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一章 仮面の少年
10話 再会
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白い空間で私は目を覚ました。周囲を見渡し、ベッドから起き上がる。
滅多刺しにされた体の傷は確認するまでもなく、もうどこにもない。
「はぁ」
小さくため息をこぼしながら、立ち上がって伸びをする。
ここは私の部屋。何もない、誰もいない、ただ、広いだけの空間。私だけの寂しい場所。
そんな場所、つまらない。だから眠って、夢の世界を歩くのだ。あの世界には私以外の誰かがいる。彼らのほとんどは会話が通じないが、1人、この空間でじっとしているよりは退屈しない。
それに、今回は話の出来る誰かとも出会えた。
「チヨ」
彼にまた会えるといいな。
そんなことを思いながら、再びベッドに潜り込む。そして、"ウツツ"は夢をみる。
◆◆◆
僕の頭は理解を拒んでいた。
目の前には倒れた黒い人と、返り血のように黒い液体を浴びた、会いたかったはずの少女ウツツがいる。
もう2度と会えないのではないかと思っていた。だから、また会えて良かった…なんて考えられない状況だった。
少女は小さなスコップを握りしめていた。その先端部分は黒く染まっており、何を突き刺したのかは明白だろう。
でも、信じたくなかった。そんな、まさか、彼女がそんなことするはずないと。
乾いた口から振り絞って声を出す。
「ウツ、ツ?」
その声を聞いた彼女は僕の方に目を向ける。そして、僕がいることに気づいた彼女は、黒い水たまりを踏み鳴らし、僕の元へと駆け寄ってきた。
「チヨ」
「会いたかった」
彼女は僕の名前を呼び、目の前へとやってくる。彼女の顔を見れば、薄らと笑みを浮かべているように感じた。
「えっと、何をして、るの?」
目の前の少女にそう問う。彼女は首を傾げ、何のこと?と言わんばかりに僕に目線を向ける。
一つずつ、聞こう。こんがらがった思考回路を正すため、再度ウツツに質問を投げかける。
「そのスコップ、どうしたの?」
彼女の右手に握りしめられた、小さなスコップ。園芸用に用いられるであろうそれを前に会った時、彼女は持ち歩いていなかった。
「落ちていたのを拾ったの。何かに使えるかもしれないと思って」
「そ、そっか、じゃあ…後ろの人達は…」
「え?」
と、ウツツは振り返り、黒い人達を見下ろす。そして、なにかを考える素振りを見せて、
「邪魔くさかったから」
ただ、一言だけそう口にした。
僕は今、答えを聞いた。否定したかった、この現状の答えだ。ウツツはその右手に持ったスコップで、彼らを突き刺して、殺したのだ。
僕は怒りなのだか恐怖なのだか、もう訳がわからない何かが体内で煮えくりかえっているのを感じた。
そして、その感情に身を任せて、彼女に右手を振り下ろそうとした。
僕のその行動に、彼女は怯える訳でも避けようとする訳でもなく、ただ、目を瞑った。それを見た僕はハッとして、やり場のなくなった右手を引っ込める。
来るはずの衝撃が来ない事に疑問を抱いたのか、彼女はゆっくりと目を見開く。そうして、不自然に下げられた僕の右手を見て、首を傾げた。
「殴らないの?」
目を瞑る行為は、殴られ慣れている人のそれだった。
彼女は僕に殴られることに何ら疑問を抱いていないのだ。それも自分が悪いことをしたという自覚もなく。彼女からしたら、理不尽な暴力だろう。それに、一切抵抗しない。痛みへの恐怖が、ないのだろうか。
もしかしたら、虐待を受けていたのかも…。
そうして思考を巡らせているうちに、今僕がやろうとしてしまったことを実感して、ウツツに頭を下げた。
「ごめんね」
彼女は僕の謝罪の意図がわからないようで「なんで」と言いながらじっと僕を見つめている。
「えっと…僕が今しようとしたことはさ、悪いことだから」
「暴力はダメなことなんだよ。だから、ごめん」
「それから、ウツツも邪魔くさいからって、暴力で解決しちゃダメだよ」
そう言って僕は、倒れた黒い人達を見る。この世界の住人。シャドウでもなく、役割もあるようには思えない彼らだが、殺していいわけはない。ウツツはきっと知らないだけだ。だから、理解してもらおうと、彼女の顔を覗く。
少女は未だ理解していないのか頭にクエスチョンマークを浮かべている。しかし、僕の言葉には「分かった」と一言。
「じゃあ、もうしない」
