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聖女とガールズトーク
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「アイ様、困った事などありませんか?」
ロゼッタは、毎日のように私とアレンの様子を見に来てくれていた。
美少女を眺めながらのティータイムは、私にとって至福の時だ。
一応アレンの前にもお茶とお菓子を置いておく。
気が向くとお茶に口をつけるけど、甘いものはあまり好きではないみたいだ。
「快適過ぎて、元の世界に戻りたくないぐらいだよ」
私がおどけて答えると、ロゼッタはその可愛らしい顔を曇らせた。
「アイ様……」
「ロゼッタ、殿下から聞いた。今まで以上に、女神様に祈りを捧げているって。私を、帰そうとしてくれてるんでしょ?」
「それは……」
「記憶が無いせいかもしれないけど、元の世界に戻りたいとは思ってない……訳じゃないな。なんだろう、戻れたらいいとは思うけど、戻れなくてもいいとも思ってるんだ」
ここまでは本当。
失った記憶と共に元の世界に戻れるなら戻りたいと思う。でももう、戻れない事を当然のように受け入れてしまっていた。
「私はここを気に入っているし、もしアレンが元に戻ってお役御免になったら、どこに行って何をしようって、少し楽しみなぐらい」
そう、思えたらいいなと思う。
ロゼッタは私の言葉を、一言一句聞き漏らさないようにしっかりと聞いてくれている。
「だから、もう私のために祈らなくてもいいよ。何かのついでに、ちょろっと祈っておいて。私の事で、ロゼッタが責任を感じないで欲しい。あんまり、気にしないで」
「アイ様……アイ、さ、ま……」
ロゼッタは私の手を縋るように握り、ポロポロと涙をこぼした。
「あの、ずっと言いそびれていたけど、様をつけるのは止めてくれないかな?ロゼッタは殿下も呼び捨てでしょ。私もアイって呼んで欲しい」
「アイ様……私、一生アイ様、いえ、アイに付いて行きます……」
「ああ、うん、友達だね。よろしく」
ロゼッタとの熱量の差に若干笑顔が引きつってしまったけど、それでも美少女と友達になれた事は喜ばしい。
「アレンの事は、私も出来る限りの事はしてるから、お祈りは程々にね。身体を壊さない程度で」
出来る限りと言っても、ほぼ何も出来ていないけど、ロゼッタの身体が心配だった。
涙ぐむロゼッタを元気付けたくて、私は軽い話題を振ってみる。ガールズトーク、いわゆる恋バナだ。
「そう言えば、ロゼッタと殿下はどう言う関係なの?」
王子と聖女なんて、私の認識では婚約待ったなしだ。
「フレデリックとは幼馴染なんです。私は子供の時から聖女として、王宮で育てられましたから」
「ほう」
王子と聖女に幼馴染まで追加されてしまった。これはもう結婚待ったなしだ。
それなのに、ロゼッタからは何の言葉も続かなかった。
「あの、それだけ?」
「え?他に何か?」
「一緒に魔王を倒しに行ったんでしょ?何か無かったの?ほら、こうロマンス的な」
「ロマンス?フレデリックには婚約者もいますし、そもそも兄のように思っていますから」
「そう……じゃあ、アレンとか」
流石に本人の前で堂々と聞くのは憚れたので、テーブルに身を乗り出して小声で聞いてみた。
「アレンは、その……ええと……」
ロゼッタはアレンの方を向いて少し困った顔をしてから、テーブルに身を乗り出した。
「正直、ないなー、って」
「あはは、そっか」
小さく呟かれた言葉に、思わず笑ってしまった。
こうしていると、ロゼッタも普通の女の子みたいで、楽しかった。
「じゃあ、大魔法使いは?そもそもどんな人なの?」
「イザムバードは三賢者の一人なのですが、変化の魔法を使い、どんな見た目にもなれるので、正直捉えどころが無いと言いますか……ああでも、きっとアイは気に入られてしまうと思います。イザムバードは、珍しくて美しいものが大好きなので」
