短い話

すいせーむし

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後悔と受胎

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 浮遊感とプカプカと水中にいるような水音で目を覚ます。「うーん」と唸り声を上げながら、まだ、起きたてで半開きの眼を擦り、私は辺りを見渡した。
 知らない機械が壁に張り付いた薄暗い空間。その中心にあるベッドの上で私は眠っていたらしい。

「ここは…どこだ…?」

 どうして、こんな場所にいるのか。原因を思い出そうとして、首を捻る。
 むむむ、と思考を巡らせてみる。ダメだ、何も思い出せない。

 というか、私は誰だ?

 気づいてしまった。自分が何者か分からないという状況に。理解してしまった。どこか分からない場所に記憶のない私が1人いるという恐怖に。
 私は慌てて、再度辺りを見渡した。何か手がかりがあるかもしれない。それは何度も何度も、確認する。
 そうして、わかったことがある。
 この空間には扉があった。自動ドアのように見えるそれの隣にはボタンがあり、押せば開くような気がする。
 自分以外の誰かがいれば、自分のことが分かるかもしれない。

「よし」

 私は意を決してボタンを押し込む。そうすると、思惑通りウィンと音を鳴らして扉が開いた。
 部屋の外の様子を伺う。
 外は明るく目を細める。そうして、光に目が慣れてきた時、そこが円状の白い空間であると理解した。
 そして、私が覗き込んでいる扉とは別の扉が3つほど並んでいる。
 多分、廊下なのだろう。
 人の気配は一切しないが、別の部屋に行けば何かわかるかもしれない。
 私はベッドのあった部屋を飛び出し、隣の部屋に足を運ぶ。

「誰かいますかー?」

 扉を叩いてみても、返事はない。やはり、誰もいないのだろうか。
 私はボタンを押して扉を開く。
 その部屋には丁寧に梱包された段ボール箱が並べられていた。最初にいた場所が寝室だとすれば、ここは倉庫だろうか。

「何が入っているんだろう」

 気になった私はガムテープを引きちぎり、箱の中身を確認する。
 そこには、プラスチックの容器に詰められた加工食品や缶詰、飲み物などが入っていた。

「3日分くらいはある、のかな?」

 私1人がここで生活するのなら、それくらいの日数は持ちそうな量の食べ物と飲み物。
 まぁ、必要なものではあるが、記憶の手がかりにはならなさそうだ。

「まぁ、お腹が空いたら食べようか」

 独り言ち、部屋を後にした。次は、さらに隣の部屋へと移動する。
 相変わらず、中には誰もいない様子。そして、その部屋は最初にいた部屋と同じく、何かの機械が並べられているようだが、薄暗く詳しい様子は分からない。
 明かりをつけようと入り口付近を探る。しかし、扉の周辺には照明をつけるスイッチなどは無いようだ。

「なにか、明かりはないかな」

 手探りで部屋の中をまさぐる。そうして、ひらひらとした何かに手が触れた。
 それは床までついており、掴んで引っ張ることが出来そうだった。

「カーテンかな?」

 もしそうなら、この先には窓があるはずだ。カーテンを開き、窓を遮るものがなければ外の光で明かりを確保できるかもしれない。
 私は思い切り、そのひらひらとした何を引っ張る。
 それはシャーと小気味良い音を立てて、上にあったレールを滑る。
 そうして、やはり、カーテンの先には窓があった。
 光が部屋に入ってくる。
 私は外の景色を見て目を疑った。


 そこには、宇宙が広がっていた。


 丸い窓から見える、180度一面が宇宙だ。星がキラキラと光り輝き、部屋に光を運んでいる。
 そして、ここが何処なのか、私はなんとなく理解する。
 なるほど、どうやら私は宇宙船の中にいるらしい。

「っていうことは、私って宇宙飛行士だったの?」

 その問いかけに返事をしてくれる人はいない。それに、宇宙飛行士という言葉にあまりしっくりこない。
 自分の正体には近づけないが、現状を把握できたのは良かった。
 いや、あまり良くはないかもしれない。
 今のところ、この宇宙船には私以外に搭乗者はいない。1人での宇宙旅行ということになる。
 なんで私はそんなことをしたのだろうか。いや、誰かにそう仕向けられたという可能性もあるかもしれない。
 それに、最後の扉が出口であったりしない限り、私は外に出られない。
 まぁ、出口があったとしても、今は出られないのだが。扉が開いたりしてしまっては宇宙空間に放り出されてしまう。

「どうしたらいいんだよ、一体…」

 現状に絶望しつつ、私は光を得た部屋を見渡し、薄暗い時には気づかなかったが、タブレットのようなものがあることに気づいた。


「これ、なんだろう?」

 私はなんとか、そのタブレットを起動して画面を確認する。
 そこには、到着予定20時間という文字と宇宙船、それから、月が映っていた。宇宙船から矢印が伸びて、月の方へと向かっている。
 この宇宙船は、月を目指しているようだ。しかも、タブレットを見る限りでは私が運転する必要などもないらしい。
 これで、目的地も分からぬ船の旅をせずに済みそうだ。
 私は「ふぅ…」と、一息つく。

「まだ、私のことは分からないけれど、月に着いたらなんとかなるのかな?」

 少し楽観的な思考も出来るくらいには、心が落ち着いてきた。

「そういえば、最後の扉の奥ははまだ見ていなかったや」

 きっと、月にたどり着くまではまだ時間がある。
 私は最後の扉を開いた。

 そこは、部屋の中心にポツンと机が一つだけある、宇宙船らしくない広い部屋だった。

「ここは、なんの部屋だ?」

 先程考えていた、出口があるわけでもない。本当に机しかない奇妙な場所。
 私は気になって机に近づく。
 特になんの変哲もない木製の机。その上には一枚の紙が置いてあった。
 何か書かれている。

 あぁ、これを読んでしまってはおしまいだ。
 私の頭が警鐘を鳴らす。しかし、好奇心には敵わない。
 えい、と私は机の上に自身の頭を持ってくる。そして、そこに書かれた文字を読んだ。読んでしまった。


『ごめんなさい。』

 
 汚らしい字で書かれたその言葉を見て、私は全て思い出した。いや、分かってしまった。

          …

 もう、止まることはできない。
 船は月を目指して飛び続ける。


 あぁ、2億の死にゆく仲間達よ。
 私をこの場に送った愚か者よ。



 誰も望んでおらずとも、私は月を目指す。



 必ず、月面に至るのだ。
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