メサイアの劣等

すいせーむし

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一章 仮面の少年

3話 解離

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 あの思い出したくもない夢の景色が蘇る。
 どうやら、僕はあの子の精神世界に入ることに成功したらしい。それは、以前の夢と同じアパートの一室で、ただ一つ違うのは、あの狂気じみた初対面の彼とは全く印象の異なる、もう一つの人格"セキチク"がいないということだ。

「よかった。アイツはいないみたいだ。外に出て色々調べてみよう」

 そう言って、屋内の廊下を渡り玄関の扉を開こうとしたが、ドアノブを回しても開くことはない。鍵が掛かっているのかと扉を観察したが鍵穴らしきものは見当たらず、途方に暮れる。

「室内に何かないか探してみるか」

 このままではいけないと、今いるこのアパートの一室を調べることにした。リビングであろう場所はカーテンが閉まっていて薄暗く、所々に黒い何かが飛び散っている。気色の悪いところだが、生活感があり、先程まで誰かが普段通りにここで暮らしていたようである。

「ここは、シュウ君が暮らしていた部屋…?」

 そんな考察をしている最中、背後から「ザザザザ…」という音が聞こえてきた。僕は驚きつつも、警戒しながら目線だけをゆっくりと後ろに向ける。そして、その音を鳴らした正体がテレビだと気づきそちら側へと顔を向ける。僕がじっくりとそれを見始めたことに合わせるかのように、砂嵐を映し出したテレビはノイズ混じりのニュースを流し出した。

「…本日、5月……日…⬛︎の……す。日…の………手紙と……ネー……ンで伝……しょ…。ザーッ」

 これだけの音声を流した後、テレビの画面は暗くなり、「ザザザザ…」という音はしなくなった。

「なんだったんだ?」

 そう不思議に思いながら別の場所を探ることにした。
 ふと床に目をやったとき赤いシミが点々と広がっていった。そこから、誰かがいるかのようにペタペタと足跡をつけ、とある部屋へと続いていった。
 この奇妙な現象に驚きつつ、僕は意を決してその部屋の扉を開く。どうやら洗面所のようだ。洗面台などを調べたが特に怪しい様子はなく、赤いシミは浴室へと続いている。僕は建付けの悪い扉を開いて、目に写ったものと悪臭に寒気がした。真っ赤に染まり、濃く鉄の臭いがするその部屋は、血で塗りたくられた地獄であった。「うっ…えっ」と吐きそうになりながら、目の前の鏡に血で何かが書かれていくことに気づく。

「おかしいだろ…これ…」

 精神世界という場所はここまでいかれているのかと苛立ちを覚えた。しかし、これは自分の記憶を取り戻すためだと涙を堪える。
 息を整えて、浴室へと入る。床の血を踏み「ぐちゃり」という不快な音を立てながら、僕はこんな文字を目にする。

"彼を助けて"

 鏡にはそう書かれていた。

「彼を助けて、か。彼って誰のことだろ」
 
 僕はシュウ君のことなのだろうか。と思いつつ、"彼を助けて"という言葉を頭の片隅に置いておくことにした。
 それから、こんな不快な場所から早くおさらばしようと浴室をでた。

          ◇

 一通り調べることの出来そうな場所は調べて、ここはシュウ君の住んでた場所だと確信する。
 洗面所の反対に鍵がかかった部屋があることは気がかりだったが、こちらも玄関と同じく鍵穴もなく、開きそうにない。
 これ以上は何もできそうにない。

「とりあえず一回戻って、先生に聞いてみよう」

 僕はそう独り言を呟き病院へと戻る。…戻る?どうやって?
 そこで僕は、帰る方法がわからないことに気づいた。どうしようかと焦ったが、冷静に前回どのようにして戻ったのかを思い出す。そして戦慄した。

「僕は、また死ななきゃいけない…のか?」

 いや、まさか。そんなはずはない。色々試そう。目を閉じたら戻れるとか、祈れば帰れるとか、頬をつねるとか…。
 僕は死ぬこと以外に思いついたことを全て試した。しかし、その全てが失敗に終わった。

