勇者の中の魔王と私

白玉しらす

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本編

九日目

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 夢を見た。
 オスカーが私にキスをする。
 恋人同士のような甘いキスに、私は幸せな気持ちでオスカーを見つめた。
「んん……オスカー……」
 大好きなオスカー。私の一番大切な人。

「あんたみたいなブス。オスカーにふさわしくない」
 オスカーはいなくなり、私は村の女の子達に囲まれていた。
「いつまでオスカーにまとわり付いてるつもり?見苦しい」
「オスカーはこの村の誇りよ。足を引っ張らないで」
「落ちこぼれのくせに」
「早くオスカーを自由にしてあげて」
 次々に責め立てられ、私はうんざりする。
「そんなの、私が一番分かってる!」

 大声で叫ぶと場面が切り替わり、私はドレスを着て村の墓地に一人立っていた。
 私は成人のお祝いのダンスパーティーに行かず、オスカーの両親のお墓の前で時間を潰していた。
 ダンスパーティーは恋人のお披露目やお見合いのような意味もあったから、それはもううるさいぐらいオスカーとは踊るなと釘をさされていた。
 オスカー以外と踊りたいとは思わなかったし、オスカーと踊ってとやかく言われるのも面倒だったので、私はオスカーに先に行ってと言い、一人墓地に向かった。
 照れくさそうにドレスを用意してくれたお父さんと、嬉しそうにお化粧してくれたお母さんの事を思うと、申し訳なさに泣きそうだった。
 どこかから音楽が聴こえる。
 私は音楽に合わせて、一人で踊る。
 ブスで落ちこぼれの私にはこれが相応しい。
 私は青空の下、いつまでも踊り続けた。

 最悪な目覚めだった。
 よりによって、ダンスパーティーの日の夢を見るなんて。
 これは調子に乗るなと言う無意識の警告なんだろうか。
 警備の見直しを手伝ったら、私はあの村に帰らなくてはいけない。
 皆さん優しい人ばかりで勘違いしそうになるけど、ここは本来私がいるべき場所ではない。
 それを忘れるなと言う事か。

 目が覚めた私は、暗い気持ちで食堂に向かった。
 術式の書き込みは昨日終わらせてあるから、ケニスさんもゆっくり食堂で食事を取れるだろう。
 部外者の私が食堂で食べるのも気が引ける。
 一人分のパンだけ貰ったら、仮眠室で食べよう。
 そう言えば、私はどうやって村に帰ればいいんだろう。
 オスカーと一緒には、もう帰れない。
 一人で帰るためには所持金が足りないから、何とか働いて貯めないといけない。
 王都で働くにしても、直ぐに働き先が見つかるとは限らないし、寝る場所も確保しないと。
 前途多難だ。
『いざとなれば、娼館に行けば生きてはいけるわよ』
 魔法使いとしての行く末に不安しかなかった私を、フローラさんは明るく笑い飛ばしてくれた。
『男の上に跨って腰を振るだけ、そう思えばどうって事無いわよ』
 その時はそうなのかと聞いていたけど、オスカーとのそれを思うと、どうって事無いとは思えなかった。
 フローラさんも、大変な仕事をしていたんだな。

「ニナー!」
 そんな事を考えている内にいつしか食堂に着き、後ろから大きな声で名前を呼ばれた。
「ロティさん」
 駆け寄ってきたのは一日だけ一緒に働いたロティさんだった。
「もー、急にいなくなるから心配してたんだから」
「すみません」
 本当に、あちこちに迷惑をかけてしまっている。
「やっぱりニナは魔術師団の人だったのね。新人と勘違いして、手伝わせちゃってごめんなさい」
「いえ、そう言う訳ではないので。少しでもお手伝い出来たなら良かったです」
「でも、魔術師団の人が荷物を取りに来てたわよ。それも、絵本に出てくる王子様みたいな人」
 それはケニスさんの事だろうか。
 ロティさんは手際よくトレイに食事を乗せると、日当たりの良さそうな席に移動した。
 何故か私にも食事の乗ったトレイを渡されたので、ロティさんの後を追う。
 二人前食べるつもりなんだろうか。
「魔術師団でも、ほんの少しお手伝いしてるだけです。それ以上に迷惑をかけてしまっています」
 ロティさんに手で促されて、目の前の席に座る。
「そうなの?じゃあ、王子様みたいな人は?知ってる?」
「多分ケニスさんだと思いますけど……」
「知ってるのね。ねえ、どんな人?」
 ロティさんは前のめりになって聞いてきた。
 そう言えば、ケニスさんの事は名前以外何も知らない。
 いや、早漏なんだっけ。
 でも、これは言わない方がいいか。
「ええと、努力の出来る、素敵な人です」
 朝、一人で鍛錬していた姿を思い浮かべながら、私は答えた。
「やだ。ニナったら早速ロマンス?」
 ロティさんはちょっとわざとらしく手で口を覆った。
 なんだか楽しそうだ。
「いえ、そう言うのではないです……すみません」
「なんで謝るの?あと、早くご飯食べたら?」
 期待に添えず申し訳無い気持ちで謝ると、ロティさんは何でも無さそうな顔で私を見つめた。
 目の前の食事が、まさか私の分だとは思わなかった。
「いただきます」
 こんな風に誰かと食事を取るなんて考えてもいなかったから、ちょっと落ち着かない。
「顔良し中身良しの王子に惹かれないって事は、他に相手がいるのね」
 ロティさんはお見通しだとでも言うようにニヤリと笑った。
 宮殿内ではしずしずと上品な立ち振舞いをしていたけど、素のロティさんは表情豊かだ。
「それも、ご期待に添えず……」
 一瞬オスカーの事が頭をよぎったけど、オスカーはそう言うのでは、ない。
「……過去を、引きずっているのね。分かるわ」
 ロティさんは遠い目で、あらぬ方向を見つめた。
 ロティさんと言えば、近衛兵のカイルさんと痴話喧嘩をしていた。
 まだ、カイルさんの事を好きなんだろうか。