「珍しいは珍しいだろうけど……」
何せ殿下曰く、湧いて出た女だ。これ以上珍しい存在も無いだろう。
ただ、美しくは……どうなのかな。
正直、鏡を見ても今一自分だと認識出来ないでいた。
小さな顔にぱっちりと大きな瞳がバランスよく配置されていて、整っているような気もする。
でも、自分とは思えない顔を見ても、正しく評価が出来ないでいた。
周りからどう思われていたかの記憶も無いし。
「アイは、どうなんですか?恋人とか、いたんでしょうか」
ロゼッタが前のめりで聞いてきた。
「思い出せないんだけど、いたとは思うんだよね」
「まあ……」
途端に、ロゼッタが申し訳なさそうな顔をしたから、慌てて言葉を続ける。
「あ、でも別れて随分経っていると思うから大丈夫」
「そうなんですか?」
「お風呂でアレンのアレをゴシゴシした時に」
「アレンのアレ?」
「何か既視感と言うか、ああ、こんなんだったなーって思ったから、経験はあるんだろうね。過去形な感じで」
「こんなんだったなー?」
ロゼッタは赤い顔で復唱している。
「あれ?ひょっとして、この世界だとそう言うことは結婚してからしかしないとかだった?うわ、恥ずかしい」
「いえ、私は聖女で、そう言うのとは無縁で暮らしていただけで、皆さん、その、お盛んに、あの」
「もういい、分かったから、大丈夫」
ロゼッタが真っ赤な顔であわあわしだしたので、私は慌てて止めた。
無縁だった子になんてえげつない話をしてしまったんだ。
「アイが付き合っていた方は、どんな方だったんでしょうか」
ロゼッタが赤い顔のまま聞いてきた。無縁とは言え、興味はあるらしい。
「私も考えたんだけど、なんか骨付き肉が似合いそうな、ワイルド肉食系だったような気がする。ペロリと美味しくいただかれたいと言うか、好きになると全部捧げたいと言うか」
初日に考えた時はもっと色々思い出せた気がするけど、今では思い出した事すらぼんやりとしている。
「まあ、情熱的」
「そして食い散らかされて捨てられたような……」
「恋って難しいんですね」
「そうだね……」
ガールズトークは、私の恋の反省会で幕を降ろした。
「アレンはお花が似合うねー」
今日は天気もいいので、王宮のお庭をお散歩中だ。
アレンの呪いは解ける気配もなく、のん気でのどかな毎日を過ごしていた。
途中出会った庭師の人が、髪飾りにどうぞと咲いていたお花をくれたので、戯れにアレンの頭に挿してみた。
キレイな顔のお人形のようなアレンに、花はよく似合う。
でも、それが悲しい。
「ごめんね」
私はアレンから花を取ると、少し考えてから自分の髪に挿した。
アレン程似合いはしないだろうけど、折角のお花だから、ありがたく使わせて貰おう。
「ちょっと休もうか」
私はアレンの手を引いて東屋に向かった。
「いい天気だねー」
アレンはそこが部屋の中であろうと外であろうと、変わらぬ無表情で座っている。
「アレン」
アレンの光の無い瞳をじっと見つめながら、私はアレンに話しかける。
「何も出来なくて、ごめんね」
私には何も無い。
名前も確固たる自分も無く、ふわふわした私には、アレンに光を与えることも、道を指し示す事も出来ない。
湧いて出ただけの私が、アレンの隣にいる事がいい事なのか悪い事なのか、それも分からなかった。
いつまで、こんな日が続くんだろうか。
「ねえアレン、キスしたら魔法は解けるのかな」
お伽噺に出てくる悪い魔法は、大抵キスをすれば解決していた。
眠ったままのお姫様や、姿を変えられた王子様。
アレンにかけられた呪いも、似たような物のように思えた。
キスか……
私は指を自分の唇に当ててから、アレンの唇にそっと触れた。
「うわ……」
柔らかな感触に、何とも言えない恥ずかしさや罪悪感が湧き上がって、顔が上げられない。
「無理だわ、これ」
