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八話 笑う男の写真事件 其ノ参
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「上の立場っちゅうんは苦労するやろ。気張らずな、ほな」
見送りに外まで出てくれた社長に三珠がそんな事を口にしていた。あたかも自分が上の立場であるかのような彼の言葉に私は顔を顰める。
アンタ、一応私の部下に当たるわよね。よくそんな偉そうな事が言えたものだ、と思いつつ声に出してツッコミを入れる事はできなかった。社長さんいるし。
そうして、留影新聞社を後にした私達は事務所に戻り情報を整理する。得た情報は大きな手がかりであった。
最初はボヤけていてなにも分からなかった彼のことが、ピントが合うように分かっていく。しかし、それでも犯人の足取りまでは掴めていない。
「それで、今度はどうするよ。所長サン?」
「そうね……」
整理した情報の中で、犯人に近づける可能性のあるものが一つある。そう、彼の恋人の存在だ。社長は年も名前も、住んでいる場所すら知らない様子であったが、9月末に黒津さんと彼女が会う約束をしていた事を教えてくれていた。
事件があったのが9月30日で今日が10月1日。つまり、彼女が亡くなる前の黒津さんに会っている可能性は高い。犯人でないとしても、何か知っているかもしれない。
やることは決まった。
「三珠、彼の恋人を探すわよ」
「ほい来た」
そして、私達は名前も住所も知らない女性、ジェーン・ドウを探すために動き出した。
…
それから、2週間が経過した。
黒津さんの亡くなった事件はニュースにもなっておらず、警察は彼の自殺として処理したのかもしれない。
しかし、未だ犯人の存在を疑う私達は通常の依頼もこなしつつ、ジェーン・ドウの存在を追っていた。
インターネットでの調査や、社長から聞いた彼以外の黒津さんと近しいと思われる人物からの聞き込み、出来そうなことは大体やった。それでも、彼女の情報らしい情報は掴めていない。
「ぐぬぬ……どうして、こんなに何も情報が出てこないのよ……」
「まぁ、今回は名前どころか顔さえ分からん相手やからなぁ。これが依頼やったらまず請け負わんで。黒津さんの時とは大違いや」
三珠はお手上げと言わんばかりに肩をすくめる。確かに、これ以上、同じことをしても時間の無駄かもしれない。
何か別の策を講じなければ。しかし、何も思いつかない。今度こそ、三珠が怒鳴りつけられるのを覚悟しておじさんからの助力を得るしかないのかもしれない。
「まぁ、正直、それくらいしかないわなぁ。ほな、いっちょ覚悟決めておやっさんに連絡を……ってアホか!何でワイだけが損せなあかんねん!」
「でも、今回ばかりは仕方ないじゃない。三珠、情報の為の犠牲になりなさい」
「嫌やぁ……ワイ、この歳になってまで何回も目上の人に怒られたないわ~」
そう言って、ごねる三珠。
おじさんが私をそれほど心配してくれなければこのような面倒臭い言い合いになることも無いのに。そんなことを思ってしまう。心配してくれること自体は嬉しいが、自分の身くらいは自分で守れる。私、空手三段持っているし。
しかし、そんなことを考えながらも、おじさんを頼ろうとしているのは2年経っても独り立ちできていない証拠なのではないだろうか。だから、心配もされる。
深いため息を吐き「じゃあ、どうしたらいいのよ」と八方塞がりの現状に苦悩する。
「まぁ、あと一つ手段があるとしたら……待つことくらいしかあらへんなぁ」
「え?待つ?待つって何をよ!」
私がそう口にした、その時だった。風鈴が「ちりん」と鳴る。
「あの……ここが⚪︎×探偵事務所で会っているでしょうか?」
私達は事務所の入り口に目を向ける。そこには、窶れた顔をした1人の女性が立っていた。
思いがけない来客に私達は顔を見合わせる。今日は電話での予約等はなかった。しかし、うちは完全予約制の探偵事務所というわけではない。探偵事務所の看板を見た人間が相談や依頼のために来る事だってあるだろう。そして、彼女が来客であると私は理解した。
「えぇ、そうよ。ようこそいらっしゃいました。私は⚪︎×探偵事務所の所長、可不可 風鈴です」
その後、三珠もいつも通り彼女に名乗り、私達が軽く会釈をすると、彼女は肩を撫で下ろす。
「ここで合っていたんですね……よかった」
「それにしても、よく初見でウチの事務所の名前が読めたな~」
三珠は彼女に言葉をかける。確かに彼の言う通り、うちの事務所の名前を初見で言い当てた人物は数少ない。もしかしたら、私と近い感性を持った人物なのかもしれない。そんな考えは彼女の言葉ですぐに切り捨てられた。
「いえ、知っていたんです。事務所の名前」
「ほう?そりゃ、どっかで見たっちゅうことか?いや~、所長。ワイらも有名になってきたなぁ?」
そう言って、私の方を見ながら、三珠はニヤリと笑う。その顔は少し腹立たしいが、確かに事務所の名が知れ渡るということは探偵として鼻が高い。
しかし、三珠がこのように笑う時は大抵、私を小馬鹿にしている時だ。今回もそうなのであれば、彼は彼女が事務所の名前を知っていたのが有名になったからではなく、何か別の理由があると気付いているのだろう。
私は彼女に問いかける。
「えーっと、何でうちの事務所を知っていたのか、聞いてもいい?」
彼女は俯き、服の裾を掴む。それから、何かを白状するような顔つきでこう話した。
「聞いたんです、友人から。この事務所のことを」
「友人?」
「えぇ。私を探している怪しい人たちがいるって」
「え?」
意味が分からず、固まってしまう。そんな私を正面から見据えた彼女はそのまま言葉を紡いだ。
「申し遅れました。私の名前は、"結目 理緒 (むすびめ りお)"。黒津 雷花と交際していた者です」
そうしてやっと、理解する。今目の前に立っている彼女こそ、私達が探していた黒津さんの恋人であると。
