白雪姫とシンデレラ

白玉しらす

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3.使い魔

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「この世界は、魔法使いによって歪められている」
 シンデレラはアンニュイな顔で窓の外を見つめると、ぽつりと呟いた。
「私をこの世界に連れてきたのも、その魔法使いなんでしょうか」
「それは分からない。しかし、無関係とは思えないな」
「私は、どうしたらいいんでしょうか」
 私の質問に、シンデレラはじっと私を見つめた。
「私は魔法使いを討ち取るつもりでいる。君も一緒に来るか?」
「いいんですか?」
「危険な旅になるだろう。それでも良ければ」
「『よく分かる空手道入門』を読んで、毎日正拳突きの練習をしていた時期もあるんです。きっとお役に立ってみせます!」
 名前も思い出せないのに、なぜこんな事は覚えているのか不思議だけど、私は引きつけた拳を半回転させながら前方に突き出し、シンデレラにアピールした。
「よく分からないけど、よろしく頼むよ」
 シンデレラは薄く笑いながら手を差し出してきた。
 ずっと無表情だったシンデレラが笑っている。尊い……
 思わず拝みたくなる気持ちを抑え、私はシンデレラの手を握った。


「魔法使いの居場所を知るには、歪みを探す必要がある」
「歪み、ですか」
「魔法使いが魔法を使って世界を歪ませると、周囲の空間にも歪みが生じるようだ。私もそれを使ってここに逃げてきた」
「ぐにゃっとしたあれですね。でもどうやって探せばいいんでしょう」
 シンデレラは真面目な顔で説明をしてくれている。笑顔も素敵だったけど、凛々しい顔も素敵だ。
「ここに来てからずっと考えていたんだが、ひょっとしたらハラルなら見つけられるかもしれない」
「誰ですか、それは」
「ハラルは魔獣だ。空間を歪ませてあちこち移動して暮らしていると聞く。使い魔にしたら、何かヒントが得られるかもしれない」
「かもしれない、ですか」
「すまない。確かな事は何もないんだ……」
「いえ、僅かにも可能性があるならやりましょう!で、ハラルとやらを使い魔にするには、どうしたらいいんですか?」
 シンデレラに申し訳なさそうに謝られて、私は必要以上に元気な声を出した。シンデレラの綺麗な顔を曇らせる訳にはいかない。
「さあ」
「さあ?」
 やる気みなぎる私とは対照的に、シンデレラは気の抜けた声を出した。
「この森にいるのを見つけて、餌付けを試みているんだが、上手くいっていない」
「使い魔って、餌付けでなるものなんですか?」
「私も書物でその存在を知っているだけで、使い魔の仕方は分からないんだ」
 シンデレラも分からないなりに、色々と試していたと言う事だろう。
 どこかしょんぼりとした表情のシンデレラを見ると、いても立ってもいられなくなった。
「私をハラルのいる所に案内してください。なんとかなるかもしれません」


 大口を叩いた私は、シンデレラに連れられて森の奥へとやってきた。
 シンデレラがピィーっと口笛を吹くと、バサバサっと羽音をさせて黒い生き物が降り立った。
 口笛で呼び出せるって、もう使い魔みたいなものなんじゃないだろうか。
「これがハラルだ」
 黒猫にコウモリの羽が生えたようなその生物は、地面に座りじっとこちらを見ている。
「じゃあ、やってみます」
 私はそろそろとハラルに近づくと、手を胸の前で組み、すぅーっと大きく息を吸ってから歌いだした。
「♪ホントは好きって言いたいのに、あなたを見ると何も言えなくなるの、私の心は臆病で、直ぐに丸まり、転がり、あなたから逃げ出してしまう、そうね私は、恋するロンリー、ローリー、ポーリー」
 森にポップなメロディーが響き渡る。
 一人カラオケで死ぬ程練習した、アニメ『恋するローリーポーリー』主題歌『ロンリーローリーポーリー』である。
 良かった。食べ物以外の記憶もちゃんとあった。

