上 下
4 / 18

3

しおりを挟む
 山に向かって、ジェイクと並んで村の坂道を歩く。
 お店が建ち並ぶ通りは、まだ朝早い時間なので人通りは少なく、自然と口数も少なくなる。
 黙々と歩いていくと、雑貨屋が見えてきた。ジェイクがご執心の看板娘、ステファニーがいるお店だ。
 先日、雑貨屋の前を通りがかった時に、私は見てしまった。
 窓ガラス越しだから何を話しているのかは分からなかったけど、ステファニーの言葉にジェイクが頬を染めていた。
 私に向けられる不機嫌そうな顔とは全く違う、照れたような顔に、あーと思った。
 正直面白くなくて、そう思うことにも、あーと思った。


 父さんが倒れた時私は十四歳で、魔法薬師になる勉強はしていたけど、まだまだ基礎的なことが分かるかどうかな状態だった。
 父さんとの別れがいつくるか分からない中、私は必死に勉強した。家事や看病、お店の事を手伝いながらの勉強だったから、遊んでいる暇なんて無かった。
 元々少なかった友達とも疎遠になり、気がつけば一番身近な存在が、いつも無愛想なジェイクと言う状態だった。
 ジェイクは無愛想ではあるけれど、今日みたいに困った時はいつも助けてくれたし、いて欲しいと思う時、いつも側にいてくれた。
 それはおじさんおばさんに言われての事なのかもしれないけど、私は嬉しかった。
 ステファニーに向けられた、恋する顔を見てようやく自覚した。
 どうやら私は、ジェイクの事が好きらしい。


 雑貨屋の前を通り過ぎる時、ジェイクがお店の方を向いた。
 釣られて私も見ると、窓ガラスに映るジェイクの口元が少し綻んでいた。
 あー。
 ため息のような心の声は、これで何度目だろう。
 ジェイクも年頃だもんねー。青春だねー。うまくいくといいねー。と言うか、ひょっとしてもう付き合ってるのかなー。
 そんな事を考えていると、ジェイクに名前を呼ばれた。
「もう直ぐ、誕生日だな」
「誰の?」
 心の中がもやもやして、今は誰の誕生日も祝う気になれなかった。ちょっと棘のある言い方になってしまったかもしれない。
「誰って、エレノアに決まってるだろ」
 困惑するジェイクに申し訳なく思った。ジェイクにはジェイクの人生があるんだから、八つ当たりしても仕方ない。
「まだ一月も先だよ。それにしても、ジェイクって人の誕生日ちゃんと覚えていて偉いね」
「別に、みんな覚えてる訳じゃない」
「でも、私の誕生日は毎年覚えていてくれるよ?」
「……まあな」
「他に祝ってくれる人なんていないから、結構嬉しかったんだよね」
「そうなのか」
「今年もありがとう」
「いや、今年は……」
「うん、もうおめでたいような年でもないしね。プレゼントはいらないよ」
 途中で言い淀むジェイクに代わって、私が言葉を続けた。
 ついでに買っただけだとか言って、いつも誕生日にはお菓子やお肉やパンとか、山のようにくれていたけど、ステファニーといい感じの今、余計なお金を使っている場合ではないだろう。
「いらないって、なんだよ」
「これでも最近はお店も順調なんだよ。食べる物にはもう困ってないから」
 魔法薬は作る人によって仕上がりが大きく変わる。お客さんはお店ではなく、人につく商売だ。
 父さんが死んで、私の名前だけで切り盛りするようになった頃は全然お客さんが来なくて、かなりの貧乏暮らしだった。
「ジェイクが販路を広めてくれたおかげだよ。本当にありがとう」
 街の冒険者には認められるようになった頃、ジェイクがクエストのついでだと言って他の街に魔法薬を売りに行ってくれた。
 後から知った事だけど、最初はなかなか売れなくて、ジェイクが自分で買い取ってギルドに無償提供してくれていたらしい。
 そこから徐々に売れるようになって、今では定期的に依頼が来るまでになった。
「そうじゃなくて……」
「何度も断られているけど、売上の一部をジェイクに納める話、いつでも言ってくれればそうするからね。なんだったら遡って支払うし」
「そんな必要はないって、いつも言ってるだろ」
「でも、これから何かと入り用でしょ?」
「これから?何かあるのか?」
「それは、ほら」
 私と同い年のジェイクだってもういい年だ。お付き合いの先に結婚と言う話も普通にあるだろう。
「とにかく、私はジェイクには凄く感謝してるの。ジェイクあっての私だと思ってるぐらい」
 何となく、結婚の話はしたくなくて話を逸らすと、ジェイクはむすっとした顔で私を睨んできた。
「俺が好きでやった事だから、気にするな」
「好き?」
 とてもそんな顔には見えなくて、ジェイクの顔をじっと見つめてしまった。
「よその街とは言え、ギルドに顔を売れて都合がよかったんだよ。別にエレノアのためにやった事じゃない」
「そうなんだ」
 顔を背けて不機嫌そうな声で告げられた事実に、少しだけ寂しく思ってしまった。
 私のためにがんばってくれたと勘違いしていた。
「でも、私が助かったのは事実だから、ありがとう」
「違う、本当は……」
「待って!」
 話している内に私達は山の中に入っていて、ジェイクの後ろでアオトカゲが動くのが見えた。
 ジェイクを退かしつつ、腰袋からナイフを取り出し柄を掴む。
 そのまま回転をかけながら前方に投げると、運良く木に縫い付けるようにアオトカゲを刺すことができた。
「凄いな」
 感心するように呟くジェイクを残して、アオトカゲの元へ急ぐ。
 激しく暴れるアオトカゲを手で押さえ、素早くナイフを引き抜くと、柄の先で頭を潰した。
 革袋に入れてリュックに詰めるまでを、ジェイクは何も言わないで見ていた。
「いつも上手くいく訳じゃないんだけどね。ほら、買うと高いから」
 魔法薬の主原料は薬草だけど、種類によっては動物由来の原料もつかう。
 普段はお店で買って済ませているけど、山で見かけたら手に入れたくて、あれこれ試している内にナイフ投げが上手くなってしまった。
 女子として、トカゲを殺す姿を見られた事がちょっと恥ずかしくて、私は誤魔化すように山の奥へ向かった。
「じゃあ、私はこの辺で薬草取ってるから」
 護衛と言っても、警戒すべきは人だけだ。別にぴったりくっついて貰わなくても大丈夫だろう。
 ジェイクもそう考えているのか、私とは少し距離を取って自分でも薬草を探してくれているようだった。
 そう言えば、クエストから帰ってくると、途中で見つけたからと言って、よく薬草を持って帰ってくれていたな。
 口では自分のためと言っているけど、ジェイクは根が優しいんだろう。

