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18. 私の好きな人
しおりを挟む──あれ? 今、私……なんて言った??
「……」
私のレグラス様……って口にした……気がする。
「……セラフィーネ?」
レグラス様がおそるおそる私の名前を呼んだ。
その声の様子からいって驚いてるのが私にまで伝わって来る。
「レ、レグラス様……あの、私……その」
ダメだ。咄嗟に口走った事が恥ずかしくて顔をあげられない。
これは絶対に顔も真っ赤だわ。
「セラフィーネ」
「いえ、あの! 私、えっと……い、今のはっ」
「セラフィーネ」
「レ、レグラス様は確かに私の婚約者ですけど、わ、私のって言いますか……いや、ですから、今のはそういう事じゃなくてー……」
もはや、自分が何を口走っているのか分からなかった。
こんな独占欲の塊のような発言を自分がするなんて信じられない。
これは、きっと最近『レグラス様が私の事を好きなのかも?』なんて考えていたせいに違いないわ。
「……セラ」
「!?」
レグラス様に愛称で呼ばれたと思ったら、腕をグッと引き寄せられ、私はそのままレグラス様に抱き締められた。
「セラ。落ち着いて? 大丈夫だから」
「ゔ……」
私を宥めるレグラス様の声も抱き締めてくる腕も優しかった。
その全てが心地良いと感じてしまう。
「ねぇ、セラ。僕は少しだけ期待してもいいのかな?」
レグラス様が耳元でそう囁く。
「……期待?」
「そう、期待。君が……セラフィーネが少しでも僕の事を好きになってくれてるかもって期待」
「……!?」
レグラス様のその言葉に、私はますます顔が赤くなる。
私が、レグラス様を
──好き。
あぁ、そうか。
突然、ストンと胸にその言葉が落ちて来た。
──レグラス様が私をじゃない。私がレグラス様の事を好きなんだ。
それも、
昨日今日の話なんかではなくて。
もっと遡れば……ずっと昔からだ。
初めて顔を合わせた時からのつれない態度や、その後の私に対する態度に傷ついたのも。気付くと社交界で姿を探していたのも。私にも笑って欲しいと願ってしまっていたのも。
全部、全部レグラス様の事が好きだったから。
私がレグラス様に惹かれていたから。
「……です」
「え?」
「私、レグラス様の事が好きです」
「……!?」
自覚したと同時に、自然とその言葉が私の口から溢れていた。
目の前のレグラス様だけでなく、エルミナ様とマルク様も驚いた顔をしていた気がするけど、今の私にはもはやそんな事は全く気にならなかった。
ただ今は、この気持ちを、やっと気付いた想いをただただレグラス様に伝えたい。
それだけだった。
「レグラス様、私はあなたを一人の男性としてお慕いしております」
「セ、セラ?」
「自分で気付いていなかっただけで、ずっと……ずっと前から私はレグラス様の事が好ー……」
「セラフィーネ!!」
その先は言えなかった。
レグラス様がすごい力で抱き締めてきたから。
く、苦し……けど、嬉しい……
「レグ、ラス様……?」
「これは夢かな」
「はい?」
抱き締められていた腕が緩んで、レグラス様は私の両肩に手を置き、しばし私達は見つめ合う。
レグラス様の顔は赤かったけど、その目はどこか涙を堪えているようにも見えた。
(何で泣きそうなの!?)
レグラス様のその表情の意味が分からなくて困惑していると、レグラス様が息を吸って吐いてを数回繰り返した後、ようやく口を開いた。
その顔はとても真剣で私の胸は高鳴った。
「僕も、セラフィーネが好きだ」
「え?」
「初めて会った時から好きだった」
「…………えっ!?」
初めて会った時から!? って、あの日!?
