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狼男は耳と尻尾が隠せない
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初めてその人と出会ったのは、二年前のハロウィンの夜だった。
当時新社会人だった私は、仕事にも慣れてそれなりに充実した毎日を送っていた。
営業事務の仕事は月末は何かと忙しく、その日は少し帰りが遅くなってしまった。
まだ丸く太りきっていない月をぼんやり見上げながら歩いていると、目の前に大きな人影が現れた。
少し長めの灰褐色の髪に金色の瞳。私より頭一個分以上背が高く、白いシャツに茶色のズボンをラフに着こなしているその人は、とてもかっこよくて、外人モデルの人かなと思った。
その人は私を見ると目を大きく見開いて、次の瞬間には犬のような耳と尻尾が生えていた。
耳が四つある……と変な所に驚いていると、その人は髪と同じ灰褐色の尻尾をゆらゆら揺らしながら、私に近づいてきた。
「トリックオアトリート」
低めの声でそれだけ言うと、その人はじっと私を見つめた。
「トリックオアトリート」
頭の上でピンと立ったふさふさした耳と、ふわふわと大きな尻尾に気を取られていると、その人はもう一度同じ言葉を繰り返した。
ああ、今日はハロウィンか。
ハロウィンに馴染みなく生きてきたせいで、その人が何を言っているのか直ぐに理解できなかった。
「お菓子ならありますよ」
仮装にしてはハリウッドの特殊メイクレベルにリアルだから、この人はひょっとしたら本物なのかもしれない。外人ではなく人外だ。
その手のものは無視をするのが一番いいような気もしたけど、お菓子をあげないといたずらされてしまうかもしれない訳で、私はじっとその人を見つめながら手探りで鞄を探った。
「はい、酢昆布」
手で四角い箱を確認すると、私は鞄から開封前の酢昆布を取り出した。
酢昆布は低カロリーながら食物繊維や栄養素がたっぷり含まれ、更にクエン酸効果も期待できる夢のようなお菓子だ。
ダイエット中の女性には特にお勧めしたいところだけど、周りに酸っぱい臭いを撒き散らすせいか、常食するとモテなくなる。
私が鞄から酢昆布を取り出すと、大抵の男の人は酸っぱい顔をして去っていくのだった。
人外のその人も、酸っぱい顔をすると私の手の上の酢昆布を引ったくるように奪い、そして消えてしまった。
人外すら追い払う酢昆布。
愛する酢昆布の人気の無さにしょんぼりと帰宅したのが二年前。
そして一年前のハロウィンにも、その人はやって来た。
「トリックオアトリート」
前回と同じ場所に、その人は立っていた。
二回目に会ったその人は、最初から耳と尻尾が生えていて、夜の闇の中で金色の瞳を輝かせていた。
一年間、その人の事を考えない日はないぐらい、ずっとまた会いたいと思っていた。
頭の上にあるその耳は、触るとひょこひょこ動いたりするんだろうか。ふわふわの尻尾は嬉しい時にブンブン振り回されたりするんだろうか。
そして去年あげた酢昆布は、美味しく食べて貰えたんだろうか。
「トリックオアトリート」
一年間考え続けていた事を、本人を目の前にしながら考えていると、その人は絞り出すような声で繰り返した。
乞い願うような顔を見て、私は慌てて鞄を探った。
「大丈夫、ありますよ」
お馴染みの四角い箱を取り出して差し出す。
「はい、酢昆布」
にこにこと笑う私とは対象的に、その人は酸っぱい顔をしながら酢昆布を受け取り、そして消えていった。
酢昆布が欲しくて堪らないと言った顔をしていたのに、酢昆布を手にしたその人はちっとも嬉しそうじゃなくて、私は不思議に思いながら帰宅した。
そして一年が過ぎ、またハロウィンがやって来た。
任される仕事も増え、やりがい以上にストレスは増していた。
随分遅くなってしまい、今日は月が見えないなと夜空を見上げながら歩いていると、今までと同じ場所にその人はいた。
「トリックオアトリート」
耳と尻尾はピンと立ち、金色の瞳は血走り、何だかギラついている。声は低く掠れ、その様子は鬼気迫るものがあった。
「あの、ごめんなさい。ちょっと食べ過ぎちゃって、食べかけしかないんです」
なんだか怖くなって、言い訳しながら鞄を探っていると、その人は物凄い速さで私の前にやって来て、無言で首を横に振った。
「やっぱり食べかけじゃだめでしたか?でも、他にあげられる物はないから……ごめんなさい」
私の言葉に、その人は嬉しそうににっと笑うと、堪えきれないように大声で笑いだした。
「はっ、はははっ!やっとだ。やっと手に入れられる!」
夜遅くに近所迷惑だなと思っていると、その人は私に抱きついてきた。
「臭い菓子を眺めて待つ日は、もう終わりだ!」
臭い菓子って酢昆布の事かと驚いていると、気がつけばベッドに押し倒されていた。
なぜ道端にベッドが?いや、道端じゃない。部屋の中だ。え?どこ、ここ。
なんて混乱していると、舐めるようにキスをされてもっと混乱した。
「ああ、なんて甘い……」
うっとりと見下ろすその人は、あろう事か私の服を引きちぎってきた。
ブチブチとシャツのボタンが飛んで、スカートは横のスリットから一直線に引き裂かれた。
あまりの早業に何も反応できずにいると、その人はキャミソールの中に手を入れてきた。
「ひっ、いっ……」
肌に直接触れる大きな手は、迷わず上へ向かう。
「いやああああーっ!」
むにっと胸を揉まれた瞬間、私はありったけの大声を出した。途中で声が裏返って超音波のようになりながらも、叫び続けた。
「待ってくれ!大声を……痛っ!」
慌てた様子で私の口を押さえてくる手に、思いっきり噛みついてやった。
「頼む!もう我慢の限界なんだ。何でもするから、俺を受け入れてくれ」
私に噛まれながら懇願してくるその人の犬耳は、情けなく寝てしまっている。
「とにかく、先ずは入れさせてくれ!」
私も何をだよと言うツッコミを入れたかったけど、噛み付いていては入れられない。
「何年も君に恋い焦がれていた。俺のものにしたくて、気が狂いそうな毎日だった。だから頼む、この通り。とりあえず一回だけでいいから」
前半の情熱的な言葉に反して、後半の残念すぎる言葉に引いてしまい、うっかり手を噛む力を緩めてしまった。
「いいんだな、ありがとう!必ずもう一回と言わせてみせる」
その人は私の口を塞ぐ手を外すと、あろう事かパンツの中に手を突っ込んできた。
「きいいいやああああー!」
指先が毛に触れたと思った瞬間、劈くような悲鳴をあげると、その人は私を押さえつけるように伸し掛かってきた。
「待ってくれ、直ぐによくなるから!」
「うわあああああー!」
必死で手を押さえつけて、それ以上先に進まないように抵抗する。こっちの方が待ってくれと言いたかった。
「ロイ、大丈夫ですか?」
ドアを蹴飛ばしながら、誰かが入ってきた。
私に伸し掛かっている人もピタリと動きを止めたので、私も入ってきた人を見る。
サラサラとした金色の髪に、どこか冷たさを感じさせるアイスブルーの瞳。整った顔立ちのその人は、私達を見ても表情一つ変えなかった。
「おや、ようやく愛しの君を連れてこられたのですね。もう臭い臭いの菓子を眺めて、しょんぼりと項垂れるロイを見なくて済むと思うと、喜ばしい限りです」
「取り込み中だ。入ってくるな!」
