情? それはつまりマルクが婚約破棄したから、お兄様が代わりになるしか無かったとかそういう……?」
「いや違うよ? そうではなくて兄上が望んだからだ」
「レグラス様が……望んだ?」
兄上のセラフィーネとの婚約は、兄上が強く強く望んだものだ。
遺言を盾に婚約を迫っていたけど、本当は遺言とか世間体とかそんなのは兄上の中ではどうでも良くて。
ただただ、ずっと好きだったセラフィーネを望んだ。それだけだ。
でも、そんな事を知らない世間から見れば(遺言の事は知られてなくても)、弟の不始末をその兄が代わりに婚約する事で責任取った、と見られている……そういう事なのだろうか。
「困るわ……」
「困る? 何がだい?」
エルミナが何に困っているのか分からず僕は首を傾げる事しか出来ない。
「……不仲じゃないと困るのよ」
「エルミナ?」
不仲じゃないと困る? 何を言ってるんだろう?
「ねぇ、マルク……ダメよ。セラフィーネ様とあなたは元に戻るべきよ」
「は? 何を言ってるの?」
「だから、あなたとセラフィーネ様が婚約者に戻るべきだと思うの」
──エルミナは、何を言ってるんだ!?
そんな事出来るはずないし、何でエルミナはそんな事を望むんだ!!
「何を言ってるんだ! そんな事は今更許されるはずがないし、エルミナは、エルミナは僕の事を好きなんじゃないのか!?」
「好きよ? 私はマルクの事、好きよ。でも、マルクの婚約者はセラフィーネ様であるべきだと思うのよ……」
「何でそんな話になるんだ!」
エルミナが何を考えてるのかさっぱり分からない。
何故だ? まさかとは思うけどセラフィーネがエルミナに何か言ったのか?
いや、そんな事はあるはずない……そう思うけど……
そんな事を考えていると、エルミナがポロリと涙を零す。
「だって、私のせいでマルクとセラフィーネ様の仲を壊したなんて……申し訳ないんだもの……だから私はマルクの事は好きだけど……身を引くわ。ごめんなさい、マルク……」
「……!」
どうしてこうなったんだ? 僕にはさっぱり分からない。
「……君が身を引くと言っても、僕とセラフィーネの婚約は元には戻らないよ。セラフィーネは兄上と正式に婚約を結んでるんだから……」
それに、あの兄上がセラフィーネを手放すはずが無いじゃないか!
「レグラス様が望んだからとマルクは言うけど、レグラス様だって本当は無理して……」
「いや! 本当にそんな事は無いから」
むしろ、喜んでるよ。大喜びだよ。
セラフィーネが兄上との婚約を受け入れた時の、必死に喜びを隠そうとした顔が忘れられないよ。
「…………困ったわ」
エルミナは再びそう呟いていた。
「……そうだわ。ねぇ、マルク……レグラス様って何が好きかしら?」
涙を拭いながらエルミナがそんな事を聞いてくる。
──は? 今度は何を言い出した?
「何で兄上の事を気にするんだ?」
嫌な気持ち……ドス黒い気持ちが湧き上がってくる。
まさか、エルミナは兄上に興味を持ったのか?
「今日お会いした時に助けてもらったの。何かそのお礼が出来たらな、と思って」
「助けて?」
「ちょっとステミア様と……ね」
またか。
エルミナはステミア様と仲が悪い。これはもう有名な話だった。
「お礼は必要ないと思うよ。それに婚約者以外からの女性から何か贈られても兄上だって困るだろ?」
「そういうものなの?」
キョトンとした顔をするエルミナは可愛い。
可愛いけど、もう少し貴族社会の事を学ぶべきだと思う。
教師は何を教えてるんだろう……
「そういうものだよ」
「……マルクがセラフィーネ様とヨリを戻せばレグラス様には婚約者がいなくなるわ。そうしたら受け取って貰えるかしら?」
「……何でその話に戻るんだ! 無理だって言っただろう!?」
僕は思わず怒鳴っていた。
「ただ、お礼がしたかっただけなのに……」
エルミナはしゅんっと項垂れた。
兄上の好きなもの?
そんなの決まってる。セラフィーネだ。
他の何をあげても兄上が喜ぶはずが無いじゃないか。
贈り物だってセラフィーネから以外の物なんて受け取るはずが無い。確信持って言える。
「……」
エルミナは未だに項垂れていた。何か小さくブツブツ呟いてるけど聞き取れなかった。
やがて顔を上げたエルミナは僕を見て言った。
「マルク、もういいわ。聞きたい事は聞けたから。ありがとう」
「エルミナ……」
気のせいだろうか? 何だか突き放されたような気持ちになった。
僕はこれ以上何も言えずにエルミナの部屋から出て行った。
(結局、護衛に戻る話どころでは無かったな……)
僕の事が好きだと言いながらセラフィーネとヨリを戻せなんて言うエルミナが分からない。やはり、セラフィーネと何かあったのだろうか……?
「……セラフィーネにも話を聞いてみるか……」
エルミナが何を考えてるのか分からなくて、僕の中には不安な気持ちだけが強く残った。
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