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4. 困惑する日々、そして……

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「こんにちは、セラさん!」
「……あ、いらっしゃい、ませ」

  カランコロンとドアベルが鳴ったから振り返ると、そこにはすでにこの数日で見慣れた人……
  レグラス様が立っていた。

「ま、毎日、ご来店ありがとうございます……」
「ここの料理は本当に美味しくて気に入ってるんだ。それにー……」
「っ!」

  コソッと耳元で「君にも会えるしね」と、小声で言われてしまい、思わず赤面してしまう。

「おぉ!  また口説いてるぞぉ!」
「毎日毎日飽きねーな」
「頑張れよ~色男」

  常連客の皆さんがこうして冷やかすのも、もはや当たり前の光景となりつつある。

  この口説くような物言いは、本当に本当にやめて欲しい……
  レグラス様にときめいているわけではなく、男性に言われ慣れていないからだと分かってるけど、それでも心臓に悪すぎる。

  マルク様は、愛の言葉を贈るような人ではなかったから、私は色事に全く慣れていない。
  ……今、思えばそれは、私の事を全く愛していない証拠でもあるのだけれど。

  はぁ……

  私は小さくため息をつく。

  マルク様の事は別にいい。
  おそらく、私に向けた事の無い愛の言葉を今、ヒロインの聖女様に囁いてると思っても嫉妬の一つも湧いてこない。

  だから問題はこっち!

「お待たせしました、本日のおすすめグラタンセットです」
「ありがとう!  今日も美味しそうだ」

  料理を持って行くと、この方──レグラス様はとても嬉しそうに笑う。
  最初こそ、心臓に悪かったこの笑顔も今となっては見慣れて来ている自分に戸惑いを覚える。
  それだけ、レグラス様がこの店に通って来ているという事だ。
  しかも彼は、「注文するメニューは、セラさんのおすすめがいい」などと抜かして、毎回私の選んだおすすめメニューを頼むという暴挙に出ている。

  ──嫌いな食べ物とか分かれば、わざとそのメニューを寄越してやるのに!

  そんな私の密かな願いもむなしく毎回毎回、彼は美味しそうに料理を平らげていくのだった。

「……毎回注文は私のおまかせになっていますけど、嫌いな食べ物とか無いんですか?」
「うん?」

  料理の皿を下げに行った際にもういっその事、聞いてみる事にした。

「これと言って、好き嫌いは……あ、セラさんのおすすめメニューは全部好きだよ」
「そう、ですか……」
「うん、だからこれからもよろしく!」
「~~……!」

  そう言って微笑むレグラス様の顔は……良い。
  本当にこの人、顔は良い。

  会計を済ませて去っていくレグラス様の後ろ姿を見ながら私の心の中は敗北感でいっぱいだった。

「いや~毎度毎度、あの優男はセラちゃんを口説いていくね~」
「セラちゃん、どうなの?  応えてあげないの?」

  ひゅーひゅーと常連客さん達も騒ぎ出す。
  レグラス様が帰ると、いつもこんな感じだ。
  ……いや、いる時も?

「応えるも何も、私は給仕してるだけですから!」

  私も必死で弁解するけど、周りはどうもそうは思わないらしい。

「いやいや、あれは明らかにセラちゃん狙いだろ?」
「いい所のお坊ちゃんって感じだよなぁ」

  常連さん達は、まさか彼がさすがに貴族の嫡男だとは思わないらしい。
  まぁ、それを言うなら私も貴族令嬢とは思われてなさそうだけど。

「仕事は何してるんだろうなぁ?」
「ほぼ毎日ここに来れてるしな。自由のきく仕事なのかなー」

  ──いやいや、皆さん!!  あの方は、本来そんな暇な身分じゃないんですって!
  私は声を大にして言いたかった。
  だって、レグラス様のお仕事は……

  王太子殿下の側近なんだから!
  それで侯爵家の後継ぎですよ!  未来の宰相候補ですよー??

  王太子殿下と年齢の近いレグラス様は、幼少期から殿下の学友としてお傍にいた。
  学校を卒業してからは本格的に側近として働いている。
  その仕事っぷりは有能で、間違いなく殿下が王になった時の宰相はレグラス様だと言われているそうだ。(お父様談)


  ──なのに側近がお昼に傍を離れて、何でこんな所に来てるのよ!?


  マルク様との婚約破棄が実現すれば、縁は切れると思っていたのに。
  このままじゃ、これからもずるずると顔を合わせる事になるじゃない。

  そんな事を考え、私はまた1つ大きなため息をついた。







  そして。

  ほぼ毎日のようにお店にやって来るレグラス様にも慣れてしまった頃、
  その先触れが我が家に届いた。

「明日、クレシャス侯爵とマルク殿が訪問したいそうだ」
「え?」
「大事な話があるらしい」

  お父様に呼ばれて執務室でそう告げられた。
  その瞬間思った。

  ──とうとう来たのね、この日が!