「そう言えば、ニナは今日の魔術師団の魔法には関わっているの?」
 しばらくの沈黙の後、ロティさんが口を開いた。
 関わるどころか、私が元凶だ。
「そうですね。いよいよ今日が本番です」
「やだー。凄いじゃない。城中皆、楽しみにしてるから頑張ってね」
「そうなんですか?」
 そう言えばナイジェルさんもそんな事を言っていたっけ。
「魔法の間は使用人も仕事の手を止めていいとお達しがあったから、皆盛り上がっちゃって。さすがに警備を解く訳にはいかないから、騎士団の人達は警備の押し付け合いで、血みどろの争いを繰り広げているらしいわよ」
 本当に、思っていた以上に大事になっている。
「……カイルに、一緒に見ようと誘われてるのよね」
「カイルさんは血みどろの争いを勝ち抜いたんですね」
「あんなんだけど、意外と強いのよ」
 ロティさんは自分の事のように誇らしげだ。
「一応確認しますけど、カイルさんだけはやめておくよう言ってませんでしたか?」
 可愛い子を見ると節操なしとか何とか言っていたような気がする。
「そうなのよねー。でも、いい所もあるのよ?」
 ロティさんは恋する乙女の顔でため息を付くと、残っていたパンを口に放り込み立ち上がった。
「もう行くわ。何にせよ、私も楽しみにしてるから、頑張ってね」
 ごくっとパンを飲み込んでからそう言うと、ロティさんは素敵なウインクをして去っていった。
 残された私は一人食事を続けながら、密かに周りの様子をうかがった。
 恋の話なんて調子付いた話をして、白い目で見られていないか不安だった。
 食堂内はザワザワと騒がしく、誰も私の事なんて気にしていない。
 ロティさんが言うように、皆今日の魔法を楽しみにしているようだった。
 嬉しいような、恥ずかしいような、落ち着かない気持ちで、私は食事を続けた。

 開発室に入ると、中にいるのはケニスさんだけで、窓辺に立って外を見ていた。
 日の光に髪の毛がキラキラと輝き、憂いを帯びた表情で外を見つめる姿は、一枚の絵画のようだった。
「今日は遅かったんだな」
「先に食堂に行っていたので。どうかしましたか?」
「もう、食べてきたのか」
 ケニスさんは分かりやすく落ち込んだ。
「ひょっとして、待っていてくれたんですか?」
 部外者が一人で食事を取る事を慮って、待っていてくれたんだろうか。
「いや、あー、まあ……」
 ケニスさんは照れくさそうに頭を掻きむしっている。
 ロティさんもケニスさんも、ここの人達は本当に優しい人ばかりだ。
「ありがとうございます。でも、西棟でお世話になった人が一緒だったんで大丈夫でしたよ」
「そうか……」

 ケニスさんはしばらく何かを考えてから、口を開いた。
「今日の魔法が終わったら、食事に行かないか。その、なんだ、一緒に」
 これはまさか、打ち上げのお誘いだろうか。
 行事の後に宴会はつきものだったけど、今まで私が誘われる事は一度も無かった。
「わあ、行きたいです」
 思わず言ってしまったけど、手持ちのお金は多いとは言えない。
 帰りの旅費も貯めなきゃいけない事を考えると、余分なお金を使う余裕はなかった。
「でも、すみません、私は行けないです」
「行きたいんじゃないのか?」
「手持ちのお金が、あまりなくて。みな……」
「そんなの、俺が出すに決まってんだろ。じゃあ、約束な!」
 皆さんで楽しんできてくださいと言おうとしたら、ケニスさんに全開の笑顔で遮られてしまった。
 せっかく貸してくれると言うなら甘えてしまおうか。
「ありがとうございます。楽しみにしてますね」
 私が笑顔でお礼を言うと、ケニスさんは赤い顔で何やらもごもご言っていた。
 ケニスさんにお金を返す為にも、しっかりと働かないと。
 見知らぬ場所で暮らすのは大変だろうけど、頑張っているケニスさんに負けないよう、私も頑張ろう。
「ケニスさん。私、頑張りますね」
「なんだよ、急に」
 昔を思い出してへこむのはもうお終い。
 まずは今晩の魔法を成功させよう。
 気持ちも新たに、私は魔法の構成の最終チェックに取り掛かった。
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