「先程から聞こえる叫び声と言い、引き裂かれた服と言い、どう考えても無理やり襲っていますが、嫌われないといいですね……お嬢さん、助けた方が良ければ、お助けしましょうか?」
「助けて下さい!」
「必要ない!」
金髪の人の提案に即答すると、同じ速さでロイと呼ばれた人も叫んだ。
「ロイ、いくら耳と尾をおっ立てているからと言って、やっていい事と悪い事はあるんですよ」
金髪の人は静かに私達に近づくと、喋りながらキレイにくるりと周り、ゴスッと回し蹴りを決めた。
金髪の人は、どさりと崩れ落ちるロイを無表情で眺めると、着ていたマントを私に被せてくれた。
「お嬢さん。ここで伸びているのは人狼族の王、ロイです。普段はもう少しまともな男なんですが、耳と尾が出ていては形なしですね。まあ、そうでなければ、私の蹴り如きで伸びる訳もありませんが」
反応できずにじっと見つめる私を気にする様子もなく、金髪の人は続ける。
「一年に一度だけ、彼方と此方を繋ぐ門は開かれます。二つの世界は今や暮らし方が大きく違ってしまいましたからね。門をくぐる者はそう多くはない。ロイは見聞を広めるために彼方に行き、あなたと出会ってしまったのです。人狼の男にとって、魂が求める相手は絶対です。それなのに、彼方では制約があって口説くことすらままならない。悲劇以外の何物でもありませんでしたよ」
現実味のない話に、何だかお芝居を見ているみたいだなと思った。
「でも、お嬢さんは此方に連れて来られてしまった。もう逃げられません。諦めて下さい。どうかロイを受け入れて欲しい」
金髪の人は薄く笑うと、私の返事も聞かずにドアの方に行ってしまった。
「あの、待ってください。助けてくれるんじゃ……」
「とりあえず、耳と尾は引っ込んだようですし、あとは二人で話し合ってください。では頑張って」
金髪の人は言いたい事だけ言うと、バタリとドアを閉めて出て行ってしまった。
何が何だか分からぬまま、ベッドの上で伸びているロイを見ると、眉間に皺が寄って苦しそうな顔をしていた。
手を伸ばして灰褐色の髪に触れると、ちょっとごわごわしていた。頭の上の耳と尻尾は消えていて、私は耳があった場所をそっと撫でる。
二年前出会った、月を背にするロイはかっこよくて、私の心を捕らえるには十分だった。
『何年も君に恋い焦がれていた。俺のものにしたくて、気が狂いそうな毎日だった』
月と同じ金色の瞳で、真っ直ぐ私を見据えるロイを思い出して顔が赤くなりそうになったけど、それ以外の言動を思い出してげんなりした。
そうだ、のん気に頭を撫でている場合ではなかった。早く逃げないとと思い手を引っ込めようとすると、金色の瞳で私を見つめるロイに腕を掴まれていた。
「幻では、無いんだな」
じっと私を見据えたまま、ロイはゆっくりと身体を起こした。
「そのマントは、アレックスのものか?」
私が包まっているマントを見て、ロイは顔をしかめた。
「アレックス?金髪の人の事ですか?」
「なぜそんなマントに身を包む?」
「なぜって、ビリビリに服を破られたからですけど」
「誰にそんな事を!……って、俺か!」
ロイは怒ったと思ったら驚いて、忙しなく表情が変わった。
「すまない。君を目の前にすると、どうしても我を忘れてしまう。怖い思いをさせたな」
「え、はい。そうですね。怖いと言うか幻滅と言うか最低と言うか……」
私の言葉に、ロイは目に見えてしょぼくれていった。
「違うんだ、いや、違わないか。いや、その、君と出会った日から、会いたくて触れたくて、心の底から渇望していた。会えるかもと思っただけで、本能を抑える事ができなくて……本当にすまなかった」
「本能?」
「俺たち人狼は、昂ぶると耳と尾が出て、そうなるともう、一つの事しか考えられなくなってしまうんだ……」
「一つの事、ですか……」
耳と尻尾が出ている時の残念な言葉の数々を思い出せば、なんの事かは大体分かった。
「名前を、教えてくれないか?」
今は大丈夫でも、いつ大丈夫じゃなくなるか分からない。今の内に逃げた方がいいだろうかと考えていると、ロイはおずおずと言った感じで聞いてきた。
「高原、明里……ですけど」
「タカハラアカリ?」
「明里でいいです」
「アカリ……アカリ、か……アカリ……」
噛み締めるように繰り返すロイを見ていたら、何だか毒気を抜かれてしまった。
「アカリ」
「はい」
じっと私を見つめ、愛おしそうに名を呼ばれて、反射的に返事をしてしまった。
ロイは目を細めて、堪らなく幸せそうな顔をした。
「いい名だ。ずっと君の名を呼びたいと思っていた。制約のせいで、名前を聞くことすらできなくて、本当にもどかしかった」
どうしよう。恥ずかしい。顔が赤くなってしまう。
「あの、制約って何ですか?」
私は赤くなる顔を誤魔化すようにロイに聞いた。
「俺達は彼方、アカリの世界では問いかける事しかできない」
「トリックオアトリート、ですか?」
「ああ、そうしてもてなしを受けると、こちらからは手出しができなくなる。アカリには二回、臭い菓子を渡されて何もできなかった」
「臭い菓子って、酢昆布は臭く……まあ、臭いと言えば臭いかもしれませんが、でも美味しいんですよ?」
「名を知りたかった。艶のある黒髪に触れたかった。しっとりと落ち着いた声をもっと聞きたかった。アカリ、愛している」
誤魔化しがちな私と違って、ストレートな愛の告白にどぎまぎしてしまう。
「愛しているって、私の事何も知らないじゃないですか」
「ああ、だから今から教えてくれ」
「知ったら嫌いになるかもしれませんよ?」
「そうか?話せば話すほど好きになっている」
「今までに好きになる要素なんてありましたっけ?」
「アカリはどうだ?」
「え?」
真っ直ぐに、金色の瞳で見つめられて、返事に困ってしまう。
「アカリは、俺の事をどう思う?」
「いや、いきなり訳の分からない所に連れてこられて、服を引き裂かれたので……」
包まったマントに身を隠すようにして答えると、ロイは見た目に分かるぐらい動揺していた。
「そうだな、それはだめだ。何をしたって許される事じゃない。もう、死んで詫びるしか……いや、そうするとアカリを愛せない。死なない程度にアカリに刺してもらえばいいのか……」
おろおろと物騒な事を呟くロイを見ていると、なんだか可哀相になってきた。
見た感じから、狼男なのかなとは思っていた。だから、もっと強くて怖い人を想像していた。
でも実際のロイは真っ直ぐで、そして情けなかった。
「ロイ」
私が声をかけると、ロイは叱られる犬のような顔で私を見つめた。
「私も、初めて会った時からずっと、また会いたいと思っていました」
名前を知りたいと思い、その名を呼びたいと思っていたのは私も同じだ。
「私も、ロイが好き……なんだと思います」
恥ずかしくて俯いてそれだけ言うと、なんの返事もなく沈黙が続いた。
「あの……」
ちらりとロイを窺うと、固まったかのようにじっと私を見つめていた。
「うわっ」
気がつけば耳と尻尾が出ていて、荒い息遣いで私を凝視していた。
「お、おお落ち着いてください」
「だ、めだ……だめだ……だめ……」
言いながらロイは自分の手を鼻先に持ってきたかと思うと、くんくんと臭いを嗅いでからペロペロと舐めだした。
そこには私の歯型がついていて、もしかしなくても私が噛み付いていた所だ。
ふぐぅと唸るような感じで自分の手に噛りつくロイは、正直気持ち悪かった。
「いや、ちょっと、ほんと止めましょう」
