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末永く幸せに

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 それにしても、発情していなくても凄いんだなあ。
 ベッドの上で目を覚ました私は、どこか冷静にそんな感想を抱いていた。
 昨日のヴィンセントはとても優しかった。痛い事なんて一つもなく、ひたすら私に快感を与え続けた。ただちょっと、与え過ぎなんじゃないかと言う気はする。
 終わるたびに、懇願するように名前を呼ばれ、ヴィンセントは幾度となく私の中で果てた。
 一、ニ、三……
 頭の中で指折り回数を数える。やはり凄い。
 小説では明言されていなかったけど、絶倫設定でもあったんだろうか。
 いや、十八禁小説に出てくる男性はもれなく絶倫な節があるから、この世界ではこれが普通なのかもしれない。
 そして、小説では難なく複数プレイまで受け入れていた私の身体も、良好な感度でそれに応えていた。私も凄いな。
 

「……おはよう」
 ぼんやりとそんな事を考えていると、ヴィンセントの声がした。
 隣を見れば、心配そうな顔で私を見つめるヴィンセントがいた。
「おはようございます」
 私が微笑みかけると、ヴィンセントはほっとした様な顔を見せた。
「どうかしましたか?」
「……いや、その、大丈夫か?」
 気遣ってくれるのは嬉しいけど、何かしらのトラウマがこうも私の反応を気にさせている気がしてキュンとなった。
「ヴィンセント」
 私はヴィンセントの頭を胸に抱きしめて、やや長めの黒髪をわしゃわしゃと撫で回した。
「私はヴィンセントが好きです」
 しばらくわしゃわしゃしながら、何を言おうか考えていると、ヴィンセントは私にしがみつくように抱きついた。
「……俺も、セシィーが好きだ」
 すがる様な言葉に、私は抱きしめていた頭を離し、しっかりとヴィンセントを見つめた。
「昨日は気持ちよかったです。またいっぱい、しましょうね」
 ヴィンセントの不安な気持ちを、少しでも軽くしてあげたかった。
 何度か触れ合う内に、少しずつでいいからヴィンセントも変わるといい。
 いつか自然に、お互いの気持ちをぶつけ合えるような、そんな関係になりたい。
「……ああ、次はもっと頑張る」
 決意みなぎる顔で言われたので、鼻を摘んでおく。
「次は私にも頑張らせて下さい」
 私が笑ってそう言うと、ヴィンセントは顔を赤くしていた。
 小説内では無口で不遇なだけだったヴィンセントも、実際はちゃんと話もしてくれるし、可愛らしいところも多い。
 そんな素敵な人と恋人になれて、私はとても幸せだった。



「聖女様、今日は横の方で緩く纏めておきますね」
「ありがとう」
 ヘンリエッテが丁寧に私の髪を梳いてくれている。
 魔物討伐が終われば、私は聖女では無くなる。ヘンリエッテと一緒にいられるのもあと僅かだ。
「ねえ、ヘンリエッテ。ヘンリエッテは魔物討伐が終わったらどうするの?」
「……アルフレート様が……」
 いつもはしゃんとしているヘンリエッテが、珍しくもじもじしている。しかも顔が赤い。
「一緒に暮らそうと、仰ってくれて……」
「それは、つまりプロポーズ?」
 私の言葉にヘンリエッテは小さくはいと答えた。
 その顔は更に赤くなっている。ヘンリエッテは意外と恥ずかしがり屋だ。
 そんなヘンリエッテに、アルフレートは夜毎ピーがピーでピッピッー的なセリフを言わせているのかと思うと、ちょっと遠い目をしてしまう。

「それで、ヘンリエッテはプロポーズを受けたのね」
 気を取り直して尋ねると、ヘンリエッテは赤い顔のまま幸せそうに笑った。
「おめでとう、ヘンリエッテ」
 相手があの変態だと思うと複雑な心境だけど、私がとやかく言う事ではない。
「ありがとうございます」
 幸せそうに笑うヘンリエッテに、私も自然と笑顔になった。 
 なんだか最近声が掠れ気味な気もするけど、ヘンリエッテが幸せならそれでいい。
 末永く、お幸せに。


 身支度を終えた私は司書室へ向かった。
 活字中毒の私は料理の本以外にも、ヤーナお勧めの小説を借りるようになり、感想を言い合う内に前よりも仲良くなっていた。
 今日は新しく入ってきた本に蔵書票を貼る手伝いをする約束をしていた。
「そうなんです。イサキオス先生の作品の魅力は、荒唐無稽ながらもそんな世界もあるのかもと思わせる緻密な設定。そしてそれを活かして余りある登場人物の感情描写。もう全てが完璧としか言いようがないんです」
 糊付けした蔵書票をぎゅうぎゅう押さえつけながら、ヤーナが同じぐらいの圧で力説してきた。
「最後、星に帰るニフタをアフトクラトルが何も言わず見送るシーンがまたいいんですよね。私、読んでいて目の前にその状況が見えました。むしろ私もアサナシア山にいました」
 私も小説のワンシーンを思い出しながら、蔵書票をぎゅうぎゅう押さえつける。
「分かります……」
 ヤーナの言葉を最後に、司書室に静寂が戻った。ヤーナも私同様、意識がアサナシア山に飛んでいるんだろう。

