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本編
第七夜
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深夜になり、昨日と同じように部屋には私とおじさまだけが残っていた。
私は構成の最終確認をしながら、誰がどのタイミングで打ち上げればいいか分かるよう、表にする作業に追われていた。
「そろそろ切りをつけようか」
進捗を確認し終えたおじさまが私に声をかけ、私は持っていたペンを置いた。
「あの、おじさま。少しいいですか?」
「少しと言わず、できれば一晩中お相手したいね」
おじさまの軽口は無視して、私は本題に入る。
「魔王の事でお聞きしたいことがあります」
「魔王?」
「魔王って、本当にいるんですか?」
私は隣に座ったおじさまを見つめて、回答を待った。
「むしろいると思っていたなら、ニナ君は意外とロマンチストなんだね」
フローラさんの為に作った魔法を、オスカーが知っていた事から、そうなのかもしれないとは思っていた。
でも、実際にいないと言われるとショックだった。
「魔王の魂を宿した勇者が、魔王を封印し直すんじゃないんですか?」
「それは子供向けのおとぎ話だよ」
「でも、勇者はいるんですよね?」
おじさまもオスカーも勇者であることは間違いない。
「大魔法使いメレディスと同じ魔力を持っているってだけだね」
おじさまはそう言うと、目を細めて笑った。
「なるほど、魔王の存在を信じ込まされていたって事か。オスカー君は魔王になって、何をしていたんだろうねえ」
心底愉快そうに笑うおじさまに反して、私は泣きそうになる。
魔王にされた事なんて、一つしかない。
「ニナ君を泣かしたい訳じゃないんだけどね。真実はこうだよ。魔力が核を得て一定量集まると魔物になる。魔王城の辺りは特に魔力が集まりやすい場所で、常に強大な魔物の脅威に晒されていたんだ。大魔法使いメレディスは、核を得る前に魔力を集め、封じ込める術式を開発する事により、魔物の発生を抑える事に成功した。集めた魔力は術式の保持と、定期的に術式を発動させる事により消費されている。ただの魔力管理システムであって、魔王なんていない」
心のどこかで魔王の存在を望んでいた私は、その事実に打ちのめされる。
魂なんてあるかどうかも分からない物より、よっぽど理にかなった説明だ。
だけど、だからと言ってすぐには納得出来なかった。
私は諦め悪く、質問を重ねる。
「でも、術式は書き込んだ人にしか発動できないですよね」
「魔力は人によって違うけど、全ての人が違うと言う訳でもない。だいたい一世代に一人ぐらいは同じ魔力を持つ者が現れる。それが勇者と呼ばれているだけだ」
「なぜ、魔王と勇者なんて話になったんですか?」
「同じ魔力を持つ者は同じ特性を持つ。国としてはメレディスと同じ特性を持つ人間は囲っておきたい存在だから、勇者に祭り上げているだけだよ。魔王を封じ込める勇者だなんて、一番分かりやすい英雄譚だろう?」
「国がそこまでする、メレディスと同じ特性って何なんですか?」
「一番は魔法だけど、基本的に何をやらせてもトップレベルの才能を発揮するってところかな。自分で言うのもなんだけどね」
おじさまはウインクをして茶化したけど、オスカーを思えば、大袈裟でなく本当の事なんだろう。
おじさまだって魔術師団の団長で、少し見ただけでもその実力が本物だと言う事は良く分かった。
「後は、なまじ何でもできるから、何でも手に入ると思っちゃう傲慢な所とか、どうしようもなく性欲が強くて変態な所とか、人間的にはクズが多いかな」
事も無げに言っているけど、それはおじさまにも当てはまるんだろうか。
「私はそんな前々代が大嫌いでね、こうはなるまいと変わる努力をしたから、今ではとっても紳士な変態だよ」
一番変わらなきゃいけない所が、変わっていない。
「何だったら、今から確認してみるかい?」
「遠慮しておきます」
私の冷たい視線に動じることなく、おじさまは楽しそうに笑った。
「魔王は、いないんですね……」
しばらくの沈黙の後、私は呟いた。
「ニナ君が魔王に会ったと言うなら、それがオスカー君の本質だよ」
「オスカーの本質」
脅されてされたあれこれを思い浮かべ、私は首を振る。
どうしても、私の知るオスカーとは結びつかなかった。
「何にせよ、一度オスカー君と話し合った方がいいね」
「そう、ですね」
オスカーは、この事を話そうとしていたんだろうか。
私はオスカーから真実を聞いた時、どうするんだろう。
「まだ仕事が残っているから、話すなら明後日の本番後にね」
考え込む私に、おじさまは有無を言わせぬ笑顔を向けた。
「そう、ですね」
相変わらず過酷な職場だと思いながらも、今はやらなければいけない事があって良かったとも思った。
おじさまと別れた私は、仮眠室のベッドの上でじっと天井を見つめていた。
次から次に思い浮かぶのは、私がよく知るオスカーの姿だ。
オスカーは確かに天才かもしれないけど、それ以上に努力が出来る人だった。
いつだって鍛錬に明け暮れていたし、魔法の勉強だってしっかりとしていた。
さすが勇者と言われる度に、勇者が凄いんじゃなくてオスカーが凄いんだと憤る私に、気にするなと言って微笑んでいた。
人の評価を気にする事なく、淡々と高みを目指すオスカーがいたから、私もここまでがんばって来られたんだと思う。
私にとってオスカーは、とても大切で、かけがいのない存在だった。
だからこそ、魔王と偽ってされた事が許せなかった。
なぜあんな事をしたのかは分からないけど、騙してやっていい事ではない。
私がどんな思いで身体を委ねたと思っているんだ。
