勇者の中の魔王と私

白玉しらす

文字の大きさ
上 下
17 / 37
本編

九日目

しおりを挟む
 夢を見た。
 オスカーが私にキスをする。
 恋人同士のような甘いキスに、私は幸せな気持ちでオスカーを見つめた。
「んん……オスカー……」
 大好きなオスカー。私の一番大切な人。

「あんたみたいなブス。オスカーにふさわしくない」
 オスカーはいなくなり、私は村の女の子達に囲まれていた。
「いつまでオスカーにまとわり付いてるつもり?見苦しい」
「オスカーはこの村の誇りよ。足を引っ張らないで」
「落ちこぼれのくせに」
「早くオスカーを自由にしてあげて」
 次々に責め立てられ、私はうんざりする。
「そんなの、私が一番分かってる!」

 大声で叫ぶと場面が切り替わり、私はドレスを着て村の墓地に一人立っていた。
 私は成人のお祝いのダンスパーティーに行かず、オスカーの両親のお墓の前で時間を潰していた。
 ダンスパーティーは恋人のお披露目やお見合いのような意味もあったから、それはもううるさいぐらいオスカーとは踊るなと釘をさされていた。
 オスカー以外と踊りたいとは思わなかったし、オスカーと踊ってとやかく言われるのも面倒だったので、私はオスカーに先に行ってと言い、一人墓地に向かった。
 照れくさそうにドレスを用意してくれたお父さんと、嬉しそうにお化粧してくれたお母さんの事を思うと、申し訳なさに泣きそうだった。
 どこかから音楽が聴こえる。
 私は音楽に合わせて、一人で踊る。
 ブスで落ちこぼれの私にはこれが相応しい。
 私は青空の下、いつまでも踊り続けた。

 最悪な目覚めだった。
 よりによって、ダンスパーティーの日の夢を見るなんて。
 これは調子に乗るなと言う無意識の警告なんだろうか。
 警備の見直しを手伝ったら、私はあの村に帰らなくてはいけない。
 皆さん優しい人ばかりで勘違いしそうになるけど、ここは本来私がいるべき場所ではない。
 それを忘れるなと言う事か。

 目が覚めた私は、暗い気持ちで食堂に向かった。
 術式の書き込みは昨日終わらせてあるから、ケニスさんもゆっくり食堂で食事を取れるだろう。
 部外者の私が食堂で食べるのも気が引ける。
 一人分のパンだけ貰ったら、仮眠室で食べよう。
 そう言えば、私はどうやって村に帰ればいいんだろう。
 オスカーと一緒には、もう帰れない。
 一人で帰るためには所持金が足りないから、何とか働いて貯めないといけない。
 王都で働くにしても、直ぐに働き先が見つかるとは限らないし、寝る場所も確保しないと。
 前途多難だ。
『いざとなれば、娼館に行けば生きてはいけるわよ』
 魔法使いとしての行く末に不安しかなかった私を、フローラさんは明るく笑い飛ばしてくれた。
『男の上に跨って腰を振るだけ、そう思えばどうって事無いわよ』
 その時はそうなのかと聞いていたけど、オスカーとのそれを思うと、どうって事無いとは思えなかった。
 フローラさんも、大変な仕事をしていたんだな。

「ニナー!」
 そんな事を考えている内にいつしか食堂に着き、後ろから大きな声で名前を呼ばれた。
「ロティさん」
 駆け寄ってきたのは一日だけ一緒に働いたロティさんだった。
「もー、急にいなくなるから心配してたんだから」
「すみません」
 本当に、あちこちに迷惑をかけてしまっている。
「やっぱりニナは魔術師団の人だったのね。新人と勘違いして、手伝わせちゃってごめんなさい」
「いえ、そう言う訳ではないので。少しでもお手伝い出来たなら良かったです」
「でも、魔術師団の人が荷物を取りに来てたわよ。それも、絵本に出てくる王子様みたいな人」
 それはケニスさんの事だろうか。
 ロティさんは手際よくトレイに食事を乗せると、日当たりの良さそうな席に移動した。
 何故か私にも食事の乗ったトレイを渡されたので、ロティさんの後を追う。
 二人前食べるつもりなんだろうか。
「魔術師団でも、ほんの少しお手伝いしてるだけです。それ以上に迷惑をかけてしまっています」
 ロティさんに手で促されて、目の前の席に座る。
「そうなの?じゃあ、王子様みたいな人は?知ってる?」
「多分ケニスさんだと思いますけど……」
「知ってるのね。ねえ、どんな人?」
 ロティさんは前のめりになって聞いてきた。
 そう言えば、ケニスさんの事は名前以外何も知らない。
 いや、早漏なんだっけ。
 でも、これは言わない方がいいか。
「ええと、努力の出来る、素敵な人です」
 朝、一人で鍛錬していた姿を思い浮かべながら、私は答えた。
「やだ。ニナったら早速ロマンス?」
 ロティさんはちょっとわざとらしく手で口を覆った。
 なんだか楽しそうだ。
「いえ、そう言うのではないです……すみません」
「なんで謝るの?あと、早くご飯食べたら?」
 期待に添えず申し訳無い気持ちで謝ると、ロティさんは何でも無さそうな顔で私を見つめた。
 目の前の食事が、まさか私の分だとは思わなかった。
「いただきます」
 こんな風に誰かと食事を取るなんて考えてもいなかったから、ちょっと落ち着かない。
「顔良し中身良しの王子に惹かれないって事は、他に相手がいるのね」
 ロティさんはお見通しだとでも言うようにニヤリと笑った。
 宮殿内ではしずしずと上品な立ち振舞いをしていたけど、素のロティさんは表情豊かだ。
「それも、ご期待に添えず……」
 一瞬オスカーの事が頭をよぎったけど、オスカーはそう言うのでは、ない。
「……過去を、引きずっているのね。分かるわ」
 ロティさんは遠い目で、あらぬ方向を見つめた。
 ロティさんと言えば、近衛兵のカイルさんと痴話喧嘩をしていた。
 まだ、カイルさんの事を好きなんだろうか。

