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本編
四日目
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「ニナ」
オスカーの甘い声で、私は目を覚ました。
「んん……オスカー……」
私のすぐ側に、硬くて温かいオスカーの身体がある。
心地よさに、何も考えずにしがみつく。
「ニナ」
「あん、くすぐったい……」
オスカーの声が耳にくすぐったくて、私は身体をよじる。
「何で俺のベッドにいるんだ?」
「……ふわああっ!」
意味を理解した途端、私は飛び起きようとして、ガッチリと抱きしめられたオスカーの腕に、動きを止められてしまう。
「これじゃあ、ベッドを分けた意味がないな」
「ごご、ご、ご、ごめんね」
お願いだから、耳元で囁かないで欲しい。
オスカーに他意は無くても、私の身体はしっかりと反応してしまうのだ。
「寒かったのか?」
「寝ぼけたのかなあ?」
私はオスカーの腕の中から脱出しようと必死だ。
「まだ早い。寝てて大丈夫だ」
言われて窓の外を見ると、夜が明け出したばかりでまだ薄暗かった。
「いや、自分のベッドに戻るよ」
「今から戻っても寒いだけだろ?」
もう春とは言え、朝晩はまだ冷える。温かい布団から冷たい布団に移るには覚悟が必要だ。
「……何で起こしたの?」
こんな事なら、ギリギリまで寝かせておいてくれれば良かったのに。
「目が覚めたらニナがいたから、驚いてつい」
「そりゃそうか。ごめんね」
よく考えたら、昨日は私のベッドで事に及んでいて、私は途中で寝てしまっている。
わざわざ私をオスカーのベッドに寝かせたのは魔王だ。
途中で寝てしまう私も悪いけど、意地が悪い。
「なんで、抱きしめてるの?」
「ニナが抱きついてきたから、つい」
「うん、それもごめん。もう抱きつかないから、許して」
今までどうして平気だったか分からないぐらい、私の身体は熱を帯び、ドキドキしてしまっている。
「こうしてた方が温かい」
オスカーは足まで絡めて、更にしっかりと抱きしめてきた。
確かに、温かくて心地いいけど、これでは落ち着いて寝られない。
私は眠ることもできず、耳元で聞こえる規則正しい呼吸音に耳を澄ませ続けた。
「ニナ、いい加減起きろ」
「ひあ!」
耳元で囁かれ、ビックリして目を覚ます。
人間疲れていると、どんな状況でも案外寝られるらしい。
オスカーは身支度を済ませ、ベッド脇に立っていた。
窓の外はすっかり明るくなっているので、もう鍛錬も済ませた後なのかもしれない。
「毎日歩き詰めだから、疲れも溜まっているんだろう。とは言え、寝すぎだ」
「うう……すぐ支度する」
私はもぞもぞとベッドから這い出て、サイドテーブルに向かう。
オスカーはベッドに腰掛け、汗を拭いだした。やっぱり鍛錬の後だったんだな。
私も急いで寝間着を脱ぎ、用意していた服を着ようとして、服の間に挟まれていたメモに気がついた。
ひいっ!と言う叫び声を何とか飲み込む。
そこにはオスカーの字で『裸で自慰。約束を守れなかったら昼まで犯す』と書かれていた。
おかしい。そんな約束をした覚えが……いや、魔王が何かそんな事を言っていたような……でも、受けた記憶はない……と言うか、これはもう約束じゃなくて脅迫なんじゃ……
「すぐ支度するんじゃなかったのか?」
オスカーに声をかけられ、後ろを振り返ると、呆れた顔のオスカーと目があった。
寝間着を脱いだ今、私は下着姿だ。
「ひいっ!」
今度は口から出てしまった。
「すぐ、すぐするから」
慌てて服を着て、メモをクシャクシャと握りつぶしてポケットに入れる。
「顔洗ってくるね!」
私は赤くなった顔を見られないよう、部屋を飛び出した。
「流石に、エシュリの街は大きいな」
私達は今、王国でも有数の商業都市であるエシュリの大通りを歩いている。
顔を洗って平常心を取り戻し、午前中歩き続けて今に至る。
オスカーと何を話したかあまり覚えていない辺り、平常心は取り戻せていなかったかもしれない。
「あちこちから、いい匂いが……」
露店が立ち並び、香ばしかったり甘かったり、とにかく美味しそうな匂いでいっぱいだ。
