あなたが側にいてくれるから

白玉しらす

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 私は基本諦めがいい。
 ジェイクがステファニーを好きなら、それは仕方のない事だ。
 私に出来ることは、お世話になったジェイクの幸せを願う事だけだ。

「おはよう。具合はどう?」
 朝になり救護室に入ると、ジェイクはぼんやりとした顔をして起きていた。
「だいぶいい」
「まだ熱はありそうだけどね」
 熱を測るまでもなく、まだ熱っぽい顔をしている。
「ご飯は食べられそう?」
「ああ」
「トイレは?連れて行こうか?」
「一人で行けるから大丈夫だ」
「そう。じゃあ朝ごはんを食べたら、身体を拭いてから傷の手当てをしよう」
「なあ、エレノア」
「何?」
 起き上がったジェイクに水を渡しながら言うと、ジェイクが難しい顔で私を呼んだ。
「昨日、俺は何か……変な事しなかったか?」
「変な事……」
 それは私を抱きしめて首筋にちゅっちゅとキスした事だろうか。
 私に聞くと言う事は、やっぱりジェイクは夢うつつだったんだろう。
「ずっと寝てたけど、どうかした?」
 真実を知った所で嫌な気持ちになるだけだ。黙っておくのが優しさだろう。
「いや……」
「ちょっと待ってて。ご飯持ってくるから」
 納得してなさそうなジェイクは放っておいて、私は朝食を取りに行った。


「じゃあジェイク。とりあえず着てる物全部脱いで、裸になって」
「なんでだよ」
 食事を終えたジェイクに声をかけると、裏返り気味の声で文句を言われた。
「汗かいてるだろうし、身体拭かないと気持ち悪いでしょ?」
「自分でやれる」
「背中は拭きにくいよ?」
「むしろもう風呂にも入れる」
「うーん、まだ熱はあるんだけどなあ」
 布団の中、起き上がっているジェイクの首を触って確かめていると、すぐ近くにあるジェイクの顔が物凄く怖い顔をしていた。
「え?あ、ごめん」
 ちょっとペタペタ触り過ぎてしまったかもしれない。
「エレノアは、俺じゃなくてもこんな風なのか?」
「こんな風って?」
「……危ない」
「何が?」
「……危ない」
「だから何が」
「……」
 ジェイクは怖い顔のまま私を睨みつけると、何も言わないで布団に潜り込んでしまった。
「え?身体拭くのはどうするの?」
「後で風呂を貸してくれ」
「入る元気があるならいいのかなあ」
 そのまま布団から出てこないところを見ると、お風呂の前に眠るんだろうか。
「じゃあ、お風呂の用意してくるから、何かあったらベルを鳴らしてね」
 返事のないジェイクを残して、私は救護室を後にした。


「まだ熱はあるんだから、もうちょっと休んでいきなよ」
 ジェイクの熱は夕方にはだいぶ落ち着いていたけど、まだ熱っぽさは残っていた。
 それなのに、ジェイクはもう帰ると言って聞かなかった。
「ジェイクも一人暮らしでしょ?何かあったら危ないよ」
「ここにいる方が、何かありそうで危ないんだよ」
 疲れた顔のジェイクに言われ、私はそれ以上何も言えなかった。
 お風呂に入るジェイクに背中を流そうかと声をかけたら怒られ、お昼ご飯を食べさせてあげようとしたら怒られ、血の巡りを良くするためにマッサージをしようとしたら怒られていた。
 父さんが死んでから一人で暮らしていたから、誰かのために何かをする事が嬉しくて仕方がなかった。相手がジェイクなら尚更。
 空回りする私に、ジェイクも我慢ならなくなったんだろう。
「もう何もしないから、せめて今晩までは泊まっていってよ」
「エレノアが何もしなくても俺が……いや、とにかく、もう熱もほとんどないし、家でゆっくり休む」
 やっぱり、私がいるとゆっくり休めないんだろう。怪我をさせたうえ、看病もまともにできないなんて、役立たずもいいところだ。
「せめて家まで送らせて。倒れないようにしっかり身体を支えていくから」
 私の言葉にジェイクが険しい顔になった。
「それはまずい」
「父さんの看病で鍛えられているから、人を支えて歩くのは得意だよ」
「そう言う意味じゃない」
 じゃあどう言う意味なんだ。
 ジェイクを支えて歩く私を思い浮かべて気がついた。
 寄り添って歩いているのを他の人に見られて、誤解をされたらまずいんだろう。
 ステファニーの耳に変な噂が入ってしまうかもしれない。
「分かった。迷惑ばかりかけて、ごめんなさい」
 私がジェイクに出来る事なんて何もない。だからこれ以上引き止める事は諦めた。
「別に迷惑なんかじゃない」
「元気になったら……ううん、なんでもない。本当に一人で帰れる?無理しないでね」
 何かお礼をさせてと言おうとしたけど、多分私が何をしてもジェイクには負担にしかならないだろう。
「また山に行く時は言ってくれ。次はこんなヘマはしないから」
「うん……」
 次からはシネンセの実を持ち歩くから大丈夫だよ。
 そんな言葉は飲み込んで、私はジェイクを見送った。


