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本編
八日目
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「おはようござい、ます?」
あまり眠れぬまま朝が来て、はっきりしない頭のまま魔術師団の部屋に入ると、半裸で腕立て伏せをしている人間が一人増えていた。
「やあ、おはようニナ」
爽やかに笑うその人物はルーファスさんだった。
その隣でケニスさんが必死にルーファスさんの動きについていっている。
ルーファスさんには迷惑をかけてしまっているから、ちゃんと謝っておきたいけど、邪魔をするのも悪そうだ。
「ケニスさん、朝ご飯を貰ってきますね」
「お、う……」
「ああ、じゃあ僕も付いていっていいかな?今日はニナに用事があって来たんだ。ケニス君、悪いけど先に抜けるね」
ルーファスさんはそう言うと、素早く身支度を整えた。
黒い騎士服をキッチリと着込むと扉を開けて、私が出るのを待ってくれた。
「ケニスさん、行ってきます」
私がケニスさんに声を掛けると、ケニスさんは腕立て伏せを続けながら複雑な顔で私達を見送った。
やはりルーファスさんの騎士姿を見ると、色々思うところがあるんだろうか。
「ニナに会いに来たら、ケニス君が鍛錬していてね、僕も混ぜてもらったんだ」
私に合わせてゆっくりと歩きながら、ルーファスさんが話し始めた。
「魔術師団に出向になってから、鍛錬は二の次になってたからなあ。ケニス君を見習って僕も頑張らないとね」
そうは言っても、ちゃんと鍛錬しているんだろう。
ケニスさんが息を上げる速さで腕立て伏せをしていても、ルーファスさんは息一つ乱れていなかった。
「あの、ルーファスさん、先日はご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
倒れた私をルーファスさんが運んでくれたと聞いている。
いくら鍛えていたとしても、倒れた人間を運ぶのは大変だっただろう。
「いや、元はと言えば僕のせいだからね。でも、あれ以降ホント大変だったよ。魔術師団の副団長からも、魔兵科の隊長からもこっぴどく怒られて、警備の見直しの為にあっちとこっちを行ったり来たりこき使われて」
思っていた以上に迷惑をかけていて、私は青ざめた。
「本当に、すみませんでした」
「全ては軽々しく魔法を使わせた僕の責任だから。それで、今日ニナに会いに来たのも、副団長からの指令でね」
ルーファスさんは気にするなとでも言うように片手をひらひらさせた。
「副団長ですか」
私が知っている魔術師団の皆さんの中にはいないはずだけど、どこにいるんだろう。
「ニナが今いるのは団長付の術式開発室で、副団長はそれとは別に魔法運用室を持っている。魔法に対する警備は運用室の管轄なんだけど、今回のニナの魔法で警備の見直しが必要になってね。副団長から、ニナの魔法を確認したいから引き止めてくるよう言われたんだ」
「引き止める?」
「ニナはオスカー君の付き添いで来たんだろう?ここから先は勇者に同行しないで、警備の見直しを手伝って欲しいって」
以前の私なら、そんな申し出は直ぐに断っただろう。
でも、魔王はいないと知ってしまった以上、今まで通りオスカーと旅を続ける事は出来ないと思った。
「私でお手伝い出来ることがあれば」
私は自分に言い聞かせるように大きく頷き、ルーファスさんを見つめた。
「え?いいの?」
ルーファスさんは驚いた顔をして問い直してきた。
「何が出来るか分かりませんが、私にも責任がありますし、まだここでやりたい事もあるので」
まだここにいていいなら、ケニスさんの勉強のお手伝いもしたい。
「よかったー。いやあ、先にオスカー君にニナを引き止めていいか聞いたら、剣があったら抜いてるんじゃないかってぐらい殺気立っちゃってね。あれじゃあ勇者じゃなくてむしろ魔王だよ。貴族のお嬢様方にも見せてやり……いや、意外と人気出そうだからやめておこう」