「エシュリで食い倒れが、旅について来てもらう条件だったからな。さあ、好きなだけ食え」
「うわあ、何から食べよう……迷うぐらいなら、とりあえず食べるか」
「魚介の店が多いな」
「オスカー、支払いは頼んだ!」
「待て、ニナ!迷子になる!」
走り出そうとした私はオスカーに捕獲され、手を繋がれる。
「あの、子供じゃないんだから、手は繋がなくていいんじゃないかな?」
「絶対迷子になるだろ。嫌なのか?」
「だって、持ちにくいし、食べにくいし……」
「そこか。食べる時は離す」
ならいいかと、私はオスカーと手を繋いで大通りを歩いた。
「お二人さん、熱いねえ。うちの焼き物も見ていってよ」
「オスカー、買おう」
「早いな」
捌いた魚を串に刺して、網の上で焼いている。香ばしい匂いが食欲をそそる。
「おじさん、お勧めはどれ?」
「全部お勧めに決まってんだろ。まあ、強いて言うなら、若い二人にはコイツだな。滋養強壮に効くから、兄ちゃんがんばんなよ!」
おじさんは魚の名前も言わずに、何やら調味料を振りかけて渡してきた。
私は美味しければ何でもいいけど、色々雑だな。これもまた、露店の醍醐味か。
お店の横に置かれた椅子に腰掛けて、かぶりつく。
「あひゅい」
「子供か」
「あひゅくて、ふまい」
「そうだな」
オスカーは呆れたように笑う。
なんだか、平和だ。
「あの店主、完全に誤解していたな」
「手を繋ぐオスカーが悪い。嫌だったら自分で訂正してね」
「ニナはいいのか?」
「人の言う事をまともに聞いていたら、生きていけないよ。不都合が無ければ無視が一番」
「そうか?」
「少なくとも私はそうなの。ほら、食べたら次行こう」
「食べ過ぎるなよ」
オスカーの忠告虚しく、私は食べ過ぎてしまった。
「一人用の部屋しか空いてなかった」
エシュリで予定よりも長く食べ歩き、さらには食べ過ぎによる歩行速度の低下で、次の街に着いたのは夜も更けた頃だった。
「一人用……」
宿泊手続きを済ませたオスカーの言葉に、冷や汗が出る。
一人用と言う事は、つまりベッドも一人用の物が一つだけと言う事だ。
「いつも通り一部屋しか取らなかったけど、流石にもう一部屋取るか?」
「ああー、いや、オスカーがいいなら、一緒がいい、かなあ?」
魔王の事があるので、部屋は同じ方がいい。
しかし……
私はポケットに手を入れ、クシャクシャになったメモをぎゅっと握る。
約束と言う名の脅迫文を思い返すと、ベッドが一つはまずい。
「俺は構わないが、本当にいいのか?」
オスカーが私の顔を覗き込みながら聞いてきた。
ベッドが一つはまずいけど、他に選択肢はない。
「調子に乗って食べ過ぎちゃったから、節約しとこう。その、一緒の方が温かかった、し……」
最大限平静を装ったけど、最後の言葉は余計だった。
抱きついて、抱きしめられた事を思い出して顔が赤くなる。
「任せろ。しっかり温めてやる」
オスカーはそう爽やかに笑うと、部屋に向かった。
笑えない冗談に顔を引きつらせながら、私はオスカーの後を追った。
「お休み、ニナ」
オスカーの顔が近い。
「お休み、オスカー」
ついでに身体も近い。
改めて考えると、一人用のベッドに二人は無理がある。
むしろ、オスカーがこの状況を自然に受け入れている事が不思議なぐらいだ。
「あんまり端にいると落ちるぞ」
最大限端に寄っていた私は、オスカーに身体を抱き寄せられ、身体が密着する。
「あの、オスカー」
このままでは何も出来ない。何とかもう少し距離をおかないと。
「なんだ?」
オスカーは抱きしめたまま、私の顔を覗き込む。
「あの、抱きしめるの、やめてくれないかな?」
「温かい方がいいんだろ?」
温かいどころか、違う熱の持ち方をしてしまう。
「は、恥ずかしいから……」
私が多分赤くなった顔でそう告げると、オスカーは何故か嬉しそうな顔をした。
「そうか」
オスカーは目を細めて笑うと、私の顔に手を添えてゆっくりと顔を近づけた。
「お休み、ニナ」
鼻がくっつきそうな距離でそう言うと、オスカーは唇の端にキスをした。
顔が離れるのと同時に、オスカーは抱きしめるのをやめて、背中を向けて寝だした。