「情けないな。セラフィーネに先に言われるなんて……でも、もう先とか後とか関係無い。ありがとう……君が好きだ。僕はずっとずっと君の事だけが好きだった」
「レグ……ラス様?」
「……一目惚れしたんだ。でも、君は……マルクの婚約者としてやって来た人だった」
「あ……」
「絶望したよ。何で僕じゃないんだって。嫡男である自分の立場を何度も恨んだ」
「レグラス様……」
初めて聞かされたレグラス様の心境は、それはもう葛藤の日々だったであろう事が嫌でも伝わって来た。
(レグラス様はずっとどんな想いで……私、何も分かってなかった)
「子供の時はマルクの婚約者である君を見ている事がひたすら悔しくて、君にも嫌な態度をとってしまっていた……ごめん」
「……」
まさか、あの態度の裏にそんな意味が隠されていたなんて思いもしなかった。
「マルクが婚約解消をしたいと口にした時、これが君を手に入れる最後のチャンスだと思った。だから、無理やり話を進めたんだ。どうしても……どうしてもセラフィーネ、君が欲しかったから」
「レグラス様……私もあなたが好きです……好きでした。気付くのが遅くてごめんなさい」
私のその言葉にレグラス様は首を横に振りながら嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔に私の胸もキュンッとなる。
あぁ、自覚すると分かる。
私、本当にずっとずっとレグラス様の事が好きだった。
だから、マルク様の時と違って、エルミナ様の存在に怯えたし、一緒にいると心臓がバクバクしたり時には痛んだりして、あんなに挙動不審になっていたのね。
「……セラフィーネ」
「レグラス様……」
そう言って見つめ合う私達は、自然とお互いの顔が近付き……
あと少しで互いの唇が触れそうになった瞬間──
「ーーーーっっっ!! 冗談じゃないわよぉぉぉぉ!!」
という、エルミナ様の叫び声で、ハッと今がどこでさっきまで何をしていたか……
そしてこの場に誰がいたのかを思い出した。
私達は慌てて離れた。
「どういう事よっ!? 何でモブが私のレグラスとラブシーン繰り広げてんのよ!? 離れなさいよっっっ!」
興奮したエルミナ様は、もはや聖女らしさどころか貴族の令嬢らしさの欠片も無いほど怒り狂っていた。
ちなみに、まだ“私のレグラス”と言っている事にムカッとする。
「聞こえてなかったのですか? あなたのレグラス様ではありません! 私のレグラス様です!」
私はこんな人に絶対に負けたくない!
レグラス様とこれから一緒に生きていくのは私なんだから!!
「……っ! 本当になんなのよ、あんた! レグラスの婚約者とか言い出した時から腹立たしかったけど、モブはモブらしく大人しく引っ込んでなさいよっ!」
モブモブうるさい。
確かにちょっとこの場にエルミナ様とマルク様がいた事を忘れて、自分達の世界に入ってしまった事は申し訳なく思うけど、ここまで言われる筋合いは無いと思う。
元々、横から来たのはそっちなんだから。
「いい加減にしろ!」
「はぁっ!?」
「レグラス様?」
そして堪忍袋の緒が切れたのかレグラス様の冷たい怒鳴り声が部屋に響く。
「これ以上、君の好き勝手にはさせない。僕の最愛の人を侮辱するような君と結婚なんて、例え王命があったとしても有り得ない」
「私は聖女よ!」
「だから何だ。聖女だからと言って何でも思い通りになると思わない方がいい。君は何か勘違いしていないか?」
「っっっ!」
「君はセラフィーネだけでなく、弟のマルクの気持ちまで弄んだ。そんな君を僕は絶対に許さない。この事はきっちり報告させてもらう!」
そう言ってエルミナ様に冷たい目を向けるレグラス様。
一方のエルミナ様は一瞬怯んだけど、すぐに持ち直して叫んだ。
「何言ってんのよ! 目を覚ましなさいよ、レグラス! あなたの“運命の恋”の相手は聖女である私なの! そこのモブ女じゃないのよっ!」
「違うわ! あなたの方こそいい加減、その目で周りをよく見て目を覚ましなさい!」
私が反論を返したその時───
コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「……?」
「何やらレグラスの執務室で騒ぎが起きてると聞いてやってきたんだけど、これはどういう騒ぎかな?」
と、ノックの音と共に部屋に人が入って来た。
「まぁ、ディーク様!」
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あまりの変わり身の早さに鳥肌が立った。
「エルミナを探してたんだ。ほら、今朝の発言の件でね」
「あぁ!」
エルミナ様が私の方をチラリと見る。そして、妖しく微笑んだ。
「!」
その顔は、まるで“私の勝ちよ”と言っているみたいだった。
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