「これ以上、嫌われ、たく、無い……」
自分の手に噛みつきながら、耳と尻尾をぺしゃりと寝かせて蹲ってしまったロイを見て、私は覚悟を決めた。
「ロイ」
頭の上の耳に触れると、くすぐったそうにひょこひょこ動いて、本物なんだなと不思議な気持ちになった。うん、大丈夫。私は意外と落ち着いている。
「ずっと、こうやって耳を触りたいって思っていました。ロイも、私に触れたかったんですよね?」
大きな身体を縮こまらせたまま、ロイが私を見上げる。
「あの……えーっと、その……はい」
なんて言っていいのか分からなくて、私は包まっていたマントを脱いだ。
改めて見ると、シャツのボタンは全部取れちゃってるし、スカートは縦に真っ直ぐ破かれて、更にウエストの所で横にも破れていて酷い有様だった。
やっぱり恥ずかしくて、再びマントを羽織ろうとしたら、その前にタックルされる勢いで押し倒された。
「アカリ……アカリ……アカリ……」
名前を呼ぶ合間にキスをされ、それと同時にキャミソールとブラジャーをたくし上げられてしまった。
「あの、ゆ、ゆっくり……その、順を追って……」
「無理だ」
「や、わあっ」
胸に吸い付かれたと思ったら、スカートのホックを引きちぎられ、パンツごとストッキングをずり下げられた。
「あっ、やっ……ん、んんっ……」
やっぱり逃げた方が良かっただろうかと思う頃には、直に割れ目をなぞられていた。
「や、あっ……ああっ……」
ロイは私の胸を舐めたり吸ったりしながら、片方の手で身体中確かめるように撫で回し、もう片方の手は蜜を誘うように割れ目を行き来した。
「ふっ、ううっ……んううっ……」
乳首と同時にクリトリスを刺激され、身体が仰け反ってしまう。
ロイはそんな私の様子を見ると、チュッと胸にキスをしてから、舌を滑らせて下へと向かった。
「やっ、待って、だめっ」
脱がしかけのストッキングとパンツを脱がしながら、ロイはどんどん下へと向かう。
一日仕事をしていて、更にずっとストッキングを履いていた訳で、お風呂も入っていない状況でそこに向かわれるのは困る。
頭を掴もうとして耳を掴んでしまうと、流石にロイも止まってくれた。
「そこ舐めるのは、だめです」
「だめな事なんて何もない」
お臍の下辺りで止まったロイは、金色の瞳で私を見つめながら力強く言った。
思わずそうかと思いそうになったけど、私がだめなんだから、だめな物はだめだ。
「いっ、あっ……やあ、あっ……」
嫌と言おうとしたのに、ロイはするりと私の手から逃げ出し、舌先で割れ目を突いた。舐め取るような舌の動きに腰がひくついてしまう。
「ああ……堪らない……」
「やっ、だ、めっ……んっ、ううっ……」
次から次へと溢れ出るものを、ロイが舐め取っていく。
恥ずかしいのに快感の方が大きくて、止めようと伸ばした手はロイの髪や、犬のような耳を掠めるだけで止められなかった。
「あっ、ああっ……やっ……ああっ!」
ロイは舌での愛撫を続けたまま、片方の手を伸ばして胸を揉み、もう片方の手でクリトリスを押した。次から次へと押し寄せる快感に、やめて欲しいと言う思いは消えていった。
「アカリ……」
登りつめるところまで登りつめてぐったりする私を、ロイは覆いかぶさるように抱きしめた。
「ロイ……」
「アカリ……」
金色の瞳が私を見つめている。その眼差しは真剣で、ロイの気持ちが伝わってくるようだった。
「もう挿れたい」
いや、私はもっと甘い感じのものを想定していた。一つも気持ちは伝わっていなかった。
でも、グイグイと押し付けられる硬いものを感じると、私も我慢できなくなってしまう。
「私も、ロイが欲しい」
ぐうと獣じみた声を喉の奥で発し、ロイはすごい速さで服を脱いでいった。
服から出ていた尻尾がどうなっていたのか気になって、お尻の辺りを見ようとしたら、そのままひっくり返されてうつ伏せにされた。
「アカリが満足いくまで、たっぷり注ぐ」
お尻を持ち上げながらそんな事を言われ、慌ててロイを見た。なんか瞳孔が開いていると言うか、目がイッていると言うか、これはもうだめだなと思った。
「あの、子供ができると困るので……」
一応声を掛けてみると、ロイは嬉しそうに笑った。
「そうだな。産むのも育てるのも大変だ。でも俺はアカリとの子ができたら嬉しい。何よりも大事にする」
ならもういいか。
いつもの私ならそんな風に思うはずがないのに、なぜかそう思ってしまった。
「約束、ですよ……」
ロイの瞳を見つめながらそう言うと、私は正面を向き、身を委ねるようにお尻を突き出した。
「ああ、約束する……」
「ふ、うっ……ああっ……」
一気に突き立てられて、身体が震えるような快感が走った。
「くっ……凄い、な……」
「ロ、イッ……んっ、うっ……は、ああっ……」
後ろから胸を揉まれ、緩く腰を揺すられて、気持ちよさに頭が真っ白になってしまう。
「アカリ……」
ロイが手で乳首やクリトリスを押すたび、私の中はロイのものを搾り取るようにひくついた。
それなのに、ロイは時折腰をビクつかせるだけで、腰を振ってくれない。
「あ、あっ……やっ……うご、いて……」
後ろを振り返ると、恍惚の表情のロイと目があった。
「アカリが、動いてくれている……」
気がつけば、私の腰は快感を求めて前後に揺れていた。
「や、あっ……もっとぉ……」
口からは勝手に、ねっとりと甘い声が出てしまう。
「今はこうやって、アカリを感じていたい……動くのは、次からだ……」
「つ、ぎっ?……あっ、ああっ……」
次ってなんだろうと思ったけど、腕で腰を固定され、クリトリスをくにくにと押されると、何も考えられなくなった。
「ふっ、うっ……あああっ……」
動かないロイを求めるように、私の腰はビクビクと揺れて、今までにないぐらい締め付けてしまった。
「ああ……アカリ……」
「んっ……あっ……んうっ……」
いつしか、力が入らなくなって上半身はベッドに突っ伏してしまっていた。
お尻を高く持ち上げられ、繋がったままあまり動かないロイのものを求めて、私の中はうねるようにひくついている。
ロイは私の身体を優しく撫で、キスを落とし、時には噛み付いたりした。
なんだかとても長い間こうしている気がするけど、ひょっとしたらそれほど経っていないのかもしれない。もう時間感覚も分からなくなっている。
「とても、幸せだ……」
「うっ、んっ……私も、幸せ……」
「アカリ、愛している」
「ああっ……私もっ……好き……」
振り返って見たロイの頭には耳が生えていて、もっと触りたいなと思った。
「耳、んっ、うっ……触り、たい……」
私が手を伸ばすと、ロイは私の手を取り愛おしそうにキスをした。そして、何も言わず優しく笑うと、強く腰を打ち付けた。
「あっ……ああっ、あっ!」
ロイはゆっくりと数回腰を打ち付けると、更に奥へと進むように腰を押し付けてきた。
穏やかな快感の中にいた私は、急な激しい刺激にあっと言う間にイッてしまう。
「あっ、あっ……あああっ!」
ロイの腰がびくりと揺れて、私の中に熱いものが注がれると、とてつもなく幸せな気持ちになった。
「は、あっ……んっ……」
ロイのものが引き抜かれ、私はそのままベッドに突っ伏してしまう。
よく知らない人とこんな事をするような人間じゃなかったはずなのに、中に出す事まで受け入れてしまった。
でも、ロイとはそうなる事が当然のような気がして、全然後悔なんてなかった。
「アカリ」