彼女はそう言って、持っていたスコップを地面に落とした。
「うん。ありがとう」
彼女はもう何も持っていない左手を僕の右手へと伸ばす。そして、自然と彼女と手を繋いだ。ぎゅっと握る僕の手を彼女はそっと握り返す。
その感触に、懐かしさを感じた。精神世界で2人で歩いたことを思い出す。いや、それより昔にも、こうしていたような気がした。
病院で、ユウヤ先生と手を繋いで歩いていた時と同じ感覚。僕には、こうやって手を繋いで歩いていた誰かがいたのだろうか。
「じゃあ、行こ」
何か引っかかりを覚えて硬直する僕の手を引っ張り、彼女は黒い人がいて通れなかった道の先へと歩き始める。それに釣られて、僕も続いて足を進めた。
◇
路地裏を抜けて、僕達は道なりに足を進めた。
そして、ウツツに気になっていたことを問いかける。
「そういえば、ウツツ」
「なに?」
「気になっていたことがあるんだけれどさ…。ウツツって、こっちで、その…殺された、よね?」
先程の黒い人を殺してしまった件で曖昧になっていたが、これは重要なことだ。僕の異能とウツツがここに来ることができる力が同じものであるかの確認。ここにウツツがいることが証明のように思えたが、まだ、分からない。僕は彼女の口からその答えを聞けることを待つ。
その不安をかき消すように、彼女はすぐに頷いた。
「うん、殺されたよ。でも、大丈夫なの」
「それは、死んでもどこかに戻るからってこと?」
「そう。死んだら戻って、また眠ったら夢を見るの。同じ場所の夢」
「そうなんだ」
きっと、僕と彼女は同じだ、と推測した。彼女も死ぬことで世界からいなくなり、眠ればまた、この世界に来るのだろう。
そんなことを考えながら、僕達は道なりに進んでいた。そこで、ふとウツツが足を止めた。
「チヨ、あれ」
彼女はある方向を指差した。僕は彼女の示す方向へと目を向ける。そこには、鉄棒や滑り台といった遊具が並ぶ公園があった。
「楽しそう」
彼女の表情から、そんな感情を汲み取ることはできなかった。しかし、閉じ込められていると言っていた彼女だ。このような場所に興味を示すのは当然のことなのかもしれない。
そして、僕は考える。ここはシュウ君の精神世界だ。全てに意味のある世界とは言えなくとも、公園という場所が彼にとって何か意味のある場所であった可能性はゼロではない。何か、手がかりがあるかもしれない。
「ちょっと、見ていこうか」
僕の言葉に、彼女はこくりと頷く。
そうして、僕たちは入り口に設置された車の侵入を防ぐ柵を越えて、公園へと入っていった。
◇
公園には外から見えた鉄棒や滑り台の他にブランコや砂場、ウサギやクマを模した乗り物が設置されている。それらの様々な遊具を前に、感情を読み取りにくいウツツがどこかソワソワしているように感じた。
「ねぇ、チヨ。あれ乗ってもいい?」
ウツツはブランコを指差す。僕が「いいよ」と言うと、彼女は走ってそちらへと向かっていき、ブランコに座り、それを漕いで遊び始めた。
見た目の割に、大人びているというか、表情に乏しくどこか不気味さすら孕んでいたウツツが歳相応に遊んでいる様子を見て、愛おしい気持ちを抱いた。
そこで、もう会えないかもしれないと思っていた彼女が今も会える形で存在していることを実感した。
─また会えたのだ。
この世界からいなくなるには死ぬしかない。死んでも、命を失うわけではない。別の場所に戻るだけだ。だからといって、いくら死んでも問題ないなんてことはない。死は怖いし痛いものだ。それから逃れるために僕は薬なんてものを作ってもらったが、この世界にはセキチクや怪物がいる。いつ死んでもおかしくない。僕も彼女もだ。
いくら対策をしても、この世界にいる限り、逃れることのできない死が迫ってくる。だから、諦めるしかなかった。生きることを諦めても、できるだけ痛みなく死にたい。でも、それすらも諦めて、痛い思いをしてでも僕はシュウ君を助けたかった。その上で、こう思っている。
ウツツが苦しんで死ぬ姿は、もう見たくない。
どうやら、彼女が死んだ姿は自分が死ぬ痛みよりも大きく僕の中に残っているようだ。
シュウ君を助けるために、彼女を犠牲にしたくない。それが僕の思考の終着点だった。
その瞬間、頭に意思のようなものが流れ込んできた。
…
……
………
おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。
…
……
………