◇
「待っとったでぇ。え~っと、理緒さんやな」
どうやら、三珠は気づいていたらしい。彼女がウチの事務所に来る可能性があったことを。
「ちょ、ちょっと待って!三珠!アンタ、なんで彼女が来るのを知ってたのよ」
「ん~?いやぁ、聞き込みしとったやん?その時、明らかになんか隠しとるやつおってな~。きっと、理緒さんのこと知っとったんやろ。せやから、ウチの名前が理緒さんとこに伝わってるやろ~な~って」
そう言って、三珠は笑う。何故、その時に言わなかったのかと問い詰めたいが、そんな事よりも今は彼女だ。
咳払いをして、私は彼女に向き直る。
「理緒さん、友人から聞いているかもしれないけれど、私達はアナタに聞きたいことが会って探していたの。それで、ここに来たって事はお話を聞かせてくれるって事でいいのかしら?」
「雷花の事ですよね。それを話すつもりで来ました」
彼女をお客様用の席に誘導し、三珠に飲み物を運ばせつつ私達は話を進める。
「では、彼について色々と聞かせてもらってもいい?」
「はい。雷花と私は6年前に出会いました。彼、凄腕の写真家だったんですけど、私と会ってから、一年経ったくらいの時期にスランプになって写真家としての活動をやめちゃったんですよね」
それから、彼の心の支えになりたくて付き合い始めたと彼女は口にした。
彼がスランプに陥って写真家をやめた。それは私達がすでに知っている情報だ。なにか、さらに詳しく彼女なら知っているかもしれない。私は彼女に問いかける。
「ええと、スランプになった理由とかってわかるかしら?」
「えぇ。どうやら、彼。事故の瞬間を写真で撮ってしまったみたいで……まぁ、PTSDみたいなものなのですかね……それから、前みたいな写真が撮れなくなってしまったようです」
彼女曰く、彼は過去に電車に人が轢かれる瞬間を撮影してしまい、それがトラウマとなりスランプになったらしい。
そこで、社長さんの言葉を思い出す。
『アイツ、事故や事件の記事の写真を撮る仕事ばかり好んでやっていたんです』
もしも、事故の瞬間をカメラに写したことが彼に撮ってトラウマなのであれば、そんな記事用の写真を喜んで撮るはずはない。私は訝しむ。
「彼、どうやら事故やら事件の記事の写真を撮る仕事ばかりしていたみたいね。知っていた?」
それを聞いた彼女は複雑な表情を浮かべる。
「そう、だったんですね……新聞社で働いていたことは知っていたんですが。あまり内容は聞いたことがなくて……」
そして、苦虫を噛み潰したような顔で続ける。
「彼、自罰的な性格でしたから。もしかしたら、そういう写真を撮ることで自分を責め立てていたのかも、と……」
自罰的な人。
それは納得のいく言葉であった。事故の写真を撮ったトラウマから、光に満ちたあれらの作品のようなものを撮ることは出来なくなり、また、人の最期を撮った罪悪感から、事件や事故の記事の写真ばかり撮るようになった。そういう物語なのだろう。
これらの話に違和感はない。
「でも、違ったんです!」
私の思考は彼女の言葉に遮られる。急に声を荒げた彼女に、私は少し気圧される。
「ほ~、違った。何が違ったんや?」
彼女の言葉に何も言及出来ずにいた私を見かねてか、キッチンで自分用の茶を淹れた三珠が話に割って入る。
「あの日、彼に久しぶりに会ったあの時……彼の本質を初めて知りました」
彼女の呼吸が早くなるのが目で見てわかった。彼女は黒津さんと会った日、何か悍ましいものを見聞きしたのかもしれない。
それを暴くのは心苦しい。しかし、事実を知らなくては私達の推理は前に進まない。
「じゃあ、その、彼と最後に会った日について、聞いてもいいかしら?」
彼女は頷く。
「えぇ。大丈夫です。ただ、一つお願いがあるんです」
「ええと、他言無用ってことかしら?それだったら勿論任せて頂戴」
「それもあるのですが…」
覇気のない声で彼女は続ける。
「私の言うことを信じて欲しいんです」
「信じる?」
「えぇ。これから話す事はきっと、おかしな事です。でも、それは私の見た本当のことなんです」
切羽詰まったかのように、彼女は徐々に早口になる。
「事情聴取を受けました。警察の方は信じてくれなくて、私が彼を殺したって疑っていました。証拠も何もなくて、私は解放されましたが最愛の人を殺したと思われて…嘘つき扱いされるのは…耐えられなくて…」
彼女の瞳が黒く濁っていく。どうやら、警察からの事情聴取で心を傷つけてしまったらしい。
だから、疑われたくない、と。なるほど。
警察が悪いわけではない。しかし、彼女を助けることはもう警察にはできないのだろう。
——可不可 風鈴。なんで、私が探偵になったのかを思い出しなさい。
一度深呼吸をして、彼女と目を合わせる。
「任せて頂戴。アナタの言葉、一言一句信じるわ」
彼女は「ありがとうございます」と一返して、三珠の出したお茶を一口飲む。それから、一呼吸の後、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「では、話しますね。あれは、私が彼の家に遊びに行った時の話です」
◇◇◇
9月30日。その日は久しぶりに彼と会えるということもあり、私はだいぶ緊張していた。
今までどんな風に話をしていたか、嫌われていないだろうか、今回彼が私と会うのは別れるためなんじゃないだろうか。そんな、ネガティブな思考が頭をいっぱいにする。もういっそ、今日は体調を崩したことにしようか、なんて思いながらもそんな連絡入れることが出来なかった。
どんなに不安でも、時間は流れる。私は予定より少し早く彼の家の近くに着いた。
「どーしよっかなぁー……」
このまま彼の家に行くこともできたが、私は勇気が持てず、30分ほどカフェで時間を潰す。そこで流れていたラジオから流れる、最近ここらで事故が多発しているなんてニュースを聞きながら頼んだカフェモカを流し込む。そうして、約束の時間になった。
私は彼の家の前に立ち、そわそわとしながらチャイムを鳴らす。