ロイが私を呼び、私を仰向けにする。恥ずかしいなと思ったけど、そんな思いはロイの頭を見て吹き飛んだ。
「あ、れ?」
ロイの頭の上には犬のような耳が生えたままで、ふさふさした尻尾がゆっくりと揺れているのも見えた。
視線を下に向ければ、そこはそこで大変元気そうで、慌てて目を逸らしてしまった。
「ほら、この向きでやれば、耳が触れる」
ロイは嬉しそうに笑うと私に覆いかぶさり、そしてまた私の中へと入ってきた。
「えっ?あっ……ああっ……」
終わったと思ったら、もう始まっていた。
「あのっ……待ってっ……もう、終わっ、たん、じゃっ……」
「終わる?……まだ、これからじゃ、ないか」
突き上げるような腰の動きに言葉が出ない。先程の穏やかさが嘘のような激しさだ。
「やっ、ああっ……壊れ、ちゃ、うっ……」
「だい、じょうぶだっ……ほら……」
ロイは私の手を取ると頭の上の耳に触れさせ、自分は激しく腰を打ち付けた。パンパンと肉がぶつかる音がなんだか恥ずかしかった。
「ふっ、うっ………んううっ……」
ロイの犬耳をぎゅっと握りながら、嵐のような快感の波に身を任す。
「アカリ……アカ、リ……好き、だ……」
「あっ、んっ……あああっ……やっ、ロイッ……」
知らない内に自分でも腰を振って、ロイを求めていた。
「す、きっ……大好きっ……」
「アカリッ……」
ロイは喉の奥で唸り声を上げると、今まで以上の激しさで腰を打ち付けてきた。
「あっ、はっ……ああっ!」
奥の方までロイのものでいっぱいで、ロイの事しか考えられなくて、私はロイの頬に手を添えると口を開けてキスをねだった。
「んっ……ふっ……んうっ……」
舌を絡ませたまま突き上げられると舌を噛みそうだったけど、ロイを身体中で感じられてとても幸せだった。
もっとロイが欲しくて、私の中は搾り取るようにロイのものを締め付ける。
「ふっ、ぐっ……ぐうぅっ……」
「んっ……ふっ……んんっ……」
ロイが動物の唸り声のような声を出しながら熱いものを放つと、私も腰をガクガク揺らしながらイッてしまった。
二人ではあはあと荒い息を整えていると、ロイの頭上にピンと立った犬耳が見えた。
あれ?と思う間もなくまた始まって、いつまで続くんだろうと言う疑問は、次から次へと押し寄せる快感の渦の中に消えていった。
鳥の囀りに目を覚ますと、薄暗かった部屋は明るくなっていて、ロイに大事そうに抱きしめられていた。
いつの間にか寝てしまっていたみたいだけど、身体のあちこちが疲労や痛みを訴えている。
昨夜の事を思い出すと恥ずかしくて、私は顔を赤くしながら眠るロイを見つめた。
ロイの頭の上にはさすがにもう犬耳は生えていなくて、私はちょっとほっとしながらロイの髪を撫でた。
撫でながら、犬耳じゃなくて狼耳と言うべきなのかと考えていると、ロイも目を覚まし金色の瞳で私を見つめた。
今まで、夜にしか会った事が無かったけど、日の光を受けてキラキラと輝くロイの瞳は、宝石のようにきれいだった。
「アカリ」
私が見とれていると、ロイは嬉しそうに私を呼び、そして何かに気がついたのか、ハッとした顔をしてから、顔を青ざめさせた。
「どうかしましたか?」
「朝に、なってしまった」
私の問いかけに、ロイは重々しい口調で答えた。
「いつの間にか寝てしまいましたね」
「ああ……門が、閉まってしまった」
のん気な私とは違って、ロイはなんだか深刻な顔をしている。
「アカリが元の場所に戻れるのは、一年後だ……」
「え?戻れるんですか?」
異世界トリップは一方通行なイメージだったので、一年後とは言え戻れる事に驚いてしまった。
「いや、だから、戻れるのは一年後だ」
「いえ、だから、戻れるんですよね?」
噛み合わない会話に、二人で顔を見合わせてしまう。
「本当は、昨夜アカリを口説き落としたら、一年後に迎えに行くつもりだった。アカリにも彼方での暮らしがあるのだから、こちらに来るにしても準備が必要だろう」
「昨日はやっと手に入れられるとか言って、知らぬ間にここに連れてこられてましたよ?」
「……アカリを待つ間に我慢ができなくなってしまったんだ。その上一晩中夢中になってしまって……本当にすまない」
落ち込むロイの頭上を見れば、そこに狼耳はなかった。耳と尻尾がないだけで、ここまで言動が変わってしまうなんて、なんだか大変だなと思った。
「急に連れてきてしまったから、ご家族も心配しているだろう」
「そうですね。失踪したとなると、職場にも迷惑かけちゃいますね」
「自分の欲のために俺は……最低だ……」
私の言葉に、ロイは更にどんよりと落ち込んでしまった。
「妹にはロイの話はしていたので、ある程度は察してくれるかもしれません」
ハロウィンに現れる狼男の話をすると、お姉ちゃんその内攫われるんじゃない?なんて言っていた。
ハロウィンにいなくなれば、きっと私の話を思い出してくれるだろう。だからと言って、心配しない訳はないけれど。
「でも、心配はさせちゃいますからね。一年後に戻れるなら謝らなきゃ……ロイも一緒に来て貰えますか?」
一年後もロイと一緒にいたいと思いそう言うと、ロイは力強い眼差しを私に向けた。
「ああ、当然だ。アカリだけでなく、その周りの人生も滅茶苦茶にしてしまった。責任は取らなくてはいけない」
切腹でもしそうな勢いに、私はじっとロイを見つめた。
耳と尻尾が出ると色々残念になるけど、それでもロイは私の事を大切に思ってくれている。
急に失踪する羽目になった事を考えると、胸が苦しいどころじゃないけど、それでもロイと一緒にいられる事は嬉しかった。
「昨日の事はロイだけのせいじゃないです。ロイは我慢しようとしてくれていたのに、私が誘ってしまったから……それに、夢中になったのは私も同じです」
恥ずかしくて、布団に隠れるようにしてそれだけ言うと、ロイは苦しそうな顔をしてから私を抱きしめた。
「すまない。やっぱりアカリが今ここにいてくれて、とてつもなく嬉しい。昨日帰さなくて良かったとすら思ってしまう」
「私も同じです。私達、同罪ですね」
手を伸ばし、ロイの硬い髪の毛を撫でると、ロイはくすぐったそうに目を細めた。
「アカリ……ありがとう。俺は幸せだ」
「私も、幸せです」
ロイがぎゅっと私を抱きしめ、私もロイを抱きしめた。ロイの大きな身体に包まれていると、ここにいるのが当たり前のような安心感があった。
「あれ?」
下半身に何だか硬いものがあたって、私を包んでいたはずの安心感が霧散した。
思わずロイを押し返してその顔を見れば、頭上に狼耳がピンと立っていた。
「あの……」
ロイが期待に満ちた顔で私を見つめている。
「今日はもう無理です。そんな体力残っていません」
「……そうか、無理をさせてしまったんだな」
ロイは私を離すと、目を閉じて大きく息を吸った。そして飛び上がる勢いでベッドから出ていくと、手早く服を着て身なりを整えた。
「滋養にいい熊でも狩ってくる!アカリは休んでいてくれ」
「え?」
「今までで一番大きなヤツを仕留めてくるからな!元気になったらまたしよう!」
ロイは大きな声でそう言うと、私の返事も聞かずに部屋を飛び出していった。だから、耳と尻尾のある無しで変わりすぎだ。
その後、世話をしにきてくれた侍女を名乗る人に、お風呂や身支度をさせてもらい、食事をいただき寛いでいる頃に、ロイは帰ってきた。
「熊と対峙した瞬間、正気に戻った」と言うロイから耳と尻尾は消えていたけど、本当に熊は狩ってきたらしい。