顔を赤くしてアレンの顔を見上げると、相変わらずの無表情がそこにあってホッとした。
「違う人で試そう」
赤くなった顔を手で扇ぐと、私はアレンの手を引き部屋へと戻った。
ロゼッタは、毎日のように私とアレンの様子を見に来てくれていた。
美少女を眺めながらのティータイムは、私にとって至福の時だ。
一応アレンの前にもお茶とお菓子を置いておく。
気が向くとお茶に口をつけるけど、甘いものはあまり好きではないみたいだ。
「快適過ぎて、元の世界に戻りたくないぐらいだよ」
私がおどけて答えると、ロゼッタはその可愛らしい顔を曇らせた。
「アイ様……」
「ロゼッタ、殿下から聞いた。今まで以上に、女神様に祈りを捧げているって。私を、帰そうとしてくれてるんでしょ?」
「それは……」
「記憶が無いせいかもしれないけど、元の世界に戻りたいとは思ってない……訳じゃないな。なんだろう、戻れたらいいとは思うけど、戻れなくてもいいとも思ってるんだ」
ここまでは本当。
失った記憶と共に元の世界に戻れるなら戻りたいと思う。でももう、戻れない事を当然のように受け入れてしまっていた。
「私はここを気に入っているし、もしアレンが元に戻ってお役御免になったら、どこに行って何をしようって、少し楽しみなぐらい」
そう、思えたらいいなと思う。
ロゼッタは私の言葉を、一言一句聞き漏らさないようにしっかりと聞いてくれている。
「だから、もう私のために祈らなくてもいいよ。何かのついでに、ちょろっと祈っておいて。私の事で、ロゼッタが責任を感じないで欲しい。あんまり、気にしないで」
「アイ様……アイ、さ、ま……」
ロゼッタは私の手を縋るように握り、ポロポロと涙をこぼした。
「あの、ずっと言いそびれていたけど、様をつけるのは止めてくれないかな?ロゼッタは殿下も呼び捨てでしょ。私もアイって呼んで欲しい」
「アイ様……私、一生アイ様、いえ、アイに付いて行きます……」
「ああ、うん、友達だね。よろしく」
ロゼッタとの熱量の差に若干笑顔が引きつってしまったけど、それでも美少女と友達になれた事は喜ばしい。
「アレンの事は、私も出来る限りの事はしてるから、お祈りは程々にね。身体を壊さない程度で」
出来る限りと言っても、ほぼ何も出来ていないけど、ロゼッタの身体が心配だった。
涙ぐむロゼッタを元気付けたくて、私は軽い話題を振ってみる。ガールズトーク、いわゆる恋バナだ。
「そう言えば、ロゼッタと殿下はどう言う関係なの?」
王子と聖女なんて、私の認識では婚約待ったなしだ。
「フレデリックとは幼馴染なんです。私は子供の時から聖女として、王宮で育てられましたから」
「ほう」
王子と聖女に幼馴染まで追加されてしまった。これはもう結婚待ったなしだ。
それなのに、ロゼッタからは何の言葉も続かなかった。
「あの、それだけ?」
「え?他に何か?」
「一緒に魔王を倒しに行ったんでしょ?何か無かったの?ほら、こうロマンス的な」
「ロマンス?フレデリックには婚約者もいますし、そもそも兄のように思っていますから」
「そう……じゃあ、アレンとか」
流石に本人の前で堂々と聞くのは憚れたので、テーブルに身を乗り出して小声で聞いてみた。
「アレンは、その……ええと……」
ロゼッタはアレンの方を向いて少し困った顔をしてから、テーブルに身を乗り出した。
「正直、ないなー、って」
「あはは、そっか」
小さく呟かれた言葉に、思わず笑ってしまった。
こうしていると、ロゼッタも普通の女の子みたいで、楽しかった。
「じゃあ、大魔法使いは?そもそもどんな人なの?」
「イザムバードは三賢者の一人なのですが、変化の魔法を使い、どんな見た目にもなれるので、正直捉えどころが無いと言いますか……ああでも、きっとアイは気に入られてしまうと思います。イザムバードは、珍しくて美しいものが大好きなので」
「珍しいは珍しいだろうけど……」
何せ殿下曰く、湧いて出た女だ。これ以上珍しい存在も無いだろう。
