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5. こんな展開は知らない

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  ──そうして今……

  ────どうしてこうなったの?




 「──セラフィーネ、申し訳ないけど君との婚約を破棄したい」

   私の推測通りマルク様は、

「君は悪くないんだ!  セラフィーネの事は好きだよ。でも、それは恋では無かったんだよ。僕は彼女に会って運命の恋に落ちたんだ!」

  と言って、私に婚約破棄を願い出た。

  うんうん!  ここまでは、筋書き通りなのよ。
  なるほど、ゲームに描かれなかった場面はこんな感じだったのね~!
  神妙な表情と傷付く仕草を見せつつも脳内ではそんな呑気な事を考えながら、お祖父様達の遺言問題の件は残るけど、私には異論も無いし、そこは二つ返事で了承するつもりだったわけだけどー……

  お父様が、今後の私の嫁入りを心配し始めた所から雲行きが怪しくなって、その後しゃしゃり出て来たレグラス様の言葉で、私はますます何が何だか分からなくなった。

  

「……えぇぇっと、レグラス様?  もう一度仰って頂けます?」

  私はクラリと軽く目眩がする頭を抑えながら、最近、すっかり顔を見慣れてしまった目の前の人に聞き返した。

「だから、セラフィーネ。君は僕と婚約して結婚すればいい」
「…………」


  どうしよう。
  私の頭と耳がおかしくなったのかしら?
  何度聞き返しても、私とレグラス様が婚約すると言う話に聞こえてしまう。


「レ、レグラス様?  ……そうは、仰いますが私はラグズベルク家を継がなくてはいけない身。クレシャス侯爵家の嫡男であるレグラス様との婚姻は難しい事から、マルク様との婚約に至ったはずですわ」
「そうだね。でも、それは10年前、まだ君が一人娘だった時の話だと思うけど?  まだ幼いとは言え、ラグズベルク伯爵家にはレティシア嬢がいるよね?」
「……っ!」

  レティシアは私の妹。
  もうすぐ、8歳になる。
  確かに当時、私の相手を2人のうちのどちらにするかという話が出た時、妹はまだ生まれていなかった。だから、我が家の後継者となれる人間は私しかいなかった。
  だからこそ、私の相手はマルク様と決まったのだった。

「そうすれば、祖父達の遺言も遂行出来るのに何が不満なの?」
「……!」

  ──いやいやいや、そんなの決まってるでしょ!?
  あなたよ!  あなたが!  レグラス様自身が不満なのよー!

  と、叫べたらどれだけすっきりする事か。
  そう叫びたい気持ちを押し殺しながら私は口を開いた。

「政略結婚なんて御免です!  それなら私は結婚などしたくありません!」
「……ふーん。10年前はマルクとの政略結婚をすんなり受け入れたくせに?」
「こ、子供でしたからっ!  よく分かっていなかったのです!」

  私は必死でどうにか逃げ道を探す。
  しかし、どう足掻いてもこの人に勝てる気がしない。

「なら、今はいい大人なんだからこの婚約の意味も分かるよね?  セラフィーネ、君には僕と結婚する以外の道は残されていないと思うよ」
「ですから!」
「そうそう。僕は、マルクみたいに10年も婚約者でいるつもりは無いからね?  式は最短で挙げようね」
「話を聞いてくださいっ!!」