 かっこよくて冒険者としても優秀で、おまけに優しくて。ステファニーだって、きっとジェイクの事が好きなはずだ。
 だって、お店で頬を染めるジェイクを見て、ステファニーも嬉しそうな顔で飛び跳ねるように喜んでいた。
 ジェイクも無愛想なのは私に対してだけで、好きな子の前では愛想良かったりするのかな。
 ステファニーは茶色の巻き毛がよく似合う小柄な子で、雑貨屋の看板娘だけあっていつもお洒落でお化粧も程よい感じで、お客さんに合わせた接客とか商品の目利きとか、若いながら商売の才能もあって、その上性格も明るく裏表がなくて。うん、好きにならない理由がない。
 それに引き換え私はどうだ。
 山に行くから仕方ないとは言え、男物のズボンにやたらポケットのついた長袖の上着。
 日に焼けると火傷したみたいになっちゃうから、帽子の下にタオルを被り、完全に木こりのおじさんな格好だ。女性で例えるなら、きのこ取りに行くお婆ちゃんだ。
 あー。
 私は脳内でため息をつきながら、薬草をぶちぶちと引き抜いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

【完結】「幼馴染が皇子様になって迎えに来てくれた」

まほりろ
恋愛
腹違いの妹を長年に渡りいじめていた罪に問われた私は、第一王子に婚約破棄され、侯爵令嬢の身分を剥奪され、塔の最上階に閉じ込められていた。 私が腹違いの妹のマダリンをいじめたという事実はない。  私が断罪され兵士に取り押さえられたときマダリンは、第一王子のワルデマー殿下に抱きしめられにやにやと笑っていた。 私は妹にはめられたのだ。 牢屋の中で絶望していた私の前に現れたのは、幼い頃私に使えていた執事見習いのレイだった。 「迎えに来ましたよ、メリセントお嬢様」 そう言って、彼はニッコリとほほ笑んだ ※他のサイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

私に毒しか吐かない婚約者が素直になる魔法薬を飲んだんですけど、何も変わりませんよね?そうですよね!?

春瀬湖子
恋愛
ロヴィーシャ伯爵家には私ことクリスタしか子供がおらず、その為未来の婿としてユースティナ侯爵家の次男・テオドールが婚約者として来てくれたのだが、顔を合わせればツンツンツンツン毒ばかり。 そんな彼に辟易しつつも、我が家の事情で婚約者になって貰った為に破棄なんて出来るはずもなく⋯ 売り言葉に買い言葉で喧嘩ばかりの現状を危惧した私は、『一滴垂らせば素直になれる』という魔法薬を手に入れたのだが、何故かテオドールが瓶ごと一気飲みしてしまって!? 素直になれないツンデレ令息×拗らせ令嬢のラブコメです。 ※他サイト様にも投稿しております

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

大好きな幼馴染と結婚した夜

clayclay
恋愛
架空の国、アーケディア国でのお話。幼馴染との初めての夜。 前作の両親から生まれたエイミーと、その幼馴染のお話です。

騎士団長の幼なじみ

入海月子
恋愛
マールは伯爵令嬢。幼なじみの騎士団長のラディアンのことが好き。10歳上の彼はマールのことをかわいがってはくれるけど、異性とは考えてないようで、マールはいつまでも子ども扱い。 あれこれ誘惑してみるものの、笑ってかわされる。 ある日、マールに縁談が来て……。 歳の差、体格差、身分差を書いてみたかったのです。王道のつもりです。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

処理中です...