ただのお休みのキスのはずなのに、私の心臓は何故かドキドキと煩く鳴り、オスカーの背中を見つめたまま、動くことができなかった。
オスカーの甘い声で、私は目を覚ました。
「んん……オスカー……」
私のすぐ側に、硬くて温かいオスカーの身体がある。
心地よさに、何も考えずにしがみつく。
「ニナ」
「あん、くすぐったい……」
オスカーの声が耳にくすぐったくて、私は身体をよじる。
「何で俺のベッドにいるんだ?」
「……ふわああっ!」
意味を理解した途端、私は飛び起きようとして、ガッチリと抱きしめられたオスカーの腕に、動きを止められてしまう。
「これじゃあ、ベッドを分けた意味がないな」
「ごご、ご、ご、ごめんね」
お願いだから、耳元で囁かないで欲しい。
オスカーに他意は無くても、私の身体はしっかりと反応してしまうのだ。
「寒かったのか?」
「寝ぼけたのかなあ?」
私はオスカーの腕の中から脱出しようと必死だ。
「まだ早い。寝てて大丈夫だ」
言われて窓の外を見ると、夜が明け出したばかりでまだ薄暗かった。
「いや、自分のベッドに戻るよ」
「今から戻っても寒いだけだろ?」
もう春とは言え、朝晩はまだ冷える。温かい布団から冷たい布団に移るには覚悟が必要だ。
「……何で起こしたの?」
こんな事なら、ギリギリまで寝かせておいてくれれば良かったのに。
「目が覚めたらニナがいたから、驚いてつい」
「そりゃそうか。ごめんね」
よく考えたら、昨日は私のベッドで事に及んでいて、私は途中で寝てしまっている。
わざわざ私をオスカーのベッドに寝かせたのは魔王だ。
途中で寝てしまう私も悪いけど、意地が悪い。
「なんで、抱きしめてるの?」
「ニナが抱きついてきたから、つい」
「うん、それもごめん。もう抱きつかないから、許して」
今までどうして平気だったか分からないぐらい、私の身体は熱を帯び、ドキドキしてしまっている。
「こうしてた方が温かい」
オスカーは足まで絡めて、更にしっかりと抱きしめてきた。
確かに、温かくて心地いいけど、これでは落ち着いて寝られない。
私は眠ることもできず、耳元で聞こえる規則正しい呼吸音に耳を澄ませ続けた。
「ニナ、いい加減起きろ」
「ひあ!」
耳元で囁かれ、ビックリして目を覚ます。
人間疲れていると、どんな状況でも案外寝られるらしい。
オスカーは身支度を済ませ、ベッド脇に立っていた。
窓の外はすっかり明るくなっているので、もう鍛錬も済ませた後なのかもしれない。
「毎日歩き詰めだから、疲れも溜まっているんだろう。とは言え、寝すぎだ」
「うう……すぐ支度する」
私はもぞもぞとベッドから這い出て、サイドテーブルに向かう。
オスカーはベッドに腰掛け、汗を拭いだした。やっぱり鍛錬の後だったんだな。
私も急いで寝間着を脱ぎ、用意していた服を着ようとして、服の間に挟まれていたメモに気がついた。
ひいっ!と言う叫び声を何とか飲み込む。
そこにはオスカーの字で『裸で自慰。約束を守れなかったら昼まで犯す』と書かれていた。
おかしい。そんな約束をした覚えが……いや、魔王が何かそんな事を言っていたような……でも、受けた記憶はない……と言うか、これはもう約束じゃなくて脅迫なんじゃ……
「すぐ支度するんじゃなかったのか?」
オスカーに声をかけられ、後ろを振り返ると、呆れた顔のオスカーと目があった。
寝間着を脱いだ今、私は下着姿だ。
「ひいっ!」
今度は口から出てしまった。
「すぐ、すぐするから」
慌てて服を着て、メモをクシャクシャと握りつぶしてポケットに入れる。
「顔洗ってくるね!」
私は赤くなった顔を見られないよう、部屋を飛び出した。
「流石に、エシュリの街は大きいな」
私達は今、王国でも有数の商業都市であるエシュリの大通りを歩いている。
顔を洗って平常心を取り戻し、午前中歩き続けて今に至る。
オスカーと何を話したかあまり覚えていない辺り、平常心は取り戻せていなかったかもしれない。
「あちこちから、いい匂いが……」
露店が立ち並び、香ばしかったり甘かったり、とにかく美味しそうな匂いでいっぱいだ。
「エシュリで食い倒れが、旅について来てもらう条件だったからな。さあ、好きなだけ食え」
「うわあ、何から食べよう……迷うぐらいなら、とりあえず食べるか」
「魚介の店が多いな」