ギコ、ギコ、とブランコを漕ぐ音で意識を取り戻す。どうやら、僕は気を失っていたようだ。
今、流れ込んできた意思の群れ…なんとなく僕のウツツに対する意識に近いような気がした。こんなことがあるのかは分からないが、シュウ君の中に同じような思考が共鳴して、僕の中に流れ込んできたのかもしれない。
それにしても、"おれが守らなきゃ"。これはきっと、セキチクの気持ちだ。
助けたいという僕の気持ちと守りたいというセキチクの気持ち、これらはどちらもシュウ君を思っているからこその気持ちであるはずなのに、どうしてこんなにもぶつかり合うのだろうか。なぜ僕は殺されなくてはならないのか。
僕の中でセキチクは理解のできない化け物ではなくなった。彼はシュウ君を守る騎士のような存在なのだろう。であれば、一方的な殺し合いではなく、対話はできないものか。僕たちがわかり合えば、より良くシュウ君を助けられると思う。
次に、セキチクに会った時には、話がしたい。
そんな思考を巡らせていると、気づけばブランコを漕ぐ音は止んでいた。そして、ウツツは砂場の砂を眺めていた。
彼女は僕がそちらへと目線を向けていることに気づくと、手招きをしながら口を開いた。
「チヨ、こっち」
「何かあった?」
「うん。みて、これ。何か書いてる」
そう言って、ウツツが指差した砂場には、指で書かれたような文字があった。
"鍵のかかった部屋に来て。そこで全てが分かるから"
僕はこの筆跡に見覚えがあった。そう、シュウ君の家の風呂場の鏡に書かれていた文字と似たものであった。あの時書かれていた文字は"彼を助けて"だった。そして、今回は"全てが分かる"か。
この文字は、誰が書いているものなのだろうか。記憶を守りたいセキチクは、僕を助けるような行動は取らないだろう。ならば、誰が…。
そう悩む僕に、ウツツが問いかける。
「鍵のかかった部屋、何処だろうね」
「あ、あぁ、うん。何処だろう…」
どうやら、ウツツは文字を読めるらしい。何ら不思議なことではないが、彼女の現在の状況を考えると、文章を読み意味を理解できるということには一安心だ。
そうして、誰が書いたのかという疑問を隅に寄せ、僕は書かれた文字に目を向ける。
この言葉から、きっと鍵のかかった部屋という場所に何かあるのは間違いない。それがセキチクの仕掛けた罠である可能性も、まぁ否定することは出来ないが、目的地として示すべきだろう。ここに向かいセキチクと会えるのであれば望むところだ。彼と話したいこともある。
それにしても、鍵のかかった部屋…思い当たる節があった。この世界で初めに降り立つ場所。シュウ君が暮らしていたと思われるアパートの一室に、一つだけ鍵のかかった部屋があった。
「多分、あそこだ」
「あそこ?知ってる場所だった?」
「うん。多分、そうだと思う」
「そっか」
彼女は振り返り、遊具の群れを見る。もっと遊びたかったのかもしれない。名残り惜しそうにこちらへと向き直る。
「もうちょっとここにいる?」
彼女は首を横に振る。そうして、「大丈夫」と一言だけ口にして、僕に左手を差し出す。
「じゃあ、行こう」
「そうだね。行こっか」
差し出された左手を握りしめ、僕達は目的地へと向かった。
◇
玄関の扉を開き、アパートの一室へと入る。
「ここが、チヨの知ってた場所?」
「そう。多分、シュウ君が暮らしていた場所なんだけれどね」
ここのある部屋にだけ鍵がかかっていた。芳香剤のような濃い臭いがする部屋だ。相変わらず、鍵はかかったままのようでいくらドアノブを捻っても開く気配はない。
どうしたものかと頭を悩ませる僕を前に、彼女は首をかしげていた。
「シュウ?」
彼女の様子に僕はハッとする。そういえば、ウツツにシュウ君のことを話していなかった。いや、今まで話す必要がなかったから話してこなかっただけだ。
そう思った瞬間、違和感を覚えた。
そういえば、ウツツとは同じ異能を持っている存在として共にこの精神世界を歩いて来たが、彼女が僕と共にいる必要はないのではないだろうか。きっと、彼女は僕よりも先にこの世界に行ったり来たりを繰り返しているはずだ。ならば、今、僕に連れ回されているこの状況は彼女にとって、迷惑なんじゃないだろうか。もしそうでなかったとしても、僕のやりたいことは話しておくべきなのではないか。それは、必要なことではないのか。
そう思い至り、彼女にシュウ君とセキチクの事やこの精神世界が彼のものであること、僕が彼を助けるためにこの世界に来て情報を集めていることを話した。
