勇者の中の魔王と私

白玉しらす

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本編

十一日目

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 夢を見ることも無く、深く眠った私はスッキリと目覚めた。
 昨日は夕方過ぎにご飯も食べずに寝てしまったから、まだ夜明け前だ。
 オスカーに裏切られた悲しみが消えた訳では無いし、村に帰る為の資金も無いままだけど、少しだけ前向きな気分になっていた。
 この仮眠室とも、あと少しでお別れする事になるだろう。
 お世話になったお礼代わりに、少しでもキレイにしていこう。
 食堂が開くまでの時間を、私は空腹を誤魔化しながら部屋の片付けをして過ごした。

「ニナ、最期に、キスをしてくれないか?」
「やだよ……元気になったらいくらでもしてあげるから、そんな事言わないで」
「はは、それは……こんなトコで、くたばってる……場合じゃ、ない、な……」
「ケニス?やだ、だめ……眼を開けて」
「ニナ、愛して……」
「私も……だから、起きてよ。ねえ、ケニス?ケニ、ス……いやああああ!」
 私は横たわるケニスさんの頭を抱きかかえたまま、様子をうかがった。
 ここで気を抜く訳にはいかない。自然と抱きかかえる腕にも力が入る。
「やだ、最っ高……」
「やっぱり王道はいいわねー」
「ケニス君の、衣装に着られてる感が役どころにピッタリ」
「最終章『玉座なんていらない。俺はニナの隣を選ぶ』庶民として生きる道を選んだ王子は、全てを捨てて街へと帰ってきた。そして迎える初夜。何度も口づけを交わし赤くなるニナに王子は言う『いっぱいしてくれる約束だろう?』二人の夜は、そこにたどり着くまでの道のりのように、長く長くいつまでも続くのだったfin」
 良く分からないけど、どうやら終わったらしい。
 ほっとして抱えていた頭を離すと、ケニスさんの顔は真っ赤になっていた。
「すみません。苦しかったですか?」
「いや、その、胸、フカフカ、じゃなくて」
 顔を背けて話すので、何を言っているのか聞こえないけど、どうやら照れているらしい。
「分かります。ケニスさんも熱演でしたもんね。私も演技なんて初めてだから恥ずかしかったです」
 
 私とケニスさんは、運用室のお姉様方に小芝居を強要されていた。
 ケニスさんの腕輪に術式を書き込むところも見たいと言う副団長に呼ばれて来たはずなのに、気がつけば着替えもメイクも施されて、脚本を渡されていた。
 断る隙もなく軽く練習をさせられて今に至る。
 ちなみにダメ出しし続けられ、三十回近くやり直しさせられている。
「二人共お疲れ様。これならいつでも上演できるわね」
「私達、夜会で寸劇を上演する活動をしているの」
「ケニス君、顔だけはいいから使ってみたかったんだけど、なかなかこれと言う相手役がいなくて」
「ニナを見た時に天啓が降りたわ。あ、これイケるって」
 それだけ言うと、お姉様方は四人で話し合いを始めてしまった。
 私とケニスさんは完全に置いてけぼりだ。
 どうしたらいいか分からずケニスさんを見ると、じっと私を見つめていた。
「やっぱりこの衣装、私には似合わないですよね」
 私が着せられた衣装は胸下をぎゅっと締め付けるコルセットワンピースだった。
 それ自体は可愛いけど、私が着ると胸が強調され過ぎてしまう気がして、ちょっと恥ずかしかった。
「いや、その、すごく、似合ってる」
 視線をウロウロと彷徨わせながら言われても信憑性はないけど、そう言って貰える事は嬉しかった。
「ありがとうございます。ケニスさんは、本当に似合っていますね。凄くかっこいいです」
 白い礼服を着たケニスさんは、どこからどう見ても王子様だった。
「そうか?あー、その、ニナも凄くかわいい」
 どうも私が褒めると気を遣わせてしまうようだ。
「ケニスさんは、優しいんですね」
 かっこいいだけでなく、とても優しいケニスさんが友達になってくれた事を思い出し、私は自然と笑みが溢れた。
 この喜びはケニスさんにも伝えた方がいいんだろうか。
「ケニスさん……」

「あら、ニナ。クズな犯罪者よりよっぽどお似合いじゃない」
 私の言葉を遮るように、副団長が割り込んできた。
「いやらしい目でニナの胸ばかり見てたけど、それは男の性だと思って許してあげて」
「見てな……いやらしくは……すまない、ニナ」
 否定しようとして否定できずに謝るところがケニスさんらしい。
「いえ、やっぱりこの服が私には似合わないんだと思います。それより、副団長はいつから見てたんですか?見てたなら止めてください」
「申請は受けていたから、止める理由がないわ」
 まさかの副団長公認だった。
「でもそろそろ時間ね。ニナ達は連れて行くわよ。あなた達もいい加減仕事に戻ってね」
 副団長の呼びかけに、お姉様方は元気よく返事をして席に戻って行った。