「オスカー、支払いは頼んだ!」
「待て、ニナ!迷子になる!」
走り出そうとした私はオスカーに捕獲され、手を繋がれる。
「あの、子供じゃないんだから、手は繋がなくていいんじゃないかな?」
「絶対迷子になるだろ。嫌なのか?」
「だって、持ちにくいし、食べにくいし……」
「そこか。食べる時は離す」
ならいいかと、私はオスカーと手を繋いで大通りを歩いた。
「お二人さん、熱いねえ。うちの焼き物も見ていってよ」
「オスカー、買おう」
「早いな」
捌いた魚を串に刺して、網の上で焼いている。香ばしい匂いが食欲をそそる。
「おじさん、お勧めはどれ?」
「全部お勧めに決まってんだろ。まあ、強いて言うなら、若い二人にはコイツだな。滋養強壮に効くから、兄ちゃんがんばんなよ!」
おじさんは魚の名前も言わずに、何やら調味料を振りかけて渡してきた。
私は美味しければ何でもいいけど、色々雑だな。これもまた、露店の醍醐味か。
お店の横に置かれた椅子に腰掛けて、かぶりつく。
「あひゅい」
「子供か」
「あひゅくて、ふまい」
「そうだな」
オスカーは呆れたように笑う。
なんだか、平和だ。
「あの店主、完全に誤解していたな」
「手を繋ぐオスカーが悪い。嫌だったら自分で訂正してね」
「ニナはいいのか?」
「人の言う事をまともに聞いていたら、生きていけないよ。不都合が無ければ無視が一番」
「そうか?」
「少なくとも私はそうなの。ほら、食べたら次行こう」
「食べ過ぎるなよ」
オスカーの忠告虚しく、私は食べ過ぎてしまった。
「一人用の部屋しか空いてなかった」
エシュリで予定よりも長く食べ歩き、さらには食べ過ぎによる歩行速度の低下で、次の街に着いたのは夜も更けた頃だった。
「一人用……」
宿泊手続きを済ませたオスカーの言葉に、冷や汗が出る。
一人用と言う事は、つまりベッドも一人用の物が一つだけと言う事だ。
「いつも通り一部屋しか取らなかったけど、流石にもう一部屋取るか?」
「ああー、いや、オスカーがいいなら、一緒がいい、かなあ?」
魔王の事があるので、部屋は同じ方がいい。
しかし……
私はポケットに手を入れ、クシャクシャになったメモをぎゅっと握る。
約束と言う名の脅迫文を思い返すと、ベッドが一つはまずい。
「俺は構わないが、本当にいいのか?」
オスカーが私の顔を覗き込みながら聞いてきた。
ベッドが一つはまずいけど、他に選択肢はない。
「調子に乗って食べ過ぎちゃったから、節約しとこう。その、一緒の方が温かかった、し……」
最大限平静を装ったけど、最後の言葉は余計だった。
抱きついて、抱きしめられた事を思い出して顔が赤くなる。
「任せろ。しっかり温めてやる」
オスカーはそう爽やかに笑うと、部屋に向かった。
笑えない冗談に顔を引きつらせながら、私はオスカーの後を追った。
「お休み、ニナ」
オスカーの顔が近い。
「お休み、オスカー」
ついでに身体も近い。
改めて考えると、一人用のベッドに二人は無理がある。
むしろ、オスカーがこの状況を自然に受け入れている事が不思議なぐらいだ。
「あんまり端にいると落ちるぞ」
最大限端に寄っていた私は、オスカーに身体を抱き寄せられ、身体が密着する。
「あの、オスカー」
このままでは何も出来ない。何とかもう少し距離をおかないと。
「なんだ?」
オスカーは抱きしめたまま、私の顔を覗き込む。
「あの、抱きしめるの、やめてくれないかな?」
「温かい方がいいんだろ?」
温かいどころか、違う熱の持ち方をしてしまう。
「は、恥ずかしいから……」
私が多分赤くなった顔でそう告げると、オスカーは何故か嬉しそうな顔をした。
「そうか」
オスカーは目を細めて笑うと、私の顔に手を添えてゆっくりと顔を近づけた。
「お休み、ニナ」
鼻がくっつきそうな距離でそう言うと、オスカーは唇の端にキスをした。
顔が離れるのと同時に、オスカーは抱きしめるのをやめて、背中を向けて寝だした。
ただのお休みのキスのはずなのに、私の心臓は何故かドキドキと煩く鳴り、オスカーの背中を見つめたまま、動くことができなかった。
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