3 / 27
2. 婚約破棄をされた後のために
しおりを挟むカランコロンと店のドアが開く音がした。
「いらっしゃいませー」
私が笑顔で明るく答えると常連さんの姿が見えた。
「セラちゃん、こんにちは!」
「いらっしゃいませ、セヴィさん! 今日も来店ありがとうございます」
「いやー、この店の料理は美味いからね~。看板娘のセラちゃんは可愛いし」
「ふふ、相変わらずですね! ありがとうございます。女将さんも喜びます!」
マルク様に婚約破棄されてしまった後も、自分1人で生きていけるようにしなくては。
と、決めたあの日から数日後。
今、私はこうして『セラ』と名乗って街の食堂で働いている。
身の回りの事は大概自分で出来ても、1人で生きて行くにはまず仕事がないとね。
そう思った私は仕事を得るべきだと最初に考えた。
当たり前だけど、働きに出る前に、まず私はお父様を説得しなければならなかった。
しかし現時点で私はまだ、マルク様から婚約破棄をされていない。
だから、当然働きたいと言っても首を縦には振ってくれないし、婚約破棄されるからなどと言っても信じて貰えない事は明らかだった。
「働きたい? しかも、街で? 何を言っているんだ。お前はもうすぐ結婚するんだぞ!?」
「ですが……結婚は、まだ具体的な日付も決まっていませんし、それまでに私も世間の事をもう少し知るべきだと思うのです」
「何を今更。別に構わんだろう? そんな事よりも社交界に顔を出しておく方が大事だろう? しかも最近は、あんまり顔を出していないのではないか?」
さすがお父様。よくご存知で! 痛い所を突いてくるわね。
まず、そもそも私は社交界が苦手だ。
理由も色々ある。
社交界に出ようとすれば、我が家は貧乏伯爵家なのに出費がかかる。これは死活問題。
そして、何よりあの煌びやかでかつ腹の探り合いをする世界は私には根本的に合わない。
──それに、出来れば会いたくない人もいる。
『君が、ラグズベルク伯爵家のセラフィーネ嬢?』
『はい。はじめまして。セラフィーネ・ラグズベルクです』
あの日……マルク様との婚約が決まり、初めてクレシャス侯爵家の皆様と顔を合わせた日……
『…………だ』
『?』
私が挨拶すると目の前の彼は、何故か酷く表情を歪ませた。
そして、こう言った。
『何でだ! どうしてマルクの婚約者が君なんだ!!』
『え?』
『………………最悪だ』
意味が分からなかった。
何故、初対面の人に“最悪だ”なんて言われなくちゃいけないの?
私は混乱して泣き出し、慌てたマルク様が『兄上! なんて事を言うんですか!!』と怒りながら私を慰めてくれた。
両親を始め、大人達も彼を叱ったけどその日、彼から謝罪の言葉を聞く事は無かった。
──お互い子供だった。子供だったとはいえ……あれは無いだろう。
(そもそも私が何したのよ! 挨拶しただけじゃない。挨拶しただけで嫌われるって何事なのよ)
……今、思い出してもムカムカする思い出だ。
今まではマルク様のパートナーとして、頼まれたパーティーには一緒に出席しなくてはいけなかったから、渋々顔を出していたけれど、ヒロインと出会って恋に落ちたはずのマルク様からは、ここ最近はパッタリと誘いが無くなっていた。
よって、これ幸いと社交界からは遠ざかっていたのだけど……
「マルク様は、聖女様の護衛に忙しそうなんですもの。仕方ないではありませんか」
「それはそうだが……」
「ですから、私には時間もありますし、市井の事を知っておくのも良いかと思うのです!」
「いやいや、だからと言ってわざわざ働かなくても……」
「結婚するまででいいですから! 結婚したら、ちゃんと社交界にも顔を出しますから。今だけ! 今だけお願いしますわ、お父様!!」
──まぁ、しないけどね、結婚。
そんな心の声はもちろん明かさず私はお父様を説得した。
そして、お父様は渋々折れてくれた。
何だかんだで娘には甘いお父様なのだ。
この世界は、私が伯爵令嬢である事から分かるようにバッチリ貴族階級がある世界だけど、貴族令嬢も働きに出るのが珍しい事ではない。もちろん、高位貴族の令嬢はしないけど。
さすが乙女ゲームの世界だなと思う。
まぁ、貴族令嬢が働くと言っても家庭教師とか王城での仕事が普通で、私みたいに街に出るのは例外中の例外。
貧乏伯爵家だからこその話!