その日の晩御飯が熊鍋で、その夜どうなったかについては、ご想像にお任せします。
当時新社会人だった私は、仕事にも慣れてそれなりに充実した毎日を送っていた。
営業事務の仕事は月末は何かと忙しく、その日は少し帰りが遅くなってしまった。
まだ丸く太りきっていない月をぼんやり見上げながら歩いていると、目の前に大きな人影が現れた。
少し長めの灰褐色の髪に金色の瞳。私より頭一個分以上背が高く、白いシャツに茶色のズボンをラフに着こなしているその人は、とてもかっこよくて、外人モデルの人かなと思った。
その人は私を見ると目を大きく見開いて、次の瞬間には犬のような耳と尻尾が生えていた。
耳が四つある……と変な所に驚いていると、その人は髪と同じ灰褐色の尻尾をゆらゆら揺らしながら、私に近づいてきた。
「トリックオアトリート」
低めの声でそれだけ言うと、その人はじっと私を見つめた。
「トリックオアトリート」
頭の上でピンと立ったふさふさした耳と、ふわふわと大きな尻尾に気を取られていると、その人はもう一度同じ言葉を繰り返した。
ああ、今日はハロウィンか。
ハロウィンに馴染みなく生きてきたせいで、その人が何を言っているのか直ぐに理解できなかった。
「お菓子ならありますよ」
仮装にしてはハリウッドの特殊メイクレベルにリアルだから、この人はひょっとしたら本物なのかもしれない。外人ではなく人外だ。
その手のものは無視をするのが一番いいような気もしたけど、お菓子をあげないといたずらされてしまうかもしれない訳で、私はじっとその人を見つめながら手探りで鞄を探った。
「はい、酢昆布」
手で四角い箱を確認すると、私は鞄から開封前の酢昆布を取り出した。
酢昆布は低カロリーながら食物繊維や栄養素がたっぷり含まれ、更にクエン酸効果も期待できる夢のようなお菓子だ。
ダイエット中の女性には特にお勧めしたいところだけど、周りに酸っぱい臭いを撒き散らすせいか、常食するとモテなくなる。
私が鞄から酢昆布を取り出すと、大抵の男の人は酸っぱい顔をして去っていくのだった。
人外のその人も、酸っぱい顔をすると私の手の上の酢昆布を引ったくるように奪い、そして消えてしまった。
人外すら追い払う酢昆布。
愛する酢昆布の人気の無さにしょんぼりと帰宅したのが二年前。
そして一年前のハロウィンにも、その人はやって来た。
「トリックオアトリート」
前回と同じ場所に、その人は立っていた。
二回目に会ったその人は、最初から耳と尻尾が生えていて、夜の闇の中で金色の瞳を輝かせていた。
一年間、その人の事を考えない日はないぐらい、ずっとまた会いたいと思っていた。
頭の上にあるその耳は、触るとひょこひょこ動いたりするんだろうか。ふわふわの尻尾は嬉しい時にブンブン振り回されたりするんだろうか。
そして去年あげた酢昆布は、美味しく食べて貰えたんだろうか。
「トリックオアトリート」
一年間考え続けていた事を、本人を目の前にしながら考えていると、その人は絞り出すような声で繰り返した。
乞い願うような顔を見て、私は慌てて鞄を探った。
「大丈夫、ありますよ」
お馴染みの四角い箱を取り出して差し出す。
「はい、酢昆布」
にこにこと笑う私とは対象的に、その人は酸っぱい顔をしながら酢昆布を受け取り、そして消えていった。
酢昆布が欲しくて堪らないと言った顔をしていたのに、酢昆布を手にしたその人はちっとも嬉しそうじゃなくて、私は不思議に思いながら帰宅した。
そして一年が過ぎ、またハロウィンがやって来た。
任される仕事も増え、やりがい以上にストレスは増していた。
随分遅くなってしまい、今日は月が見えないなと夜空を見上げながら歩いていると、今までと同じ場所にその人はいた。
「トリックオアトリート」
耳と尻尾はピンと立ち、金色の瞳は血走り、何だかギラついている。声は低く掠れ、その様子は鬼気迫るものがあった。
「あの、ごめんなさい。ちょっと食べ過ぎちゃって、食べかけしかないんです」
なんだか怖くなって、言い訳しながら鞄を探っていると、その人は物凄い速さで私の前にやって来て、無言で首を横に振った。
「やっぱり食べかけじゃだめでしたか?でも、他にあげられる物はないから……ごめんなさい」
私の言葉に、その人は嬉しそうににっと笑うと、堪えきれないように大声で笑いだした。
「はっ、はははっ!やっとだ。やっと手に入れられる!」
夜遅くに近所迷惑だなと思っていると、その人は私に抱きついてきた。
「臭い菓子を眺めて待つ日は、もう終わりだ!」
臭い菓子って酢昆布の事かと驚いていると、気がつけばベッドに押し倒されていた。
なぜ道端にベッドが?いや、道端じゃない。部屋の中だ。え?どこ、ここ。
なんて混乱していると、舐めるようにキスをされてもっと混乱した。
「ああ、なんて甘い……」
うっとりと見下ろすその人は、あろう事か私の服を引きちぎってきた。
ブチブチとシャツのボタンが飛んで、スカートは横のスリットから一直線に引き裂かれた。
あまりの早業に何も反応できずにいると、その人はキャミソールの中に手を入れてきた。
「ひっ、いっ……」
肌に直接触れる大きな手は、迷わず上へ向かう。
「いやああああーっ!」
むにっと胸を揉まれた瞬間、私はありったけの大声を出した。途中で声が裏返って超音波のようになりながらも、叫び続けた。
「待ってくれ!大声を……痛っ!」
慌てた様子で私の口を押さえてくる手に、思いっきり噛みついてやった。
「頼む!もう我慢の限界なんだ。何でもするから、俺を受け入れてくれ」
私に噛まれながら懇願してくるその人の犬耳は、情けなく寝てしまっている。
「とにかく、先ずは入れさせてくれ!」
私も何をだよと言うツッコミを入れたかったけど、噛み付いていては入れられない。
「何年も君に恋い焦がれていた。俺のものにしたくて、気が狂いそうな毎日だった。だから頼む、この通り。とりあえず一回だけでいいから」
前半の情熱的な言葉に反して、後半の残念すぎる言葉に引いてしまい、うっかり手を噛む力を緩めてしまった。
「いいんだな、ありがとう!必ずもう一回と言わせてみせる」
その人は私の口を塞ぐ手を外すと、あろう事かパンツの中に手を突っ込んできた。
「きいいいやああああー!」
指先が毛に触れたと思った瞬間、劈くような悲鳴をあげると、その人は私を押さえつけるように伸し掛かってきた。
「待ってくれ、直ぐによくなるから!」
「うわあああああー!」
必死で手を押さえつけて、それ以上先に進まないように抵抗する。こっちの方が待ってくれと言いたかった。
「ロイ、大丈夫ですか?」
ドアを蹴飛ばしながら、誰かが入ってきた。
私に伸し掛かっている人もピタリと動きを止めたので、私も入ってきた人を見る。
サラサラとした金色の髪に、どこか冷たさを感じさせるアイスブルーの瞳。整った顔立ちのその人は、私達を見ても表情一つ変えなかった。
「おや、ようやく愛しの君を連れてこられたのですね。もう臭い臭いの菓子を眺めて、しょんぼりと項垂れるロイを見なくて済むと思うと、喜ばしい限りです」
「取り込み中だ。入ってくるな!」
「先程から聞こえる叫び声と言い、引き裂かれた服と言い、どう考えても無理やり襲っていますが、嫌われないといいですね……お嬢さん、助けた方が良ければ、お助けしましょうか?」
「助けて下さい!」
「必要ない!」
金髪の人の提案に即答すると、同じ速さでロイと呼ばれた人も叫んだ。
