勇者の中の魔王と私

白玉しらす

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本編

六日目

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「んん……オス、カー……」
 温かな腕の中で、私は目を覚ました。
「おはようニナ君。腕の中で他の男の名を呼ばれたのは初めてだ。案外妬けるものだな」
 見知らぬ低い声に顔を上げると、そこには黒髪に灰色の目を持つ、色気漂うおじさんがいた。
「だ、誰ですか?」
「私はゼーン・ノラン。おじさまと呼んで欲しい」
「お、おじさま?」
 何だかおかしな人だけど、何者だろう。
 私はおじさまの腕の中に囚われたまま、辺りの様子をうかがう。
 本と書類の山の間に、無理やり押し込んだようにベッドが置かれている。
 私はおじさまと共にベッドの上だ。
 窓も半分以上本棚に隠されてしまっていて、部屋の中は薄暗い。
 それでも、日の光が入ってきている所を見ると、もう朝なんだろう。
「ひょっとして、もう朝ですか?」
「もうすぐお昼だね。ニナ君は魔力切れで気を失って、ずっと寝ていたんだよ」
 魔力切れを起こす程、魔力を使うつもりは無かったんだけど、一発勝負の魔法だから加減を間違えてしまったみたいだ。
 オスカーは全てを話すと言っていたけど、私がいなくなってどう思っただろうか。
 魔王は他の女の人の所には行かないと言っていたけど、どうしたんだろうか。
「そんな泣きそうな顔をされると、放っておけなくなるな」
 おじさまは私の顎に手を掛けて、顔を上に向かせた。
 灰色の瞳がどこかオスカーを思い出させて、目が離せなくなる。

「団長、ちゃんと起こして……おい、おっさん!何やってんだ!」
 ノックの後に入ってきた男の人が、駆け寄ってきて、おじさまの胸ぐらを掴んだ。
「てめぇ、あれ程手を出すなと言ったのに、何抱きしめてんだ。俺が来なかったらチューしてただろ、ふざけんな」
 軽くウェーブのかかった金色の髪に青い瞳。
 絵本の中の王子様のような男の人は、おじさまを締め上げながら口汚く罵った。
 なかなか見た目と中身のギャップが激しい人だ。
「泣きそうなお嬢さんがいたら、慰めてあげるのが紳士の務めと言うものだよ。私がダメなら、代わりにケニス君が慰めるかい?」
 おじさまは締め上げられている事を気にする事なく、楽しげに微笑んでいる。
 ケニスさんは起き上がった私を見ると、直ぐに目をそらしてしまった。
「そんな事してる場合じゃねえだろ」
「そうだね。ニナ君も起きたことだし、私は何か食べる物でも持ってこよう。ケニス君、説明頼んだよ」
 おじさまはそう言うと立ち上がり、ドアの方に向かった。
 ドアから出ていこうとしたおじさまは、途中で振り向いてウインクをした。
「私は手を出すななんて、野暮なことは言わないよ」
「さっさと行け!」
 おじさまは楽しげな笑い声を残して去って行った。
 やっぱりおかしな人だ。

「あー、なんだ、その、俺はケニスだ」
 ケニスさんはベッドの上に、私から少し離れて座り、ぶっきらぼうに挨拶をした。
「私は、ニナです」
 おじさまはケニスさんが説明してくれると言っていたので、大人しく説明を待つ。
「ここは魔術師団の資料室兼仮眠室だ。昨夜倒れたニナを、ルーファスさんが連れてきた。城内であんな派手な魔法を使って、危うくしょっ引かれる所を、団長が魔術師団がやったことにして守ってくれたんだ」
「そ、それはとんだご迷惑を」
 倒れたばかりか、危うく犯罪者になるところだったなんて。
「いや、守ったのはこっちの都合もある。城内では大きな魔法は使えないように、一度に使える魔力量に制限がかかっているんだ。それなのにあんな凄い事が出来ると分かったら、早急に警備体制を見直さないといけなくなる。もちろん見直しはするけど、期限付きでせっつかれてやるのは、何としてでも避けたかったから、魔術師団でやった事にしたんだ」
 つまり私は、制限された魔力量の範囲内で、魔力切れを起こした訳だ。
 我ながら情けない。
「俺も昨日のヤツ見たけど、スゲーキレイだった。特に腹に響く音がいい」
「光だけだと迫力に欠けるし、気づいて貰えないといけないので、光球を弾けさせる時に、音が出るような爆発も同時に起こすようにしたんです。一応形によって音も合わせてあります」
 私は魔法を褒められて、つい調子に乗ってしまった。
 私の言葉にケニスさんの顔が暗く沈んでいく。
「それは、ヤバイな。ホント、ヤバイ。これはみんな、死ぬな」
「あの?」
「一応確認するけど、あの魔法はもう一度出来たりしないよな」
「はい。腕輪に書き込んだ術式を開放することで、魔力を補っていたので」
「だよなー。ルーファスさんもそう言ってた」
 ケニスさんは頭を抱えてしまった。
 ケニスさんの様子に私が困惑していると、ノックと共におじさまが戻ってきた。

