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20. 嵐は去りまして
しおりを挟む「……」
エルミナ様が騎士たちに引きずられ強制退場させられた後の室内では、誰もが口を開けずに沈黙していた。
そんな空気を破ったのはー……
「ははは、何か面白い事が始まってると思って覗きに来たんだけど、想像以上だった」
「……おい! リシャール!」
王太子殿下だった。
レグラス様が咎めるけど全く気にする素振りが無い。
覗きに来た……ですか。
……そう言えば、殿下はこの場にいたけど一言も言葉を発してなかった。
王太子殿下は完全に傍観者を貫いていた。
あの調子で訳の分からない逆ハーエンドに王太子殿下まで混ぜようとしていたら、どんな事になるのか。……きっと彼女は考えなかったんだろうなぁ……
「はいはい。分かってるよ。ちゃんとあの犯罪者の処分はきっちり行うさ。証拠もたんまりとあるみたいだしね」
「当たり前だ!」
「はぁ、しばらく缶ずめかぁ……」
レグラス様に睨まれれた王太子殿下は肩を竦めながらそう言った。
発言内容はどことなく軽いけど表情は厳しかったので、やっぱり生易しい処分では済まなそう。
「ディークを始め、そこの皆には一通り事情を聞こうかな。ひとまず場所を移そう。あぁ、レグラス。お前は最後でいいよ。愛しの婚約者と二人で話したい事もあるだろ?」
「「!?」」
王太子殿下のその言葉に私とレグラス様は同時に息を呑んだ。
二人で話したい事があるだろ、ってそれって……
もしかしなくても、みんな最初から全ての私達の会話を聞いていたのでは?
そんな疑問が今更ながらムクムクと湧き上がる。
それは、かなり恥ずかしい!
「承知しました兄上……さて、色々と申し訳なかったね。君達は色々と巻き込んでしまった」
ディーク殿下が私とレグラス様の方に顔を向けながらそう言った。
「レグラスとラグズベルク嬢の結婚式は目前だと言う時なのにな。巻き込んですまなかった。だが、レグラスとラグズベルク嬢がエルミナの本性を先に暴き出してくれていたおかげでこちらのエルミナへの追求がしやすくなっていた。ありがとう」
「い、いえ……そんな事」
私は思いっきり首を横に振る。
ただ、エルミナ様の発言が許せなかっただけなのでお礼を言われても困る。
それに、証拠も揃えてきっちり断罪したのは皆様だもの。
「だけど、まさかエルミナがあんな事を考えていたとはな……私は本当に見る目がなかった。ステミアを責めてた自分が情けない……」
ディーク殿下が、項垂れて遠い目をする。
殿下も殿下で思う事があるに違いない。
これは殿下の好感度がだだ下がりしたからこその結果だけど、やっぱり最初はエルミナ様に惹かれていたのは間違いなかったらしい。
「そして、マルクはひとまず私と話そうか。……これからの事もあるからな」
「……はい」
それまで、全く口を開く事の無かったマルク様が返事をした。
その顔はまだどこか辛そうだった。
マルク様もこの展開を色々と受け入れ難いのかもしれない。
そんな事を考えていたら、マルク様が私の方に顔を向けた。
「セラフィーネ」
「はい」
「無理やり連れて来て申し訳なかった。……色々あったけど、結婚式の前に兄上と君が無事に気持ちを通じ合わせた事、心から喜んでいるよ」
「え?」
「何でそんな驚くんだい? 僕は兄上の気持ちも君の気持ちも薄々だけど知ってたよ」
「マルク!!」
横から焦った声で静止するレグラス様の声がするけど、私は目を丸くしたまま。
私の気持ちを知っていたってどういう意味?
