壊れた勇者と湧いて出た私

白玉しらす

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殿下に相談

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「夜にすまない。アレンの様子はどうだ?」
 殿下は昼間は忙しいのか、夜になるとちょくちょく様子を見に来てくれていた。
「相変わらずです」
「もう寝るところだったか、すまない」
 寝間着の上からガウンを羽織っただけの私に気が付き、そのまま立ち去ろうとする。
「お気になさらずどうぞ。私も殿下にお願いがあるんです」
「そうか、どうかしたのか?」
 流石に夜中殿下と二人きりは不味いと思い、アレンの寝室に向かう。
 アレンがいたところで何も変わらないけど、気分の問題だ。
「えーと、飲みます?」
 手っ取り早く出せる物がお酒しかないので、一応勧めてみる。
「頂こう」
「まあまあ、どうぞ一杯」
 テーブルに向かい合わせに座り、グラスにお酒を注ぐ。殿下に注がせる訳にはいかないので、自分は手酌だ。

「アレンは、まだ寝ていないのか」
 ベッドに横たわらせたアレンの瞳は開かれたまま、虚空を見つめていた。
 寝ていないとは言え、ベッドに横たわる人がいるので、自然と殿下も私も顔を近づけて小声で話している。
「寝付きが悪いみたいですね」
「旅をしていた時は、どこでも直ぐに眠れると自慢していたが……」
「呪いの影響なんでしょうか」
「そうかもしれないな」
 心配そうに見つめる殿下を見て、私は意を決して頼み込んだ。
「殿下、ちょっとキスしてください」
「なんだいきなり!」
 殿下が大声を上げたので、私は指を口に当ててしーっと言った。
「軽くチュッとでいいんで。いや、別にブチューでもいいですけど」
「私には婚約者がいる!」
 私の合図を無視して、殿下はまた大声をあげた。
「それは知っています。でもキスぐらい、いいでしょう?」
 この世界の人は洋風な見た目をしていて、文化も洋風なんだろう。
 庭園なんか歩いていると、割と気軽にチュッチュしていた。
「なんで、急に、そんな事……」
 アレンが布団に入っているので、部屋の明るさはだいぶ落としていて薄暗い。
 それでも殿下の顔が赤くなっているのが分かった。

「こう言うのは、躊躇えば恥ずかしさが増すんです。さあ、今すぐひと思いに」
 私が親指でアレンの方を指差せば、殿下は間の抜けた顔を見せた。
「なぜ、私がアレンとキスをしないといけないんだ」
 殿下が絞り出すような声を出した。
「私の世界では、魔法の解除にキスはつきものですから」
「なぜ私なんだ」
「女性に頼むとなると、人選が難しくて。殿下はアレンの事を大切に思っているようですし、うってつけかなって」
「アイは、試したんだろうな?」
「えー、あー、試しましたよ?もちろん」
「……どんなキスを?」
「う……こうして、こう」
 誤魔化すように素早く動かした手の動きは、思わずペッと言いたくなるような、残念なものだった。
「まずは、アイがちゃんとキスをするべきじゃないか?そのために湧いて出たんだろう?」
「そんな事の為に湧いて出てません」
「チュッでもブチューでも、今すぐひと思いにやれ」
 殿下が親指でアレンを指差している。人の真似をしないで欲しい。
「一応、何度かやろうと試みたんです。でも罪悪感が半端なくて」
「罪悪感?」
「同意なくするのは、いかがなものかと」
「そう思いながら、なぜ私にさせようとした」
「男同士なら洒落で済むかなって」
「済むか!……とにかく、解呪の可能性があるなら、アイにはやって貰いたい」
「え?今?ここで?」
「躊躇うと恥ずかしさが増すんだろう?」
「えー」
 何故かと言うか当然と言うか、お怒りの殿下に睨まれて、私は渋々アレンの元に向かう。
 ベッドに横たわるアレンの顔を見下ろすと、私の髪が垂れてアレンの頬をくすぐった。
 それでも、少し瞬きをしただけで虚空を見つめたままのアレンに、私は心の中でこれは人工呼吸と唱えながら顔を近づけた。
 軽く唇が触れただけで、私の身体は一気に熱を帯び、顔が熱くなった。
「アレン」
 顔を近づけたまま、アレンの名を呼ぶ。

「駄目でした」
 多分顔が赤いままテーブルに戻ると、殿下はまじまじとアレンを見つめていた。
 まさか私がキスをする所も、そんな風に見ていたんだろうか。恥ずかしい。
「今、指が動いた。キスをし続ければ、呪いが解けるんじゃないか?」
「指ぐらい動きますよ。寝返りだってうつんだから。何なら、殿下も試していったらどうですか?」
「遠慮しておく」
 殿下はそう言うと、他の人間にはさせるなよと釘を刺して立ち去った。


