勇者の中の魔王と私

白玉しらす

文字の大きさ
上 下
18 / 37
本編

第九夜

しおりを挟む
「そろそろ始めようか」
 おじさまの言葉を皮切りに、開発室の皆さんが次々と魔法を発動させた。
 ドンと大きな音と共に、色とりどりの光の花が夜空に咲いていく。
 私自身はやる事もなく、キラキラと輝く魔法陣をぼんやりと眺めていた。
 術式が壊れるパシンと言う音を聞く度、私と開発室の皆さんとのつながりが無くなっていくようで、少しだけ胸が痛んだ。

 気がつけば私は開発室の皆さんから離れ、夜会が開かれている、広間のバルコニーを見つめていた。
 いつの間にか魔法は終わり、バルコニーの人影もまばらになっていた。
「ニナ」
 名前を呼ばれて振り向くと、ケニスさんが立っていた。
「すみません。もう終わってましたね」
「ああ、無事終わったからな。皆喜んで帰って行った」
「あれ?打ち上げは無くなったんですか?」
「打ち上げ?」
「一緒に食事に行くって……」
 ひょっとして私の勘違いだったんだろうか。
「だから、呼びに来た」
 ケニスさんはぶっきらぼうに答えると、私の手を引いた。
「行こう」
 私はケニスさんに引っ張られるように、夜の街に向かった。

「ふふふ、楽しかったですね。ケニスさん」
 城下町の酒場で美味しい食事と少しだけお酒も飲んで、私はご機嫌だった。
 城下町からも魔法は見えたようで、酒場はお祭り騒ぎが続いていた。
 ケニスさんに言って貰った『ニナの魔法は凄いな。こんな一杯の人を笑顔にして』と言う言葉は、もう私の一生の宝だ。
「ああ、また行こう」
「あはは、ダメですよ。これ以上借金を増やす訳にはいきません」
「だから、貸したんじゃなくて、俺が払ったって言っただろ」
「それはもっとダメです」
「強情だな」
「商売人の娘なので、お金にはキッチリしてるんですよ」
 そんなやり取りをしながら仮眠室に向かうと、部屋の前に人影があった。

「何か用か?」
 ケニスさんが私を庇うように前に出た。
「……お前には、ない」
「オスカー……」
 オスカーはケニスさんを見る事もなく、暗い瞳で私を見つめ続けている。
「知り合いか?」
 ケニスさんが心配そうに聞いてくれる。
「今代の、勇者です」
 どう言えばいいのか分からず、私はそれしか答えられなかった。
「ニナ、話がしたい」
 射抜くような瞳で見つめられて、少し怯んでしまう。
 オスカーのこんな顔は見た事が無い。
「追い返すか?」
 ケニスさんが耳元に顔を寄せ、小さく呟いた。
「やめろ」
 私が答える間もなく、オスカーはケニスさんの胸ぐらを掴み、そのまま壁に押し付けた。
「ニナに近づくな」
「くっ、おまえ、こそ……」
「やめて」
 何でこんな事になってるんだろう。
 私はオスカーをケニスさんから引き剥がそうと、その腕にしがみつく。
「ケニスさんは大事な人なの。何でこんな事するの?」
 私の言葉を聞いて、オスカーもケニスさんも目を見開いた。
「好き、なのか?」
 オスカーがケニスさんをねじり上げながら聞く。
「え?……うん、友達に、なれたらいいなって、思ってる」
 恥ずかしくてケニスさんの顔が見られない。
 私にそんな風に思われて、迷惑だろうか。

