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21. ずっとあなたと

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   ───私とレグラス様の結婚式。

  とうとうその日がやって来た。




「無事に今日を迎えられて良かったわ……」

  式場の控え室で私は独りでそんな事を呟いた。


  あれから、エルミナ様は裁判にかけられ罪を問われた。そしてやはり彼女の“聖女認定”は詐称だった事が判明した。
  男爵家は取り潰しのうえ、家族も当主以外は全員国外追放。
  エルミナ様も身分剥奪のうえ、生涯出る事を許されない厳しい監視付きの犯罪者専用の収容所に入る事が決定したという。

  男爵家はもともと私生児だった彼女を引き取り聖女に伸し上げたけど大失敗!
  そして自滅していった。
  
  ゲームでのバッドエンドは定番の修道院行きだったのに……
  そこなら、その後の更生しだいでは貴族に戻れなくても、一平民として社会復帰出来る可能性は残されていたのに。
  現実の彼女は完全に犯罪者となっていた。
  それは、やっぱり多方面を怒らせた事が大きい。
  レグラス様も、私との結婚に横やりを入れられた事が許せず、厳重な処罰を求めていた。

  そして、攻略対象者とその婚約者達の顛末。
  まぁ、予想通りというかなんと言うか……さすが、どんな噂が流れていても婚約破棄にまで至らなかっただけある。
  彼らの婚約は全員そのままで、近々結婚するカップルもいるらしい。

  本気でぐらついた経緯のあるディーク殿下に対してステミア様は、笑顔で「ふふ、これで、この先殿下はもう浮気なんて出来ませんね!  …………次はなくてよ?」と言った(脅した)とか何とか……
  悪役令嬢の微笑みにディーク殿下は完全に押されてたとか。
  
  
  (良かった、と思っていいのよね?)


  ステミア様もそうだったけど、どこも女性陣の方が強そうなカップルなので、ディーク殿下も他の方々もきっと尻に敷かれる事になるんだろうな、と思うと何だか可笑しかった。

  こうして元聖女にめちゃめちゃにされそうだったカップル達はそれぞれの幸せに向かって進んでいた。

  ……たった一人を除いて。

「……マルク」

  彼だけが唯一、ゲームのストーリーのように婚約破棄をした。だけど私はレグラス様と結婚するので当然関係は元に戻らなかった。

  そんな彼は私達の結婚式を見届けた後は、己を鍛え直す為に辺境の騎士団への入団を希望したという。
  一番、“運命の恋”に振り回され翻弄されたのはマルクだと思う。

  だけど、辺境行きの決意を私達に告げた時の彼の顔は、とても晴れ晴れとしていたから心から応援したいと思った。
  願わくばそこで良い人と巡り逢えたなら……なんて思ってしまう。


  国民には王家と神殿共同で声明文を出し、謝罪していたけれど国民の反発はすごい。
  おそらくだけど、これから聖女という存在は不要になる方向に向かって行きそうだとレグラス様も言っていた。私もそう思う。

  これらは、ゲームの終わり。
  いや、ゲームの世界では無くなった事を意味している気がした。

「……私もいい加減、ゲームに囚われるのはやめないといけないわね」

  だって、婚約破棄される名無しモブだった、セラフィーネ・ラグズベルク伯爵令嬢は、今日からセラフィーネ・クレシャスになるんだもの!
  


 

  コンコン





  そんな事を考えていたら、控え室のドアがノックされた。

「ーーはい、どうぞ?」
「セラフィーネ、準備は出来たか?」
「みんな!」

  入ってきたのは両親と妹だった。

「お姉さま、きれい~」
「ありがとう、レティシア。あなたも可愛いわよ!」
「セラフィーネ、綺麗ね。これはレグラス様もきっと惚れ直すのではないかしら?」
「惚れっ!?  ……あ、ありがとうございます、お母様」

  お母様は私のウェディングドレス姿を見てウットリしている。
  私も完成したドレスを見てそんな顔をしたから親子ね。
 
「……色々あったが、ようやくこの日が迎えられたな」

  そう口にするお父様の胸中には、お祖父様の遺した遺言への思いもあるのだろう。

  クレシャス侯爵家とラグズベルク伯爵家の前当主の遺言で決まった婚約。
  途中、婚約相手が変わり、ちょっと騒動はあったけれど、無事に今日を迎える事が出来た。
  後は、このまま何事も無く式を終えられれば私はレグラス様と正式な夫婦となる。

「……レグラス殿は昔からセラフィーネの事を想っていたからなぁ……お前の事を心から幸せにしてくれそうな人の元へと嫁に出せて嬉しいよ」
「え?」
「何だ? その顔は」
「いえ、レグラス様が昔から私の事をって、お父様は何故それを知っていたの?」
「婚約が決まった時に言っただろう?  レグラス殿は昔からお前を気にかけていた、と」
「それはそうですけど……何故それを好意だと思ったのかな、と思いまして」
「あぁ、それか」