「ロイ、いくら耳と尾をおっ立てているからと言って、やっていい事と悪い事はあるんですよ」
金髪の人は静かに私達に近づくと、喋りながらキレイにくるりと周り、ゴスッと回し蹴りを決めた。
金髪の人は、どさりと崩れ落ちるロイを無表情で眺めると、着ていたマントを私に被せてくれた。
「お嬢さん。ここで伸びているのは人狼族の王、ロイです。普段はもう少しまともな男なんですが、耳と尾が出ていては形なしですね。まあ、そうでなければ、私の蹴り如きで伸びる訳もありませんが」
反応できずにじっと見つめる私を気にする様子もなく、金髪の人は続ける。
「一年に一度だけ、彼方と此方を繋ぐ門は開かれます。二つの世界は今や暮らし方が大きく違ってしまいましたからね。門をくぐる者はそう多くはない。ロイは見聞を広めるために彼方に行き、あなたと出会ってしまったのです。人狼の男にとって、魂が求める相手は絶対です。それなのに、彼方では制約があって口説くことすらままならない。悲劇以外の何物でもありませんでしたよ」
現実味のない話に、何だかお芝居を見ているみたいだなと思った。
「でも、お嬢さんは此方に連れて来られてしまった。もう逃げられません。諦めて下さい。どうかロイを受け入れて欲しい」
金髪の人は薄く笑うと、私の返事も聞かずにドアの方に行ってしまった。
「あの、待ってください。助けてくれるんじゃ……」
「とりあえず、耳と尾は引っ込んだようですし、あとは二人で話し合ってください。では頑張って」
金髪の人は言いたい事だけ言うと、バタリとドアを閉めて出て行ってしまった。
何が何だか分からぬまま、ベッドの上で伸びているロイを見ると、眉間に皺が寄って苦しそうな顔をしていた。
手を伸ばして灰褐色の髪に触れると、ちょっとごわごわしていた。頭の上の耳と尻尾は消えていて、私は耳があった場所をそっと撫でる。
二年前出会った、月を背にするロイはかっこよくて、私の心を捕らえるには十分だった。
『何年も君に恋い焦がれていた。俺のものにしたくて、気が狂いそうな毎日だった』
月と同じ金色の瞳で、真っ直ぐ私を見据えるロイを思い出して顔が赤くなりそうになったけど、それ以外の言動を思い出してげんなりした。
そうだ、のん気に頭を撫でている場合ではなかった。早く逃げないとと思い手を引っ込めようとすると、金色の瞳で私を見つめるロイに腕を掴まれていた。
「幻では、無いんだな」
じっと私を見据えたまま、ロイはゆっくりと身体を起こした。
「そのマントは、アレックスのものか?」
私が包まっているマントを見て、ロイは顔をしかめた。
「アレックス?金髪の人の事ですか?」
「なぜそんなマントに身を包む?」
「なぜって、ビリビリに服を破られたからですけど」
「誰にそんな事を!……って、俺か!」
ロイは怒ったと思ったら驚いて、忙しなく表情が変わった。
「すまない。君を目の前にすると、どうしても我を忘れてしまう。怖い思いをさせたな」
「え、はい。そうですね。怖いと言うか幻滅と言うか最低と言うか……」
私の言葉に、ロイは目に見えてしょぼくれていった。
「違うんだ、いや、違わないか。いや、その、君と出会った日から、会いたくて触れたくて、心の底から渇望していた。会えるかもと思っただけで、本能を抑える事ができなくて……本当にすまなかった」
「本能?」
「俺たち人狼は、昂ぶると耳と尾が出て、そうなるともう、一つの事しか考えられなくなってしまうんだ……」
「一つの事、ですか……」
耳と尻尾が出ている時の残念な言葉の数々を思い出せば、なんの事かは大体分かった。
「名前を、教えてくれないか?」
今は大丈夫でも、いつ大丈夫じゃなくなるか分からない。今の内に逃げた方がいいだろうかと考えていると、ロイはおずおずと言った感じで聞いてきた。
「高原、明里……ですけど」
「タカハラアカリ?」
「明里でいいです」
「アカリ……アカリ、か……アカリ……」
噛み締めるように繰り返すロイを見ていたら、何だか毒気を抜かれてしまった。
「アカリ」
「はい」
じっと私を見つめ、愛おしそうに名を呼ばれて、反射的に返事をしてしまった。
ロイは目を細めて、堪らなく幸せそうな顔をした。
「いい名だ。ずっと君の名を呼びたいと思っていた。制約のせいで、名前を聞くことすらできなくて、本当にもどかしかった」
どうしよう。恥ずかしい。顔が赤くなってしまう。
「あの、制約って何ですか?」
私は赤くなる顔を誤魔化すようにロイに聞いた。
「俺達は彼方、アカリの世界では問いかける事しかできない」
「トリックオアトリート、ですか?」
「ああ、そうしてもてなしを受けると、こちらからは手出しができなくなる。アカリには二回、臭い菓子を渡されて何もできなかった」
「臭い菓子って、酢昆布は臭く……まあ、臭いと言えば臭いかもしれませんが、でも美味しいんですよ?」
「名を知りたかった。艶のある黒髪に触れたかった。しっとりと落ち着いた声をもっと聞きたかった。アカリ、愛している」
誤魔化しがちな私と違って、ストレートな愛の告白にどぎまぎしてしまう。
「愛しているって、私の事何も知らないじゃないですか」
「ああ、だから今から教えてくれ」
「知ったら嫌いになるかもしれませんよ?」
「そうか?話せば話すほど好きになっている」
「今までに好きになる要素なんてありましたっけ?」
「アカリはどうだ?」
「え?」
真っ直ぐに、金色の瞳で見つめられて、返事に困ってしまう。
「アカリは、俺の事をどう思う?」
「いや、いきなり訳の分からない所に連れてこられて、服を引き裂かれたので……」
包まったマントに身を隠すようにして答えると、ロイは見た目に分かるぐらい動揺していた。
「そうだな、それはだめだ。何をしたって許される事じゃない。もう、死んで詫びるしか……いや、そうするとアカリを愛せない。死なない程度にアカリに刺してもらえばいいのか……」
おろおろと物騒な事を呟くロイを見ていると、なんだか可哀相になってきた。
見た感じから、狼男なのかなとは思っていた。だから、もっと強くて怖い人を想像していた。
でも実際のロイは真っ直ぐで、そして情けなかった。
「ロイ」
私が声をかけると、ロイは叱られる犬のような顔で私を見つめた。
「私も、初めて会った時からずっと、また会いたいと思っていました」
名前を知りたいと思い、その名を呼びたいと思っていたのは私も同じだ。
「私も、ロイが好き……なんだと思います」
恥ずかしくて俯いてそれだけ言うと、なんの返事もなく沈黙が続いた。
「あの……」
ちらりとロイを窺うと、固まったかのようにじっと私を見つめていた。
「うわっ」
気がつけば耳と尻尾が出ていて、荒い息遣いで私を凝視していた。
「お、おお落ち着いてください」
「だ、めだ……だめだ……だめ……」
言いながらロイは自分の手を鼻先に持ってきたかと思うと、くんくんと臭いを嗅いでからペロペロと舐めだした。
そこには私の歯型がついていて、もしかしなくても私が噛み付いていた所だ。
ふぐぅと唸るような感じで自分の手に噛りつくロイは、正直気持ち悪かった。
「いや、ちょっと、ほんと止めましょう」
「これ以上、嫌われ、たく、無い……」
自分の手に噛みつきながら、耳と尻尾をぺしゃりと寝かせて蹲ってしまったロイを見て、私は覚悟を決めた。
「ロイ」