  目の前のレグラス様は、ここ最近毎日食堂で“セラ”に見せていたあの笑顔は無い。その事にチクリと胸が痛む。

  ──ほら、やっぱりレグラス様はセラフィーネの事が嫌いなのよ……

「そうは言ってもね」

  レグラス様がため息を一つ吐きながら言った。

「父上も、ラグズベルク伯爵も異論はないみたいだから、もうこれは両当主が納得して決めた正式な婚約話になると思うんだけど、君はそれを断るの?」
「うっ!」

  その目は「断るの?  断れないよね?」と言っているも当然で。
  私は俯く事しか出来ない。

  間違ってる。
  こんな婚約は絶対に間違ってるのに。

  だけど、私だって分かってる。
  “家”の事を考えるなら、これは最善の提案なのだと。

  何より祖父達の遺言も遂行出来る。
  そしてクレシャス侯爵家としてはマルク様からの破談の申し入れの責任も負わずに済むし、私も新たな結婚相手探しをしなくていい。

  ……まぁ、クレシャス侯爵家としては我が家に賠償金を支払う事になっても痛くも痒くも無いでしょうけどね。せいぜいマルク様の醜聞が流れるくらいだろう。だけどマルク様と聖女様の仲の良さが世間にも伝わってる今、婚約を破棄したと言っても驚かれない気がする。
  確実にダメージを受けるのは私だけだ。


  それでも、納得出来ないのはー……

  “レグラス様が私の事が嫌いだから”

  いくら政略結婚だからと言っても酷すぎる。
  私とマルク様との間に愛は無かった。でも“嫌い”という感情を向けられた記憶は無い。
  私も苦手だとは思っていなかった。

  でも、レグラス様は違う。

  絶対に愛を返してくれない人との結婚なんて……こんな惨めな事は無いじゃないの。
  こんなの心変わりして婚約破棄を申し出たマルク様より酷いわ。

  それに……
  もしも、ヒロインの聖女様がレグラス様のルートにも入ったら?
  マルク様ルートを進んでるなら、レグラス様ルートが解放されてもおかしくないんじゃないの?
  そりゃ、聖女様がマルク様一筋でいてくれれば、そんな問題は起きないけれど……
  けど、聖女様は順調に攻略対象キャラとの仲を深めてる様子だ。
  だったら、その可能性は消えてくれない。
  もしも、そうなったら、私はまた婚約破棄されるんでしょう?

  いくらこれからは、結婚しないで1人で生きていきたいと言ってても、さすがに二度の婚約破棄は嫌だわ。

「レグラス様は……」
「ん?」
「レグラス様は、それでいいのですか?」

  あなただって、いくら遺言の事やらマルク様のやらかした責任を取るためだとしても、“私”よ?  あなたの嫌いな“セラフィーネ”よ?
  嫌いな人と結婚する事になっても構わないと言うの?

  そんな気持ちで問いかけたのに、

「うん、もちろん。僕はいいんだよ、セラフィーネ」

  レグラス様はキッパリと言い切った。

  (私でいい、ではなく、私がいい?)

  その言葉に戸惑った。
  
  (まさか、嫌いな私と結婚する事になってしまった腹いせに、結婚した後はここぞとばかりに私を虐げる気じゃ……!  それは、それだけは勘弁……!!)

「へ、返事は……少し待ってください……」

  こうなったら、せめて……少しだけでも返事を引き延ばしたい。
  もしかしたら、回避する為の良い案が思い付くかもしれないもの!

  そんな気持ちでお願いをしてみた。
  レグラス様は少し下を向いて考えた後、顔を上げ私を真っ直ぐ見つめながら言った。
  その瞳には、どんな感情が宿ってるのか私には分からない。

「……そんなに長くは待てないよ?」
「分かっています。ちゃんと考えて決めますから……」
「……じゃあ、1週間。申し訳ないけどそれ以上は待てない」
「わかりました」

  とりあえず時間をもらえた事はありがたい。
  私は小さく安堵する。




  予定通り、マルク様との婚約は破棄になったのに、何故かレグラス様と婚約……そして結婚の申し出なんて話になってしまった。

  (そもそも、レグラス様に婚約者がいないってどういう事なのよ……いついなくなったの……)

  レグラス様がいつ婚約解消(もしくは破棄)したのか、私は知らなかった。
  おそらく私がここ最近、社交界から遠ざかっていたからだとは思うけど……
  あとは私がレグラス様に関する事は避けていたから……かしらね。


  レグラス様がゲーム開始してる時点でフリー。
  すでに、そこからしておかしい。背徳的な恋はどこ行った?


  …………明らかにゲームの世界では有り得なかったはずの展開が起きていた。

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