壊れた勇者と湧いて出た私

白玉しらす

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壊れた勇者

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 そして、私と勇者の奇妙な共同生活が始まった。
 殿下の「片時も離れず」の言葉は本気だったようで、私は勇者と寝起きを共にする事になった。
 私には何かをする気はないし、アレンにも何かをする気もする力も無いので、特に問題は無かった。

「アレン、爪が伸びてる。そう言えば、ここに爪切りってあるのかな」
 私はアレンの服を脱がせながら、アレンのゴツゴツした手を取り爪を確認する。
 アレンはキレイな顔立ちをしているけど、脱がせるとしっかりと筋肉が付いているし、手も剣だこなのか節ばっていた。
 身体のあちこちに傷跡もあって、勇者は名ばかりでは無いんだなと思われた。
「とりあえずお風呂が先ね」
 私はアレンの手を離すと、パンツに手を掛け一気に降ろした。
 なるべく見ないようにタオルを巻きつけると、手を引いて浴室に誘う。
「アレン、座って」
 身体を少し押すと、アレンは無言のまま浴室の椅子に腰掛けた。
 まあ、介護を思えば物凄く楽なんだろう。
 初日、なぜ私がこんな事をと白目になりながら服を脱がしたアレンは、浴室で座ったまま身動き一つしなかった。
 殿下は自分で身体も洗うと言っていなかったっけ?嘘つき殿下め。
 裸で放っておく訳にもいかず、私は仕方なくアレンの身体を洗ってあげた。


「アレン、目を閉じてて」
 石鹸を直に頭に押し付けて、ゴシゴシと泡立てる。
 石鹸の質がいいのか、こんな雑な洗い方でも全く問題は無かった。洗ってすぐは少しキシキシするけど、乾けばサラサラだ。
 この世界には魔法が行き届いているので、ドライヤーよりも早く髪が乾かせるし、生活は快適そのものだった。
「アレンの髪はー、とってもサラサラー。少し青味がかったー、濡羽色ー」
 適当な歌を歌いながら頭をワシワシする。
 次に洗わなければいけない箇所を思えば、テンションを上げていかないとやってられない。

「アレン、ほら、アワアワだよー」
 頭と顔を洗った後、私はスポンジを泡立ててアレンの足の上に乗せた。
 頭はともかく、身体は何とか自分で洗って欲しい。
「ほーら、ゴシゴシだよー」
 何の反応も無いので、仕方なくスポンジで腕を擦る。
「ねえ、自分で洗えてたんじゃないの?」
 問いかけに答える訳が無いのに、毎回聞いてしまう。
 殿下の言葉が本当なら、出来る事が一つ減って、私が来てから呪いが悪化したんじゃないかと思ってしまう。
「仕方ないなあ」
 何を言っても反応が無いので、私はアレンの身体をゴシゴシと磨きだした。
 上半身は、まあいい。
 いい身体してるなあなんて思いながら、余裕で洗える。むしろちょっと楽しいぐらいだ。
 一通り洗い終えると、私はじっとタオルを見つめた。
「あのー、そこは、自分で洗った方が、いいと思うんだけど」
 祈る気持ちでスポンジを握らせて、目を逸らしてタオルを剥ぎ取る。
 それでもやはり、アレンは動こうとしなかった。
「ああ……うう……」
 毎回、私は全裸のアレンの前で凄まじい葛藤に苦しむ羽目になる。
 私だってアレンだって、そこは触りたくないし触られたくないだろう。
 でも、洗わない訳には、いかないんじゃないか。衛生的に。

「アレン、立って」
 目を逸らしたままアレンにお願いすると、アレンは音もなく立ち上がった。
 私はアレンの後ろにしゃがみこんで、薄目でお尻を擦る。
「あのー、今ならまだ、自分で出来ますよ?」
 諦め悪く声を掛けるけど反応は無いので、仕方なく手を前に回す。
「はー」
 大きく息を吐いて心を落ち着かせる。
「いきます」

 ゴシゴシ、ゴシゴシ。

 片方の手で支えて、なるべく無心でスポンジで擦る。
「うっ……」
 どの程度洗えばいいのか分からぬまま、ゴシゴシしていると、アレンのアレが少し硬くなった。
 泣きそうになりながら、でもアレンの方が泣きたいよねと思い、心の中で謝りまくる。
「終わり!お疲れ!」
 ボタンを押してシャワーを出すと、泡を洗い流した。
「アレン、ほら湯船入れる?」
 殿下と待遇について話し合った結果、私とアレンは結構なお風呂付きの客室を勝ち取った。
 多分本来ならやんごとなきお方がお泊りになる、やんごとなきお部屋なのだろう。
 魔法でいつでも直ぐにお湯に入れる、素晴らしいお風呂が備わっていた。
 広さだって、二人で入ってもまだまだ余裕だ。ありがとう殿下。脅した事は許さないけど。