「あいてるよ」
中から彼の声が聞こえて、恐る恐る扉を開く。瞬間、鼻腔をくすぐる懐かしい匂いで緊張は吹き飛んだ。
「お邪魔します。あれ、意外と綺麗だね」
そう言って笑う私の表情は自然なものだったと思う。
「ゆっくりしていってね」
私は彼の家に上がる。そうして分かったのだが、彼は昔よりも何処か清々しい様子で憑き物が落ちたような様子であった。
「雷花、なんか変わったね?」
「え?どこが?」
「なんていうか、初めて会ったときみたい。何かあったの?」
私の問いに「そうかな、特に何もないよ」なんて言って頬を掻いて照れ臭そうにする彼はやはり、事故を写したあの時よりも昔の姿みたいだった。
そして、彼をじろじろと見ていたことに気づいた私は恥ずかしくなって、視線を逸らしながら部屋を見渡す。そこには、彼が持っているのを見たことのないカメラが一台あった。
「それ、新しいやつ?どうしたの?」
「あぁ、えっと……うん。そう。いいカメラなんだよ」
なんだか、嫉妬してしまう。私のいない間に、彼は彼の問題を解決してくれる、拠り所を見つけてしまったのだろう。それが私でないのが心苦しい。
カメラに嫉妬するなんて、なんだか馬鹿らしいが私は彼の恋人である。それくらいは許されるだろうと文句が口に出かかった所で、彼を見てぴたりと止まる。
彼は優しい目で笑っていた。
なるほど、私では敵わないようだ。そう思って、文句は飲み込む。
私でないのは残念だが、これで彼があの頃のように戻るのであれば、良かったではないか。また、素敵な写真を撮って彼が満たされるのであればそれに越したことはない。
「えっと、どうしたの?そんなにこっち見て、何か付いてる?」
どうやら、彼に私の視線がバレてしまったようだ。顔が赤くなっていくのを感じる。「なんでもないよ!」なんて口にして、カメラの話は深追いしなかった。
それから、久しぶりに会った彼と仕事の話や最近の事、彼の調子など他愛もない話をした。その時間は私にとって、素敵な時間だったように思える。あれを見るまでは。
昼食を取り、彼が席を立ったとき。私は彼が最近撮っている写真が気になって、立ち上がる。
ナイーブな話だ。私の見立てが間違いで、彼が未だスランプの真っ只中であれば、写真を見せてという言葉は彼を傷つけかねない。
しかし、新しいカメラを持っているということは何かを撮ってはいるはずだ。
カメラはチェキのようだったので、データは残っていないだろう。だから、こっそりと探すことにした。
「ここかなぁ?」
宝探しの気分で私は彼の部屋を漁る。テレビ台の下やベッドの収納、机の上を調べたが特に何も見つからない。
じゃあここだ、とクローゼットを開く。
「ふふ、ビンゴね」
そこには、写真の束があった。
さて、では今の彼がどんなものを撮っているのか見てやろうではないか。きっと、昔のような美しい物を写しているに違いない。
そう思って、手に取った写真を見て私は自分の目を疑った。
そこに写っていたのは、人の死ぬ瞬間であった。
頭が、腕が、胴体が……鉄の塊に激突し、ゴムのように弾ける瞬間。写真の束はそのような悪夢の数々だ。
私は思わず悲鳴を上げた。
「大丈夫!?何かあった!?」
私の声を聞いた彼が慌ててトイレから飛び出して来た。
まずい、部屋を漁っていたことをなんとかして、誤魔化さなくては。
「え、えぇっと……いや、あまりにも部屋が綺麗だったから、ここに無理やり詰めたんじゃないかと思って……開けちゃったんだけど…」
それらしい言い訳を口にしたが、そんなことはどうでもいい。今は、この写真について聞かなければ。
「ねぇ、この写真の束……なに?」
この問いを聞こえているはずの彼は優しく笑った。その表情を見て寒気を感じた。彼が一瞬、言葉の通じない化け物のように思えてしまったのだ。
そんな思考を払拭するためだったのかもしれない。私は彼をさらに問い詰める。
「ねぇ、もしかして、何かに巻き込まれていたりしない?大丈夫?警察に、連絡しない?」
本当は気づいてしまっていた。この写真は彼が撮ったものだ。それも、好き好んで撮ったのだろう。どの写真もあの頃の写真のように活き活きとしている。でも、気づかないふりをした。
腰を抜かしてもはや自力では立てない私は、命乞いでもするかのように言葉を吐いていたかもしれない。
そんな私を見下す彼の表情は徐々に微笑みというには邪悪な、下卑た笑みへと変わっていた。
「どうしたの?ねぇ、何か言ってよ……」
彼は何も返さない。
何も言わず、彼はベランダの戸を開いた。そのまま、カメラを外に向けた。
「なに、してるの?」
理解不能な行動に頭を抱えた私の問いに彼はやっと返事をした。
「君を撮るんだよ」
その言葉の気色悪さに、私は吐き気を覚えた。何を……何を言っているのだろうか。私はそこにはいない。私がいるのはここだ。窓の外になんているわけがないのだ。
なのに、彼はこちらを見ない。
意味がわからない、理解ができない、それは恐怖だ。私はこれから何が起こるのかも分からないが、その恐怖から逃れるために必死で叫んだ。
「や、やめて!」
しかし、彼に私の想いは届かない。
「さようなら、私の最愛の人」
そんな言葉を口にして、導火線に火をつけるかの如く、シャッターを切る。
「カチッ」
カメラからそんな音が聞こえたのと同時に、目の前で雷花が消える。それから数秒して、窓の外で鈍い音が響いた。
「え?」
何も分からない。
数秒経ってハッとして、ゆっくりと立ち上がり外を見ようとした時。
「見んなや!」
という叫び声が耳に入った。
何も分からない。何も分からないはずなのに、理解したことが一つだけある。
雷花は死んだのだ。
◇◇◇
「それから、私はその場から動けずにいる所を警察に見つかった、という感じです」
「なるほど……」
理緒さんは震える声で、その地獄とも言える日のことを話してくれた。
「つまり、彼がカメラを撮った時、窓の外に瞬間移動をしたってこと?」