「やっぱり死ぬしかないのか…?でも、嫌だな」

 焦燥感に駆られる僕は、一度調べた場所に何かないかと何度も調べなおす。
 何度も、何度も、何度も。
 そして、焦りが最高潮に達したとき。また、浴室を調べることにした。気色悪くて先程はしっかりと調べられなかったに違いない。

 何かあるはずだと。

 注意力が散漫している僕は必死で目に入るもの全てを漁る。そんな時、僕の視界は急に血だまりの風呂に変わる。何かに引っ張られ、浴槽へと落ちた。
 耳や鼻や口から、血が入り込んでくるのを感じる。濃いその味と臭いにむせ返るも、その液体はどこか粘り気があり吐き出せない。さらに、そのまま小さな浴槽から出ることも出来なかった。ああ、なんて愚かな…

          ◆

 目を覚ました。前回と同じ汗でびしょ濡れの体、荒々しい息遣い。眠るたびにこんな目に遭うのかと不安になった。

「それにしても、こっちに戻ってくる方法って…。後で先生に相談しよう」

 僕の頭は問題を直視しないように、あの血文字について考えていた。
 確か、"彼を助けて"と書かれていたな。あの血文字を見たのはシュウ君の精神世界だ。つまり、彼とはシュウ君のことだろうか。助ける方法は分からないが、もう一つの人格であるあの化け物から救ってやれということなのだろう。
 軽く考察をしてみたものの、情報が少なすぎる。シュウ君本人に聞いたら何かわかるかもしれない。

「彼は病室にいるはずだ。行ってみよう」

 僕は、そう言って203号室を出て行った。

          ◇

「シュウ君、いる?」

 僕はそう言って、204号室の扉を叩く。しかし、返事はない。
 居留守を使うような子ではないよな。もしかしたら寝ているのかもしれない。また後で来よう。そう思い、振り返ると何者かと目があった。その者は、3つの瞳でこちらに目を向けている。ギョロリとしたその瞳はその者の顔の6割を占めている。
 僕は、あまりの恐怖に言葉を失った。足がすくんで逃げることもままならない。立ち向かうことも到底不可能だ。ただ、立ち尽くしかなかった。
 そんな状況のなか、向こうからこちらに声をかけてきた。

「あら。貴方がシュウ君の言っていた新しい患者さんね」

 口はないはずなのに、何故かはっきりとその者からは声が聞こえる。声質から、三つ目の誰かは女性なのだとわかった。また、よく見てみればセーラー服を着ている。

「あら、驚かせちゃったかしら。それは失礼。まぁ、こんな見た目だし、仕方ないと言えば仕方ないか」

 彼女は、直立不動となった僕にそう言いつつも、じろじろと三つの瞳で尚もこちらを見ている。

「ねぇ、貴方。名前はなんていうの?」

 僕は震えた小さな声で、「チヨです」と名乗る。彼女は怯える僕を見つめてこう返した。

「チヨ君ね。私はシヅよ。207号室で入院しているわ。貴方は、203号室よね?新しい患者さんみたいだし。…病気については深くは聞かないわ。これからよろしくね」

 見た目の割に彼女から敵意を感じない。セキチクといい、シヅさんといい、人を…いや、死人を見かけで判断するのはよくないな。と冷静になる。

「よろしくお願いします」

 僕は彼女にそう返した。そして、シュウ君が言っていたメダマのお姉ちゃんという存在が彼女のことだと理解する。
 恐怖すべき相手ではないと分かった僕は彼女にひとつ問いかけをする。

「シヅさん、シュウ君が今何処にいるか知ってたりしますか?」

 患者同士がいつ何処で何をしているのかを把握しているような病院ではないような気もするが、何か知っているかもしれない。期待の眼差しに彼女は困ったような顔を浮かべた気がした。

「さぁ。この病棟にいないのなら、先生の場所にでも行ってるんじゃないかしら。彼、許可なく病棟からは出れないはずだから」

 彼女はそう答えた。どうやら、シュウ君は行動制限を受けてるらしい。それは、彼の病気のせいだろう。ともあれ、今いる病棟に彼がいなければ、先生の所にいる。それが分かればすることは一つだ。病棟内に彼がいないか探ろう。

