勇者の中の魔王と私

白玉しらす

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本編

第九夜

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「そろそろ始めようか」
 おじさまの言葉を皮切りに、開発室の皆さんが次々と魔法を発動させた。
 ドンと大きな音と共に、色とりどりの光の花が夜空に咲いていく。
 私自身はやる事もなく、キラキラと輝く魔法陣をぼんやりと眺めていた。
 術式が壊れるパシンと言う音を聞く度、私と開発室の皆さんとのつながりが無くなっていくようで、少しだけ胸が痛んだ。

 気がつけば私は開発室の皆さんから離れ、夜会が開かれている、広間のバルコニーを見つめていた。
 いつの間にか魔法は終わり、バルコニーの人影もまばらになっていた。
「ニナ」
 名前を呼ばれて振り向くと、ケニスさんが立っていた。
「すみません。もう終わってましたね」
「ああ、無事終わったからな。皆喜んで帰って行った」
「あれ?打ち上げは無くなったんですか?」
「打ち上げ?」
「一緒に食事に行くって……」
 ひょっとして私の勘違いだったんだろうか。
「だから、呼びに来た」
 ケニスさんはぶっきらぼうに答えると、私の手を引いた。
「行こう」
 私はケニスさんに引っ張られるように、夜の街に向かった。

「ふふふ、楽しかったですね。ケニスさん」
 城下町の酒場で美味しい食事と少しだけお酒も飲んで、私はご機嫌だった。
 城下町からも魔法は見えたようで、酒場はお祭り騒ぎが続いていた。
 ケニスさんに言って貰った『ニナの魔法は凄いな。こんな一杯の人を笑顔にして』と言う言葉は、もう私の一生の宝だ。
「ああ、また行こう」
「あはは、ダメですよ。これ以上借金を増やす訳にはいきません」
「だから、貸したんじゃなくて、俺が払ったって言っただろ」
「それはもっとダメです」
「強情だな」
「商売人の娘なので、お金にはキッチリしてるんですよ」
 そんなやり取りをしながら仮眠室に向かうと、部屋の前に人影があった。

「何か用か?」
 ケニスさんが私を庇うように前に出た。
「……お前には、ない」
「オスカー……」
 オスカーはケニスさんを見る事もなく、暗い瞳で私を見つめ続けている。
「知り合いか?」
 ケニスさんが心配そうに聞いてくれる。
「今代の、勇者です」
 どう言えばいいのか分からず、私はそれしか答えられなかった。
「ニナ、話がしたい」
 射抜くような瞳で見つめられて、少し怯んでしまう。
 オスカーのこんな顔は見た事が無い。
「追い返すか?」
 ケニスさんが耳元に顔を寄せ、小さく呟いた。
「やめろ」
 私が答える間もなく、オスカーはケニスさんの胸ぐらを掴み、そのまま壁に押し付けた。
「ニナに近づくな」
「くっ、おまえ、こそ……」
「やめて」
 何でこんな事になってるんだろう。
 私はオスカーをケニスさんから引き剥がそうと、その腕にしがみつく。
「ケニスさんは大事な人なの。何でこんな事するの?」
 私の言葉を聞いて、オスカーもケニスさんも目を見開いた。
「好き、なのか?」
 オスカーがケニスさんをねじり上げながら聞く。
「え?……うん、友達に、なれたらいいなって、思ってる」
 恥ずかしくてケニスさんの顔が見られない。
 私にそんな風に思われて、迷惑だろうか。