「はい。信じて、くれますか?」
不安そうな彼女に私は頷く。
「勿論!理緒さん、情報ありがたくいただくわ」
それを聞いた彼女は深く頭を下げ、再度お礼の言葉を口にした。
それから、彼女は鞄を弄り始めた。
「あ、あと、写真、持って来たんです。信じてくれない警察に渡してもと思って……」
彼女は鞄から、写真の束を引っ張り出して、私達に見せつける。
証拠品になり得るそれらを隠し持っていた彼女は証拠隠滅等罪に問われる可能性もあるが、どうやらバレていない様子であるため、一度保留としよう。
先程の彼女の言葉通りなら、そこに写るは人の死に様。
私は意を決してそれに目を向けた。
そして、絶句する。
1枚目の写真には、既視感があった。
そこには水着姿で真っ黒な眼鏡をかけた少年がトラックに撥ねられる様が写っていたのだ。
「おいおい、こりゃあ……予想外やで……」
珍しく、三珠も動揺しているようだ。
「何か、分かったんですか?」
理緒さんの言葉に私達は首を横に振った。
「いやぁ、何も分からんのは分からんのやけど……まぁ、この写真の事件にちょっとワイら、関わっとってなぁ……」
三珠は私の方へと目を向ける。彼の伝えたいことはすぐに理解できた。
前回の事件と今回の事件の繋がりについてだ。
この写真から分かること。それは撮影者だと思われる黒津さんがその場にいたということだ。彼は水着の少年、流維君が轢かれるのを知っていたかのようにカメラで死の瞬間を撮影した。
そして、他の写真にも目を向ける。どれも人が事故に遭う瞬間だ。
これほどの事故の瞬間を撮影した事、シャッターを切った瞬間に彼が瞬間移動をした事から、カメラに異常性を感じざるを得ない。
そして、流維君の眼鏡を思い出す。こちらは少年が、悪戯をされただけで暴走してしまう代物だ。
奇妙なカメラと奇妙な眼鏡。どちらも、事件現場から回収されていない証拠品のはずだ。
それらは誰かが現場から持ち去っているのだろうか。だとしたら、それをするのはそれを持っていかれると困る提供者……。
疑念は確信に変わる。
「古物商……」
2つの事件の繋がりを強く感じさせる言葉を私はポツリと漏らしていた。それほど大きい声ではなかったと思う。しかし、リオさんの耳には届いてしまった。
「……古物商って、何ですか?」
彼女は問いかける。
「そいつが雷花をおかしくしたんですか?」
彼女は捲し立てる。
「そいつがライカを殺したんですか?」
私達は言葉に詰まる。古物商、その存在を確信したとはいえ、未だ実在を否定したくなる御伽話のような存在だ。
そのような存在を彼女に伝え、犯人としても何の気休めにもならないだろう。
だから、言葉を撤回しようとした。しかし、それをするより先に彼女の口が動いた。
「そうなんですね」
彼女は何かを納得したようにポツリと呟き、そのまま私に目線を合わせた。その目は最初に見た時よりもさらに黒く濁っており、何をしでかすか分からない人物の眼であった。
そうして、据わった目をこちらへと向けたまま、彼女は口を開く
「可不可さん、依頼があります」
私の返事も待たずに、彼女は続ける。
「古物商を見つけてください」
彼女は続ける。
「いくらでも出します」
彼女は続ける。
「私の目の前に、そいつを連れて来てください」
その言葉に三珠は算盤を取り出そうともしない。そして、私も同じ結論に至る。
この依頼に、私の信じる正義はない。
「情報提供、ありがとうございました。せっかく来てくださって、申し訳ないですが……本日はお引き取りください。また、落ち着いたら話しましょ?」
◇
それから、彼女は何も言わずに席を立ち、事務所を去った。出ていく瞬間の、私達を睨みつけるような眼差しは少しだけ心に傷を残した。
被害者ではあるが、彼女の救われる道は悪であった。だから、仕方のないことだった。
きっと、彼女が事務所に来ることはもう無いと思う。
それに写真に写った、黒津さんが笑っていた理由も分からずじまい。今回、私達は何の活躍も出来なかった。
三珠に「外、出よ~や」なんて言われて、私達はおじさんに勧められて常連になりつつある、カフェ"UnDissonance"に行き、一杯のコーヒーを頼んだ。
……あぁ、苦いな。
「あんまし、落ち込まんでええで~所長」
ミタマはコーヒーを啜る私にそんな慰めの言葉を投げかける。
「分かってるわ、大丈夫よ」
苦くはあるが、不味くはない。そう思い込んで一気に飲み干す。
その時、カウンター席の方からやかましい声が聞こえてきた。そちらに目を向けると、マスターにしつこく絡んでいるスーツ姿の男がいた。
普段なら注意する所だが、何というか、今は静かじゃないことが、心地良い。悪いことを考えずに済む。
彼に感謝をしつつ、三珠の方へと体ごと向ける。
「お、何や?」
そう言って、首を傾げる彼は私の言いたい事が分かっているような気がする。それでも、私の言葉で伝えなくてはならない。
「三珠、今回の事件で私は古物商の存在を完全に認めるわ」
そう言って、しっかりと頭を下げる。彼は気にしていないかもしれないが、バカにした事への謝罪だ。
「かまへんで」
三珠は「それで?」と私を急かす。本題がある事に気づいているらしい。
この見透かした感じが気に食わないが、彼のその人を見て何かを得る目を私は信頼している。
「さっきの依頼、断りはしたけれど私はあの依頼とか関係なく、人を苦しめる悪人を許せないの」
「だから、お願い三珠。只働き覚悟で、古物商を捕まえるのを手伝ってください」
それを聞いた三珠はケラケラと笑った。
「所長のそ~いう馬鹿正直に真っ直ぐなとこ、嫌いやないし、まぁ手伝ったるわ。そんかわり、普通の業務はしっかりこなしてもらうからな~?」
「ふふっ。勿論、そのつもりよ」
今回の事件で、私は誰の心も救えなかった。それでも、一つだけ収穫がある。古物商の存在だ。
奇妙な力を持つ商品を売り、客を死に追いやる悪人。そんな人物を野放しにしてはいけない。誰が許しても、この可不可 風鈴が許さない。