「そう言えば、ニナは今日の魔術師団の魔法には関わっているの?」
 しばらくの沈黙の後、ロティさんが口を開いた。
 関わるどころか、私が元凶だ。
「そうですね。いよいよ今日が本番です」
「やだー。凄いじゃない。城中皆、楽しみにしてるから頑張ってね」
「そうなんですか?」
 そう言えばナイジェルさんもそんな事を言っていたっけ。
「魔法の間は使用人も仕事の手を止めていいとお達しがあったから、皆盛り上がっちゃって。さすがに警備を解く訳にはいかないから、騎士団の人達は警備の押し付け合いで、血みどろの争いを繰り広げているらしいわよ」
 本当に、思っていた以上に大事になっている。
「……カイルに、一緒に見ようと誘われてるのよね」
「カイルさんは血みどろの争いを勝ち抜いたんですね」
「あんなんだけど、意外と強いのよ」
 ロティさんは自分の事のように誇らしげだ。
「一応確認しますけど、カイルさんだけはやめておくよう言ってませんでしたか?」
 可愛い子を見ると節操なしとか何とか言っていたような気がする。
「そうなのよねー。でも、いい所もあるのよ?」
 ロティさんは恋する乙女の顔でため息を付くと、残っていたパンを口に放り込み立ち上がった。
「もう行くわ。何にせよ、私も楽しみにしてるから、頑張ってね」
 ごくっとパンを飲み込んでからそう言うと、ロティさんは素敵なウインクをして去っていった。
 残された私は一人食事を続けながら、密かに周りの様子をうかがった。
 恋の話なんて調子付いた話をして、白い目で見られていないか不安だった。
 食堂内はザワザワと騒がしく、誰も私の事なんて気にしていない。
 ロティさんが言うように、皆今日の魔法を楽しみにしているようだった。
 嬉しいような、恥ずかしいような、落ち着かない気持ちで、私は食事を続けた。

 開発室に入ると、中にいるのはケニスさんだけで、窓辺に立って外を見ていた。
 日の光に髪の毛がキラキラと輝き、憂いを帯びた表情で外を見つめる姿は、一枚の絵画のようだった。
「今日は遅かったんだな」
「先に食堂に行っていたので。どうかしましたか?」
「もう、食べてきたのか」
 ケニスさんは分かりやすく落ち込んだ。
「ひょっとして、待っていてくれたんですか?」
 部外者が一人で食事を取る事を慮って、待っていてくれたんだろうか。
「いや、あー、まあ……」
 ケニスさんは照れくさそうに頭を掻きむしっている。
 ロティさんもケニスさんも、ここの人達は本当に優しい人ばかりだ。
「ありがとうございます。でも、西棟でお世話になった人が一緒だったんで大丈夫でしたよ」
「そうか……」

 ケニスさんはしばらく何かを考えてから、口を開いた。
「今日の魔法が終わったら、食事に行かないか。その、なんだ、一緒に」
 これはまさか、打ち上げのお誘いだろうか。
 行事の後に宴会はつきものだったけど、今まで私が誘われる事は一度も無かった。
「わあ、行きたいです」
 思わず言ってしまったけど、手持ちのお金は多いとは言えない。
 帰りの旅費も貯めなきゃいけない事を考えると、余分なお金を使う余裕はなかった。
「でも、すみません、私は行けないです」
「行きたいんじゃないのか?」
「手持ちのお金が、あまりなくて。みな……」
「そんなの、俺が出すに決まってんだろ。じゃあ、約束な!」
 皆さんで楽しんできてくださいと言おうとしたら、ケニスさんに全開の笑顔で遮られてしまった。
 せっかく貸してくれると言うなら甘えてしまおうか。
「ありがとうございます。楽しみにしてますね」
 私が笑顔でお礼を言うと、ケニスさんは赤い顔で何やらもごもご言っていた。
 ケニスさんにお金を返す為にも、しっかりと働かないと。
 見知らぬ場所で暮らすのは大変だろうけど、頑張っているケニスさんに負けないよう、私も頑張ろう。
「ケニスさん。私、頑張りますね」
「なんだよ、急に」
 昔を思い出してへこむのはもうお終い。
 まずは今晩の魔法を成功させよう。
 気持ちも新たに、私は魔法の構成の最終チェックに取り掛かった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

処理中です...