なに、全て話して彼女が共に行きたくないというのであれば、そこで別れればいいだけの話だ。僕の見えないところで死んでしまう可能性を考えると苦しいがそこは彼女の意見を尊重しよう。
「ふーん」
僕の説明に、興味なさげな返事が返って来た。あまり、理解してくれなかったのだろうか。どうやら僕は説明が苦手だったのかもしれない。
「えーっと…僕はシュウ君を助けるためにここに来ているんだ。だから、全く関係ないウツツを巻き込んでいるのは良くないなって思って…嫌だったら、ついてこなくても大丈夫なんだよ?」
「そっか。でも、私別に嫌じゃないよ?」
「えっと、そう?」
「うん。チヨと一緒にいるの、楽しいから」
彼女がうっすらと笑みを浮かべた気がした。その姿に唖然としていると、さらに彼女は続けた。
「だから、私も一緒に行く。チヨがしたいこと、私、手伝うよ?」
「そっ、か。うん。ありがとう、ウツツ」
咄嗟に言葉が思い浮かばず、感謝の言葉だけを彼女に送った。
そうして、先程の開くことのない扉の問題へと引き戻される。
ウツツがガチャガチャと扉を弄っているが、僕が開けようとした時と同じように開くことはない。
「きっと、この先に行ったらシュウ君って子を助けるための何かがあるんだよね?」
「うん、そうだと思う。でも、開いていないんじゃどうしようもないね」
その扉には鍵穴もない。ならば、扉を壊して無理矢理入るしかないのではないかと考えた時に、思い出した。
そうだ。そういえば、この家の玄関扉も元々は閉まっていた。それで、病院でシュウ君と話すことで鍵が開いたのだった。もしかしたら、鍵というのは世界の主人が警戒や何かを隠すために閉められているのかもしれない。
だったら、やることは一つだ。
病院に戻って、シュウ君と話がしたい。そのためには…
死ぬしかない。
僕は右ポケットの瓶を握りしめる。そこで、気づいた。今僕が死ぬということの意味を。
「どうかした?」
それは、今目の前にいる彼女を置いて帰るということだった。もし、僕が楽をして死んだ後、彼女がセキチクに襲われたら、死んでも死にきれない罪悪感を持つことになるだろう。それに対して彼女は何も思わないのかもしれないが、僕が嫌だ。
だから、彼女にもこの薬を飲んでもらおう。彼女がそれを許してくれるのなら。
薬の譲渡は禁止されている。それから、ユウヤ先生にはこの薬を誰にも渡してはいけないなんて言われていたが、幸いそれを咎めることのできる人物はここ、精神世界には誰もいない。
僕は瓶をポケットから取り出して彼女に見せる。
「なにそれ」
「これはね、飲むと死ぬ薬だよ。この世界から帰るには、死ぬしかないからさ。作ってもらったんだ」
「そうなんだ」
「うん。それでね、鍵を開ける方法を思いついたからさ、それを試すために、今から死のうと思う」
「うん」
「でも、ウツツ。君を1人にするのが僕は怖いんだ。だから、一緒にこの薬、飲んでくれる?」
彼女は別にいいよというふうに頷いた。
「わかった。でも、また戻ってくるってことだよね。だったら、いつ戻って来たらいい?」
「そう、だな…」
失念していた。確かに、今、無事に痛みなく元の場所に彼女が戻ったとして、その後はどうすればいい?また、2人でこの世界に来るとして、彼女が僕よりも先にここに来てしまうと、本末転倒である。
ならばどうする。この世界で隠れていてもらうか。いや、時間を示し合わせて合流をするか…。しかし、この世界と僕やウツツの元の場所の時間の流れが同じとも限らない。夢の時間は現実と異なっているなんて話をどこかで聞いたことがあるような気がする。もしかしたら、ここもそうかもしれない。
そんな、理論を頭に立てては否定をする僕の手から、ウツツが一錠の薬を取った。
「きっと、大丈夫だよ」
彼女はそう言った。
「きっと、大丈夫。なんとなく、そんな気がするの。私達は同じ時にこの場所に来れるよ」
そんな、理論も何もない、ただの希望を口にした。
到底納得できるものではなかった。しかし、彼女の言葉には妙な説得力があった。何故かは分からない。でも、僕は彼女を信じてしまった。
「だから、チヨ。一緒に死のっか」
彼女は僕が薬を口に含むのを待っている。僕は望まれるまま、瓶から薬を一錠取り出し、口に含む。それに続いて、彼女も舌の上に薬を乗せる。
そして、2人同時に飲み込んだ。
まるで心中みたいだな。そんなことを思いながら、薄らぐ意識の中、僕にもたれかかる彼女の姿を見た。それは安らかな死だった。