ルーファスさんは一人でブツブツ言って、勝手に納得していた。
「まあでも、決めるのはニナだと言っていたから、ニナがいいなら万事問題なしだ。僕としてはオスカー君と二人旅より、ニナも一緒の方が良かったんだけどねー」
「あの、オスカーは今、どうしてますか?」
今すぐオスカーに会う気にはならないくせに、やっぱりオスカーの事は気になった。
「明日の夜会までは、お茶会に次ぐお茶会で忙しいんじゃないかな?騎士団のお偉いさんとかとも面会してるみたいだけど、基本女の子に囲まれてるよね。ホント忌々しいよね」
充実した日々を送っているようで、良かった。
「ああでも、別れ際にニナに会いたいって呟いていたよ」
ルーファスさんの言葉に、私もオスカーに会いたいと思ってしまい、自分の気持ちが分からなくなる。
今は会う気にならないと思った端から、会いたいと思うなんて、どうかしている。
「そう、ですか。教えていただき、ありがとうございます」
私は無理矢理笑顔を作って、ルーファスさんにお礼を言った。
ちゃんと、笑えただろうか。
ルーファスさんは朝食を部屋に運ぶと、私の事を副団長に報告しに行くと言って、去っていった。
いよいよ明日が本番で、もう時間がない。
開発室の皆さんも早目に出勤してきて、黙々と術式の書き込みを続けた。
ろくにご飯も食べずに、気がつけばあっと言う間に夕方近くになっていた。
「本当に、ご迷惑をお掛けしてすみません」
ケニスさんに疲れが出てきたので、少し休んでもらう間、私は開発室の皆さんにお茶を配って歩いた。
おじさまはいつもこんな感じだと言っていたけど、皆さん疲れた顔に目だけがギラついて異様な雰囲気を醸し出している。
「ニナ君、私達は君に感謝をしたいぐらいだよ」
室長のナイジェルさんがそう言うと、他の人達も力強く頷いた。
「今や城中の人間が私達の魔法を心待ちにしている。いつもいつも目立つのは運営室ばかりで、私達は日陰の存在だった。今こそ、私達が輝く時だ。運営室の女狐どもに一泡吹かせようじゃないか」
ナイジェルさんの熱い演説に、拍手が巻き起こる。
「フフフ……私達の実力、思い知るが良い……」
「アイツらまとめて、ギャフンと言わせてやるぜ」
「私達の勝利は、もはや決まったも同然」
「俺、これが成功したら、あの子に告白するんだ」
皆さん思い思いのセリフを呟きながら、作業に戻っていく。
何だか小物臭いような、失敗するような気がしないでもないけど、皆さんの熱い思いは伝わった。
今まで、誰かと一つの事に打ち込むことなんて無かったけど、こう言うのもいいなと素直に思えた。
「私に出来ることがあったら、何でも言ってください」
「じゃあ、この部分の術式がよく分からないから、代わりに書き込んで貰えるかな?」
「はい!」
私はただの部外者だけど、今だけはチームの一員になれた気がして嬉しかった。
「ニナ君、君はケニス君を殺す気かい?」
私がナイジェルさんの手を取り、術式を書き込もうとすると、進行具合をチェックしていたおじさまから、呆れたような声があがった。
「ちゃんと使う時の事考えてる?この調子でいくと、いくらケニス君が馬鹿みたいに魔力が多いと言っても、発動した時に死んじゃうよ」
おじさまの言葉で、今まで書き込んだ術式を最初から思い出してみる。
確かに、思うまま術式を書き込めるのが嬉しくて、追加した術式がかなりある。
「本人以外が術式を書き込む危険性を、少しは考えなさい」
私と目が合ったナイジェルさんが、引きつった笑みを浮かべてそっと手を離した。
「ケニス君も回復したみたいだし、自分で考えてみるよ」
ケニスさんはまだ長椅子で寝たままだ。
チームの一員になれた気がしたのは錯覚だったようだ。
「んん……なんだ?」
行き場を失った私はケニスさんの隣に座り、魔法を発動させていた。
「私にはケニスさんしかいないんです」
「なっ!?」
「ケニスさんがいないと、本当に役立たずで。だから、少しでもケニスさんが回復できるように、清浄な空気を心地よい温度でそよがせています」
「……そうか」