「古物商は必ず、私達が捕まえるわ」
決意を胸に、私達は『ある古物商』を追い始めた。
見送りに外まで出てくれた社長に三珠がそんな事を口にしていた。あたかも自分が上の立場であるかのような彼の言葉に私は顔を顰める。
アンタ、一応私の部下に当たるわよね。よくそんな偉そうな事が言えたものだ、と思いつつ声に出してツッコミを入れる事はできなかった。社長さんいるし。
そうして、留影新聞社を後にした私達は事務所に戻り情報を整理する。得た情報は大きな手がかりであった。
最初はボヤけていてなにも分からなかった彼のことが、ピントが合うように分かっていく。しかし、それでも犯人の足取りまでは掴めていない。
「それで、今度はどうするよ。所長サン?」
「そうね……」
整理した情報の中で、犯人に近づける可能性のあるものが一つある。そう、彼の恋人の存在だ。社長は年も名前も、住んでいる場所すら知らない様子であったが、9月末に黒津さんと彼女が会う約束をしていた事を教えてくれていた。
事件があったのが9月30日で今日が10月1日。つまり、彼女が亡くなる前の黒津さんに会っている可能性は高い。犯人でないとしても、何か知っているかもしれない。
やることは決まった。
「三珠、彼の恋人を探すわよ」
「ほい来た」
そして、私達は名前も住所も知らない女性、ジェーン・ドウを探すために動き出した。
…
それから、2週間が経過した。
黒津さんの亡くなった事件はニュースにもなっておらず、警察は彼の自殺として処理したのかもしれない。
しかし、未だ犯人の存在を疑う私達は通常の依頼もこなしつつ、ジェーン・ドウの存在を追っていた。
インターネットでの調査や、社長から聞いた彼以外の黒津さんと近しいと思われる人物からの聞き込み、出来そうなことは大体やった。それでも、彼女の情報らしい情報は掴めていない。
「ぐぬぬ……どうして、こんなに何も情報が出てこないのよ……」
「まぁ、今回は名前どころか顔さえ分からん相手やからなぁ。これが依頼やったらまず請け負わんで。黒津さんの時とは大違いや」
三珠はお手上げと言わんばかりに肩をすくめる。確かに、これ以上、同じことをしても時間の無駄かもしれない。
何か別の策を講じなければ。しかし、何も思いつかない。今度こそ、三珠が怒鳴りつけられるのを覚悟しておじさんからの助力を得るしかないのかもしれない。
「まぁ、正直、それくらいしかないわなぁ。ほな、いっちょ覚悟決めておやっさんに連絡を……ってアホか!何でワイだけが損せなあかんねん!」
「でも、今回ばかりは仕方ないじゃない。三珠、情報の為の犠牲になりなさい」
「嫌やぁ……ワイ、この歳になってまで何回も目上の人に怒られたないわ~」
そう言って、ごねる三珠。
おじさんが私をそれほど心配してくれなければこのような面倒臭い言い合いになることも無いのに。そんなことを思ってしまう。心配してくれること自体は嬉しいが、自分の身くらいは自分で守れる。私、空手三段持っているし。
しかし、そんなことを考えながらも、おじさんを頼ろうとしているのは2年経っても独り立ちできていない証拠なのではないだろうか。だから、心配もされる。
深いため息を吐き「じゃあ、どうしたらいいのよ」と八方塞がりの現状に苦悩する。
「まぁ、あと一つ手段があるとしたら……待つことくらいしかあらへんなぁ」
「え?待つ?待つって何をよ!」
私がそう口にした、その時だった。風鈴が「ちりん」と鳴る。
「あの……ここが⚪︎×探偵事務所で会っているでしょうか?」
私達は事務所の入り口に目を向ける。そこには、窶れた顔をした1人の女性が立っていた。
思いがけない来客に私達は顔を見合わせる。今日は電話での予約等はなかった。しかし、うちは完全予約制の探偵事務所というわけではない。探偵事務所の看板を見た人間が相談や依頼のために来る事だってあるだろう。そして、彼女が来客であると私は理解した。
「えぇ、そうよ。ようこそいらっしゃいました。私は⚪︎×探偵事務所の所長、可不可 風鈴です」
その後、三珠もいつも通り彼女に名乗り、私達が軽く会釈をすると、彼女は肩を撫で下ろす。
「ここで合っていたんですね……よかった」
「それにしても、よく初見でウチの事務所の名前が読めたな~」
三珠は彼女に言葉をかける。確かに彼の言う通り、うちの事務所の名前を初見で言い当てた人物は数少ない。もしかしたら、私と近い感性を持った人物なのかもしれない。そんな考えは彼女の言葉ですぐに切り捨てられた。
「いえ、知っていたんです。事務所の名前」
「ほう?そりゃ、どっかで見たっちゅうことか?いや~、所長。ワイらも有名になってきたなぁ?」
そう言って、私の方を見ながら、三珠はニヤリと笑う。その顔は少し腹立たしいが、確かに事務所の名が知れ渡るということは探偵として鼻が高い。
しかし、三珠がこのように笑う時は大抵、私を小馬鹿にしている時だ。今回もそうなのであれば、彼は彼女が事務所の名前を知っていたのが有名になったからではなく、何か別の理由があると気付いているのだろう。
私は彼女に問いかける。
「えーっと、何でうちの事務所を知っていたのか、聞いてもいい?」
彼女は俯き、服の裾を掴む。それから、何かを白状するような顔つきでこう話した。
「聞いたんです、友人から。この事務所のことを」
「友人?」
「えぇ。私を探している怪しい人たちがいるって」
「え?」
意味が分からず、固まってしまう。そんな私を正面から見据えた彼女はそのまま言葉を紡いだ。
「申し遅れました。私の名前は、"結目 理緒 (むすびめ りお)"。黒津 雷花と交際していた者です」
そうしてやっと、理解する。今目の前に立っている彼女こそ、私達が探していた黒津さんの恋人であると。
◇
「待っとったでぇ。え~っと、理緒さんやな」
どうやら、三珠は気づいていたらしい。彼女がウチの事務所に来る可能性があったことを。
「ちょ、ちょっと待って!三珠!アンタ、なんで彼女が来るのを知ってたのよ」
