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「どうかしたのか?嬢ちゃん」
 ギルドの掲示板の前で悩みに悩んでいると、見知らぬ男性に声をかけられた。
「いえ、大丈夫です」
 見た感じ冒険者と思われるその人に、冒険者を雇うのって高いですねとは言えず、私は曖昧に笑って済ませた。
「大方、依頼したいけど相場が高いからどうしようか迷ってんだろ」
「そう言う訳では……」
 的確に言い当てられて言葉に詰まってしまった。
「正規のルートだとギルドの取り分も上乗せされるから、どうしても高くなるんだ。困り事があるなら、俺に言ってくれれば相談に乗るぜ」
 距離を詰め、声を潜めて畳み掛ける所を見ると、これはよろしくない提案なんだろう。

「直接契約なんて、冒険者ならみんなやってる。心配する事はない。それにギルドに依頼するにしても、頼み方によっては安く済むから、話すだけでも嬢ちゃんの得になると思うぜ」
 得と言われ、思わず目の前の冒険者をじっくりと観察してしまう。
 職業柄、冒険者の人とはよく接するけど、目の前のこの人も別段悪い人には見えなかった。
「実は山に一緒に行ってくれる人を……」
「待った待った。ここで話すのはさすがにヤバい。話すなら隣の酒場にしよう」
「え、あの……」
 ぐいっと腰を引かれ、そのまま引っ張られるようにギルドの玄関に向かう。
「嬢ちゃんみたいに可愛い子の頼みだ。安くしとくぜ」
 耳元で囁かれてぞわぞわと鳥肌がたった。見上げて冒険者の顔を見ると、先日山で遭遇した人と同じ目をしていた。
「ここで話せないような事ならお断りします」
 大声で叫んだつもりなのに、実際発せられた声は、羽虫が泣くようなか細いものだった。
 自分で思っている以上に、先日のアレは堪えているらしい。
「だーいじょうぶだって。悪いようにはしないさ」
 にやつく冒険者にこれ以上何か言うのは諦めて、外に出たら全速力で逃げようと決める。

「エレノア」
 逃げ込む先を考えていると、後ろから名前を呼ばれた。
 冒険者が足を止めたので、私も後ろを振り返ると、いつからいたのかジェイクが怖い顔をして立っていた。
「知り合いか?」
 冒険者に聞かれて、私はこくこくと首を縦に振った。助けを求めるにはジェイクの顔が怖すぎる。もう早く走って逃げたかった。
「嬢ちゃんに用なら俺が先約だ。またにしな」
 助けを求めない私に気を良くしたのか、冒険者は勝ち誇るように手をひらひらと振ってまた歩きだした。
「直接契約は禁止されている。バカなことはやめろ」
 ジェイクのよく通る声が、ギルド内に響き渡った。受付カウンターのお姉さんが不審顔でこちらを見ている。
「何の話だ?俺はただ、嬢ちゃんの相談に乗るだけだ」
 動揺しないで言ってのける所をみると、この手のことには慣れているんだろう。冒険者はジェイクの言葉を気にすることなく、私を引っ張っていく。
「お前には言っていない。エレノアに言ったんだ」
 ジェイクの言葉が終わる前に、気がつけば視界がくるっと回り、いつの間にかジェイクの腕の中に収まっていた。
「おいっ!俺が先約だって言っただろ!」
「行くぞ」
 冒険者の言葉は無視して、ジェイクが足早に歩きだし、私は抱えられるようにしてギルドを後にした。


 ジェイクは無言でずんずん進む。どこに向かっているんだろう。何も言わない所を見ると、相当怒っているようだ。
「あのー、ジェイク」
「なんだよ」
 不機嫌そうな声はいつも通りで、ちょっと安心した。
「この距離は、恋人みたいで恥ずかしい」
 私の発言にジェイクはじっと私を見下ろし、そして突き飛ばすように私を腕の中から追いやった。
「エレノアが変な奴に引っかかるのが悪いんだろ」
 助けて貰ったのは事実だけど、腰を抱いて歩く必要はなかったんじゃないか。
 そう思ったけど、そんな事を言ったらまた文句を言われそうなので、黙っておくことにした。
「一応、玄関を出たら走って逃げるつもりだったんだけど……でも助けてくれてありがとう」
「ああ言う時は、すぐにギルドの職員に助けを求めろ」
「あー、そうだね。次からはそうする」
 久しぶりに一緒に歩けて嬉しかったけど、相変わらずジェイクは不機嫌そうなので、さっさと逃げた方が良さそうだ。
「それじゃあ、またお店にも来てね」
「ちょっと待て」
 笑顔で別れの挨拶をすると、鋭い眼光で睨まれた。
「な、何?」
 鬼気迫るジェイクに、思わず怯んでしまう。
 ジェイクにもそれが伝わったのか、ちょっと困ったような顔をした。
「怖がるなよ。エレノアに怒ってるんじゃない。自分に腹を立ててるだけだ」
「なんで?」
「なんでって……」
 言い淀むジェイクをじっと見つめる。
 子供の頃は同じような背丈だったのに、今では私より頭一つ分以上背が高くて、身体付きもがっしりとしてしまった。
 日に焼けている所は昔と変わらないけど、すっかり冒険者な見た目だ。
 軽装で剣をぶら下げてギルドにいたと言うことは、依頼を受けに来たか報告に来たか、今はクエスト中ではないんだろう。
 風に揺れる灰色がかった茶髪は、無造作ながらも程よい長さに切られ、濃紺の瞳がじっと私を見つめていた。

「え、何?」
 気がつけば黙って見つめ合っていたことに驚いて声を出すと、ジェイクはさっと目を逸らして明後日の方を向いてしまった。
「とにかく、困り事があるんだろ?あんな胡散臭いやつに話す前に、まずは俺に相談しろよ」
「でも、ジェイクも忙しいでしょ。今度はちゃんと受付カウンターで相談するからいいよ」
 最近のジェイクが冒険者として名も知られ、指名も多い人気者である事を私は知っている。
 更に言うと雑貨屋の看板娘、ステファニーにご執心な事も知っている。
 何かと忙しい若者の邪魔をするのは良くないだろう。
「気にかけてくれてあり……」
「エレノアに何かあったら、オヤジにどつかれる」
 お礼を言っている途中で、ジェイクが必死な顔で訴えてきた。
 確かに、ジェイクのおじさんとおばさんは私の事を大変かわいがってくれている。
 二年前、唯一の肉親である父さんが死んでからは、親代わりの様に気にかけてくれていた。
 おばさんに至っては、お店にくるたび「エリーが娘になってくれたらいいのに」と言ってくれる程だ。

「ジェイクは関係ないと思うけど」
「いや、違う。その、俺も、俺が……」
 どんどん小さくなるジェイクの声は、雑踏の喧騒に掻き消されてほとんど聞こえなかった。
「俺が相談に乗るって言ってるんだから、エレノアは遠慮するな」
 ようやく大きな声を出したと思ったら、遠慮するなと言っておきながら、不機嫌な顔でそんな事を言ってきた。
「うーん、でも……」
「そこの食堂で昼飯奢ってやるから」
 相談したらなんか怒られそうな気がして返事を渋っていると、大変魅力的な提案がなされた。
「今ならデザート付きだ」
「そんなにおじさんにどつかれるのが嫌なの?」
「……いいから、行くぞ」
 私の質問には答えず、ジェイクはさっさと歩き出してしまった。
 さっきの冒険者と違って、ジェイクは子供の頃からの付き合いな訳で、奢ってくれると言うならついていってもいいだろう。
 大股で進むジェイクにおいて行かれないように、私は小走りで後を追った。 
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