オスカーに対する怒りを膨らませながら、それでもなお、心のどこかでオスカーに会いたいと思う私がいた。
私は構成の最終確認をしながら、誰がどのタイミングで打ち上げればいいか分かるよう、表にする作業に追われていた。
「そろそろ切りをつけようか」
進捗を確認し終えたおじさまが私に声をかけ、私は持っていたペンを置いた。
「あの、おじさま。少しいいですか?」
「少しと言わず、できれば一晩中お相手したいね」
おじさまの軽口は無視して、私は本題に入る。
「魔王の事でお聞きしたいことがあります」
「魔王?」
「魔王って、本当にいるんですか?」
私は隣に座ったおじさまを見つめて、回答を待った。
「むしろいると思っていたなら、ニナ君は意外とロマンチストなんだね」
フローラさんの為に作った魔法を、オスカーが知っていた事から、そうなのかもしれないとは思っていた。
でも、実際にいないと言われるとショックだった。
「魔王の魂を宿した勇者が、魔王を封印し直すんじゃないんですか?」
「それは子供向けのおとぎ話だよ」
「でも、勇者はいるんですよね?」
おじさまもオスカーも勇者であることは間違いない。
「大魔法使いメレディスと同じ魔力を持っているってだけだね」
おじさまはそう言うと、目を細めて笑った。
「なるほど、魔王の存在を信じ込まされていたって事か。オスカー君は魔王になって、何をしていたんだろうねえ」
心底愉快そうに笑うおじさまに反して、私は泣きそうになる。
魔王にされた事なんて、一つしかない。
「ニナ君を泣かしたい訳じゃないんだけどね。真実はこうだよ。魔力が核を得て一定量集まると魔物になる。魔王城の辺りは特に魔力が集まりやすい場所で、常に強大な魔物の脅威に晒されていたんだ。大魔法使いメレディスは、核を得る前に魔力を集め、封じ込める術式を開発する事により、魔物の発生を抑える事に成功した。集めた魔力は術式の保持と、定期的に術式を発動させる事により消費されている。ただの魔力管理システムであって、魔王なんていない」
心のどこかで魔王の存在を望んでいた私は、その事実に打ちのめされる。
魂なんてあるかどうかも分からない物より、よっぽど理にかなった説明だ。
だけど、だからと言ってすぐには納得出来なかった。
私は諦め悪く、質問を重ねる。
「でも、術式は書き込んだ人にしか発動できないですよね」
「魔力は人によって違うけど、全ての人が違うと言う訳でもない。だいたい一世代に一人ぐらいは同じ魔力を持つ者が現れる。それが勇者と呼ばれているだけだ」
「なぜ、魔王と勇者なんて話になったんですか?」
「同じ魔力を持つ者は同じ特性を持つ。国としてはメレディスと同じ特性を持つ人間は囲っておきたい存在だから、勇者に祭り上げているだけだよ。魔王を封じ込める勇者だなんて、一番分かりやすい英雄譚だろう?」
「国がそこまでする、メレディスと同じ特性って何なんですか?」
「一番は魔法だけど、基本的に何をやらせてもトップレベルの才能を発揮するってところかな。自分で言うのもなんだけどね」
おじさまはウインクをして茶化したけど、オスカーを思えば、大袈裟でなく本当の事なんだろう。
おじさまだって魔術師団の団長で、少し見ただけでもその実力が本物だと言う事は良く分かった。
「後は、なまじ何でもできるから、何でも手に入ると思っちゃう傲慢な所とか、どうしようもなく性欲が強くて変態な所とか、人間的にはクズが多いかな」
事も無げに言っているけど、それはおじさまにも当てはまるんだろうか。
「私はそんな前々代が大嫌いでね、こうはなるまいと変わる努力をしたから、今ではとっても紳士な変態だよ」
一番変わらなきゃいけない所が、変わっていない。
「何だったら、今から確認してみるかい?」
「遠慮しておきます」
私の冷たい視線に動じることなく、おじさまは楽しそうに笑った。
「魔王は、いないんですね……」
しばらくの沈黙の後、私は呟いた。
「ニナ君が魔王に会ったと言うなら、それがオスカー君の本質だよ」
「オスカーの本質」
脅されてされたあれこれを思い浮かべ、私は首を振る。
どうしても、私の知るオスカーとは結びつかなかった。
「何にせよ、一度オスカー君と話し合った方がいいね」
「そう、ですね」
オスカーは、この事を話そうとしていたんだろうか。
私はオスカーから真実を聞いた時、どうするんだろう。
「まだ仕事が残っているから、話すなら明後日の本番後にね」
考え込む私に、おじさまは有無を言わせぬ笑顔を向けた。
「そう、ですね」
相変わらず過酷な職場だと思いながらも、今はやらなければいけない事があって良かったとも思った。
おじさまと別れた私は、仮眠室のベッドの上でじっと天井を見つめていた。
次から次に思い浮かぶのは、私がよく知るオスカーの姿だ。
オスカーは確かに天才かもしれないけど、それ以上に努力が出来る人だった。
いつだって鍛錬に明け暮れていたし、魔法の勉強だってしっかりとしていた。
さすが勇者と言われる度に、勇者が凄いんじゃなくてオスカーが凄いんだと憤る私に、気にするなと言って微笑んでいた。
人の評価を気にする事なく、淡々と高みを目指すオスカーがいたから、私もここまでがんばって来られたんだと思う。
私にとってオスカーは、とても大切で、かけがいのない存在だった。
だからこそ、魔王と偽ってされた事が許せなかった。
なぜあんな事をしたのかは分からないけど、騙してやっていい事ではない。
私がどんな思いで身体を委ねたと思っているんだ。
オスカーに対する怒りを膨らませながら、それでもなお、心のどこかでオスカーに会いたいと思う私がいた。
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