  待ちに待った展開に興奮する私とは裏腹にお父様の表情は硬い。
  お城に上がる機会の多いお父様は、きっとマルク様と聖女様の様子を知っているのだと思う。
  だから、この訪問の目的を察している。
  決して結婚式の日取りを決めるための訪問では無い。むしろ、破綻の為の話し合いなのだと。

「そうですか、分かりました」

  私も敢えて何も言わない。
  私はニッコリ笑って執務室を後にした。



  ──やっと自由になれる!
  マルク様の婚約者から、解放されたら好きに生きたいと申し出よう。
  新たな私の縁談なんて望めないのだから、お父様も折れてくれると信じて。  
  ただし、遺言の件だけは心に引っかかるけれど……

  それにしても、やっとここまで来たのね。
  フレアーズ男爵家の令嬢が聖女認定されて早数ヶ月。
  順調にゲームのストーリーは展開しているに違いない。

  …………まぁ、少し気になる噂も耳にしたけれど。

  街で働いていると、噂話はやたらと耳にする機会が多い。
  特に聖女様に関連する話は、今、最も話題にあがる噂話の一つだ。

「聞こえてくる話だと、どうも逆ハーのルートか?  ってくらい攻略対象者の全員との噂があるのよね……」

  Destiny lover、略してデスラバのゲームでの攻略対象者は、4人+隠しキャラの2人だ。
  メインヒーローの第2王子、護衛(マルク様)、神官の息子、家庭教師。
  そして、第2王子ルート攻略後に開放される王太子殿下ルートと、護衛(マルク様)ルート攻略後に開放されるレグラス様ルートである。

  隠しキャラを除く4人と聖女様の噂が街ではかなり広がっていた。

「ゲーム内では逆ハールートも有りだけど、現実はどう考えてもアウトよね……」

  冷静に考えて欲しい。
  1人の女性に4人の男性……

「……昼ドラも真っ青な展開よ」

  だけど、マルク様が私との婚約破棄の話をしに来るのなら、きっと聖女様はマルク様ルートは順調に辿っているはず!
  私はそう信じたい。
  ゲームだって序盤は攻略対象者全員と交流していくものだ。そこから個人ルートに入るわけだから、きっと今はまだ序盤なのよ!
  と、自分に言い聞かす。

「まぁ、それにマルク様は……」

  マルク様は、聖女様の護衛騎士だ。
  側にいる時間が長いだけあって、マルク様の攻略はチョロかった。

  …………えぇ、とてもチョロかったわ。

  マルク様の方が一目惚れしてるから、好感度が早々に振り切れていた記憶があるわ。
  きっと現実もそうなのでしょうね。

  ちなみに、最初に攻略可能な4人は、比較的簡単に恋に落ちてくれる。
  難関なのは、隠しキャラの2人だ。
  どちらも兄弟で1人の女性を取り合うものだから、三角関係に発展したりして……
  王太子&第2王子ルートだと、王位継承問題も絡んでゴタゴタしていたわね。
  隠しキャラの二人は好感度の調整が大変なのだ。

「お願いだから、現実はそんな事にならないでよ?」

  私は会った事も無い聖女様に心からのお願いをした。








  そして翌日、先触れ通りクレシャス侯爵とマルク様がやって来た。

「……えっ!?」

  私は、そこにもう1人の姿を発見し小さく声を挙げた。

  ──何で? 何でこの場にレグラス様がいるの?

  侯爵様とマルク様だけではない。その場には何故かレグラス様が一緒に居たのだ。
  チラリと横目でお父様を見ると、お父様は驚いてはいなかった。
  お父様は知ってたのかな?  なら、教えてよ!  と、心の中で文句を言っておく。
  

  レグラス様の姿は、ほぼ毎日食堂で見かけるのと変わらない。
  ……相変わらず見目だけは麗しい!
  しかも、今日はマルク様も一緒だ。
  兄弟揃うとその破壊力と言ったら完全に目の保養だわ~……



  ……………………

  落ち着きなさい!  セラフィーネ!!
  今日は私にとって大事な大事な人生を左右する日なのよ!
  イケメン×2に気を取られている場合では無いのよ!!
  
  ……………………



  脳内のセラフィーネが現実の私を叱り飛ばす。

  (ハッ!)

  私はその(自分の)声でどうにか思考を元に戻し、にこやかな微笑みを浮かべて3人を出迎える事にした。

  ──さぁ、婚約破棄イベントの始まりだ。
  ゲーム内では描かれていないこの場面。マルク様はなんて口にするのかしら?
  そんな事を思いながら。

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