ケニスさんを元気にしようと思ったのに、ケニスさんは何故かしょんぼりとうなだれてしまった。
「あれ?駄目でした?」
「いや、凄いな。なんかいい匂いもする」
「それはコレですね」
私は握りしめた小さな瓶をケニスさんに見せた。蓋は外してある。
「香油です。いい香りは気持ちを落ち着かせてくれますから」
「……誰かから貰ったのか?」
「ええと、そう、です」
香油は毎年誕生日にオスカーから贈られる物だ。
もったいないからとなかなか使わないでいると、毎年あげるからちゃんと使えと言って、オスカーにあちこち塗られてしまう。
毎日髪に塗るようにしていても、身体にも使えと言って、スカートをたくし上げて更にスカートの中の結構上の方まで塗られてしまうのだ。
思えばオスカーは、何かと理由を付けて香油を塗ってきた。
私にとっては大切な物で、小さな瓶に入れてお守りのように持ち歩いていたけど、違う意味があったんだろうか。
『客から香油を貰うようになったら、娼婦として一人前よ』
フローラさんの言葉が蘇る。
私はオスカーの事を家族の様に思っていたけど、オスカーは違ったのかもしれない。
オスカーは私の事をどう思っていたんだろう。
「そんな顔をするって事は、諦めなくてもいいのか?」
「え?何をです?」
考え事をしていて、ケニスさんの言葉が頭に入ってこなかった。
「なんでもない。そろそろ戻ろう」
ケニスさんはそう言うと私の手を取り、席までエスコートしてくれた。
微笑みを浮かべるケニスさんは本物の王子様の様で、元気になってくれたようで嬉しかった。
「頑張りましょうね。ケニスさん」
「おう。任せておけ」
言葉通り、それからケニスさんは深夜近くまで頑張ってくれた。
開発室の皆さんもいよいよ目つきが狂気じみながらも、その日の内に全ての術式の書き込みを終わらせてくれた。
皆さんと別れた後、私は仮眠室のベッドに横たわると、自分に眠りの魔法をかけた。
そうでもしないと、どうしてもオスカーの事を考えてしまい、眠れないと思ったからだ。
私は明日の本番が上手く行くように祈りながら、眠りについた。
あまり眠れぬまま朝が来て、はっきりしない頭のまま魔術師団の部屋に入ると、半裸で腕立て伏せをしている人間が一人増えていた。
「やあ、おはようニナ」
爽やかに笑うその人物はルーファスさんだった。
その隣でケニスさんが必死にルーファスさんの動きについていっている。
ルーファスさんには迷惑をかけてしまっているから、ちゃんと謝っておきたいけど、邪魔をするのも悪そうだ。
「ケニスさん、朝ご飯を貰ってきますね」
「お、う……」
「ああ、じゃあ僕も付いていっていいかな?今日はニナに用事があって来たんだ。ケニス君、悪いけど先に抜けるね」
ルーファスさんはそう言うと、素早く身支度を整えた。
黒い騎士服をキッチリと着込むと扉を開けて、私が出るのを待ってくれた。
「ケニスさん、行ってきます」
私がケニスさんに声を掛けると、ケニスさんは腕立て伏せを続けながら複雑な顔で私達を見送った。
やはりルーファスさんの騎士姿を見ると、色々思うところがあるんだろうか。
「ニナに会いに来たら、ケニス君が鍛錬していてね、僕も混ぜてもらったんだ」
私に合わせてゆっくりと歩きながら、ルーファスさんが話し始めた。
「魔術師団に出向になってから、鍛錬は二の次になってたからなあ。ケニス君を見習って僕も頑張らないとね」
そうは言っても、ちゃんと鍛錬しているんだろう。
ケニスさんが息を上げる速さで腕立て伏せをしていても、ルーファスさんは息一つ乱れていなかった。
「あの、ルーファスさん、先日はご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
倒れた私をルーファスさんが運んでくれたと聞いている。
いくら鍛えていたとしても、倒れた人間を運ぶのは大変だっただろう。
「いや、元はと言えば僕のせいだからね。でも、あれ以降ホント大変だったよ。魔術師団の副団長からも、魔兵科の隊長からもこっぴどく怒られて、警備の見直しの為にあっちとこっちを行ったり来たりこき使われて」