頭の上の耳に触れると、くすぐったそうにひょこひょこ動いて、本物なんだなと不思議な気持ちになった。うん、大丈夫。私は意外と落ち着いている。
「ずっと、こうやって耳を触りたいって思っていました。ロイも、私に触れたかったんですよね?」
大きな身体を縮こまらせたまま、ロイが私を見上げる。
「あの……えーっと、その……はい」
なんて言っていいのか分からなくて、私は包まっていたマントを脱いだ。
改めて見ると、シャツのボタンは全部取れちゃってるし、スカートは縦に真っ直ぐ破かれて、更にウエストの所で横にも破れていて酷い有様だった。
やっぱり恥ずかしくて、再びマントを羽織ろうとしたら、その前にタックルされる勢いで押し倒された。
「アカリ……アカリ……アカリ……」
名前を呼ぶ合間にキスをされ、それと同時にキャミソールとブラジャーをたくし上げられてしまった。
「あの、ゆ、ゆっくり……その、順を追って……」
「無理だ」
「や、わあっ」
胸に吸い付かれたと思ったら、スカートのホックを引きちぎられ、パンツごとストッキングをずり下げられた。
「あっ、やっ……ん、んんっ……」
やっぱり逃げた方が良かっただろうかと思う頃には、直に割れ目をなぞられていた。
「や、あっ……ああっ……」
ロイは私の胸を舐めたり吸ったりしながら、片方の手で身体中確かめるように撫で回し、もう片方の手は蜜を誘うように割れ目を行き来した。
「ふっ、ううっ……んううっ……」
乳首と同時にクリトリスを刺激され、身体が仰け反ってしまう。
ロイはそんな私の様子を見ると、チュッと胸にキスをしてから、舌を滑らせて下へと向かった。
「やっ、待って、だめっ」
脱がしかけのストッキングとパンツを脱がしながら、ロイはどんどん下へと向かう。
一日仕事をしていて、更にずっとストッキングを履いていた訳で、お風呂も入っていない状況でそこに向かわれるのは困る。
頭を掴もうとして耳を掴んでしまうと、流石にロイも止まってくれた。
「そこ舐めるのは、だめです」
「だめな事なんて何もない」
お臍の下辺りで止まったロイは、金色の瞳で私を見つめながら力強く言った。
思わずそうかと思いそうになったけど、私がだめなんだから、だめな物はだめだ。
「いっ、あっ……やあ、あっ……」
嫌と言おうとしたのに、ロイはするりと私の手から逃げ出し、舌先で割れ目を突いた。舐め取るような舌の動きに腰がひくついてしまう。
「ああ……堪らない……」
「やっ、だ、めっ……んっ、ううっ……」
次から次へと溢れ出るものを、ロイが舐め取っていく。
恥ずかしいのに快感の方が大きくて、止めようと伸ばした手はロイの髪や、犬のような耳を掠めるだけで止められなかった。
「あっ、ああっ……やっ……ああっ!」
ロイは舌での愛撫を続けたまま、片方の手を伸ばして胸を揉み、もう片方の手でクリトリスを押した。次から次へと押し寄せる快感に、やめて欲しいと言う思いは消えていった。
「アカリ……」
登りつめるところまで登りつめてぐったりする私を、ロイは覆いかぶさるように抱きしめた。
「ロイ……」
「アカリ……」
金色の瞳が私を見つめている。その眼差しは真剣で、ロイの気持ちが伝わってくるようだった。
「もう挿れたい」
いや、私はもっと甘い感じのものを想定していた。一つも気持ちは伝わっていなかった。
でも、グイグイと押し付けられる硬いものを感じると、私も我慢できなくなってしまう。
「私も、ロイが欲しい」
ぐうと獣じみた声を喉の奥で発し、ロイはすごい速さで服を脱いでいった。
服から出ていた尻尾がどうなっていたのか気になって、お尻の辺りを見ようとしたら、そのままひっくり返されてうつ伏せにされた。
「アカリが満足いくまで、たっぷり注ぐ」
お尻を持ち上げながらそんな事を言われ、慌ててロイを見た。なんか瞳孔が開いていると言うか、目がイッていると言うか、これはもうだめだなと思った。
「あの、子供ができると困るので……」
一応声を掛けてみると、ロイは嬉しそうに笑った。
「そうだな。産むのも育てるのも大変だ。でも俺はアカリとの子ができたら嬉しい。何よりも大事にする」
ならもういいか。
いつもの私ならそんな風に思うはずがないのに、なぜかそう思ってしまった。
「約束、ですよ……」
ロイの瞳を見つめながらそう言うと、私は正面を向き、身を委ねるようにお尻を突き出した。
「ああ、約束する……」
「ふ、うっ……ああっ……」
一気に突き立てられて、身体が震えるような快感が走った。
「くっ……凄い、な……」
「ロ、イッ……んっ、うっ……は、ああっ……」
後ろから胸を揉まれ、緩く腰を揺すられて、気持ちよさに頭が真っ白になってしまう。
「アカリ……」
ロイが手で乳首やクリトリスを押すたび、私の中はロイのものを搾り取るようにひくついた。
それなのに、ロイは時折腰をビクつかせるだけで、腰を振ってくれない。
「あ、あっ……やっ……うご、いて……」
後ろを振り返ると、恍惚の表情のロイと目があった。
「アカリが、動いてくれている……」
気がつけば、私の腰は快感を求めて前後に揺れていた。
「や、あっ……もっとぉ……」
口からは勝手に、ねっとりと甘い声が出てしまう。
「今はこうやって、アカリを感じていたい……動くのは、次からだ……」
「つ、ぎっ?……あっ、ああっ……」
次ってなんだろうと思ったけど、腕で腰を固定され、クリトリスをくにくにと押されると、何も考えられなくなった。
「ふっ、うっ……あああっ……」
動かないロイを求めるように、私の腰はビクビクと揺れて、今までにないぐらい締め付けてしまった。
「ああ……アカリ……」
「んっ……あっ……んうっ……」
いつしか、力が入らなくなって上半身はベッドに突っ伏してしまっていた。
お尻を高く持ち上げられ、繋がったままあまり動かないロイのものを求めて、私の中はうねるようにひくついている。
ロイは私の身体を優しく撫で、キスを落とし、時には噛み付いたりした。
なんだかとても長い間こうしている気がするけど、ひょっとしたらそれほど経っていないのかもしれない。もう時間感覚も分からなくなっている。
「とても、幸せだ……」
「うっ、んっ……私も、幸せ……」
「アカリ、愛している」
「ああっ……私もっ……好き……」
振り返って見たロイの頭には耳が生えていて、もっと触りたいなと思った。
「耳、んっ、うっ……触り、たい……」
私が手を伸ばすと、ロイは私の手を取り愛おしそうにキスをした。そして、何も言わず優しく笑うと、強く腰を打ち付けた。
「あっ……ああっ、あっ!」
ロイはゆっくりと数回腰を打ち付けると、更に奥へと進むように腰を押し付けてきた。
穏やかな快感の中にいた私は、急な激しい刺激にあっと言う間にイッてしまう。
「あっ、あっ……あああっ!」
ロイの腰がびくりと揺れて、私の中に熱いものが注がれると、とてつもなく幸せな気持ちになった。
「は、あっ……んっ……」
ロイのものが引き抜かれ、私はそのままベッドに突っ伏してしまう。
よく知らない人とこんな事をするような人間じゃなかったはずなのに、中に出す事まで受け入れてしまった。
でも、ロイとはそうなる事が当然のような気がして、全然後悔なんてなかった。
「アカリ」
ロイが私を呼び、私を仰向けにする。恥ずかしいなと思ったけど、そんな思いはロイの頭を見て吹き飛んだ。
「あ、れ?」
ロイの頭の上には犬のような耳が生えたままで、ふさふさした尻尾がゆっくりと揺れているのも見えた。