「せっかくセシィーと仲良くなれたのに、もうすぐお別れなんですね」
 しばらく無言で糊付け作業を続けていると、ヤーナがポツリと呟いた。
「そうですね。魔物討伐が終われば、私は聖女ではなくなりますから」
「お城を出た後は、どうするんですか?」
「まずは王都で仕事探し、でしょうか。料理屋で働きたいと思っているんですが、どんなお店があるのかも知らないので、食べ歩く所から始めないといけないかもしれません」
 いきなり小料理屋を開く資金は無いので、まずは地道にコツコツ頑張りたい。
「良かった。討伐後の聖女はナチャーロの森に向かう事が多いそうなので、セシィーもそうなのかと思っていました。王都にいるなら、また会えますね」
「またお勧めの本を教えてください」
「はい、ぜひ!」
 私達は微笑みあいながら蔵書票を貼っていく。おしゃべりしていても手は止まらない。
「ねえ、ヤーナ。ヤーナは今幸せ?」
「はい、とても」
 私の唐突な質問に、ヤーナは戸惑いながらもにっこりと笑顔で答えてくれた。
 頬を染めてにこにこと笑うヤーナを見れば、ノヴァーク兄弟と仲良くやっているのは一目瞭然だ。
 目の下のクマは読書だけのせいではないんじゃないかと思われたけど、ヤーナが幸せならそれでいい。
 末永く、お幸せに。


 蔵書票を貼り終えた私はヤーナと別れ、食堂の裏口へと向かった。
 今日の夕食はカレーと聞いている。きっとオリアが大量のじゃがいもと格闘している頃だ。
「あ……聖女、さま……」
 予想通りじゃがいもの山に埋もれる様にして、オリアが皮剥きをしていた。
「お手伝いがあればと思って来たんですが……」
 いつもは危うい手付きなのに、今日のオリアは超スピードだ。次から次へとじゃがいもの皮は剥かれ、もう残り僅かとなっていた。少し皮が厚い気もするけど、オリアが覚醒している。
「もう……終わり、ますから……大丈夫っ、です……」
 荒い息遣いで話すオリアの瞳は潤み、なんだか顔も赤い。
「風邪ですか?」
「いえ、違ぁあっ……ゴホッゴホッ……大丈夫、です……」
 わざとらしい咳に、私は思い出してしまった。
『そんなにスライムが好きなら、一日中つけてたらどうだ?ほら、こことここにも、くっつけといてやるよ』
 そう言ってレフに小さなスライムを身体につけられたまま、一日過ごすシーンがあったような。
『あっ、やっ……ナカにっ……』
『濡れれば濡れるほど、ナカで大きくなるからな。あんまり感じすぎない様に気をつけろよ』
 とかなんとか言っていたような。

「あのっ、もうすぐ、レフ様も……来て、くれますからっ……聖女様の、お手伝いは……」
 切な気な顔で見上げられて、思わず後退ってしまった。
「レフ様が、来てくださるんですね。ええと、本当に、大丈夫ですか?」
 それはもう、色んな意味で。
「……大丈夫、です」
 語尾にハートマークが付きそうな調子で答えられ、私はもう何も言えなかった。
 色々全て心配だけど、オリアが幸せならそれでいい。
 末永く、お幸せに。


 手伝う事が無くなった私は、ぶらぶらとお城の中を見て歩いた。
 魔物討伐はあと数回で終わると聞いている。私がお城の中を歩けるのもあと僅かだ。
 お城を出たらもうここに戻る事はないだろうから、今の内に色々見ておきたかった。
 セシィーも木田晴香も、望んでここに来た訳ではないけれど、ここで過ごした日々を思うと少しだけ寂しかった。

 目に焼き付けるように色々見て回ったけど、私が立ち入れる場所なんてたかがしれている。
 あっと言う間に行く場所が無くなってしまった私は、少し迷ってから鍛錬場へ向かった。
 この時間、剣士の皆さんは鍛錬場で打ち合いをしている。
 ヴィンセントは、魔物と戦うのに人と打ち合うと勘が狂うと言って、裏手で一人剣を振る事が多いらしい。
 邪魔をしたくなくて見に行った事はなかったけど、お城を出る前に一度、剣を振るヴィンセントを見ておきたかった。

 鍛錬場裏に近づくと、ひゅんひゅんと剣が風を切る音が聞こえ、黒髪の剣士が舞うように剣を振っていた。
 気づかれないようにそっと近づく。やはりヴィンセントだ。
 邪魔にならないよう少し離れて見つめていると、突きを繰り出してからくるくると剣を回し、すとんと剣を鞘にしまった。
「……セシィー」
 嬉しそうに笑いながら振り返り、ヴィンセントが私の名を呼んだ。どうやら近づく私に気づいていたようだ。
「ヴィンセント」
 私もその名を呼びながら、ヴィンセントの元へと駆け寄る。
 きっと、私の顔もヴィンセントと同じように、嬉しそうに笑っているんだろう。
 魔物討伐が終わり、聖女でなくなった私がどうなるかは分からないけど、今が幸せならそれでいい。
 どうか、末永く幸せに過ごせますように。
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