「ありがとうございます。シュウ君、探してみますね」

「そう。じゃあね」

 彼女は、自身の病室である207号室へといなくなった。

          ◇

 僕は、シュウ君を探すためにここ、第二病棟を彷徨った。休憩スペースや3階など普段行ったことのない所にも足を運んだ。しかし、彼は何処にもいなかった。ならば、彼は今、先生と共にいるのだろう。先生を呼んでもいいかもと思ったが、重要な用事であれば申し訳ない。部屋で待っていようと自分の病室の扉を開けたとき、遠くから子どもの声がした。

「あ、チヨさん」

 声のした方を見遣ると、そこにはガスマスクの看護師と、シュウ君がいた。やはり、先生のところにいたのだろう。
 彼はガスマスクの看護師から離れて僕の方へと向かってきた。

「昨日ぶりだね。シュウ君、調子はどう?」

「げんきですよ。ただ、ちょっとだけもう一人のぼくのきげんがよくないみたいで…」

 彼の言うもう一人のぼくというのは、おそらくセキチクのことだろう。その事で先生と話していたに違いない。
 未だ脳裏から離れない、夢…いや、精神世界での出来事。シュウ君と対面すると、身構えてしまう。

「では、私はこれで。チヨさん、シュウさんをよろしくお願いします」

 取り繕っている僕に、シュウ君の後ろからガスマスクの看護師はそう声をかけてこの場を去る。

「ガスマスクさん、ありがとうございました」

 シュウ君は振り返って彼女に頭を下げた。しかし、彼女がそれに反応することはなかった足早に去る姿に、誰に対してもそのような冷ややかな態度を取るようだ。
 彼女の態度に、シュウ君が不安そうにしていたため、僕は彼に向けて笑顔を作る。

「あの…どうかしましたか?」

 僕の作られた笑顔はあまりに不器用だったらしい。彼の様子はあまり変わらなかった。

「シュウ君、ちょっと話さない?」

 この場の居心地の悪さを払拭するため、僕は彼に優しく話しかけた。それを聞いたシュウ君は未だ不安感を残しつつ、笑顔で「はい」と返事をした。

          ◇
「お邪魔します」

「はい、どうぞ」

 僕はシュウ君の病室である204号室へと入る。彼の病室で話すのがいいと思い、提案したところ、シュウ君が喜んでそれに応じたためだ。

 彼の病室は、僕の病室と同じ間取りであったが、机や椅子は傷だらけである。また、僕の病室とは明らかに違う点がある。それは、ベッドに手枷がつけられていることだ。

「これは…」

「あぁ、きにしないで。ぼくのじゃないんです」

 彼は目を伏せながら、そう言った。そして意を決したようにこちらを見る。

「チヨさんは、ぼくのびょうきのこと、しっているんですよね」

 彼の声はか細く、不安に押しつぶされそうになる心情を汲み取るのは容易かった。

「うん。先生から聞いたカイリセイドウヰツ症だよね」

 カヰリセイドウイツ症。多重人格の病。シュウ君の身体には、彼以外の精神がもう1つ宿っている。

「はい。ぼくのなかにはぼくとはべつのわるいやつがいます。あいつはすきかってにあばれまわってみんなにめいわくをかけるんですだから…けしてしまいたい」

 彼の怒りや苦しみがひたひたと伝わってきた。涙を堪えるその表情は、少年がしていい顔ではないと記憶のない僕でもわかる。何故だろう、その顔に既視感を覚えた。「チヨ」と僕を呼ぶ知らない声が安心感をもたらす。もしかしたら、記憶の断片だろうか。でも今は、自分の記憶よりも、彼を救うことが先だ。
 僕は彼を、助けたい。