「ニナ、昨日はしっかりと眠れたようね」
 私達の対面に座った副団長は、私の顔を見て満足そうに笑った。
「はい、久しぶりにぐっすり眠れました」
「睡眠不足はお肌だけでなく、心も荒らすわ。時には身体を酷使して、何も考えずに眠る事も必要よ」
 やっぱり、昨日限界まで魔力を使わせたのは、副団長なりの気遣いだったようだ。
「ケニスは、幸せそうで何よりね」
「俺にだって悩みぐらいありますよ」
「そう?あなたは少しぐらい悩んだ方が、深みが増していいんじゃない?」
 ケニスさんが小さく酷えと呟いたけど、副団長は気にせず続けた。
「じゃあそろそろ始めましょうか」
「あの、その前に着替えちゃだめですか?」
 私は一刻も早く、似合わない服から解放されたかった。
「ケニスにもご褒美がないとかわいそうでしょう?そのままでお願い」
「ご褒美、ですか?」
「書き込む速さが速すぎて、ケニスが倒れそうになったんでしょう?今日は手加減抜きでやって貰いたいから、死んじゃうかもしれないじゃない。だから、ご褒美」
 ケニスさんがまた小さく酷えと呟いた。
「ちゃんと、様子を見ながらやりますから」
 私は腕輪に手をかけ、魔法を発動させた。
 最初はおじさまにかけて貰っていた、人の腕輪に術式を書き込む魔法だ。
 自分でも使えるように、少しずつ改良しながら完成させていた。

「何を書き込めばいいですか?」
「なるべく複雑で大変な物なら何でもいいわ」
 私はケニスさんの手を取り、その顔を見つめた。
 本当は騎士団に戻りたいケニスさんには、対魔物殲滅魔法がいいだろうか。
 でも、理解もせず魔法を使ったら、それは人ではなく兵器だと言うおじさまの考えも理解できた。
「ニナ?」
「ケニスさん、ちゃんと責任は取りますから」
 しばらく王都でお金を貯めないといけないから、その間にケニスさんに術式の意味を教えよう。
「殺るつもりか!?」
 私は大きく息を吸い込むと、ケニスさんの腕輪への書き込みを始めた。

「凄いわねえ。予想以上だったわ」
 倒れてしまったケニスさんは、私の膝の上に頭を乗せて眠っている。
 ちゃんと寝かせた方がいいと思うけど、副団長がこの方がいいと言うのでそのままだ。
 頭も撫でてあげるよう言われたので、ケニスさんのきれいな金髪を梳く様に撫でる。
 オスカーが良くこうやって私の頭を撫でてくれていた事を思い出し、私は複雑な思いでケニスさんの様子を眺めていた。
「注意していたんですが、結局昏睡させてしまいました」
「まあ死ぬ程の事でもないし、ご褒美も与えているからいいんじゃない?」
 ご褒美って、何か特別な手当てでもつくんだろうか。
 だからと言って、身体を害して良い訳ではない。
「ケニスさんには迷惑をかけてばかりです」
 ケニスさんがいたから、私でも少しは役立てていると思うけど、ケニスさんがいなかったらただの約立たずだ。
「ケニスはそうは思っていないと思うわよ」
「そう、ですね」
 それでも、いつまでもケニスさんの優しさに甘えていてはいけない。
「見たところ、腕輪無しで魔法を使うのと同じぐらいの速さで、より高度で複雑な術式を組み立てられるって感じね」
「そうなんですか?」
 私は単純な魔法ですら発動に時間がかかってしまうので、副団長の言葉はピンとこなかった。
「城門で腕輪のチェックをしても、城内で書き込む事も十分可能と言う訳ね」
 副団長はそう言うと、机に置かれた紙を差し出してきた。
「これは庭園で使われている外灯の術式よ。魔力使用量が多すぎて、よく魔兵が倒れちゃうから、改良の依頼が来ていたの。期限は一週間。よろしくね」
「はい?」
 紙を受け取ったものの、何がよろしくなのか分からない。
「ニナの魔法の特色は、とにかく魔力使用量が少ないってところでしょう?どれだけの魔力でどれだけの事が出来るか見てみたいから、よろしくね」
 つまりまだ一週間、ここにいていいと言うことか。
「はい!頑張ります」
 ここを出てからの事を考える猶予が貰えて、私は嬉しかった。
 ケニスさんが起きるまで、私は紙に書き出された術式を眺めて、新たな術式の構築を進めた。
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