思っていた以上に迷惑をかけていて、私は青ざめた。
「本当に、すみませんでした」
「全ては軽々しく魔法を使わせた僕の責任だから。それで、今日ニナに会いに来たのも、副団長からの指令でね」
ルーファスさんは気にするなとでも言うように片手をひらひらさせた。
「副団長ですか」
私が知っている魔術師団の皆さんの中にはいないはずだけど、どこにいるんだろう。
「ニナが今いるのは団長付の術式開発室で、副団長はそれとは別に魔法運用室を持っている。魔法に対する警備は運用室の管轄なんだけど、今回のニナの魔法で警備の見直しが必要になってね。副団長から、ニナの魔法を確認したいから引き止めてくるよう言われたんだ」
「引き止める?」
「ニナはオスカー君の付き添いで来たんだろう?ここから先は勇者に同行しないで、警備の見直しを手伝って欲しいって」
以前の私なら、そんな申し出は直ぐに断っただろう。
でも、魔王はいないと知ってしまった以上、今まで通りオスカーと旅を続ける事は出来ないと思った。
「私でお手伝い出来ることがあれば」
私は自分に言い聞かせるように大きく頷き、ルーファスさんを見つめた。
「え?いいの?」
ルーファスさんは驚いた顔をして問い直してきた。
「何が出来るか分かりませんが、私にも責任がありますし、まだここでやりたい事もあるので」
まだここにいていいなら、ケニスさんの勉強のお手伝いもしたい。
「よかったー。いやあ、先にオスカー君にニナを引き止めていいか聞いたら、剣があったら抜いてるんじゃないかってぐらい殺気立っちゃってね。あれじゃあ勇者じゃなくてむしろ魔王だよ。貴族のお嬢様方にも見せてやり……いや、意外と人気出そうだからやめておこう」
ルーファスさんは一人でブツブツ言って、勝手に納得していた。
「まあでも、決めるのはニナだと言っていたから、ニナがいいなら万事問題なしだ。僕としてはオスカー君と二人旅より、ニナも一緒の方が良かったんだけどねー」
「あの、オスカーは今、どうしてますか?」
今すぐオスカーに会う気にはならないくせに、やっぱりオスカーの事は気になった。
「明日の夜会までは、お茶会に次ぐお茶会で忙しいんじゃないかな?騎士団のお偉いさんとかとも面会してるみたいだけど、基本女の子に囲まれてるよね。ホント忌々しいよね」
充実した日々を送っているようで、良かった。
「ああでも、別れ際にニナに会いたいって呟いていたよ」
ルーファスさんの言葉に、私もオスカーに会いたいと思ってしまい、自分の気持ちが分からなくなる。
今は会う気にならないと思った端から、会いたいと思うなんて、どうかしている。
「そう、ですか。教えていただき、ありがとうございます」
私は無理矢理笑顔を作って、ルーファスさんにお礼を言った。
ちゃんと、笑えただろうか。
ルーファスさんは朝食を部屋に運ぶと、私の事を副団長に報告しに行くと言って、去っていった。
いよいよ明日が本番で、もう時間がない。
開発室の皆さんも早目に出勤してきて、黙々と術式の書き込みを続けた。
ろくにご飯も食べずに、気がつけばあっと言う間に夕方近くになっていた。
「本当に、ご迷惑をお掛けしてすみません」
ケニスさんに疲れが出てきたので、少し休んでもらう間、私は開発室の皆さんにお茶を配って歩いた。
おじさまはいつもこんな感じだと言っていたけど、皆さん疲れた顔に目だけがギラついて異様な雰囲気を醸し出している。
「ニナ君、私達は君に感謝をしたいぐらいだよ」
室長のナイジェルさんがそう言うと、他の人達も力強く頷いた。
「今や城中の人間が私達の魔法を心待ちにしている。いつもいつも目立つのは運営室ばかりで、私達は日陰の存在だった。今こそ、私達が輝く時だ。運営室の女狐どもに一泡吹かせようじゃないか」
ナイジェルさんの熱い演説に、拍手が巻き起こる。
「フフフ……私達の実力、思い知るが良い……」
「アイツらまとめて、ギャフンと言わせてやるぜ」
「私達の勝利は、もはや決まったも同然」