「わかった。僕がアイツをなんとかする。だから、そんな顔しないで」

 笑っていてほしい。僕はこの子を救わなくてはいけない。それを聞いた彼は優しく微笑んだ。

「やさしいんですね、チヨさん」

 その時、「かちゃり」という音が彼から聞こえた。鍵が開いたようなような音だった。
 それが何を意味するのか、僕にはすぐに理解できた。
 また、精神世界に行こう。僕がそう考えていると、シュウ君は意を決したように口を開いた。

「すこしだけ、ぼくのはなしをしてもいいですか。きいてほしいんです」

 彼は、僕を受け入れてくれた。僕はただこくりと頷いた。

「ぼくのなかのかれはここにくるまえからいました。かれのなまえはセキチクです。かれはぼくのなかでぼくをいじめてからかって、ずっとニヤニヤしてました」

「でもそんなにわるいやつじゃなかったんです。ひとりでいたぼくとよくあそんでくれたし、こわいゆめをみたぼくにだいじょぶだっていってくれたし」

「ぼく、セキチクはみかただっておもってたんです。でもちがった。あいつはぼくのすべてをとるきでいたんだ」

「あいつ、ぼくのからだをきがついたらのっとってて、もどってきたらきずだらけのからだにされてるんです」

「そして」

「あるとき、あいつはぼくのだいじなものを」

「うばった」

 彼はそう言うとさらに表情を曇らせ、下を向く。記憶のない僕には大事なものがどのようなものか、理解できない。だが、それを奪ったセキチクのことは相当憎いはずだろう。そして、憎む相手は彼自身の中に。
 僕は答えに困った。

「シュウ君」

 彼は返事をしない。しかし、僕は続ける。

「話してくれてありがとう。僕は君の助けになりたいんだ。記憶がないから、君の気持ちが全て分かるとは言えないけど、君が苦しんでいることは分かる。だから、僕に何かできないか教えてくれないかな」

 彼は返事をしない。

「あの、シュウ君?」

 彼は返事をしない。

「シュウ君、どうし…」

 僕が言い切るより先に、少年の爪が僕の鼻尖を切る。「いっ!?」と僕は痛みに動揺して鼻を抑え、一歩後ろに下がる。「ハハハ…」と笑いながらこちらを見る少年は先程とは全く別の人間だった。

「ハハハハハハ!!!」

「なァ、お前。おれ様のこと知ってるな」

 彼はグニグニと指を曲げて僕に問う。動揺を隠せない僕を目の前に、爪を噛みながら答えを待っている。

「…知ってる。お前はセキチクだ」

 僕の答えを聞くと、彼は動きを止めて一言呟く。

「つまんねェ」

「そうだよ。おれ様がセキチクだ。お前、初めて会うよなァ?なんで、そんなに恨めしい目でおれを見る?お前のその目はおれ様を警戒する目だ」

「確かにおれ様の話を聞いてたのなら警戒するのも分かる。だが、違う。その目は違う!てめェ、おれ様に殺されかけでもしたか?アイツの最期の目にそっくりだ」

「気にくわねェ。あー、気にくわねェ」

「そんな目玉は」

「ほじくり返してやらねえとなァ!?」

 彼の瞳は真っ赤に染まり爛々と輝いている。そして左手を上げて僕を押さえつける。少年のものとは思えない力で掴まれ、抵抗すらできなかった。僕は必死で目を瞑る。抉られる。そう直感した。
 しかし、その瞬間は訪れない。僕は薄目を開けて様子を伺う。そこには絶望した少年の顔があった。