「おや?ケニス君、そんなに落ち込んで、早速振られたのかい?」
「振られてない!……団長、あの魔法、光の爆発と同時に、音が鳴る爆発も起こさないといけないです」
「それは見てたら分かる事だよね。はい、ニナ君、取り敢えず食事にしよう」
 私はおじさまから食事が乗ったトレイを受け取った。
 それより、ケニスさんは今何と言った?
「おじさまはひょっとして、魔術師団の団長なんですか?」
「そうだよ。ほら、あーん」
 おじさまは私が持つトレイからスプーンを取り上げると、スープを掬って差し出してきた。
「おじさまって、おっさんなんつー呼び方させてんだよ」
 ケニスさんがスプーンを奪い取ってスープ皿に戻してくれた。
「あの、私とんでも無いことをしてしまったみたいで、すみませんでした。あと、守っていただき、ありがとうございました」
「いやいや、久し振りにあんな素敵な魔法が見られて嬉しいよ。さすが、イーサ村のニナだね。こんな可愛い子だと知っていたら、攫いに行ったのに」
「ニナ、こいつの言葉に耳を貸すな。ただの女たらしのスケベオヤジだ」
「酷いなケニス君。ニナ君となら結婚してもいいぐらいなのに」
「アホな事言ってる場合じゃないだろ」
「そうだったね。ニナ君、早く食べなさい。これ以降まともに食事は取れなくなる」
 やっぱり牢屋にでも入れられるんだろうか。
「ケニス君、どこまで説明した?」
「ここに連れてこられたおおよその経緯と、魔法の確認までです」
 私はおじさまに促されて、食事を取りながら話を聞く。
 これが最後の食事になるかもしれないと思うと、何だかしょっぱく感じた。

「ふむ。さてニナ君、昨日の魔法はとても素晴らしかった。夜会に出ていたお嬢様方はそれはもう、いたく感激してね。皆、朝一でお茶会を開いて自慢したんだ。昨日は急な夜会だったから、参加者は少なかった。夜会に出なかったお嬢様方は、私も勇者様と素敵な夜を過ごしたいと父親にねだり、父親は王に掛け合った。その中に宰相や財務総監がいたもんだから、王も無視できずに、三日後また勇者様をもてなす夜会が開かれることになったんだ」
 朝一で自慢大会だなんて、貴族のお嬢様は暇なんだな。
 付き合わされる使用人達は大変そうだ。
「つまり、三日後までに、昨日の魔法を完成させないといけない。ニナ君、がんばってくれたまえ」
 私は飲みかけのスープを吹き出しそうになった。
「三日って、無理です。あれは完成までに二年以上かかってます」
「無理な事でもなんとかするのが、魔法使いと言うものだよ。それに、あの魔法は魔術師団がやった事になっているから、今更無理とは言えないんだ。犯罪者になりたくなければ、頑張るしかない。大丈夫、私達も手伝うから」
 私は思わず助けを求めてケニスさんを見つめてしまう。
「そんな目で、俺を見るな」
 ケニスさんは顔を隠すように腕を交差させた。
 仕方なくおじさまを見ると、早く食事を取るようにと素敵な笑顔で急かされただけで終わった。