 私は無表情で湯船に浸かるアレンの頭の上に、折りたたんだタオルを乗せた。
 こうすると無表情なアレンも、お風呂を楽しんでる感が出るから不思議だ。
 いつもなら、溺れないようにしばらく見てからアレンを出して、その後で自分もお風呂に入っていた。
 でも、何度かやる内私に遠慮は無くなっていた。
 そもそも濡れるからと下着なうえに、ビタビタに濡れて肌に張り付いている。
 今更何を恥じらえと言うのだ。
「アレン、ちょっとあっち向いてて」
 いつもなら、指示をしたら緩慢な動きながら自分で動いてくれるのに、なぜか動こうとしない。
「やっぱり、呪いが悪化してるのかなー」
 仕方無しに、浴槽の縁からアレンの身体を押して横を向かせる。
 本当は後ろを向いて欲しかったんだけど、これ以上動かすのも大変だからまあいいや。
 私は濡れて張り付く下着を脱ぎ捨てると、鼻歌交じりに身体を洗い出した。
 正直、濡れた下着姿のままアレンの身体を拭いたりするのは、若干ストレスだった。
 こっちもベタベタなのに、アレンだけサッパリしてずるいなーとか、その程度だけどストレスはストレスだった。

「気っ持ちーい」
 頭と身体を洗い終えると、私は横を向くアレンの隣で手足を伸ばした。
「アレンも気持ちいい?」
 返事が無いのは分かっていて声を掛けると、アレンの背中が目に止まった。
「アレンの筋肉、このままだと無くなっちゃうのかな」
 盛り上がる筋肉の筋に手を這わす。
 アレンとは運動のため毎日散歩をしていたけど、それぐらいではこの立派な筋肉は維持出来ないだろう。
「もったいないけど、アレンはキレイだから、ヒョロヒョロになったら女装も似合うかもね」
 ドレスを着て頭にリボンを巻いて、窓際に座らせたら、さぞ絵になる事だろう。
 倫理的にいかがなものかと思うからやらないけど。
「そろそろ出ようか」
 立ち上がり声を掛けると、アレンも同じように立ち上がった。
「わ、ちょっと、待って」
 いつもは引っ張らないと立ち上がろうとしないから、完全に油断していた。
 慌ててタオルを取り身体を隠したけど、バッチリ見られてしまった。
 とは言え、アレンの顔は相変わらずの無表情だ。
 恥ずかしがる方が恥ずかしい気がして、余り気にしない事にした。

 背伸びをして頭をわしゃわしゃ拭く。
「アレンも、ほら。頭下げて」
 頭を下げさせてもまだ手を伸ばさないと届かなくて、非常に拭きにくい。
 しゃがんで貰った方がいいのかもしれないけど、しゃがみ方によってはタオルから見えてはいけないものが見えそうなので止めておこう。
「あ……」
 一生懸命拭いていたら、身体に巻きつけていたタオルが外れてずり落ちてきた。
「あー……もう、いっか」
 どうせさっきも見られていたし、その目は何も捉えていない。
 あとちょっとだし、先に拭き上げてしまおう。
「はい、終わりー」
 拭き終わる頃には、完全に全裸で向かいあっていたけど、私がアレンの後ろに回って軽く背中を押すと、アレンは何も言わず浴室を出ていった。
 アレンは何とも思っていないんだから、私が気にしなければどうって事ない。
 少しアレしたアレンのアレを追い出すように、頭を振りながら私も浴室を後にした。


 私がお風呂から出ると、アレンは用意しておいた寝間着を着て、窓際のいつもの場所に座っていた。
 オートでする事としない事の区別がよく分からない。 
「アレンのほっぺはぷにぷにだね。まるで、んんん餅……あー、また忘れてる。なんだっけあのお餅。き?き、き……駄目だ、思い出せない」
 アレンの髪に櫛を通しながら、私は抜け落ちた記憶に気付き溜息をついた。
 日が経つ内に、元の世界の記憶は急速に失われていた。
「ホントどんどん、忘れていっちゃう……ねえアレン。私がいた世界にはね、ここで食べるようなお菓子とは全然違う、それはそれは美味しいお菓子が沢山あったんだよ。見た目は地味だけど、じわじわと幸せが広がるような、濃いめのお茶と食べればいつまでもほんわか幸せが続くような、そんなお菓子が。私は洋菓子よりも和菓子派だったんだ。そんな好きなお菓子達の名前が、全然出てこない……」
 アレンに言っても仕方の無い事だけど、私は誰かに聞いて貰いたかった。
 話さないと、忘れた事に気付かない内に記憶は失われてしまう。
「このままだと、本当に湧いて出ただけの人間になっちゃうな……」
 全ての記憶が抜け落ちたら、私に何が残るんだろうか。
 懐かしいと思う物、大切な物が何も無く、ただそこにいるだけの存在になってしまうんだろうか。

 壊れた勇者。
 王宮の口さがない人達が、アレンの事をそう言っていた。
 そして、どこからともなく現れた怪しい女が世話をしている事も、面白おかしく噂をしているようだった。
 もしも本当に、私がアレンを救うために湧いて出たのなら、早くアレンの呪いが解けるといい。
 壊れているのは、私だけで十分だ。
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