「アイ、喜んでください!イザムバードから手紙が届いたんです!」
 ロゼッタがそわそわとお茶の準備をしているなと思ったら、席に付いた途端前のめりで声を上げた。
「イザムバードって、大魔法使いの?」
「そうです。そろそろ呪いが解けるような気がしないでもないから、その内気が向いたら帰るって」
「それは、喜ぶような内容なのかなあ。でも、唯一の光と言えば、そうなのか」
 ついに、アレンの呪いが解けるかもしれない。いつイザムバードの気が向くのか分からないけど。
「来るなら、なるべく早く帰ってきてくれないかなー」
「どうかしたんですか?」
「んー、ちょっとね……」
 ロゼッタには、相談しても仕方ない。となると、後は殿下しかいないか。殿下、殿下かあ。
「大丈夫ですか?」
 頭を抱える私に、ロゼッタが心配そうに声を掛けてくれる。
「殿下と、昼に会うにはどうしたらいいか分かる?」
 この相談は、出来れば明るい日の光の元でしたい。カラッと明るく、元気よく。
「執務室に行けば、忙しくなければ時間を取って貰えますよ」
「それって、急に行っても大丈夫?」
「フレデリックは第三王子ですから、大して忙しくないはずです」
 アレンの事もないなーとか言っていたし、ロゼッタは意外と辛辣だ。
「じゃあ、ちょっと今から行ってきてもいい?来て貰ったばかりで悪いけど」
「アレンの事ですか?」
「うん、ちょっと、気になる事があって」
「アレンは見ていますから、しっかりと相談してきてください」
「ありがとう!……ところで、執務室ってどこ?」


 結局、ロゼッタが人を呼んでくれて、案内されて執務室へ向かった。
「相談とは、何だ?」
 キス云々のせいで、殿下は相当警戒している。
「あのですね……」
 その警戒は正解だ。だから、これから私が言うことに、必要以上に反応しないで貰いたい。
「男の人って、抜かないと辛いんでしょうか」
「……何をだ?」
 殿下は小さく息を吐くと、こめかみを押さえながら呟いた。
「学術的な言い方と、子供っぽい言い方と、卑猥な言い方。どれがお好みですか?」
 もうやけくそだ。
「……何故そんな事を私に聞く」
「これでも、自分で解決しようと努力はしたんです。そこらを歩いている男の人を捕まえて、同じ質問をしたり」
「……そいつは何と答えたんだ?」
「ああ、辛くて堪らない。手伝ってくれるのかい?子猫ちゃん、って言われました」
「それは、その後大丈夫だったのか?」
「お大事に!と言って逃げたんで」
「そうか……」
 殿下は椅子に深くもたれ掛かると、遠い目をした。
 
「だから、何故そんな事を聞く」
「ほら、お風呂に入る時、アレンのアレをゴシゴシするじゃないですか」
「アレンのアレ?」
 その復唱はロゼッタと同じだ。さすが幼馴染。
「何故そんな事をしているんだ!」
「何故って、自分では洗わないからですよ!殿下の嘘つき!」
 ここぞとばかりに殿下に文句を言う。
「いや、私の時は、ちゃんと自分で洗っていた」
「殿下自らお風呂に入れたんですか?」
「皆、アレンを気味悪がるからな……」
 なんだかしんみりしてしまった。

「いや、そうとは知らず、そんな事までさせていたとは、申し訳ない」
「もう慣れたんでそれはいいんですけど、ゴシゴシするとアレンのアレが……」
「アレンのアレが?」
 だから復唱はもういい。
「最近どんどん、その、元気の良さが、激しくなっていると言うか。寝る時も、凄くて。なんだか苦しそうだから……いや、顔は無表情なんですよ?アレンのアレが、なんか、苦しそうだなって……」
「寝る時の事までよく気付いたな……寝室は別のはずだろう?」
 私達の部屋はやんごとなき部屋なので、ベッドルームは二つあった。
「寝付けない時に、頭を撫でてあげたら眠りやすいみたいだったので、なし崩し的に一緒に寝るようになったんです。ベッドも広いですし」
「やけに優しいんだな」
「牢屋に入れられない代わりに、お世話をしてますからね。真剣なんです」
「……悪かった」
 殿下から謝罪を勝ち取り、私は気分が良かった。
 しかし、問題は解決していない。
「あの、だから、苦しそうな時はどうしたらいいのかなって。放置しておいてもいいものなんでしょうか」
「まあ、なあ……」
 ついに殿下は座ったまま椅子をくるくる回し初めてしまった。お行儀悪い。
 
「確かに、辛いと言えば辛いだろうが、限界が来たら勝手に出るだろう」
 ただ、と殿下は言葉を続けた。
「アレンのアレをゴシゴシしてるぐらいなら、そのまま抜いてやればいいのに、とは思う」
「最近は硬いことをいい事に、こう、力任せにゴシゴシしてますけど」
「いや、そこはもうちょっと優しくだな」
 殿下も手付きを実演しようとしたので、慌てて止める。
「あの、別に抜き方が分からない訳じゃないんで。そこは、大丈夫です。つまり、殿下は放置しても大丈夫だと仰る訳ですね」
「アレンの立場に立てば、まあ、その、抜いてやって欲しい、とは思うが」
「殿下だったら?」
「私だったら……って、なぜ私がアイに抜いて貰わないといけないんだ!」
「もし殿下が、話す事も動く事も出来なくて、見知らぬ女に扱かれたら、どう思うかと言う話です」
「もう、見知らぬ仲では無いだろう」
「私が一方的に話しかけてるだけで、アレンの事は聞けてないです。何も知らないままなんですよ、私達は」
「それは……」
「ああ、そうか!殿下が抜けばいいんですよ。見知った仲ですし、やり方は分かりますよね」
「アレンのアレについては放置しておけ!話は終わりだ、出ていけ!」
 名案だと思ったのに、追い出されてしまった。
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