視線を下に向ければ、そこはそこで大変元気そうで、慌てて目を逸らしてしまった。
「ほら、この向きでやれば、耳が触れる」
ロイは嬉しそうに笑うと私に覆いかぶさり、そしてまた私の中へと入ってきた。
「えっ?あっ……ああっ……」
終わったと思ったら、もう始まっていた。
「あのっ……待ってっ……もう、終わっ、たん、じゃっ……」
「終わる?……まだ、これからじゃ、ないか」
突き上げるような腰の動きに言葉が出ない。先程の穏やかさが嘘のような激しさだ。
「やっ、ああっ……壊れ、ちゃ、うっ……」
「だい、じょうぶだっ……ほら……」
ロイは私の手を取ると頭の上の耳に触れさせ、自分は激しく腰を打ち付けた。パンパンと肉がぶつかる音がなんだか恥ずかしかった。
「ふっ、うっ………んううっ……」
ロイの犬耳をぎゅっと握りながら、嵐のような快感の波に身を任す。
「アカリ……アカ、リ……好き、だ……」
「あっ、んっ……あああっ……やっ、ロイッ……」
知らない内に自分でも腰を振って、ロイを求めていた。
「す、きっ……大好きっ……」
「アカリッ……」
ロイは喉の奥で唸り声を上げると、今まで以上の激しさで腰を打ち付けてきた。
「あっ、はっ……ああっ!」
奥の方までロイのものでいっぱいで、ロイの事しか考えられなくて、私はロイの頬に手を添えると口を開けてキスをねだった。
「んっ……ふっ……んうっ……」
舌を絡ませたまま突き上げられると舌を噛みそうだったけど、ロイを身体中で感じられてとても幸せだった。
もっとロイが欲しくて、私の中は搾り取るようにロイのものを締め付ける。
「ふっ、ぐっ……ぐうぅっ……」
「んっ……ふっ……んんっ……」
ロイが動物の唸り声のような声を出しながら熱いものを放つと、私も腰をガクガク揺らしながらイッてしまった。
二人ではあはあと荒い息を整えていると、ロイの頭上にピンと立った犬耳が見えた。
あれ?と思う間もなくまた始まって、いつまで続くんだろうと言う疑問は、次から次へと押し寄せる快感の渦の中に消えていった。
鳥の囀りに目を覚ますと、薄暗かった部屋は明るくなっていて、ロイに大事そうに抱きしめられていた。
いつの間にか寝てしまっていたみたいだけど、身体のあちこちが疲労や痛みを訴えている。
昨夜の事を思い出すと恥ずかしくて、私は顔を赤くしながら眠るロイを見つめた。
ロイの頭の上にはさすがにもう犬耳は生えていなくて、私はちょっとほっとしながらロイの髪を撫でた。
撫でながら、犬耳じゃなくて狼耳と言うべきなのかと考えていると、ロイも目を覚まし金色の瞳で私を見つめた。
今まで、夜にしか会った事が無かったけど、日の光を受けてキラキラと輝くロイの瞳は、宝石のようにきれいだった。
「アカリ」
私が見とれていると、ロイは嬉しそうに私を呼び、そして何かに気がついたのか、ハッとした顔をしてから、顔を青ざめさせた。
「どうかしましたか?」
「朝に、なってしまった」
私の問いかけに、ロイは重々しい口調で答えた。
「いつの間にか寝てしまいましたね」
「ああ……門が、閉まってしまった」
のん気な私とは違って、ロイはなんだか深刻な顔をしている。
「アカリが元の場所に戻れるのは、一年後だ……」
「え?戻れるんですか?」
異世界トリップは一方通行なイメージだったので、一年後とは言え戻れる事に驚いてしまった。
「いや、だから、戻れるのは一年後だ」
「いえ、だから、戻れるんですよね?」
噛み合わない会話に、二人で顔を見合わせてしまう。
「本当は、昨夜アカリを口説き落としたら、一年後に迎えに行くつもりだった。アカリにも彼方での暮らしがあるのだから、こちらに来るにしても準備が必要だろう」
「昨日はやっと手に入れられるとか言って、知らぬ間にここに連れてこられてましたよ?」
「……アカリを待つ間に我慢ができなくなってしまったんだ。その上一晩中夢中になってしまって……本当にすまない」
落ち込むロイの頭上を見れば、そこに狼耳はなかった。耳と尻尾がないだけで、ここまで言動が変わってしまうなんて、なんだか大変だなと思った。
「急に連れてきてしまったから、ご家族も心配しているだろう」
「そうですね。失踪したとなると、職場にも迷惑かけちゃいますね」
「自分の欲のために俺は……最低だ……」
私の言葉に、ロイは更にどんよりと落ち込んでしまった。
「妹にはロイの話はしていたので、ある程度は察してくれるかもしれません」
ハロウィンに現れる狼男の話をすると、お姉ちゃんその内攫われるんじゃない?なんて言っていた。
ハロウィンにいなくなれば、きっと私の話を思い出してくれるだろう。だからと言って、心配しない訳はないけれど。
「でも、心配はさせちゃいますからね。一年後に戻れるなら謝らなきゃ……ロイも一緒に来て貰えますか?」
一年後もロイと一緒にいたいと思いそう言うと、ロイは力強い眼差しを私に向けた。
「ああ、当然だ。アカリだけでなく、その周りの人生も滅茶苦茶にしてしまった。責任は取らなくてはいけない」
切腹でもしそうな勢いに、私はじっとロイを見つめた。
耳と尻尾が出ると色々残念になるけど、それでもロイは私の事を大切に思ってくれている。
急に失踪する羽目になった事を考えると、胸が苦しいどころじゃないけど、それでもロイと一緒にいられる事は嬉しかった。
「昨日の事はロイだけのせいじゃないです。ロイは我慢しようとしてくれていたのに、私が誘ってしまったから……それに、夢中になったのは私も同じです」
恥ずかしくて、布団に隠れるようにしてそれだけ言うと、ロイは苦しそうな顔をしてから私を抱きしめた。
「すまない。やっぱりアカリが今ここにいてくれて、とてつもなく嬉しい。昨日帰さなくて良かったとすら思ってしまう」
「私も同じです。私達、同罪ですね」
手を伸ばし、ロイの硬い髪の毛を撫でると、ロイはくすぐったそうに目を細めた。
「アカリ……ありがとう。俺は幸せだ」
「私も、幸せです」
ロイがぎゅっと私を抱きしめ、私もロイを抱きしめた。ロイの大きな身体に包まれていると、ここにいるのが当たり前のような安心感があった。
「あれ?」
下半身に何だか硬いものがあたって、私を包んでいたはずの安心感が霧散した。
思わずロイを押し返してその顔を見れば、頭上に狼耳がピンと立っていた。
「あの……」
ロイが期待に満ちた顔で私を見つめている。
「今日はもう無理です。そんな体力残っていません」
「……そうか、無理をさせてしまったんだな」
ロイは私を離すと、目を閉じて大きく息を吸った。そして飛び上がる勢いでベッドから出ていくと、手早く服を着て身なりを整えた。
「滋養にいい熊でも狩ってくる!アカリは休んでいてくれ」
「え?」
「今までで一番大きなヤツを仕留めてくるからな!元気になったらまたしよう!」
ロイは大きな声でそう言うと、私の返事も聞かずに部屋を飛び出していった。だから、耳と尻尾のある無しで変わりすぎだ。
その後、世話をしにきてくれた侍女を名乗る人に、お風呂や身支度をさせてもらい、食事をいただき寛いでいる頃に、ロイは帰ってきた。
「熊と対峙した瞬間、正気に戻った」と言うロイから耳と尻尾は消えていたけど、本当に熊は狩ってきたらしい。
その日の晩御飯が熊鍋で、その夜どうなったかについては、ご想像にお任せします。
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