「兄上は本当にセラフィーネの事が好きでずっと君を諦められずにいたみたいだし、君は君でずっと兄上の事を気にしていた」
「……っ!?」
「収まるべき所に収まったね」
そう言って笑うマルク様は、少しだけ吹っ切れたのか先程までよりは顔色も悪くなかった。
「ありがとうございます……マルク様」
「……マルクでいいよ」
「え? でも……」
「義弟に“様”はおかしいでしょ? 僕らは家族になるんだからね……義姉さん!」
「あ、ありがとう………………マルク」
「うん、兄上をよろしくね、義姉さん」
そう言ってマルク様は、皆と一緒に部屋から出ていった。
部屋に残ったのは、
「……」
「……」
もちろん、私とレグラス様。
さっきのやり取りを思い出してしまい思わず顔が火照ってしまう。
どうしていいか分からずに俯いている私に頭の上から声がした。
「セラフィーネ」
名前を呼ばれて顔を上げた瞬間、私はあたたかい温もりに包まれた。
ああ、これは抱き締められているのだな、と分かった。
「レグラス様?」
「今が夢じゃないんだって事を感じたくて」
「!」
そう言ってギュウギュウと抱き締めてくるレグラス様が愛しくて仕方ない。
「レティシア嬢が生まれた時……」
「レティシアが何か?」
「初めて望みを持った。セラフィーネを諦めなくてもいいのかもしれないって。それまでは何度も何度も諦めなくてはって自分にずっと言い聞かせてたんだ」
妹のレティシアが産まれるまで一人娘だった私は、ラグズベルク家を継がなくてはいけなかった。だから、婿入り出来る次男のマルク様が婚約者に選ばれた。
レグラス様は、その事を言いたいのだろう。
「セラフィーネとマルクがお互い恋愛感情を抱いて仲睦まじくしていたのなら、僕もどうにかして早々に諦めてたかもしれなかったけど」
「……私達の中に恋愛感情はありませんでした」
「うん、知ってる。だから、僕はずっと諦められなかった」
「でも、レグラス様にも婚約者はいましたよね?」
私は気になっていた事を聞いた。
いつのまにか婚約解消していたようだけど。詳しくは知らない。
今更ながら、彼に婚約者が居たという事実に少しだけ胸が痛む。
自分の事は棚に上げてずるいわね……
「……うん、立場上どうしても、ね。だけど、僕がセラフィーネを諦められなかったのと、向こうの令嬢との思惑が一致してね。遺恨を残さずに解消に至った。まぁ、少し時間はかかったけど」
「思惑が一致……?」
「そう。相手の令嬢にも好きな人がいてね。しかも、そちらの2人は想い合ってた」
「え!」
「2人で画策してどうにか婚約解消出来た時はホッとしたよ」
「……そ、その2人は?」
「ん? あぁ、少し前に無事に結婚したよ。もともとは相手の男性の身分が低くて交際も結婚も反対されてたんだけど、クレシャス侯爵家との婚約解消があったからね。当主も次は反対しなかったらしい」
私の場合は、流れるようにマルク様からレグラス様へと婚約が移ったけど、大抵の令嬢はどんな理由があるにせよ、婚約が破棄でも解消でもとんだ醜聞だ。
そのせいで次の縁談がろくな物にならない事は想像にかたくない。
その事を思うとレグラス様とその令嬢は、それすらも見越して最適なタイミングを見計らって破談にしたのでは? と思わずにはいられない。
「マルクが聖女に恋をしたって言い出した時は、全力で乗っかろうと思った」
レグラス様は笑いながら言うけど、一つ気になった。
「マルク様が、エルミナ様に恋をしていなかったらどうされるおつもりだったの?」
「さっきも言ってたけど、マルクは薄々ながらも僕の気持ちを知ってたからね。結婚式の日程が正式に決まる前に正攻法で破談に向けて動いたかな……でも」
「でも?」
「それだと、セラフィーネにもっと嫌われそうで怖かった」
レグラス様は、そう言いながら更に強い力で私を抱き締めた。
それは、レグラス様が感じてた不安の裏返しにも思えた。
「……嫌っていませんでしたよ?」
「知ってる。この間、聞いたから。でも、それまでは嫌われてるって思ってたから……自業自得だけど」
「……」
「だから、婚約してからもなかなか“好きだ”って、言葉にする事が……出来なかった」
まぁ、あんな目で睨まれたり、変な態度ばかり取られていて、まさかそれが好意の裏返しだなんて夢にも思わなかったわよ。
それに婚約してからは、態度こそ変わったものの振り回されすぎて何を考えてるのか全く分からなかったし。
「好きだよ、セラフィーネ……セラ」
「…………私もです」
「そこは、『私も好きです、レグ』と言う所だと思う」
「はい?」
突然何を言い出したの?
「思い返せば、セラは全然僕のこと“レグ”って呼んでくれない」
「えぇぇ!?」
「前にお願いしたよね?」
そう言ってレグラス様は不貞腐れた顔をした。
ちょっと可愛いなんて思ってしまって、胸がキュンとした。
これは私も重症ね……
「さっき、マルクの事を呼び捨てにしたでしょ? なら僕の事も呼んで?」
「え、え、いや、その……!」
マルク様はともかく、レグラス様を呼び捨てなんて出来るわけないじゃないの!
そう言いたいけど、レグラス様は、全く譲る気の無い態度で攻めてくる。
これは、呼ばないと絶対に終わらない攻防戦になると私は悟った。
「レ、レグ…………」
「セラ!」
どうにかこうにか気力を振り絞って名前を口にしたら、レグラス様はとても嬉しそうに笑った。
(こんなに喜んでもらえるなんて……)
「あぁぁ、やっぱり夢みたいだ! 」
「夢じゃないです」
私をギュウギュウと抱き締めながらレグラス様は嬉しそうな声をあげ続けている。
だけど、少しその力が緩まったのでどうしたのかと思い顔をあげたら、レグラス様と目が合った。
ドキンッ
心臓が跳ねた。
だって、レグラス様の瞳は、私の事が愛しくて愛しくて仕方ないって言ってるみたいなんだもの。
「セラフィーネ…………僕と結婚してください」
「え?」
「僕は君を誰よりも愛してる。それだけは自信を持って言える。君が10年も婚約してた男より、絶対に幸せにするから……だから僕と……」
「します! 私もあなたがいい!」
思わず私は食い気味に返事をしていた。
「セラ……ありがとう」
そう言って笑ったレグラス様の顔が近付いてきたので、私はそっと瞳を閉じた。
程なくして唇に触れる感触。
初めて触れたそれは、とてもとても甘くて幸せな味がした──
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