「ん~?いやぁ、聞き込みしとったやん?その時、明らかになんか隠しとるやつおってな~。きっと、理緒さんのこと知っとったんやろ。せやから、ウチの名前が理緒さんとこに伝わってるやろ~な~って」
そう言って、三珠は笑う。何故、その時に言わなかったのかと問い詰めたいが、そんな事よりも今は彼女だ。
咳払いをして、私は彼女に向き直る。
「理緒さん、友人から聞いているかもしれないけれど、私達はアナタに聞きたいことが会って探していたの。それで、ここに来たって事はお話を聞かせてくれるって事でいいのかしら?」
「雷花の事ですよね。それを話すつもりで来ました」
彼女をお客様用の席に誘導し、三珠に飲み物を運ばせつつ私達は話を進める。
「では、彼について色々と聞かせてもらってもいい?」
「はい。雷花と私は6年前に出会いました。彼、凄腕の写真家だったんですけど、私と会ってから、一年経ったくらいの時期にスランプになって写真家としての活動をやめちゃったんですよね」
それから、彼の心の支えになりたくて付き合い始めたと彼女は口にした。
彼がスランプに陥って写真家をやめた。それは私達がすでに知っている情報だ。なにか、さらに詳しく彼女なら知っているかもしれない。私は彼女に問いかける。
「ええと、スランプになった理由とかってわかるかしら?」
「えぇ。どうやら、彼。事故の瞬間を写真で撮ってしまったみたいで……まぁ、PTSDみたいなものなのですかね……それから、前みたいな写真が撮れなくなってしまったようです」
彼女曰く、彼は過去に電車に人が轢かれる瞬間を撮影してしまい、それがトラウマとなりスランプになったらしい。
そこで、社長さんの言葉を思い出す。
『アイツ、事故や事件の記事の写真を撮る仕事ばかり好んでやっていたんです』
もしも、事故の瞬間をカメラに写したことが彼に撮ってトラウマなのであれば、そんな記事用の写真を喜んで撮るはずはない。私は訝しむ。
「彼、どうやら事故やら事件の記事の写真を撮る仕事ばかりしていたみたいね。知っていた?」
それを聞いた彼女は複雑な表情を浮かべる。
「そう、だったんですね……新聞社で働いていたことは知っていたんですが。あまり内容は聞いたことがなくて……」
そして、苦虫を噛み潰したような顔で続ける。
「彼、自罰的な性格でしたから。もしかしたら、そういう写真を撮ることで自分を責め立てていたのかも、と……」
自罰的な人。
それは納得のいく言葉であった。事故の写真を撮ったトラウマから、光に満ちたあれらの作品のようなものを撮ることは出来なくなり、また、人の最期を撮った罪悪感から、事件や事故の記事の写真ばかり撮るようになった。そういう物語なのだろう。
これらの話に違和感はない。
「でも、違ったんです!」
私の思考は彼女の言葉に遮られる。急に声を荒げた彼女に、私は少し気圧される。
「ほ~、違った。何が違ったんや?」
彼女の言葉に何も言及出来ずにいた私を見かねてか、キッチンで自分用の茶を淹れた三珠が話に割って入る。
「あの日、彼に久しぶりに会ったあの時……彼の本質を初めて知りました」
彼女の呼吸が早くなるのが目で見てわかった。彼女は黒津さんと会った日、何か悍ましいものを見聞きしたのかもしれない。
それを暴くのは心苦しい。しかし、事実を知らなくては私達の推理は前に進まない。
「じゃあ、その、彼と最後に会った日について、聞いてもいいかしら?」
彼女は頷く。
「えぇ。大丈夫です。ただ、一つお願いがあるんです」
「ええと、他言無用ってことかしら?それだったら勿論任せて頂戴」
「それもあるのですが…」
覇気のない声で彼女は続ける。
「私の言うことを信じて欲しいんです」
「信じる?」
「えぇ。これから話す事はきっと、おかしな事です。でも、それは私の見た本当のことなんです」
切羽詰まったかのように、彼女は徐々に早口になる。
「事情聴取を受けました。警察の方は信じてくれなくて、私が彼を殺したって疑っていました。証拠も何もなくて、私は解放されましたが最愛の人を殺したと思われて…嘘つき扱いされるのは…耐えられなくて…」
彼女の瞳が黒く濁っていく。どうやら、警察からの事情聴取で心を傷つけてしまったらしい。
だから、疑われたくない、と。なるほど。
警察が悪いわけではない。しかし、彼女を助けることはもう警察にはできないのだろう。
——可不可 風鈴。なんで、私が探偵になったのかを思い出しなさい。
一度深呼吸をして、彼女と目を合わせる。
「任せて頂戴。アナタの言葉、一言一句信じるわ」
彼女は「ありがとうございます」と一返して、三珠の出したお茶を一口飲む。それから、一呼吸の後、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「では、話しますね。あれは、私が彼の家に遊びに行った時の話です」
◇◇◇
9月30日。その日は久しぶりに彼と会えるということもあり、私はだいぶ緊張していた。
今までどんな風に話をしていたか、嫌われていないだろうか、今回彼が私と会うのは別れるためなんじゃないだろうか。そんな、ネガティブな思考が頭をいっぱいにする。もういっそ、今日は体調を崩したことにしようか、なんて思いながらもそんな連絡入れることが出来なかった。
どんなに不安でも、時間は流れる。私は予定より少し早く彼の家の近くに着いた。
「どーしよっかなぁー……」
このまま彼の家に行くこともできたが、私は勇気が持てず、30分ほどカフェで時間を潰す。そこで流れていたラジオから流れる、最近ここらで事故が多発しているなんてニュースを聞きながら頼んだカフェモカを流し込む。そうして、約束の時間になった。
私は彼の家の前に立ち、そわそわとしながらチャイムを鳴らす。
「あいてるよ」
中から彼の声が聞こえて、恐る恐る扉を開く。瞬間、鼻腔をくすぐる懐かしい匂いで緊張は吹き飛んだ。
「お邪魔します。あれ、意外と綺麗だね」
そう言って笑う私の表情は自然なものだったと思う。