 ジェイクに怪我をさせてから十日が経った。
 こめかみの引っかき傷も殆んど消え、元気を取り戻したジェイクは、クエストを受けて旅立っていった。
 お得意さん達は軒並み長期クエストに行ってしまったし、よその街からの依頼も納品を済ませたばかりで、新たな依頼は入っていなかった。
 正直な話、魔法薬はそんなに売れる物でもない。
 効果が現れるまでに時間がかかってもいいなら、魔法薬じゃなくても普通の薬で事足りる。
 魔法と言う工程が増える分だけ高くなる魔法薬は、ここぞと言う時のために用意する人が多い。
 買ったはいいけどもったいなくて使えない、なんて事はよく聞く話だ。
 在庫は十分揃っていてお客さんも来ないとなると、やる事はそんなになかった。
 薬草の手入れは自然に任せていてもそれなりに育つ物がほとんどだから、大したことはしなくていいし、店の掃除も暇だからしょっちゅうしていてすぐに終わってしまう。

 暇な私は店先で魔法薬学書をペラペラめくりながら、ぼんやりと考え事をしていた。
 考えるのはジェイクの事ばかりだ。
 ジェイクが家に泊まったのは一晩だけだったけど、誰かが家にいるのっていいなと思った。
 一人の暮らしも好きだけど、やっぱりどこか寂しい。
 ジェイクに抱きしめられた時の事を思い出せば、もっとあの温もりに包まれていたいと思った。
 あの日から、私はどうしようもなく人恋しくなってしまっていた。
 ジェイクの事はもう諦めた。
 ジェイクじゃなくていいから、私を必要としてくれる人に側にいて欲しかった。
 いっそお見合いとかしてみようか。
 でも、お見合いってどうやってするんだろう。
 なんとなく、心配した親が話を持ってくるイメージがあるけど、私には親がいない。
 ジェイクのおばさんに相談したら、どこかからいい話を持ってきてくれないだろうか。
 おばさんは私をとても可愛がってくれている。おばさんが選んでくれた人なら、間違いない気がする。


 そんな事を取り留めもなく考えていたら、お店のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
 反射的に声をかけながら、音の方向に顔を向ける。
 ドアから入ってきたのは、見た事のない初めてのお客さんだった。
 私より十歳ぐらい年上だろうか。柔らかそうな薄茶色の髪が、外からの風でふわふわと揺れている。
 金色の瞳が私を捉えたと思ったら、優しそうな微笑みを浮かべた。左目の下のほくろがとても印象的だ。
「君がエレノア?」
「そうですけど」
 私の返事に、その人は嬉しそうに笑った。笑うとどこか子供っぽく見えて、実際の年齢が分からなくなった。
 なぜ私の名前を知っているんだろう。魔法薬師として、私も名前が知られるようになってきたなら、凄く嬉しい。
「ちょっと商品を見せてくれないかな?」
「はい、こちらになります」
 私が商品リストを手渡すと、お客さんはにこりと笑顔を向けてから受け取った。
 着ている物も所作もスマートで、どこか大きな街から来たのかなと思った。
「凄いね、魔力回復薬も作れるんだ」
「受注生産になるので、お時間いただきますけど」
「一人で店をやっているんだよね。女の子一人での商売は大変でしょう」
「え?あの……」
 謎のお客さんは商品リストを私に戻すと、優しげな微笑みを浮かべながら私を見つめた。
「私はね、他の誰でもない。エレノア、君を迎えに来たんだ」

 これが、全ての始まりだった。
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