「さあニナ君、君の全てを見せてくれ」
 食事を終えた私は団長室に連行され、おじさまに詰め寄られていた。
「全てと言っても、肝心の術式はもう消えちゃってますよ?」
 私は腕輪に書き込まれた術式を全て展開させながら聞く。
「消えたのが昨夜なら、一部は復元出来るかもしれない」
 おじさまは光る魔法文字を眺めながら、所々手をかざし魔法を発動させた。
 何も無いはずの場所から文字が浮かび上がり、紙の上に吸い込まれていく。
 術式を紙に書き起こす魔法は基本中の基本とは言え、他人の、しかも消えた術式にまで適用させるなんて、どうやっているんだろう。
「ところでニナ君、この魔法はなんだい?」
 おじさまは魔法を発動させている手とは反対の手で、ある術式を指し示した。
「えーっと、これは、粘性のある人肌の水を出す魔法……です、ね?」
 何も考えず術式を読み解いたら、完全にアレな魔法だった。
「何に使う魔法なのかな?」
「う……それは、娼婦の友人が海藻から作ったローションは片付けが大変だと言っていたので、魔法でどうにかならないかなと」
 ここは誤魔化さずに、正直に言った方がいいだろう。
「娼婦の友達とは、珍しいね」
「学校では落ちこぼれて浮いていたので、お昼は街の食堂で一人で食べる事が多かったんです。友人も一人で食べに来ていたんですけど、女一人客は珍しいから、一緒に食べるようになって、仲良くなりました」
 主にフローラさんが昨日の客についてダメ出しをするのを聞いているだけだったけど、悪意なく接してくれる事が新鮮だった。
 フローラさんが教えてくれた性的知識のおかげで、魔王とのあれこれも何とかこなせたんだと思う。
「ニナ君が落ちこぼれねえ……ところで、この魔法はごく最近使った形跡があるんだけど、誰に使ったのかな?」
「なっ……」
 なぜそれが分かる。
 おじさまは目を細めて、楽しげに微笑んでいる。
「ここ数日は勇者のオスカー君と旅をしていたんだよね。へえ、君達、そう言う仲なんだ」
「ち、違います。ちょっと、術式の確認をしただけです」
「ふうん」
 おじさまは魔法を終了させると、私の腰をそっと抱いた。
「私にも、確認させて欲しいね」
 おじさまは耳元に顔を寄せて囁くと、私の顔を覗き込むようにして見つめてきた。
 その顔は全てを知っているとでも言っているようで、魔王との行為の数々が思い出されて、顔が熱くなる。

「団長、ニナが提出していた術式の中から、使えそうなヤツを探す作業は終わっ……てめぇ!ニナに何をした!」
 ノックの後に入ってきたケニスさんは、私の顔を見ると、おじさまに詰め寄り胸ぐらを掴んだ。
「ケニス君、君、ホントいい所で入ってくるよね。覗きでもしてるのかい?」
「大丈夫か?ニナ」
「さっきのアレ、ケニス君にはやっちゃダメだよ。すぐイッちゃうから。早漏だもんね、君」
「なっ、違っ、いや、アレって何だよ。何をやってた」
 ケニスさんは顔を赤くしながら、おじさまを締め上げている。
「ケニス君はね、顔だけはいいから女性に困ることは無いんだけど、早漏でヘタクソだからすぐ振られちゃうんだよ」
「おっさんの言う事を真に受けるなよ。今は違うからな!」
「今は、ねえ」
 おじさまは締め上げられながらも、ニヤニヤ笑っている。
「あの、大丈夫ですから。それより早く術式を完成させなくていいんですか?」
「良かったねえ、ケニス君。ニナ君は早漏でもいいって」
 いや、そっちじゃなくて、おじさまに何かされた訳じゃ無いと言うつもりで言ったんだけど。
「だから、違うからな!」
 私には関係のない話だと思うけど、ケニスさんが余りに必死なので、取り敢えず頷いておいた。
「ケニス君の早漏はともかくとして、準備が出来たみたいだし、始めようか」
 おじさまの言葉にケニスさんが舌打ちをするのを皮切りに、私達の徹夜作業が始まった。
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