  私の言いたかった事を理解したらしいお父様は、そんな事か。という顔をした。

「いやー……初めてお前たちが顔を合わせた時のレグラス殿の様子がな……」
「あの暴言以外にどこかおかしかったの?」
「おかしかったと言うか……お前を見て突然、頬を赤く染めたと思ったら、すぐ青くなってな。その日の彼は赤くなったり青くなったりしていたよ」
「……えっ」
「その後の、あの暴言だろう?  あぁ、これはしまったなとは思ったよ……」

  何だそれ、と思わず言いそうになった。
  赤くなったのはともかく、何で青くなったのだろう?
  なんであれ、レグラス様の恋心は周りにもバレバレだったらしい。
  当の私は全く知らなかったけれど。

「まぁ、さすがにあの暴言からまさかそれから10年も、お前に片思いしているとは思いもしなかったが」
「本当よね。それで今日を迎えてるんだもの。執念のなせる技だわ」

  お父様の言葉にお母様も笑いながら賛同した。

「それだけ愛されてるんだ。幸せになりなさい、セラフィーネ」

「……はい!」







  祭壇の前に立つレグラス様の元へお父様のエスコートで向かう。
  前世で言うところのバージンロードを歩いている。
  一歩一歩彼の元に近づく度に、あぁ、私、彼のお嫁さんになるんだって幸せが込み上げてくる。

  そして、レグラス様の隣に立つ。

「セラ、綺麗だ」

  レグラス様は小声だけど、ハッキリそう言ってくれた。

「貴方も、素敵です」

  私もそう返す。
  二人でそっと微笑み合いながら、互いに誓いの言葉を述べる。

  ……そして、誓いのキスの時間となり、ベールをあげてレグラス様と向かい合った。

「愛してるよ、セラフィーネ」

  そう言ったレグラス様の目元が薄ら光っていたのは多分、気の所為じゃない。
  それに、きっと私も同じだったから。



  そして、その言葉を合図に重ねられた唇は何故かなかなか離れてくれず、式場がちょっと騒めいていた。



  
   ──後にあの妙に長い誓いのキスは何だったの?  と、聞くと、
  “今後も余計な虫をつけない為”だと返された。
  この人は何の心配をしてるのかしらね。


  だけど、ちょっと私も嬉しい……とか思ってしまうんだから恋心って凄いわね。






  そんなこんなで、
  こうして、私達は皆の前で愛を誓い合ってようやく夫婦となった。








「……セラ」
「レグ?」

  結婚式を終え、披露宴での挨拶とお披露目が終わりようやく一日が終わろうとしている。
  長い一日だった。
  疲れたけど、今までで1番幸せな日となった事は間違いない。

  そして、今夜は──

「……やっと、セラを全て僕のものに出来る……」
「!!」

  そう言いながら、レグラス様は私の座っていたベッドの横に腰掛けた。

「緊張してる?」
「あ、当たり前ですっ!!」
「……だよね。まぁ、それは僕も同じだから」
「えっ?」

  そう言ってレグラス様は私の手を取り自分の胸に当てさせた。

  ドクンドクン

  (……心臓の鼓動がとても早い……)

「ね?」

  そう言って笑うレグラス様の顔がほんのり赤くて、つられて私も赤くなる。
  そんな緊張のせいで、ふと思い出した事が口から飛び出した。

「あ!  そう言えば式の前にお父様から聞きました!」
「……何を?」

  ちょっといい雰囲気になりかけたのに、それをぶち壊す勢いだったからか、レグラス様の返事は少し不満そうだ。
  だけど、開いた口は塞がらないので私はそのまま話を続けた。

「私と初めて会った時のレグの様子!  顔が赤くなったり青くなったりしてたって聞きました!」
「へ!?」
「何故、そんな事に?」
「……」
「……レグ?」

  何故か黙りを決め込むレグラス様。私は理由が分からず首を傾げる。

「……ねぇ、セラ。そこは察してよ」
「はい?」

  ちょっと項垂れた様子を見せるレグラス様。その行動の意味が分からず私はますます首を傾げた。

「初めて会った時から、僕がセラ……君を好きだったと言ったのは覚えてるよね?」
「えぇ」
「赤くなったのは君に一目惚れしたから。そして青くなったのはー……」
「?」
「セラフィーネが、マルクの婚約者としてこの場にいる事に気付いたからだよ」
「……あ!」
「……好きになった子が、弟の婚約者……しかも、僕にだってその資格はあったと思うとやり切れない思いばかりが浮かんだ。そりゃ顔も青くなるよね」
「そして、あの暴言に繋がった……と」
「ゔっ…………ごめん」

  あの頃、ラグズベルク家に私以外の跡継ぎがいれば、おそらく私はレグラス様の相手となっていたのだろう。
  だけど、まだあの頃の我が家の跡継ぎは私しかいなかったから、レグラス様と婚約は出来なかった。
  けれど、巡り巡ってレグラス様の元に辿り着いた。


「……でも、回り道したけど、今、セラは僕の隣にいてくれるから大丈夫。幸せだ」
「はい。ずっとお側にいます」
「うん。僕も離す気は無いから」

  そう言って、どちらからともなく私達の唇が重なる。

「……セラフィーネ。愛してるよ」
「レグラス。私も、愛しています」


  レグラス様の手が私の夜着に触れる。



  ──長くて甘い夜の始まりだった。

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