ただ、美しくは……どうなのかな。
正直、鏡を見ても今一自分だと認識出来ないでいた。
小さな顔にぱっちりと大きな瞳がバランスよく配置されていて、整っているような気もする。
でも、自分とは思えない顔を見ても、正しく評価が出来ないでいた。
周りからどう思われていたかの記憶も無いし。
「アイは、どうなんですか?恋人とか、いたんでしょうか」
ロゼッタが前のめりで聞いてきた。
「思い出せないんだけど、いたとは思うんだよね」
「まあ……」
途端に、ロゼッタが申し訳なさそうな顔をしたから、慌てて言葉を続ける。
「あ、でも別れて随分経っていると思うから大丈夫」
「そうなんですか?」
「お風呂でアレンのアレをゴシゴシした時に」
「アレンのアレ?」
「何か既視感と言うか、ああ、こんなんだったなーって思ったから、経験はあるんだろうね。過去形な感じで」
「こんなんだったなー?」
ロゼッタは赤い顔で復唱している。
「あれ?ひょっとして、この世界だとそう言うことは結婚してからしかしないとかだった?うわ、恥ずかしい」
「いえ、私は聖女で、そう言うのとは無縁で暮らしていただけで、皆さん、その、お盛んに、あの」
「もういい、分かったから、大丈夫」
ロゼッタが真っ赤な顔であわあわしだしたので、私は慌てて止めた。
無縁だった子になんてえげつない話をしてしまったんだ。
「アイが付き合っていた方は、どんな方だったんでしょうか」
ロゼッタが赤い顔のまま聞いてきた。無縁とは言え、興味はあるらしい。
「私も考えたんだけど、なんか骨付き肉が似合いそうな、ワイルド肉食系だったような気がする。ペロリと美味しくいただかれたいと言うか、好きになると全部捧げたいと言うか」
初日に考えた時はもっと色々思い出せた気がするけど、今では思い出した事すらぼんやりとしている。
「まあ、情熱的」
「そして食い散らかされて捨てられたような……」
「恋って難しいんですね」
「そうだね……」
ガールズトークは、私の恋の反省会で幕を降ろした。
「アレンはお花が似合うねー」
今日は天気もいいので、王宮のお庭をお散歩中だ。
アレンの呪いは解ける気配もなく、のん気でのどかな毎日を過ごしていた。
途中出会った庭師の人が、髪飾りにどうぞと咲いていたお花をくれたので、戯れにアレンの頭に挿してみた。
キレイな顔のお人形のようなアレンに、花はよく似合う。
でも、それが悲しい。
「ごめんね」
私はアレンから花を取ると、少し考えてから自分の髪に挿した。
アレン程似合いはしないだろうけど、折角のお花だから、ありがたく使わせて貰おう。
「ちょっと休もうか」
私はアレンの手を引いて東屋に向かった。
「いい天気だねー」
アレンはそこが部屋の中であろうと外であろうと、変わらぬ無表情で座っている。
「アレン」
アレンの光の無い瞳をじっと見つめながら、私はアレンに話しかける。
「何も出来なくて、ごめんね」
私には何も無い。
名前も確固たる自分も無く、ふわふわした私には、アレンに光を与えることも、道を指し示す事も出来ない。
湧いて出ただけの私が、アレンの隣にいる事がいい事なのか悪い事なのか、それも分からなかった。
いつまで、こんな日が続くんだろうか。
「ねえアレン、キスしたら魔法は解けるのかな」
お伽噺に出てくる悪い魔法は、大抵キスをすれば解決していた。
眠ったままのお姫様や、姿を変えられた王子様。
アレンにかけられた呪いも、似たような物のように思えた。
キスか……
私は指を自分の唇に当ててから、アレンの唇にそっと触れた。
「うわ……」
柔らかな感触に、何とも言えない恥ずかしさや罪悪感が湧き上がって、顔が上げられない。
「無理だわ、これ」
顔を赤くしてアレンの顔を見上げると、相変わらずの無表情がそこにあってホッとした。
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