「……悪かったな」
 オスカーはケニスさんを離すと、肩を叩いて謝った。
「やめろ」
 ケニスさんはオスカーの手を振り払うと、私の前に立った。
「俺も、ニナが好きだ。大事に思っている」
 真剣な顔でそう告げられて、私の顔は赤くなる。
「あの、じゃあ、友達になってくれる?」
「……まずは、そこからか。よろしく、ニナ」
 ケニスさんに手を差し伸べられて、私はおずおずと握手をした。
 凄く、嬉しい。
「あいつはどうするんだ?ニナに話があるみたいだけど、俺も立ち会うか?」
 手をつないだまま、ケニスさんが顎でオスカーを示した。
 オスカーは不機嫌そうに壁にもたれかかって私達を見ている。
「ありがとうございます。でも大丈夫」
 オスカーとは、ちゃんと話をしないといけない。
「おい、ニナを泣かすような事、すんなよ」
「……ああ」
 ケニスさんはオスカーに向かってそう言うと、つないでいた手をそっと持ち上げて、私の手にキスをした。
「お休み、ニナ。また明日」
「う、うん。また明日」
 王子様のような振る舞いに少しドキドキしてしまった。
 友達って、こんな挨拶をするものなんだろうか。
「いい加減にしろ」
 オスカーに引っ張られて肩を抱かれる。
 そのまま仮眠室のドアに向かい、中に押し込まれた。
「早く帰れ」
 オスカーはケニスさんに吐き捨てるように言うと、バタリと扉を閉めた。
 
「ニナ、会いたかった」
 オスカーに後ろから抱きしめられて、思わず『私も』と答えそうになった。
「離して」
 私が腕を解こうとすると、オスカーはあっさりと離してくれた。
 悲しそうな顔で私を見た後、私の手を取って自分の服でゴシゴシと拭いた。
「何?」
「あいつに、キスされただろ」
 あまりに子供っぽい振る舞いに、私はまじまじとオスカーを見つめた。
「何か、変だよ」
 さっきの言動といい、いつものオスカーとは何か違う。
「もう、偽るのはやめたんだ」
 オスカーは私の手を掴んだまま、熱っぽい瞳で見つめた。
「ニナ、好きだ」
「その前に、言う事があるんじゃない?」
 私はオスカーの手を振り解き、一歩後ろに下がった。
「……そうだな」
 逃げた私を追って、オスカーが一歩前に出る。
「ニナ、魔王はいない。全て俺がやったことだ。ニナのあらゆる所を触り、舐め、何度も中に出した。脅すように自慰をさせて、それを見ながら抜いたのも俺だ。ニナのローションプレイには最高に興奮した」
「うん、魔王もオスカーだった事は、よく分かった」
 思っていた以上に具体的な言葉に、私は更に一歩後ろに下がった。
「なんで、そんな事をしたの?」
「……ニナに、男として見てもらいたかった」
「やっぱり香油の贈り物も、そう言う意味でくれていたの?」
「ちゃんと分かっていたのか」

 娼婦が貰う物と言うことは、娼婦の様に扱いたいと言う事なんだろう。
「私は、オスカーの事は家族だと思ってた」
『娼婦にとって好きとか愛してるとか、言うのも聞くのも挨拶みたいなものよ』
 フローラさんの言葉が胸に突き刺さる。
 私はオスカーの事は本当に大切に思っていた。
 でも、オスカーは私の身体にしか用はなかったんだろう。
「オスカーに、そんな風に思われたく無かった……」
「ニ、ナ……」
「魔王だと思わなかったら、オスカーとあんな事しない」
 私の目からは勝手に涙が溢れる。
「私がどんな思いで身を委ねて、どれだけオスカーに申し訳無く思ったか分かる?」
「すまない……」
 オスカーの声も震えている。
 オスカーを避けて、私は扉の前に向かった。
「もう、オスカーとは一緒にいられない」
 扉を開けて、オスカーを見つめる。
 涙で滲んで、オスカーがどんな顔をしているのか分からない。
「さよなら、オスカー」
 私の言葉を最後に、しばらく沈黙が続いた。
 オスカーはゆっくりとした足取りで扉に向かい、そのまま外に出た。
「それでも、俺はニナを」
 振り向きざまにオスカーが何か言おうとしたけど、その先は聞きたく無くて、私は急いで扉を閉めた。
 バタンと大きな音を響かせて扉が閉まり、しばらくしてから、オスカーの足音が聞こえた。
 ズルズルとその場にへたり込み、私はうずくまって泣いた。
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