「俺、これが成功したら、あの子に告白するんだ」
皆さん思い思いのセリフを呟きながら、作業に戻っていく。
何だか小物臭いような、失敗するような気がしないでもないけど、皆さんの熱い思いは伝わった。
今まで、誰かと一つの事に打ち込むことなんて無かったけど、こう言うのもいいなと素直に思えた。
「私に出来ることがあったら、何でも言ってください」
「じゃあ、この部分の術式がよく分からないから、代わりに書き込んで貰えるかな?」
「はい!」
私はただの部外者だけど、今だけはチームの一員になれた気がして嬉しかった。
「ニナ君、君はケニス君を殺す気かい?」
私がナイジェルさんの手を取り、術式を書き込もうとすると、進行具合をチェックしていたおじさまから、呆れたような声があがった。
「ちゃんと使う時の事考えてる?この調子でいくと、いくらケニス君が馬鹿みたいに魔力が多いと言っても、発動した時に死んじゃうよ」
おじさまの言葉で、今まで書き込んだ術式を最初から思い出してみる。
確かに、思うまま術式を書き込めるのが嬉しくて、追加した術式がかなりある。
「本人以外が術式を書き込む危険性を、少しは考えなさい」
私と目が合ったナイジェルさんが、引きつった笑みを浮かべてそっと手を離した。
「ケニス君も回復したみたいだし、自分で考えてみるよ」
ケニスさんはまだ長椅子で寝たままだ。
チームの一員になれた気がしたのは錯覚だったようだ。
「んん……なんだ?」
行き場を失った私はケニスさんの隣に座り、魔法を発動させていた。
「私にはケニスさんしかいないんです」
「なっ!?」
「ケニスさんがいないと、本当に役立たずで。だから、少しでもケニスさんが回復できるように、清浄な空気を心地よい温度でそよがせています」
「……そうか」
ケニスさんを元気にしようと思ったのに、ケニスさんは何故かしょんぼりとうなだれてしまった。
「あれ?駄目でした?」
「いや、凄いな。なんかいい匂いもする」
「それはコレですね」
私は握りしめた小さな瓶をケニスさんに見せた。蓋は外してある。
「香油です。いい香りは気持ちを落ち着かせてくれますから」
「……誰かから貰ったのか?」
「ええと、そう、です」
香油は毎年誕生日にオスカーから贈られる物だ。
もったいないからとなかなか使わないでいると、毎年あげるからちゃんと使えと言って、オスカーにあちこち塗られてしまう。
毎日髪に塗るようにしていても、身体にも使えと言って、スカートをたくし上げて更にスカートの中の結構上の方まで塗られてしまうのだ。
思えばオスカーは、何かと理由を付けて香油を塗ってきた。
私にとっては大切な物で、小さな瓶に入れてお守りのように持ち歩いていたけど、違う意味があったんだろうか。
『客から香油を貰うようになったら、娼婦として一人前よ』
フローラさんの言葉が蘇る。
私はオスカーの事を家族の様に思っていたけど、オスカーは違ったのかもしれない。
オスカーは私の事をどう思っていたんだろう。
「そんな顔をするって事は、諦めなくてもいいのか?」
「え?何をです?」
考え事をしていて、ケニスさんの言葉が頭に入ってこなかった。
「なんでもない。そろそろ戻ろう」
ケニスさんはそう言うと私の手を取り、席までエスコートしてくれた。
微笑みを浮かべるケニスさんは本物の王子様の様で、元気になってくれたようで嬉しかった。
「頑張りましょうね。ケニスさん」
「おう。任せておけ」
言葉通り、それからケニスさんは深夜近くまで頑張ってくれた。
開発室の皆さんもいよいよ目つきが狂気じみながらも、その日の内に全ての術式の書き込みを終わらせてくれた。
皆さんと別れた後、私は仮眠室のベッドに横たわると、自分に眠りの魔法をかけた。
そうでもしないと、どうしてもオスカーの事を考えてしまい、眠れないと思ったからだ。
私は明日の本番が上手く行くように祈りながら、眠りについた。
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