あぁ、よかった。
そうして、僕達は夢から覚めた。
滅多刺しにされた体の傷は確認するまでもなく、もうどこにもない。
「はぁ」
小さくため息をこぼしながら、立ち上がって伸びをする。
ここは私の部屋。何もない、誰もいない、ただ、広いだけの空間。私だけの寂しい場所。
そんな場所、つまらない。だから眠って、夢の世界を歩くのだ。あの世界には私以外の誰かがいる。彼らのほとんどは会話が通じないが、1人、この空間でじっとしているよりは退屈しない。
それに、今回は話の出来る誰かとも出会えた。
「チヨ」
彼にまた会えるといいな。
そんなことを思いながら、再びベッドに潜り込む。そして、"ウツツ"は夢をみる。
◆◆◆
僕の頭は理解を拒んでいた。
目の前には倒れた黒い人と、返り血のように黒い液体を浴びた、会いたかったはずの少女ウツツがいる。
もう2度と会えないのではないかと思っていた。だから、また会えて良かった…なんて考えられない状況だった。
少女は小さなスコップを握りしめていた。その先端部分は黒く染まっており、何を突き刺したのかは明白だろう。
でも、信じたくなかった。そんな、まさか、彼女がそんなことするはずないと。
乾いた口から振り絞って声を出す。
「ウツ、ツ?」
その声を聞いた彼女は僕の方に目を向ける。そして、僕がいることに気づいた彼女は、黒い水たまりを踏み鳴らし、僕の元へと駆け寄ってきた。
「チヨ」
「会いたかった」
彼女は僕の名前を呼び、目の前へとやってくる。彼女の顔を見れば、薄らと笑みを浮かべているように感じた。
「えっと、何をして、るの?」
目の前の少女にそう問う。彼女は首を傾げ、何のこと?と言わんばかりに僕に目線を向ける。
一つずつ、聞こう。こんがらがった思考回路を正すため、再度ウツツに質問を投げかける。
「そのスコップ、どうしたの?」
彼女の右手に握りしめられた、小さなスコップ。園芸用に用いられるであろうそれを前に会った時、彼女は持ち歩いていなかった。
「落ちていたのを拾ったの。何かに使えるかもしれないと思って」
「そ、そっか、じゃあ…後ろの人達は…」
「え?」
と、ウツツは振り返り、黒い人達を見下ろす。そして、なにかを考える素振りを見せて、
「邪魔くさかったから」
ただ、一言だけそう口にした。
僕は今、答えを聞いた。否定したかった、この現状の答えだ。ウツツはその右手に持ったスコップで、彼らを突き刺して、殺したのだ。
僕は怒りなのだか恐怖なのだか、もう訳がわからない何かが体内で煮えくりかえっているのを感じた。
そして、その感情に身を任せて、彼女に右手を振り下ろそうとした。
僕のその行動に、彼女は怯える訳でも避けようとする訳でもなく、ただ、目を瞑った。それを見た僕はハッとして、やり場のなくなった右手を引っ込める。
来るはずの衝撃が来ない事に疑問を抱いたのか、彼女はゆっくりと目を見開く。そうして、不自然に下げられた僕の右手を見て、首を傾げた。
「殴らないの?」
目を瞑る行為は、殴られ慣れている人のそれだった。
彼女は僕に殴られることに何ら疑問を抱いていないのだ。それも自分が悪いことをしたという自覚もなく。彼女からしたら、理不尽な暴力だろう。それに、一切抵抗しない。痛みへの恐怖が、ないのだろうか。
もしかしたら、虐待を受けていたのかも…。
そうして思考を巡らせているうちに、今僕がやろうとしてしまったことを実感して、ウツツに頭を下げた。
「ごめんね」
彼女は僕の謝罪の意図がわからないようで「なんで」と言いながらじっと僕を見つめている。
「えっと…僕が今しようとしたことはさ、悪いことだから」
「暴力はダメなことなんだよ。だから、ごめん」
「それから、ウツツも邪魔くさいからって、暴力で解決しちゃダメだよ」
そう言って僕は、倒れた黒い人達を見る。この世界の住人。シャドウでもなく、役割もあるようには思えない彼らだが、殺していいわけはない。ウツツはきっと知らないだけだ。だから、理解してもらおうと、彼女の顔を覗く。
少女は未だ理解していないのか頭にクエスチョンマークを浮かべている。しかし、僕の言葉には「分かった」と一言。
「じゃあ、もうしない」
彼女はそう言って、持っていたスコップを地面に落とした。
「うん。ありがとう」
彼女はもう何も持っていない左手を僕の右手へと伸ばす。そして、自然と彼女と手を繋いだ。ぎゅっと握る僕の手を彼女はそっと握り返す。