 三番まできっかり歌い上げると、森に静寂が戻ってきた。
「これは?」
 何も起こらない事に、シンデレラが当然の疑問をぶつけてきた。
「準備運動です」
 平然な顔で返事をしながら、私は冷や汗をかいていた。
 白雪姫と言えば、森で歌を歌い動物達に慕われるイメージがある。
 森、使い魔、そして白雪姫と揃えば、あとは歌う事によりフラグが立つと確信していた。
 しかし、歌ったところでハラルには何の変化もなく、じっとこちらを、いや、どちらかと言うとシンデレラを見つめるだけだった。
 餌が欲しいのかもしれない。
 大口を叩いた手前、これで引き下がるのは非常に恥ずかしい。私はもうちょっと頑張る事にした。

「ルールルル」
 私はしゃがみ込むと、右手を差し出しじりじりとにじり寄った。
 ハラルは毛を逆立てて威嚇している。
「白雪、ハラルは凶暴なんだ。近づくと危ない」
「大丈夫です」
 止めようとするシンデレラを左手で制し、私は尚もハラルに近づく。
「おいで、さあ。ほら、怖くない。怖くない。……痛っ!」
 シャーと言うハラルが私にがぶりと噛み付いた。
「白雪!」
 シンデレラが持っていた木の枝を構えて私に近づいてくる。正直、木の枝を武器にするシンデレラはギャップ萌が凄い。
「ほらね、怖くない」
 噛まれたまま慈愛の笑みを浮かべると、ハラルは更に強く噛み付いてきた。
「セイッ!」
 余りの痛さに思わず、ハラルの鼻に中高一本拳で突きを入れてしまった。
「フギャー!」
 ハラルは情けない声を出しながらバサバサと飛び立つと、シンデレラの背中に隠れた。
「大丈夫、か?」
 シンデレラは羽で鼻を押さえてフニャフニャ泣くハラルと、咬み跡の血を吸い出しペッと地面に吐き出す私を交互に見て、どちらに声をかけるべきか悩んでいる様だった。

「あのオンナ、ヒドい。かヨワいボク、イジめる」
「お前、喋れるのか?」
「イうコトキくから、あのオンナから、マモってホしい」
「お前が噛まなければ攻撃しないよ」
「あのオンナ、キョウボウ。キケンキワまりナい」
 凶暴と言われる魔物に凶暴と言われてしまった。
「あなた、使い魔になったの?」
 私が聞くと、ハラルはプイっとそっぽを向いてしまった。
「仕方ない、拳で聞くしかないか」
 私が再び手を中高一本拳の形にすると、ハラルはフニャーと鳴いた。
「やっぱり、キョウボウ。キョウアク。サイアク」
「白雪、あまり怖がらせてはいけないよ」
「はあい」
 シンデレラに言われ、私は渋々返事をした。
 私が懐かせて使い魔にする予定だったのに、全く違う結果になってしまった。
「お前は、私の使い魔になったのか?」
「そう、だからボクにナマエいる」
「私が付けていいのか?」
「ごシュジン、ナマエつける。あのオンナから、ボクをマモる。ボク、ごシュジンのヤクにたつ」
 最後に大きくニャーンと鳴くハラルは正直可愛くて、私は羨望の眼差しでシンデレラを見つめた。
「名前か……白雪、何かいい名はあるか?」
「え?私がつけていいんですか?」
「こう言う事は苦手なんだ」
「じゃあ、そうですね……ニャンダユウとかどうでしょう」
「ニャーッ!」
 喋れるはずのニャンダユウが猫の様な鳴き声を発した。よっぽど名前を気に入ってくれたんだろう。
「お前は今日からニャンダユウだ」
「フニャー」
 シンデレラに言われ、ニャンダユウが情けない声で返事をした。
「ところで、ニャンダユウは空間の歪みを見つける事は出来るか?」
「ユガみ?ふにょふにょのコトか?」
「違う場所に繋がっている場所だよ」
「ふにょふにょ、スぐワカる」
「凄い!やりましたね、シンデレラ」
 シンデレラとニャンダユウのやり取りに、思わず乱入してしまった。
「ああ、白雪のお陰だ。ありがとう」
 微笑むシンデレラは、額に入れて飾っておきたいぐらい美しくて、私は思わず見惚れてしまった。
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