壊れた勇者と湧いて出た私

白玉しらす

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湧いて出た私

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「まあ!ひょっとして、女神様ですか?」
 声が聞こえたと思ったら、目の前に美少女がいた。
 短めのストロベリーブロンドにエメラルドの瞳。
 目を大きく見開いて、手で口を覆う様子がとても可愛いらしい。
 見上げるその姿に、視界が低いなと思ったら、私は地べたに這いつくばっていた。
 状況が理解できないまま、身体を起こす。
「あの、ここはどこですか?」
「フレデリック!大変!女神様が来てくださったわ!」
 立ち上がり、目の前の美少女に声を掛けようとしたら、美少女は私を無視して走り去ってしまった。
 女神様と言っておきながら、扱いが雑じゃないだろうか。
 仕方なく周りを見渡すと、美少女が走り去った方向には少しの階段があり、その先にある扉が開け放たれていた。
 よっぽど慌てていたんだろうか。
 扉の反対側、部屋の奥には質素な祭壇の様なものがあり、蝋燭と花が飾られている。
 中央には小さな女性の像が置いてあり、ひょっとしたらこれが女神様なのかもしれない。

 一通り部屋の中を見渡すと、私は改めて自分の姿を確認した。
「私……」
 紺色のワンピースに、長い黒い髪。
 一房掬って間近で見ると、さらさらと手触りがよく、手入れが行き届いているように思えた。
 手を伸ばせばほっそりと白い腕。目立った外傷は無い。
 足元を見れば靴は履いておらず裸足だった。
 身体のあちこちを確認していると、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「ロゼッタ、そんなに引っ張るな」
「だって、早く!女神様なのよ!」
「女神って、そんな……誰だ?」
 美少女に引っ張られるように入ってきたのは、金髪碧眼のイケメンだった。
 いや、イケメンでは言葉が軽すぎる。ハンサム、美丈夫、王子様……
 うん、王子だ、王子。王子と言う言葉がしっくりくるような美形が、美少女に引っ張られて入ってきた。
 王子は私を見るなり腰にぶら下げた剣に手を掛けた。
「もうっ、フレデリックったら!女神様に失礼でしょう」
 ロゼッタと呼ばれていた美少女はプンスカと言った感じで怒っている。美少女は怒っても可愛い。
「もう一度尋ねる。誰だ」
 王子なフレデリックの質問に、私は答えることが出来なかった。
 なぜなら。
「私は、誰なんでしょうか」
 私は記憶を失っていた。


「私、必死でお願いしたの。どうかアレンを助けてくださいって。そしたら、床から女神様が現れたのよ!」
 一番状況が分かっていそうなロゼッタの説明は、あまり説明になっていなかった。
「それで、君は何も覚えていないのか?」
 私が出現した部屋とは別の一室。円形のテーブルを三人で囲み、私はフレデリック殿下の取り調べを受けていた。
 私が今いる場所は王宮で、フレデリックは本当に王子様だった。
「しがない日本の庶民で、二十三歳と言う事は分かります。思い出そうとすれば、血液型は魚座のA型、あと好きな食べ物は酢豚。あとは、うーん……」
「すまないが、分からない単語が多過ぎる。名前は?」
「うっ、頭が……って事は無いですが、全く思い出せません」
「では、アイネイアス様とお呼びしても?」
 ロゼッタがキラキラと目を輝かせながら、前のめりで聞いてきた。
「ひょっとして、女神様の名前ですか?」
 私の問いに、ロゼッタはコクコクと首を振る。
 フレデリック殿下に目を向けると、お好きにどうぞと言った顔をしていた。
「私の感覚からいくと、余りに不似合いなので……」
 断ろうとすると、ロゼッタの瞳が悲しみに潤みだした。
 こちらまで悲しくなるような視線に耐えきれず、フレデリック殿下に目を向けると、悪いけどそれでよろしくと言った顔をしていた。
「あー、私の国の名前とちょっと違った感じなので、えー、アイとでも呼んでください。アイでいきましょう」
「アイ様?」
 私が若干引きつりながらもにこりと笑えば、ロゼッタも嬉しそうに微笑んだ。

「アイは、女神では、ないのだな」
 フレデリック殿下は何かを見極めるように、私を見つめている。
「記憶が無いので何とも言えませんが、そうでしょうね」
「でも、ロゼッタが女神に祈りを捧げ、湧いて出たのなら、あるいは……」
 湧いて出たって、表現酷いな。
「きっと、アイ様がアレンを救ってくれるわ」
「そう、だといいな」
 私を置いて、二人で話を纏めないで欲しい。
「あのー、アレンって、どなたでしょうか。私は何を、期待されているんでしょうか」
 ただでさえ、私は自分が何者なのか分からず、ふわふわと落ち着かない気持ちでいるのだ。
 そんな吹けば飛ぶような人間に、何が出来ると言うのか。
「紹介する。ついてきてくれ」
 フレデリック殿下はロゼッタの手を取りエスコートすると、私に一瞥を寄越して出口に向かった。
 つくづく扱いが雑である。