その感触に、懐かしさを感じた。精神世界で2人で歩いたことを思い出す。いや、それより昔にも、こうしていたような気がした。
病院で、ユウヤ先生と手を繋いで歩いていた時と同じ感覚。僕には、こうやって手を繋いで歩いていた誰かがいたのだろうか。
「じゃあ、行こ」
何か引っかかりを覚えて硬直する僕の手を引っ張り、彼女は黒い人がいて通れなかった道の先へと歩き始める。それに釣られて、僕も続いて足を進めた。
◇
路地裏を抜けて、僕達は道なりに足を進めた。
そして、ウツツに気になっていたことを問いかける。
「そういえば、ウツツ」
「なに?」
「気になっていたことがあるんだけれどさ…。ウツツって、こっちで、その…殺された、よね?」
先程の黒い人を殺してしまった件で曖昧になっていたが、これは重要なことだ。僕の異能とウツツがここに来ることができる力が同じものであるかの確認。ここにウツツがいることが証明のように思えたが、まだ、分からない。僕は彼女の口からその答えを聞けることを待つ。
その不安をかき消すように、彼女はすぐに頷いた。
「うん、殺されたよ。でも、大丈夫なの」
「それは、死んでもどこかに戻るからってこと?」
「そう。死んだら戻って、また眠ったら夢を見るの。同じ場所の夢」
「そうなんだ」
きっと、僕と彼女は同じだ、と推測した。彼女も死ぬことで世界からいなくなり、眠ればまた、この世界に来るのだろう。
そんなことを考えながら、僕達は道なりに進んでいた。そこで、ふとウツツが足を止めた。
「チヨ、あれ」
彼女はある方向を指差した。僕は彼女の示す方向へと目を向ける。そこには、鉄棒や滑り台といった遊具が並ぶ公園があった。
「楽しそう」
彼女の表情から、そんな感情を汲み取ることはできなかった。しかし、閉じ込められていると言っていた彼女だ。このような場所に興味を示すのは当然のことなのかもしれない。
そして、僕は考える。ここはシュウ君の精神世界だ。全てに意味のある世界とは言えなくとも、公園という場所が彼にとって何か意味のある場所であった可能性はゼロではない。何か、手がかりがあるかもしれない。
「ちょっと、見ていこうか」
僕の言葉に、彼女はこくりと頷く。
そうして、僕たちは入り口に設置された車の侵入を防ぐ柵を越えて、公園へと入っていった。
◇
公園には外から見えた鉄棒や滑り台の他にブランコや砂場、ウサギやクマを模した乗り物が設置されている。それらの様々な遊具を前に、感情を読み取りにくいウツツがどこかソワソワしているように感じた。
「ねぇ、チヨ。あれ乗ってもいい?」
ウツツはブランコを指差す。僕が「いいよ」と言うと、彼女は走ってそちらへと向かっていき、ブランコに座り、それを漕いで遊び始めた。
見た目の割に、大人びているというか、表情に乏しくどこか不気味さすら孕んでいたウツツが歳相応に遊んでいる様子を見て、愛おしい気持ちを抱いた。
そこで、もう会えないかもしれないと思っていた彼女が今も会える形で存在していることを実感した。
─また会えたのだ。
この世界からいなくなるには死ぬしかない。死んでも、命を失うわけではない。別の場所に戻るだけだ。だからといって、いくら死んでも問題ないなんてことはない。死は怖いし痛いものだ。それから逃れるために僕は薬なんてものを作ってもらったが、この世界にはセキチクや怪物がいる。いつ死んでもおかしくない。僕も彼女もだ。
いくら対策をしても、この世界にいる限り、逃れることのできない死が迫ってくる。だから、諦めるしかなかった。生きることを諦めても、できるだけ痛みなく死にたい。でも、それすらも諦めて、痛い思いをしてでも僕はシュウ君を助けたかった。その上で、こう思っている。
ウツツが苦しんで死ぬ姿は、もう見たくない。
どうやら、彼女が死んだ姿は自分が死ぬ痛みよりも大きく僕の中に残っているようだ。
シュウ君を助けるために、彼女を犠牲にしたくない。それが僕の思考の終着点だった。
その瞬間、頭に意思のようなものが流れ込んできた。
…
……
………
おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。
…
……
………
ギコ、ギコ、とブランコを漕ぐ音で意識を取り戻す。どうやら、僕は気を失っていたようだ。
今、流れ込んできた意思の群れ…なんとなく僕のウツツに対する意識に近いような気がした。こんなことがあるのかは分からないが、シュウ君の中に同じような思考が共鳴して、僕の中に流れ込んできたのかもしれない。