「ゆっくりしていってね」
私は彼の家に上がる。そうして分かったのだが、彼は昔よりも何処か清々しい様子で憑き物が落ちたような様子であった。
「雷花、なんか変わったね?」
「え?どこが?」
「なんていうか、初めて会ったときみたい。何かあったの?」
私の問いに「そうかな、特に何もないよ」なんて言って頬を掻いて照れ臭そうにする彼はやはり、事故を写したあの時よりも昔の姿みたいだった。
そして、彼をじろじろと見ていたことに気づいた私は恥ずかしくなって、視線を逸らしながら部屋を見渡す。そこには、彼が持っているのを見たことのないカメラが一台あった。
「それ、新しいやつ?どうしたの?」
「あぁ、えっと……うん。そう。いいカメラなんだよ」
なんだか、嫉妬してしまう。私のいない間に、彼は彼の問題を解決してくれる、拠り所を見つけてしまったのだろう。それが私でないのが心苦しい。
カメラに嫉妬するなんて、なんだか馬鹿らしいが私は彼の恋人である。それくらいは許されるだろうと文句が口に出かかった所で、彼を見てぴたりと止まる。
彼は優しい目で笑っていた。
なるほど、私では敵わないようだ。そう思って、文句は飲み込む。
私でないのは残念だが、これで彼があの頃のように戻るのであれば、良かったではないか。また、素敵な写真を撮って彼が満たされるのであればそれに越したことはない。
「えっと、どうしたの?そんなにこっち見て、何か付いてる?」
どうやら、彼に私の視線がバレてしまったようだ。顔が赤くなっていくのを感じる。「なんでもないよ!」なんて口にして、カメラの話は深追いしなかった。
それから、久しぶりに会った彼と仕事の話や最近の事、彼の調子など他愛もない話をした。その時間は私にとって、素敵な時間だったように思える。あれを見るまでは。
昼食を取り、彼が席を立ったとき。私は彼が最近撮っている写真が気になって、立ち上がる。
ナイーブな話だ。私の見立てが間違いで、彼が未だスランプの真っ只中であれば、写真を見せてという言葉は彼を傷つけかねない。
しかし、新しいカメラを持っているということは何かを撮ってはいるはずだ。
カメラはチェキのようだったので、データは残っていないだろう。だから、こっそりと探すことにした。
「ここかなぁ?」
宝探しの気分で私は彼の部屋を漁る。テレビ台の下やベッドの収納、机の上を調べたが特に何も見つからない。
じゃあここだ、とクローゼットを開く。
「ふふ、ビンゴね」
そこには、写真の束があった。
さて、では今の彼がどんなものを撮っているのか見てやろうではないか。きっと、昔のような美しい物を写しているに違いない。
そう思って、手に取った写真を見て私は自分の目を疑った。
そこに写っていたのは、人の死ぬ瞬間であった。
頭が、腕が、胴体が……鉄の塊に激突し、ゴムのように弾ける瞬間。写真の束はそのような悪夢の数々だ。
私は思わず悲鳴を上げた。
「大丈夫!?何かあった!?」
私の声を聞いた彼が慌ててトイレから飛び出して来た。
まずい、部屋を漁っていたことをなんとかして、誤魔化さなくては。
「え、えぇっと……いや、あまりにも部屋が綺麗だったから、ここに無理やり詰めたんじゃないかと思って……開けちゃったんだけど…」
それらしい言い訳を口にしたが、そんなことはどうでもいい。今は、この写真について聞かなければ。
「ねぇ、この写真の束……なに?」
この問いを聞こえているはずの彼は優しく笑った。その表情を見て寒気を感じた。彼が一瞬、言葉の通じない化け物のように思えてしまったのだ。
そんな思考を払拭するためだったのかもしれない。私は彼をさらに問い詰める。
「ねぇ、もしかして、何かに巻き込まれていたりしない?大丈夫?警察に、連絡しない?」
本当は気づいてしまっていた。この写真は彼が撮ったものだ。それも、好き好んで撮ったのだろう。どの写真もあの頃の写真のように活き活きとしている。でも、気づかないふりをした。
腰を抜かしてもはや自力では立てない私は、命乞いでもするかのように言葉を吐いていたかもしれない。
そんな私を見下す彼の表情は徐々に微笑みというには邪悪な、下卑た笑みへと変わっていた。
「どうしたの?ねぇ、何か言ってよ……」
彼は何も返さない。
何も言わず、彼はベランダの戸を開いた。そのまま、カメラを外に向けた。
「なに、してるの?」
理解不能な行動に頭を抱えた私の問いに彼はやっと返事をした。
「君を撮るんだよ」
その言葉の気色悪さに、私は吐き気を覚えた。何を……何を言っているのだろうか。私はそこにはいない。私がいるのはここだ。窓の外になんているわけがないのだ。
なのに、彼はこちらを見ない。
意味がわからない、理解ができない、それは恐怖だ。私はこれから何が起こるのかも分からないが、その恐怖から逃れるために必死で叫んだ。
「や、やめて!」
しかし、彼に私の想いは届かない。
「さようなら、私の最愛の人」
そんな言葉を口にして、導火線に火をつけるかの如く、シャッターを切る。
「カチッ」
カメラからそんな音が聞こえたのと同時に、目の前で雷花が消える。それから数秒して、窓の外で鈍い音が響いた。
「え?」
何も分からない。
数秒経ってハッとして、ゆっくりと立ち上がり外を見ようとした時。
「見んなや!」
という叫び声が耳に入った。
何も分からない。何も分からないはずなのに、理解したことが一つだけある。
雷花は死んだのだ。
◇◇◇
「それから、私はその場から動けずにいる所を警察に見つかった、という感じです」
「なるほど……」
理緒さんは震える声で、その地獄とも言える日のことを話してくれた。
「つまり、彼がカメラを撮った時、窓の外に瞬間移動をしたってこと?」
「はい。信じて、くれますか?」
不安そうな彼女に私は頷く。
「勿論!理緒さん、情報ありがたくいただくわ」
それを聞いた彼女は深く頭を下げ、再度お礼の言葉を口にした。
それから、彼女は鞄を弄り始めた。