「ぼくは…なにを…」

「あっ!す、すいません!」
 
 シュウ君は僕を解放した。そして、許しを請うようにこう続ける。

「セキチクはこんなかんじできゅうにでてくるんです。でも、きょうだけで2かいめ。こんなこといままでありませんでした。ほんとに、すいません」

「また、でてきちゃうかもしれない。ぼくとふたりきりであうのはやめたほうがいいとおもいます」

「すいません。へや、でていってください」

 僕は彼のか細い声にこくりと頷き、立ち上がる。こちらの世界では、彼を助けるどころか迷惑をかけてしまう。また、シュウ君の精神世界に行くしかない。

「シュウ君、僕が絶対に君を助けるから」

 僕は決意し、部屋を後にする。その台詞を聞いたシュウ君がどんな顔をしていたのか、僕は見なかった。

          ◇

 204号室を出て僕はまず、先生に会うためにナースコールを鳴らし、ガスマスクの看護師を呼ぶ。彼女に連れられて、診察室へと向かった。
 診察室へと向かう道中、何人かの人を見た。道化師のような見た目の男、くすくす笑う2人の子ども、頭にケーキが乗っている女。皆、患者で、それから、死人なのだろう。そう考えると少し恐ろしく感じた。
 そんな恐怖も束の間、気づけば診察室へと辿り着いた。僕は扉を叩く。中から「入っていいよ」と声が聞こえた。扉を開けば相変わらずの薄ら笑みでユウヤ先生が座っていた。

「やぁ、チヨ君。どうしたんだい?」

 突然の来訪に彼は一切動じない。まるで来ることが分かっていたかのようだった。

「聞きたいことがあります」

「何かな」

「精神世界からこっちに戻ってくる方法についてです」

 僕は先生にこれを聞きにきた。現状、精神世界から戻る方法は死ぬこと以外ない。死は僕の心を擦り減らせる。精神世界に行ってシュウ君を助けるにはこれをなんとかしなければならない。
 先生は僕の質問を聞いてキョトンとする。

「戻ってくる方法って、君はこちらに戻って来ているだろう。戻り方を知らなければ帰って来ることはできない。だから、君はその方法を知っているはずだ。どうしてそれを聞くんだい?」

「確かに僕は1つだけ戻る方法を知っています。それは、僕が死ぬことです。僕は2度死んで、ここに戻ってきました。死ぬのは怖いです。教えてくれませんか?」

 僕の言葉を聞くと、先生の薄ら笑みが歪む。そして、呼吸を早めこう口にする。

「いや。いやいや。いやいやいや。そんなはず、ないよ。死ななきゃ帰ってこれない?そんなはずはない。ないんだよ。だって、そうしたら…」

 真顔にも見えるその表情で、先生は感情を露わにする。そして、彼は黙り込み、口に手を当てて何かを考え込んだ。

「わかった。そう、なんだね。すまない、私は君の能力について全てを知っているわけじゃあないんだ。だから、こちらで色々考えよう。何か解決策が見つかるまでは精神世界に行くのはやめてほしい」

「いいかな」

 先生の顔には少しずつ、あの薄ら笑みに戻っていた。先生の判断は正しいと思う。しかし、僕はこの提案に乗りたくなかった。

「嫌です。僕はすぐにでもシュウ君を助けたい。何もない僕にできることを見つけたんです。今すぐ何とかなりませんか」

 死にたくはなかった。しかし、あの少年の表情を思い出す。
 彼を助けたい。僕の頭の中はそれでいっぱいいっぱいだった。

「そう、か。一つ聞きたい。答えなくてもいいんだけれど、いいかな」

「なんですか?」

「君は何故そこまでして彼を助けたいのかな?」

「それは…」

 僕はここで硬直した。何故、彼を助けたいのか。理由が、思いつかなかった。それでも、理由なく行動するのは怖いから僕はこう答えた。

「シュウ君、酷く辛そうな顔をしていたんです。僕は彼にそんな顔、もうしてほしくありません。だからです」

 それを聞いた先生は「そうか。わかったよ」と冷静に返して、こう続ける。

「それにしてもそうだな。君が死ななければならない問題、彼女なら何とかできるかもしれない。でも、おすすめはしないよ」
 
 僕の中で、答えはもう決まっていた。

「大丈夫です。聞かせてください」

 僕がそう言うと、先生は「じゃあ」と言って、メモ帳を取り出し何かを書く。そして、書き終わると何かを書いていた用紙をメモ帳から引き剥がし、僕に手渡す。

「それをグリム君に渡してくれ。また薬剤庫に行ってもらうよ」

「え」

 前言撤回。全然大丈夫ではない。
 僕はもう二度といきたくないと考えていた、薬剤庫に再度足を運ぶことになった。
 そして、これから先、軽率な判断は控えようと心に決めたのだった。
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