「……悪かったな」
 オスカーはケニスさんを離すと、肩を叩いて謝った。
「やめろ」
 ケニスさんはオスカーの手を振り払うと、私の前に立った。
「俺も、ニナが好きだ。大事に思っている」
 真剣な顔でそう告げられて、私の顔は赤くなる。
「あの、じゃあ、友達になってくれる?」
「……まずは、そこからか。よろしく、ニナ」
 ケニスさんに手を差し伸べられて、私はおずおずと握手をした。
 凄く、嬉しい。
「あいつはどうするんだ?ニナに話があるみたいだけど、俺も立ち会うか?」
 手をつないだまま、ケニスさんが顎でオスカーを示した。
 オスカーは不機嫌そうに壁にもたれかかって私達を見ている。
「ありがとうございます。でも大丈夫」
 オスカーとは、ちゃんと話をしないといけない。
「おい、ニナを泣かすような事、すんなよ」
「……ああ」
 ケニスさんはオスカーに向かってそう言うと、つないでいた手をそっと持ち上げて、私の手にキスをした。
「お休み、ニナ。また明日」
「う、うん。また明日」
 王子様のような振る舞いに少しドキドキしてしまった。
 友達って、こんな挨拶をするものなんだろうか。
「いい加減にしろ」
 オスカーに引っ張られて肩を抱かれる。
 そのまま仮眠室のドアに向かい、中に押し込まれた。
「早く帰れ」
 オスカーはケニスさんに吐き捨てるように言うと、バタリと扉を閉めた。
 
「ニナ、会いたかった」
 オスカーに後ろから抱きしめられて、思わず『私も』と答えそうになった。
「離して」
 私が腕を解こうとすると、オスカーはあっさりと離してくれた。
 悲しそうな顔で私を見た後、私の手を取って自分の服でゴシゴシと拭いた。
「何?」
「あいつに、キスされただろ」
 あまりに子供っぽい振る舞いに、私はまじまじとオスカーを見つめた。
「何か、変だよ」
 さっきの言動といい、いつものオスカーとは何か違う。
「もう、偽るのはやめたんだ」
 オスカーは私の手を掴んだまま、熱っぽい瞳で見つめた。
「ニナ、好きだ」
「その前に、言う事があるんじゃない?」
 私はオスカーの手を振り解き、一歩後ろに下がった。
「……そうだな」
 逃げた私を追って、オスカーが一歩前に出る。
「ニナ、魔王はいない。全て俺がやったことだ。ニナのあらゆる所を触り、舐め、何度も中に出した。脅すように自慰をさせて、それを見ながら抜いたのも俺だ。ニナのローションプレイには最高に興奮した」
「うん、魔王もオスカーだった事は、よく分かった」
 思っていた以上に具体的な言葉に、私は更に一歩後ろに下がった。
「なんで、そんな事をしたの?」
「……ニナに、男として見てもらいたかった」
「やっぱり香油の贈り物も、そう言う意味でくれていたの?」
「ちゃんと分かっていたのか」

 娼婦が貰う物と言うことは、娼婦の様に扱いたいと言う事なんだろう。
「私は、オスカーの事は家族だと思ってた」
『娼婦にとって好きとか愛してるとか、言うのも聞くのも挨拶みたいなものよ』
 フローラさんの言葉が胸に突き刺さる。
 私はオスカーの事は本当に大切に思っていた。
 でも、オスカーは私の身体にしか用はなかったんだろう。
「オスカーに、そんな風に思われたく無かった……」
「ニ、ナ……」
「魔王だと思わなかったら、オスカーとあんな事しない」
 私の目からは勝手に涙が溢れる。
「私がどんな思いで身を委ねて、どれだけオスカーに申し訳無く思ったか分かる?」
「すまない……」
 オスカーの声も震えている。
 オスカーを避けて、私は扉の前に向かった。
「もう、オスカーとは一緒にいられない」
 扉を開けて、オスカーを見つめる。
 涙で滲んで、オスカーがどんな顔をしているのか分からない。
「さよなら、オスカー」
 私の言葉を最後に、しばらく沈黙が続いた。
 オスカーはゆっくりとした足取りで扉に向かい、そのまま外に出た。
「それでも、俺はニナを」
 振り向きざまにオスカーが何か言おうとしたけど、その先は聞きたく無くて、私は急いで扉を閉めた。
 バタンと大きな音を響かせて扉が閉まり、しばらくしてから、オスカーの足音が聞こえた。
 ズルズルとその場にへたり込み、私はうずくまって泣いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...