「あ、あと、写真、持って来たんです。信じてくれない警察に渡してもと思って……」
彼女は鞄から、写真の束を引っ張り出して、私達に見せつける。
証拠品になり得るそれらを隠し持っていた彼女は証拠隠滅等罪に問われる可能性もあるが、どうやらバレていない様子であるため、一度保留としよう。
先程の彼女の言葉通りなら、そこに写るは人の死に様。
私は意を決してそれに目を向けた。
そして、絶句する。
1枚目の写真には、既視感があった。
そこには水着姿で真っ黒な眼鏡をかけた少年がトラックに撥ねられる様が写っていたのだ。
「おいおい、こりゃあ……予想外やで……」
珍しく、三珠も動揺しているようだ。
「何か、分かったんですか?」
理緒さんの言葉に私達は首を横に振った。
「いやぁ、何も分からんのは分からんのやけど……まぁ、この写真の事件にちょっとワイら、関わっとってなぁ……」
三珠は私の方へと目を向ける。彼の伝えたいことはすぐに理解できた。
前回の事件と今回の事件の繋がりについてだ。
この写真から分かること。それは撮影者だと思われる黒津さんがその場にいたということだ。彼は水着の少年、流維君が轢かれるのを知っていたかのようにカメラで死の瞬間を撮影した。
そして、他の写真にも目を向ける。どれも人が事故に遭う瞬間だ。
これほどの事故の瞬間を撮影した事、シャッターを切った瞬間に彼が瞬間移動をした事から、カメラに異常性を感じざるを得ない。
そして、流維君の眼鏡を思い出す。こちらは少年が、悪戯をされただけで暴走してしまう代物だ。
奇妙なカメラと奇妙な眼鏡。どちらも、事件現場から回収されていない証拠品のはずだ。
それらは誰かが現場から持ち去っているのだろうか。だとしたら、それをするのはそれを持っていかれると困る提供者……。
疑念は確信に変わる。
「古物商……」
2つの事件の繋がりを強く感じさせる言葉を私はポツリと漏らしていた。それほど大きい声ではなかったと思う。しかし、リオさんの耳には届いてしまった。
「……古物商って、何ですか?」
彼女は問いかける。
「そいつが雷花をおかしくしたんですか?」
彼女は捲し立てる。
「そいつがライカを殺したんですか?」
私達は言葉に詰まる。古物商、その存在を確信したとはいえ、未だ実在を否定したくなる御伽話のような存在だ。
そのような存在を彼女に伝え、犯人としても何の気休めにもならないだろう。
だから、言葉を撤回しようとした。しかし、それをするより先に彼女の口が動いた。
「そうなんですね」
彼女は何かを納得したようにポツリと呟き、そのまま私に目線を合わせた。その目は最初に見た時よりもさらに黒く濁っており、何をしでかすか分からない人物の眼であった。
そうして、据わった目をこちらへと向けたまま、彼女は口を開く
「可不可さん、依頼があります」
私の返事も待たずに、彼女は続ける。
「古物商を見つけてください」
彼女は続ける。
「いくらでも出します」
彼女は続ける。
「私の目の前に、そいつを連れて来てください」
その言葉に三珠は算盤を取り出そうともしない。そして、私も同じ結論に至る。
この依頼に、私の信じる正義はない。
「情報提供、ありがとうございました。せっかく来てくださって、申し訳ないですが……本日はお引き取りください。また、落ち着いたら話しましょ?」
◇
それから、彼女は何も言わずに席を立ち、事務所を去った。出ていく瞬間の、私達を睨みつけるような眼差しは少しだけ心に傷を残した。
被害者ではあるが、彼女の救われる道は悪であった。だから、仕方のないことだった。
きっと、彼女が事務所に来ることはもう無いと思う。
それに写真に写った、黒津さんが笑っていた理由も分からずじまい。今回、私達は何の活躍も出来なかった。
三珠に「外、出よ~や」なんて言われて、私達はおじさんに勧められて常連になりつつある、カフェ"UnDissonance"に行き、一杯のコーヒーを頼んだ。
……あぁ、苦いな。
「あんまし、落ち込まんでええで~所長」
ミタマはコーヒーを啜る私にそんな慰めの言葉を投げかける。
「分かってるわ、大丈夫よ」
苦くはあるが、不味くはない。そう思い込んで一気に飲み干す。
その時、カウンター席の方からやかましい声が聞こえてきた。そちらに目を向けると、マスターにしつこく絡んでいるスーツ姿の男がいた。
普段なら注意する所だが、何というか、今は静かじゃないことが、心地良い。悪いことを考えずに済む。
彼に感謝をしつつ、三珠の方へと体ごと向ける。
「お、何や?」
そう言って、首を傾げる彼は私の言いたい事が分かっているような気がする。それでも、私の言葉で伝えなくてはならない。
「三珠、今回の事件で私は古物商の存在を完全に認めるわ」
そう言って、しっかりと頭を下げる。彼は気にしていないかもしれないが、バカにした事への謝罪だ。
「かまへんで」
三珠は「それで?」と私を急かす。本題がある事に気づいているらしい。
この見透かした感じが気に食わないが、彼のその人を見て何かを得る目を私は信頼している。
「さっきの依頼、断りはしたけれど私はあの依頼とか関係なく、人を苦しめる悪人を許せないの」
「だから、お願い三珠。只働き覚悟で、古物商を捕まえるのを手伝ってください」
それを聞いた三珠はケラケラと笑った。
「所長のそ~いう馬鹿正直に真っ直ぐなとこ、嫌いやないし、まぁ手伝ったるわ。そんかわり、普通の業務はしっかりこなしてもらうからな~?」
「ふふっ。勿論、そのつもりよ」
今回の事件で、私は誰の心も救えなかった。それでも、一つだけ収穫がある。古物商の存在だ。
奇妙な力を持つ商品を売り、客を死に追いやる悪人。そんな人物を野放しにしてはいけない。誰が許しても、この可不可 風鈴が許さない。
「古物商は必ず、私達が捕まえるわ」
決意を胸に、私達は『ある古物商』を追い始めた。
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