勇者の中の魔王と私

白玉しらす

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後日談

勇者の書 ※オスカー視点

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「オスカー、頑張ってね」
 ふわりと笑うニナは、心臓が痛くなるぐらい可愛かった。
 花冠を頭に乗せ、緩く両側で編み込んだ髪型は初々しく、レースをふんだんに重ねた白いワンピースは汚れを知らない乙女のようだった。
「かわいいな。妖精かと思った」
 俺が素直に褒めると、ニナは途端に嫌そうな顔をした。
「いい大人がする格好じゃない」
「でも似合ってる」
「そう、かなあ」
 ニナは自分の姿を確認しながら首を傾げている。
 花冠が落ちそうだ。
「俺が貰うまで、落とすなよ」
 ずれた花冠を直しながら俺が笑いかけると、ニナは嬉しそうに笑った。
「怪我しないでね」
「ああ、任せておけ」
 しばらく微笑み合ってから、ニナは観覧場所へ戻っていった。
 軽やかに階段を登り、花で飾られた椅子に座る姿を見つめていると、嫌な声が聞こえてきた。

「そんなに周りを煽って、決勝戦まで来られるかな?」
「何の事ですか?魔術師団長」
 すっかり笑顔も消えて、忌々しげに尋ねる。
「二人の仲を見せつけちゃって。見てごらん、他の出場者の顔を。刺し違えてでも魔王を倒すって書いてあるよ」
 周囲を見回すと、殺気だった視線が向けられていた。
「半分以上はあなたに向けられているようですが」
「どうだろうねえ……くれぐれも、決勝戦に進む前に敗退しないでくれたまえよ。どうせ打ち負かすなら、君がいいからね」
「ニナは渡さないし、勝って約束の物も頂きます」
「本当に、いやらしい男だね」
 魔術師団長は愉快そうに笑うと立ち去っていった。


 遡る事一月程前、たまたまなのか会いに来たのか、鍛錬場で鍛錬をしていると魔術師団長が声をかけてきた。
「オスカー君は剣術大会の優勝候補なんだって?」
「一応、そうですね」
「素っ気ない返事だね。まあいい、もし決勝戦で私と戦う事になったら、ニナ君を掛けて戦わないか?」
 俺は無言で礼をすると、そのまま立ち去ろうとした。
「もちろん、掛けるのはニナ君だけじゃない。私はこれを掛けよう」
 魔術師団長の声に後ろを振り返ると、綴じられた紙の束をひらひらさせていた。
「代々の勇者が受け継いできた『勇者の書』だよ。君が勝ったらこれを譲ろう」
「何ですか、それは」
「大きな声では言えないからね。もうちょっと寄ってくれないかな?」
 そのまま立ち去ろうかとも思ったが、代々の勇者と言われれば聞いた方がいいような気もした。
 俺が近くまで戻ると、魔術師団長は声を潜めて話しだした。
「これはね。各代の勇者が、心血を注いで組み立てた術式をまとめた物だよ。世に出ては危険な物も多々ある」
「それはつまり……」
 俺も勇者だからか、それだけの説明で全てを察した。
「例えば、指先に微細な振動を起こす魔法。初めて使う時の女性の狂い様は見ていて楽しいよね。紐を自在に操る魔法は拘束するだけじゃなく、第三の手として使うのもお勧めだ。そう言う意味では淫性スライムの生成魔法も使い勝手はいいよね。服を着ていても裸に見える魔法は、人様に迷惑をかけずに露出プレイが楽しめて、嵌まると止められなくなる。私のお気に入りは、感じると母乳が出るようにする魔法かな。普段より胸がパンパンに張るのもいいし、イかせると母乳を噴出させて、自分にビシャビシャかかると達成感が得られるよね。言葉攻めとも絡めやすいし……何かな?その手は」
 気がつけば、無意識の内に手を差し出していた。
「代々受け継がれてきた物なら、俺にも受け取る権利があるはずです」
「私と前々代は仲が悪くてね。私がこれを受け取ったのは前々代が亡くなった後なんだよ」
 暗に、俺にもすぐは渡さないと言っているんだろう。
「欲しければ、君はニナ君を掛けなよ」
「自分の欲望の為にニナを差し出せと?そんな真似、する訳無いでしょう。失礼します」
 これ以上魔術師団長の顔を見たくなくて、俺はその場を立ち去った。

 その翌日、俺は魔法運営室に呼び出された。
 魔兵科と運営室は行き来があるので、魔兵が呼び出される事に問題はない。
 しかし、昨日の今日での呼び出しに嫌な予感がした。
 ノックをして入室すると、そこには女性に囲まれた魔術師団長がいた。
「花嫁を巡る勇者と魔王の戦い……」
「団長もたまにはいい事を言いますね」
「大舞台に負けない様に、ニナを着飾らせないと。腕がなるわ」
「勇者が勝っても魔王が勝っても、どう転んでもおいしいわね」
「残念ながら、まだオスカー君の了承が得られてなくてね。交渉は君達に任せるよ」
 嫌な予感は当たった。
 運営室の人達は、はっきり言って話が通じない。
 交渉も何も、押し切られるのが目に見えている。
 断っても断っても次々に話しかけられ、終いにはなんの話か分からなくなってきた。
「私が勝ったら、一晩ニナ君を貸してくれないかな」
 魔術師団長の言葉に殺気を放った時だけ、部屋に静寂が戻った。
 結局、魔術師団長には不埒な真似はさせない事を条件に、ニナを掛けて戦う事を受けてしまった。
 一緒に部屋を出た魔術師団長を睨みつけると、楽しげに笑っていて腹がたった。
「当然『勇者の書』も掛けてくださるんですよね」
「まあ、いいだろう。負ける気は無いしね」
「それはこちらのセリフです」
「今年の剣術大会は、楽しくなりそうだ」
 魔術師団長は機嫌良さそうに立ち去り、それを見た俺は聞こえるように大きく舌打ちをした。
 
 
 そして、剣術大会決勝戦。
 順当に勝ち進んだ俺は、魔術師団長と対峙していた。
「他の男とニナ君を取り合うような事にならなくて良かったよ」
 緩く剣を構えた魔術師団長は、隙だらけの様に見えて、一切隙が無かった。
 長年大会優勝者の地位についていただけの事はある。
 始まりの号令と共に俺は魔術師団長に斬りかかった。
 隙が無いなら作るしかない。
 打ち合いが続き、剣戟の音が響き渡る。
「ニナ君はいいよね。真っ白な紙に、インクをぶちまけた様な、歪さがある」
「余裕、ですね」
 同時に振りかざした剣がぶつかり合い、一瞬の鍔迫り合いになる。
「白い部分を探して黒く塗り込めたくなる」
 魔術師団長の軽口は無視して、身体の向きを変えながら足払いをかけると、軽やかに飛び跳ねて避けられた。
「ニナ君にはどの魔法がいいかな」
 魔術師団長は無防備に近づいてくると、剣先を合わせてきた。
 意図が分からず軽くいなしながら出方をうかがう。
「母乳を出させる魔法と、裸に見える魔法を重ねがけると最高なんだよね。歩いているだけでダラダラと母乳を垂らすニナ君を考えると……」
「やめろ」
 剣を弾きながら切り込むと、あっさりと受け止められ、打ち合いになる。
「私は、使えるんだよね」
「何の、話ですか」
「歴代勇者の、魔法だよ」
「それが、何か?」
「団長室で、ニナ君と、二人切りだと」
「殺す」
 打ち込まれた剣を受け止めると、そのまま剣を滑らせて鍔に引っ掛け、絡め取るように横に弾いた。
 魔術師団長が構え直す前に、大きく踏み込み、柄頭で胸を打ち付ける。
 よろめく魔術師団長に向かって、そのまま柄を軸にして回転させる様に剣を戻せば、剣先は首筋へと向かった。

「そこまで!」
 勝者を告げる号令に剣先を外すと、魔術師団長が呆れた顔で俺を見つめてきた。
「君ねえ、あんなに強く打ち込んで、私じゃなかったら死んでるよ」
「殺すと言ったじゃないですか」
「いたた、ほら、これ」
 魔術師団長は胸を押さえながら、防具の下から紙の束を取り出すと、俺に投げつけた。
「持って来てたんですね」
 受け取ったのは『勇者の書』だった。
 それなりに厚みがある。邪魔じゃなかったんだろうか。
「これを渡すために、もう一度君に会うのはご免だからね」
 最初から負けるつもりだったかの様な口ぶりだった。
「どう言う、つもりですか」
「さてね。優勝者のオスカー君は明日は休みでも、ニナ君は仕事だからね。差し障りが無い程度で頼むよ。ほら、花嫁が待ってる」
 魔術師団長の言葉に観客席を見ると、ニナが近くまで来ていた。
 俺は『勇者の書』をしまうと、ニナに駆け寄った。

「凄いね!オスカー」
 ニナは興奮で頬を赤く染めながら、花冠を差し出してきた。
「かっこよかった!」
 花冠を受け取りながら、俺の頭は汚れを知らない乙女の様な格好をしているニナを、ドロドロに汚す事でいっぱいだった。
「ニナ」
 俺が笑いかけると、ニナも嬉しそうに笑った。
 ニナを持ち上げて観客席から迎え入れると、そのまま抱きしめてキスをした。
 ねっとりとしたキスに、観客からは黄色い悲鳴や怒号が聞こえる。
 ニナがじゃれるように叩いてくるので、俺のキスは激しさを増した。
 もうこのまま押し倒してしまいたい。


