勇者の中の魔王と私

白玉しらす

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本編

十二日目

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 いつまでもケニスさんの魔力に頼っていてはいけないので、外灯の魔法は私自身の腕輪に書き込む事にした。
 遅々として進まないけど、そんなに複雑な物でもないし、一週間もあれば完成できるだろう。
 その代わり、少ない魔力はすぐに底をつき、夜はくたくたになって落ちるように眠ってしまった。
 早寝のおかげでスッキリと目覚めた私は、仮眠室の整頓に勤しんでいた。
 おじさまから資料の中を見る許可も得たし、一週間もあるのだ。
 ここを去る前にできる限りきれいにしたい。

 窓下に置かれた机に、うず高く積まれた資料を手に取ると、見知った術式が目に飛び込んできた。
 腕輪に組み込まれている、術式を保持するための術式だ。
 パラパラと捲ると、どうやら研究日誌のようだった。
 おじさまが、腕輪を開発したのは前々代の勇者だと言っていたから、この机は前々代が使っていたのかもしれない。
『これでより複雑な術式を組むことができる。イザベラの青と紫に揺れる瞳を、見たままに残す事も可能になるだろう』
 書き起こした術式の隅に書き殴られた一文が目に止まった。
 青にも紫にも見える瞳を持つイザベラさんって、副団長の事だろうか。
『美しいイザベラ。その美しさを永遠に閉じ込めたい』
『滑らかな曲線を描く腰回り、可愛らしい飾りのついた豊かな双丘。イザベラの白く輝く、美しい裸体を常に見ていたい』
『イザベラが私の物を口に含み、熱のこもった瞳で見上げる姿がいつでも見られたなら、私の右手は……』
 私は持っていた資料をそっと閉じた。
 研究日誌になんてことを書いているんだ、前々代の勇者は。
 やっぱりおじさまが言ったように、勇者は皆変態なんだな。
 焼却処分した方がいいように思うけど、私がその判断をする訳にもいかないので、パラパラと軽く中を確認してから紐で括っておくことにした。
 何冊にも渡る研究日誌を片付けていると、やけに古ぼけた紙が出てきた。
 書き起こされた術式の最後にはメレディスのサインがあり、所々前々代の字で注釈が書き加えられている。
 内容をざっと確認してみると魔力を集め、保持する術式のようだった。
 メレディスと言うと、魔王城で使われている術式なのかもしれない。
 そう言えば、オスカーが魔王城に着くのは今日の午後ぐらいだろうか。
 オスカーがこの術式を発動させるのかもしれないと思うと、なんだか不思議な気持ちになった。
 私は部屋を片付ける事を忘れて、術式に見入ってしまった。
 
「ニナー!」
 片付けが全然進まない内に、食堂が開く時間になってしまった。
 パンだけ貰って噛りながら片付けようと食堂に来たら、後ろから大きな声で名前を呼ばれた。
「おはようございます、ロティさん」
 ロティさんはおはようと言いながら私に駆け寄ると、トレイの上に次々と食事を乗せていった。
 当然の様に二人前だ。
「ちょうどニナに話したい事があったのよー」
 ロティさんは私にもトレイを渡すと、日当たりのいい席に向かった。
「この間の魔法、すっごく素敵だったわ」
 ロティさんは目を輝かせて、ニコニコと笑っている。
「魔術師団の皆さんが聞いたら喜びます」
 もちろん、私だって嬉しい。
「それでね、結局カイルと一緒に見てたんだけど」
 ロティさんはそれだけ言うと、少し声を潜めた。
「私達、また付き合うことになったの」
 カイルさんだけはやめておいた方がいいって言っていたのに、大丈夫なんだろうか。
「ええと、おめでとう?ございます」
 反応に困って疑問形になってしまった。
「ありがとう。ニナのその反応も分かるのよ。浮気性は治らないって言うし」
 ロティさんはスプーンでスープをグルグルとかき混ぜている。
「でも、魔法で光る夜空の下で『やっぱり俺にはロティしかいない』なんて言われて香油を渡されたらねー」
「ゴフッ」
 私は飲んでいたスープが変な所に入り、盛大にむせてしまった。
「ゴホッ、ゴホッ、大丈夫、なん、ですかっ?」
「それはこっちのセリフよ」
 ロティさんは立ち上がると私の背中をさすってくれた。
「す、すみません」
 水を飲み、少し落ち着くとロティさんは席に戻った。
「あの、香油を贈られたと言うことは、つまり……」
 娼婦扱いと言うか、身体だけが目当てと言うか、ロティさんはそれでいいんだろうか。

「そう、一番大切な女性ってことよ!もー、カイルったら最高のシチュエーションで渡すんだもん。受け取るしかないじゃない」
 ロティさんは嬉しそうにちぎったパンをグニグニと潰している。
 私は予想外の答えに、理解が追いつかない。
「あれ?え?ロティさん。香油のプレゼントの意味って、俺の娼婦になってくれ的な、身体だけの関係を求める物じゃないんですか?」
「やだ、何それ怖い。どこのローカルルールよ」
 ロティさんは顔をしかめ、私は顔を青ざめさせた。
「ニナってどこ出身?田舎の秘境の方では、そんな風習もあるのかしら」
「イーサ村ですけど……」
「えー、私はオズロー出身なのよ。ご近所さんじゃない」
 オズローは私がオスカーと一緒に通った学校がある街だ。
「私もオズローの学校に通っていました」
「そうなの?オズローの辺りだったら香油の意味なんて一個しか無いはずよ。誰にそんな事を吹き込まれたの?」
「いえ、私の勘違い、みたいです」
「どうしたらそんな勘違いをするのよ」
 呆れるロティさんに曖昧な笑顔で答え、私はオスカーとのやり取りを思い返していた。
 勘違いで、随分酷い事を言ってしまった。
「とにかく、カイルと上手くいったのもニナのおかげよ。ありがとう」
 ロティさんは幸せそうに笑っているけど、本当に良かったんだろうか。
「あの、すみません。でも、カイルさんは浮気性なんですよね。ロティさんは、いいんですか?」
 幸せに水を差すのも悪い気がしたけど、どうしても聞かずにはいられなかった。
「そりゃねー、頭ではやめた方がいいかもと思うのよ?でも、気持ちに嘘はつけないもの」
「好き、なんですね」
「ええ、とっても」
 素敵に笑うロティさんは幸せそうで、私はそれ以上何も言えなかった。
 
 香油の本当の意味や、ロティさんの幸せそうな顔がグルグルと頭を回り、術式の改良は遅々として進まなかった。
 オスカーが私の事を大切に思っていてくれた事は嬉しかったけど、私はそれを拒絶してしまった。
 オスカーとの別れを思い出すと胸が苦しくて、でも私にした行為を思えば拒絶して当然とも思えて、気持ちをどこに持っていけばいいのか分からなかった。
 恋は理屈じゃないのよと言ったロティさんの言葉が、私の心を大きく揺さぶっていた。
 
 仕事に切りをつけて仮眠室に戻っても、部屋を片付ける気になれず、私はベッドの上で魔王封印の術式を眺めていた。
 何度も頭の中で術式を発動させながら、オスカーの事を思う。
 オスカーは無事魔王城に着いただろうか。
 魔法の発動を終えて、帰路についているんだろうか。
 オスカーが王都に戻って来たら、私はどうするんだろう。
 オスカーは、拒絶してしまった私に会おうとはしないかもしれない。
 もし会えたとしても、何を言えばいいのか分からない。
 幸せそうに笑うオスカーの顔を思い出し、そんな顔を見る事はもう出来ないのかもしれないと思うと、胸が張り裂けそうだった。
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