「これが、勇者アレンの今の姿だ」
 また別の部屋に着くまでに聞かされたのは、ありがちな話だった。
 この世を暗黒に染めようとする魔王を倒すため、女神の加護を持つ聖女ロゼッタにより、勇者は選ばれた。
 フレデリック殿下とロゼッタ、そしてここにはいない大魔法使いと共に、勇者は大冒険の末魔王を打ち破る。
 しかし、魔王は最後の最後に勇者に呪いを掛けていた。
 大魔法使いは呪いを解く方法を探し旅に出、聖女は女神へと祈りを捧げた。殿下はまあ、王子と言うだけでただの人なので、溜まった公務を片付けていたそうだ。
 そんなこんなで、哀れ勇者は王宮の部屋の一室、焦点の合わない瞳で椅子に座っていた。

「アレンは……」
 殿下が痛みに耐えるような顔で勇者を見下ろしている。
「話すことも、何かをする事も、もう出来ない」
 椅子に座るその人は、窓から吹き込む風に黒い髪を揺らし、光の無い黒い瞳で虚空を見つめていた。
 目の前で手をヒラヒラ振っても、反応が無い。
 キレイな顔立ちと言う事もあって、まるで人形のように思えて、思わず顔を覗き込んでしまった。
 不規則に瞬きをしていて、息もしている。
「うわっ!」
 私が顔を覗き込んでいると、アレンがいきなり立ち上がった。
「え?」
 そのまま歩き出して、部屋の中にある扉に向かった。
「あの、動きましたよ!」
「ああ、トイレだろう」
「何も出来ないんじゃないんですか!?」
「生きるための最低限の事は自分で出来るようだ。食事と排泄だな」
 しばらくして、水が流れる音がしたと思ったら、アレンが出てきて無表情のまま椅子に向かい、静かに座った。
「あのー、手は、洗いました?」
 やや混乱した私は、物言わぬ勇者にどうでもいい事を聞いてしまう。もちろん返事はない。
「水の音がしたから、手は洗っているはずだ。浴室に放り込めば、自分で身体も洗うしな」
 殿下が鼻白みつつも答えてくれた。

「アレンは、誘導すれば歩くことも出来ます。でも、それだけなんです」
 ロゼッタが悲しそうな顔でアレンを見ると、私の手を両手で握ってきた。
「だから、アイ様。アレンを助けてください。アレンの呪いを解いてください」
「無理です」
 美少女のお願いは聞いてあげたい。だけど、無理なものは無理だ。
「解呪の方法は知らないか」
「はい、残念ながら」
 殿下の言葉に躊躇い無く答える。これ以上妙な期待をされても困る。
「ではアイ、アレンの世話をしてくれないか?」
「世話は、必要無いですよね」
 最低限の事は自分で出来るのだから。
「アイの力は分からない。しかし聖女の力は本物なのだ。アレンを助けるために湧いて出たのなら、片時も離れず、アレンの力になって欲しい」
「いや、アレンを助けるために湧いて出た覚えは無いんですが」
 殿下はにこりと笑うと私に近づき、そっと耳打ちした。
「王宮に侵入した不審者として、牢に入れる事も可能なんだよ?」
「私だって、来たくて来た訳じゃ無いんですよ!寧ろ被害者だと思います!」
「私だって牢に入れたい訳じゃ無い。ただ可能だと言うだけだ」
 私の大声にも、殿下は耳打ちでしか答えない。
 ロゼッタには聞かせたく無いんだろうか。いやらしい。
 
「アイ様……そうですよね……私のせいで元の場所にも戻れず、記憶まで失って……私、なんて事を……」
 目に大きな涙を浮かべて、ロゼッタは震えていた。
 これはまずい。美少女を泣かせる訳にはいかない。
「私なら大丈夫だから泣かないで。ロゼッタだって、私を呼ぼうとした訳じゃ無いでしょう?えーっと、こんな素敵な勇者様のお世話が出来て、光栄だなー」
「アイ様……なんてお優しい……」
 どうせ記憶も無くて、帰りたい場所があるかも分からない。
 それなら、誰かの為に何かをするのもいいかもしれない。
「殿下、待遇の件、後できっちり話しましょうね」
 殿下にこっそり耳打ちすると、働き次第かなと無情な言葉が返ってきた。
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