ちなみに働く場所は街にある食堂で、そこは叔母様の友人が夫婦で経営している食堂。
さすがに全く見ず知らずの人の所では働かせられない、という事で叔母様の紹介を受けて決まった。
こうして私は、婚約破棄後も1人で生きていく為の準備を着々と進めていった。
食堂では、他の従業員には貴族令嬢の身分を隠し、一応平民の『セラ』として振舞っている。
私の白銀の髪は平民にしては目立ち過ぎるので、黒髪のカツラも必須だ。
さすがに瞳の色までは変えられないけど、髪色が暗くなるだけでだいぶ印象も変わるから大丈夫だろう。
(そもそも貴族はこの店に来ないしね! だから知り合いが来ることも無い)
「まさか伯爵家のお嬢様が働きに出るなんて! って最初は思ったけど、セラは働き者だね、辛くないのかい?」
「いいえ、全く! 働くの楽しいですよ」
「変わった娘だねぇ……」
「いえいえ、こちらこそ雇ってくださりありがとうございます!!」
女将さんは、呆れながらも私の事を認めてくれているようで嬉しい。
「いやいや、最初はお嬢様の単なる暇つぶしかと思ってたんだけどねぇ……まさかメニューの考案までするとはね」
「えへへ」
そう。
私は前世の知識を元に、いくつかのメニューの考案をさせて貰った。
さすが、乙女ゲームのこの世界。食材事情は殆ど変わらないので、『あれ食べたいなぁ。どうにかならないかなぁ』と思ったものを提案してみたのが始まりだ。
だって、私の前世は一般市民だもの!
記憶を取り戻してからはこっちの味が恋しくなる時が無性にある。
そんな風に、食堂で働くようになりお客さんにも顔を覚えられ、私は今の生活を満喫していた。
このまま貴族のしがらみを捨てて平民として生きていけたらいいのに。
仕事にも慣れ、そう思い始めた矢先のある日、そのお客は突然店に現れた。
そして、ここから私の思い描いていた未来の計画は大幅に狂っていく事になる。
78
お気に入りに追加
3,961
あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます
21時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。
エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。
悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにしませんか
岡暁舟
恋愛
公爵令嬢ナターシャの婚約者は自由奔放な公爵ボリスだった。頭はいいけど人格は破綻。でも、両親が決めた婚約だから仕方がなかった。
「ナターシャ!!!お前はいつも不細工だな!!!」
ボリスはナターシャに会うと、いつもそう言っていた。そして、男前なボリスには他にも婚約者がいるとの噂が広まっていき……。
本編終了しました。続きは「気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにします」となります。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
妹ばかり見ている婚約者はもういりません
水谷繭
恋愛
子爵令嬢のジュスティーナは、裕福な伯爵家の令息ルドヴィクの婚約者。しかし、ルドヴィクはいつもジュスティーナではなく、彼女の妹のフェリーチェに会いに来る。
自分に対する態度とは全く違う優しい態度でフェリーチェに接するルドヴィクを見て傷つくジュスティーナだが、自分は妹のように愛らしくないし、魔法の能力も中途半端だからと諦めていた。
そんなある日、ルドヴィクが妹に婚約者の証の契約石に見立てた石を渡し、「君の方が婚約者だったらよかったのに」と言っているのを聞いてしまう。
さらに婚約解消が出来ないのは自分が嫌がっているせいだという嘘まで吐かれ、我慢の限界が来たジュスティーナは、ルドヴィクとの婚約を破棄することを決意するが……。
◆エールありがとうございます!
◇表紙画像はGirly Drop様からお借りしました💐
◆なろうにも載せ始めました
◇いいね押してくれた方ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる