勇者の中の魔王と私

白玉しらす

文字の大きさ
上 下
21 / 37
本編

十二日目

しおりを挟む
 いつまでもケニスさんの魔力に頼っていてはいけないので、外灯の魔法は私自身の腕輪に書き込む事にした。
 遅々として進まないけど、そんなに複雑な物でもないし、一週間もあれば完成できるだろう。
 その代わり、少ない魔力はすぐに底をつき、夜はくたくたになって落ちるように眠ってしまった。
 早寝のおかげでスッキリと目覚めた私は、仮眠室の整頓に勤しんでいた。
 おじさまから資料の中を見る許可も得たし、一週間もあるのだ。
 ここを去る前にできる限りきれいにしたい。

 窓下に置かれた机に、うず高く積まれた資料を手に取ると、見知った術式が目に飛び込んできた。
 腕輪に組み込まれている、術式を保持するための術式だ。
 パラパラと捲ると、どうやら研究日誌のようだった。
 おじさまが、腕輪を開発したのは前々代の勇者だと言っていたから、この机は前々代が使っていたのかもしれない。
『これでより複雑な術式を組むことができる。イザベラの青と紫に揺れる瞳を、見たままに残す事も可能になるだろう』
 書き起こした術式の隅に書き殴られた一文が目に止まった。
 青にも紫にも見える瞳を持つイザベラさんって、副団長の事だろうか。
『美しいイザベラ。その美しさを永遠に閉じ込めたい』
『滑らかな曲線を描く腰回り、可愛らしい飾りのついた豊かな双丘。イザベラの白く輝く、美しい裸体を常に見ていたい』
『イザベラが私の物を口に含み、熱のこもった瞳で見上げる姿がいつでも見られたなら、私の右手は……』
 私は持っていた資料をそっと閉じた。
 研究日誌になんてことを書いているんだ、前々代の勇者は。
 やっぱりおじさまが言ったように、勇者は皆変態なんだな。
 焼却処分した方がいいように思うけど、私がその判断をする訳にもいかないので、パラパラと軽く中を確認してから紐で括っておくことにした。
 何冊にも渡る研究日誌を片付けていると、やけに古ぼけた紙が出てきた。
 書き起こされた術式の最後にはメレディスのサインがあり、所々前々代の字で注釈が書き加えられている。
 内容をざっと確認してみると魔力を集め、保持する術式のようだった。
 メレディスと言うと、魔王城で使われている術式なのかもしれない。
 そう言えば、オスカーが魔王城に着くのは今日の午後ぐらいだろうか。
 オスカーがこの術式を発動させるのかもしれないと思うと、なんだか不思議な気持ちになった。
 私は部屋を片付ける事を忘れて、術式に見入ってしまった。
 
「ニナー!」
 片付けが全然進まない内に、食堂が開く時間になってしまった。
 パンだけ貰って噛りながら片付けようと食堂に来たら、後ろから大きな声で名前を呼ばれた。
「おはようございます、ロティさん」
 ロティさんはおはようと言いながら私に駆け寄ると、トレイの上に次々と食事を乗せていった。
 当然の様に二人前だ。
「ちょうどニナに話したい事があったのよー」
 ロティさんは私にもトレイを渡すと、日当たりのいい席に向かった。
「この間の魔法、すっごく素敵だったわ」
 ロティさんは目を輝かせて、ニコニコと笑っている。
「魔術師団の皆さんが聞いたら喜びます」
 もちろん、私だって嬉しい。
「それでね、結局カイルと一緒に見てたんだけど」
 ロティさんはそれだけ言うと、少し声を潜めた。
「私達、また付き合うことになったの」
 カイルさんだけはやめておいた方がいいって言っていたのに、大丈夫なんだろうか。
「ええと、おめでとう?ございます」
 反応に困って疑問形になってしまった。
「ありがとう。ニナのその反応も分かるのよ。浮気性は治らないって言うし」
 ロティさんはスプーンでスープをグルグルとかき混ぜている。
「でも、魔法で光る夜空の下で『やっぱり俺にはロティしかいない』なんて言われて香油を渡されたらねー」
「ゴフッ」
 私は飲んでいたスープが変な所に入り、盛大にむせてしまった。
「ゴホッ、ゴホッ、大丈夫、なん、ですかっ?」
「それはこっちのセリフよ」
 ロティさんは立ち上がると私の背中をさすってくれた。
「す、すみません」
 水を飲み、少し落ち着くとロティさんは席に戻った。
「あの、香油を贈られたと言うことは、つまり……」
 娼婦扱いと言うか、身体だけが目当てと言うか、ロティさんはそれでいいんだろうか。

「そう、一番大切な女性ってことよ!もー、カイルったら最高のシチュエーションで渡すんだもん。受け取るしかないじゃない」
 ロティさんは嬉しそうにちぎったパンをグニグニと潰している。
 私は予想外の答えに、理解が追いつかない。
「あれ?え?ロティさん。香油のプレゼントの意味って、俺の娼婦になってくれ的な、身体だけの関係を求める物じゃないんですか?」
「やだ、何それ怖い。どこのローカルルールよ」
 ロティさんは顔をしかめ、私は顔を青ざめさせた。
「ニナってどこ出身?田舎の秘境の方では、そんな風習もあるのかしら」
「イーサ村ですけど……」
「えー、私はオズロー出身なのよ。ご近所さんじゃない」
 オズローは私がオスカーと一緒に通った学校がある街だ。
「私もオズローの学校に通っていました」
「そうなの?オズローの辺りだったら香油の意味なんて一個しか無いはずよ。誰にそんな事を吹き込まれたの?」
「いえ、私の勘違い、みたいです」
「どうしたらそんな勘違いをするのよ」
 呆れるロティさんに曖昧な笑顔で答え、私はオスカーとのやり取りを思い返していた。
 勘違いで、随分酷い事を言ってしまった。
「とにかく、カイルと上手くいったのもニナのおかげよ。ありがとう」
 ロティさんは幸せそうに笑っているけど、本当に良かったんだろうか。
「あの、すみません。でも、カイルさんは浮気性なんですよね。ロティさんは、いいんですか?」
 幸せに水を差すのも悪い気がしたけど、どうしても聞かずにはいられなかった。
「そりゃねー、頭ではやめた方がいいかもと思うのよ?でも、気持ちに嘘はつけないもの」
「好き、なんですね」
「ええ、とっても」
 素敵に笑うロティさんは幸せそうで、私はそれ以上何も言えなかった。
 
 香油の本当の意味や、ロティさんの幸せそうな顔がグルグルと頭を回り、術式の改良は遅々として進まなかった。
 オスカーが私の事を大切に思っていてくれた事は嬉しかったけど、私はそれを拒絶してしまった。
 オスカーとの別れを思い出すと胸が苦しくて、でも私にした行為を思えば拒絶して当然とも思えて、気持ちをどこに持っていけばいいのか分からなかった。
 恋は理屈じゃないのよと言ったロティさんの言葉が、私の心を大きく揺さぶっていた。
 
 仕事に切りをつけて仮眠室に戻っても、部屋を片付ける気になれず、私はベッドの上で魔王封印の術式を眺めていた。
 何度も頭の中で術式を発動させながら、オスカーの事を思う。
 オスカーは無事魔王城に着いただろうか。
 魔法の発動を終えて、帰路についているんだろうか。
 オスカーが王都に戻って来たら、私はどうするんだろう。
 オスカーは、拒絶してしまった私に会おうとはしないかもしれない。
 もし会えたとしても、何を言えばいいのか分からない。
 幸せそうに笑うオスカーの顔を思い出し、そんな顔を見る事はもう出来ないのかもしれないと思うと、胸が張り裂けそうだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...