「だから、人前であんなキスしないでって言ったでしょ」
 二人でニナの部屋に戻っても、ニナはまだ怒っていた。
「ニナが興奮していた様に、俺だって興奮していた。仕方ない」
「興奮の意味が違う気がする」
 むくれるニナは『村娘ニナ』の衣装のままだ。
 報酬としてニナが受け取り、俺が強く望んだので着替えずにいてくれた。
 清純な衣装を、早く精子まみれにしたい。
「ニナ……」
 俺が抱きしめると、ニナは少し躊躇った後、力を抜いた。
 これからの事を考えると、俺の身体は否が応でも反応してしまう。
 ニナを抱きしめたまま『勇者の書』の中でも一番簡単そうな、指先を振動させる魔法を発動させる。
 時間が無くてこれしか覚えられなかった。
「ニナ……」
 もう一度名を呼びながら顔を近づけると、ニナは目を閉じ、口を緩く開けて俺を待ってくれた。
 口を塞ぎ、舌を滑り込ませると、ニナから熱い吐息が漏れる。
 ……気のせいか、何だか野太い。
 違和感を感じながらも、キスをしながら胸を揉むと、ニナの身体はびくりと揺れた。
「んっ……んんっ……」
「ニナ?」
「え?何かおかしかった?」
 不安そうな顔で発せられた声は、どう聞いても魔術師団長の声だった。
「ちょっと、いや……ニナは変だと思わないのか?」
 混乱してニナの身体を突き放すように飛び退いてしまった。
「だから、何が?キス?胸?全部?」
 泣きそうな顔で聞かれて、大丈夫だと優しく抱いてやりたくなるけど、声は魔術師団長だ。勃つ気がしない。
「そうじゃ、ないんだ……」
 取り敢えず安心させようと抱きしめてキスをした。
 なぜこんな事になっているのか考えながら、いつもの癖で、スカートの中に手を滑らせて柔らかな太ももを撫で擦る。
 どう考えても、さっき発動させた魔法のせいだ。
 試しに指先に意識を向けると、微細な振動が起こった。
「あっ……えっ?な、にっ?やああっ」
 振動する指を割れ目に押し当てると、ニナは身体を大きくくねらせた。
「ひあっ……やっ、ああんっ……だ、めぇっ……」
 反応は素晴らしい。嬌声が魔術師団長の声と言う事以外は。
「ああっ、ああんっ……やあっ、あっ……あああっ!」
 何とか魔法の解除を試みるものの、俺の指は震え続け、ニナの口からは魔術師団長の喘ぎ声が紡がれ続けた。

「ニナ、すまない……」
 俺はニナから離れると、荷物の中から『勇者の書』を取り出してニナに差し出した。
「この魔法の解除を頼む」
 中途半端で止めるのは申し訳ないので、クリトリスをグリグリと押してイかせてはいた。
 今までに無いぐらい下着を濡らすニナは可愛かったものの、魔術師団長がイく声は聞きたくなかった。
 ニナは緩慢な動作で紙の束を受け取り、それが魔法の術式だと分かると飛び起きた。
「オスカーの指がブルブル震えていたのは、このせい?」
「……そうだ」
 ニナはパラパラと束を捲ると目を見張り、最後まで見終えると、じっとりとした眼差しで俺を見てきた。
「何これ」
「歴代の勇者が心血を注いで組み立てた術式を、まとめたものだ」
「……勇者の業の深さを感じる」
 ニナは汚い物を触るような顔で紙の束を見つめた。
「この魔法を使ったら、ニナの声が……魔術師団長の声になったんだ……」
「何それ」
 ニナは俺が指し示した術式を見ると首を捻った。
「私は特に変わったとは思わないし、術式も指を振動させる物だと思うけど……」
 術者だけに作用する魔法なんだろう。
 解除出来なかったらずっとこのままなのか?
「あ、凄い。巧妙に違う術式も組み込まれてる。魔法文字に二重の意味を持たせて、気づかれ無い様に二つの魔法を発動させるんだね。そう言う手法もあるにはあるけど、ここまで上手く隠してあるのは初めて見た」
「解除出来るのか?」
「解除するには、隠された術式を正確に読み解かないといけないから、ちょっと時間がかかるかも」
 ニナはそう言いながらも既に解読を始めているんだろう。
 さっきから一度も俺を見ない。
「オスカーは疲れてるでしょ。先に寝てて」
「いや……」
 解除出来たなら続きがしたい。
「先に、寝てて」
 有無を言わせぬニナの声、と言うべきか魔術師団長の声と言うべきか、とにかく俺は仕方なく布団をかぶった。
「あと、この本は私が預からせて貰うね」
 ため息を飲み込んで目を瞑ると、愉快そうに笑う魔術師団長の顔が脳裏に浮かんだ。
 何となく、魔術師団長はこうなる事が分かっていたような気がした。
「お休み、オスカー」
 ニナが俺に、優しく声をかける。魔術師団長の声で。
 俺は、布団の中でそっと泣いた。
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