それにしても、"おれが守らなきゃ"。これはきっと、セキチクの気持ちだ。
助けたいという僕の気持ちと守りたいというセキチクの気持ち、これらはどちらもシュウ君を思っているからこその気持ちであるはずなのに、どうしてこんなにもぶつかり合うのだろうか。なぜ僕は殺されなくてはならないのか。
僕の中でセキチクは理解のできない化け物ではなくなった。彼はシュウ君を守る騎士のような存在なのだろう。であれば、一方的な殺し合いではなく、対話はできないものか。僕たちがわかり合えば、より良くシュウ君を助けられると思う。
次に、セキチクに会った時には、話がしたい。
そんな思考を巡らせていると、気づけばブランコを漕ぐ音は止んでいた。そして、ウツツは砂場の砂を眺めていた。
彼女は僕がそちらへと目線を向けていることに気づくと、手招きをしながら口を開いた。
「チヨ、こっち」
「何かあった?」
「うん。みて、これ。何か書いてる」
そう言って、ウツツが指差した砂場には、指で書かれたような文字があった。
"鍵のかかった部屋に来て。そこで全てが分かるから"
僕はこの筆跡に見覚えがあった。そう、シュウ君の家の風呂場の鏡に書かれていた文字と似たものであった。あの時書かれていた文字は"彼を助けて"だった。そして、今回は"全てが分かる"か。
この文字は、誰が書いているものなのだろうか。記憶を守りたいセキチクは、僕を助けるような行動は取らないだろう。ならば、誰が…。
そう悩む僕に、ウツツが問いかける。
「鍵のかかった部屋、何処だろうね」
「あ、あぁ、うん。何処だろう…」
どうやら、ウツツは文字を読めるらしい。何ら不思議なことではないが、彼女の現在の状況を考えると、文章を読み意味を理解できるということには一安心だ。
そうして、誰が書いたのかという疑問を隅に寄せ、僕は書かれた文字に目を向ける。
この言葉から、きっと鍵のかかった部屋という場所に何かあるのは間違いない。それがセキチクの仕掛けた罠である可能性も、まぁ否定することは出来ないが、目的地として示すべきだろう。ここに向かいセキチクと会えるのであれば望むところだ。彼と話したいこともある。
それにしても、鍵のかかった部屋…思い当たる節があった。この世界で初めに降り立つ場所。シュウ君が暮らしていたと思われるアパートの一室に、一つだけ鍵のかかった部屋があった。
「多分、あそこだ」
「あそこ?知ってる場所だった?」
「うん。多分、そうだと思う」
「そっか」
彼女は振り返り、遊具の群れを見る。もっと遊びたかったのかもしれない。名残り惜しそうにこちらへと向き直る。
「もうちょっとここにいる?」
彼女は首を横に振る。そうして、「大丈夫」と一言だけ口にして、僕に左手を差し出す。
「じゃあ、行こう」
「そうだね。行こっか」
差し出された左手を握りしめ、僕達は目的地へと向かった。
◇
玄関の扉を開き、アパートの一室へと入る。
「ここが、チヨの知ってた場所?」
「そう。多分、シュウ君が暮らしていた場所なんだけれどね」
ここのある部屋にだけ鍵がかかっていた。芳香剤のような濃い臭いがする部屋だ。相変わらず、鍵はかかったままのようでいくらドアノブを捻っても開く気配はない。
どうしたものかと頭を悩ませる僕を前に、彼女は首をかしげていた。
「シュウ?」
彼女の様子に僕はハッとする。そういえば、ウツツにシュウ君のことを話していなかった。いや、今まで話す必要がなかったから話してこなかっただけだ。
そう思った瞬間、違和感を覚えた。
そういえば、ウツツとは同じ異能を持っている存在として共にこの精神世界を歩いて来たが、彼女が僕と共にいる必要はないのではないだろうか。きっと、彼女は僕よりも先にこの世界に行ったり来たりを繰り返しているはずだ。ならば、今、僕に連れ回されているこの状況は彼女にとって、迷惑なんじゃないだろうか。もしそうでなかったとしても、僕のやりたいことは話しておくべきなのではないか。それは、必要なことではないのか。
そう思い至り、彼女にシュウ君とセキチクの事やこの精神世界が彼のものであること、僕が彼を助けるためにこの世界に来て情報を集めていることを話した。
なに、全て話して彼女が共に行きたくないというのであれば、そこで別れればいいだけの話だ。僕の見えないところで死んでしまう可能性を考えると苦しいがそこは彼女の意見を尊重しよう。
「ふーん」
僕の説明に、興味なさげな返事が返って来た。あまり、理解してくれなかったのだろうか。どうやら僕は説明が苦手だったのかもしれない。
「えーっと…僕はシュウ君を助けるためにここに来ているんだ。だから、全く関係ないウツツを巻き込んでいるのは良くないなって思って…嫌だったら、ついてこなくても大丈夫なんだよ?」
「そっか。でも、私別に嫌じゃないよ?」
「えっと、そう?」
「うん。チヨと一緒にいるの、楽しいから」
彼女がうっすらと笑みを浮かべた気がした。その姿に唖然としていると、さらに彼女は続けた。
「だから、私も一緒に行く。チヨがしたいこと、私、手伝うよ?」
「そっ、か。うん。ありがとう、ウツツ」
咄嗟に言葉が思い浮かばず、感謝の言葉だけを彼女に送った。
そうして、先程の開くことのない扉の問題へと引き戻される。
ウツツがガチャガチャと扉を弄っているが、僕が開けようとした時と同じように開くことはない。
「きっと、この先に行ったらシュウ君って子を助けるための何かがあるんだよね?」
「うん、そうだと思う。でも、開いていないんじゃどうしようもないね」
その扉には鍵穴もない。ならば、扉を壊して無理矢理入るしかないのではないかと考えた時に、思い出した。
そうだ。そういえば、この家の玄関扉も元々は閉まっていた。それで、病院でシュウ君と話すことで鍵が開いたのだった。もしかしたら、鍵というのは世界の主人が警戒や何かを隠すために閉められているのかもしれない。
だったら、やることは一つだ。
病院に戻って、シュウ君と話がしたい。そのためには…
死ぬしかない。
僕は右ポケットの瓶を握りしめる。そこで、気づいた。今僕が死ぬということの意味を。
「どうかした?」
それは、今目の前にいる彼女を置いて帰るということだった。もし、僕が楽をして死んだ後、彼女がセキチクに襲われたら、死んでも死にきれない罪悪感を持つことになるだろう。それに対して彼女は何も思わないのかもしれないが、僕が嫌だ。
だから、彼女にもこの薬を飲んでもらおう。彼女がそれを許してくれるのなら。
薬の譲渡は禁止されている。それから、ユウヤ先生にはこの薬を誰にも渡してはいけないなんて言われていたが、幸いそれを咎めることのできる人物はここ、精神世界には誰もいない。
僕は瓶をポケットから取り出して彼女に見せる。
「なにそれ」
「これはね、飲むと死ぬ薬だよ。この世界から帰るには、死ぬしかないからさ。作ってもらったんだ」
「そうなんだ」
「うん。それでね、鍵を開ける方法を思いついたからさ、それを試すために、今から死のうと思う」
「うん」
「でも、ウツツ。君を1人にするのが僕は怖いんだ。だから、一緒にこの薬、飲んでくれる?」
彼女は別にいいよというふうに頷いた。
「わかった。でも、また戻ってくるってことだよね。だったら、いつ戻って来たらいい?」
「そう、だな…」
失念していた。確かに、今、無事に痛みなく元の場所に彼女が戻ったとして、その後はどうすればいい?また、2人でこの世界に来るとして、彼女が僕よりも先にここに来てしまうと、本末転倒である。
ならばどうする。この世界で隠れていてもらうか。いや、時間を示し合わせて合流をするか…。しかし、この世界と僕やウツツの元の場所の時間の流れが同じとも限らない。夢の時間は現実と異なっているなんて話をどこかで聞いたことがあるような気がする。もしかしたら、ここもそうかもしれない。
そんな、理論を頭に立てては否定をする僕の手から、ウツツが一錠の薬を取った。
「きっと、大丈夫だよ」
彼女はそう言った。
「きっと、大丈夫。なんとなく、そんな気がするの。私達は同じ時にこの場所に来れるよ」
そんな、理論も何もない、ただの希望を口にした。
到底納得できるものではなかった。しかし、彼女の言葉には妙な説得力があった。何故かは分からない。でも、僕は彼女を信じてしまった。
「だから、チヨ。一緒に死のっか」
彼女は僕が薬を口に含むのを待っている。僕は望まれるまま、瓶から薬を一錠取り出し、口に含む。それに続いて、彼女も舌の上に薬を乗せる。
そして、2人同時に飲み込んだ。
まるで心中みたいだな。そんなことを思いながら、薄らぐ意識の中、僕にもたれかかる彼女の姿を見た。それは安らかな死だった。
あぁ、よかった。
そうして、僕達は夢から覚めた。
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