勇者の中の魔王と私

白玉しらす

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本編

三日目

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「おはよう、ニナ」
 爽やかなオスカーの声と共に、私はゆっくりと目を覚ました。
「おはよう、オスカー……」
 オスカーの腕の中に収まっていた私は、頭を硬い胸板に押し付けた。
 深く息を吸うと、いつものオスカーの匂いがして、やっぱりこっちの匂いの方がいいなと……

「ぬあっ!」
 私は思い切りオスカーの胸を押して、その腕の中から飛び出ようとした。
 しかし、鍛えられたオスカーは私の攻撃にはビクともしない。
「なんだ、急に」
 私を抱きかかえたまま、オスカーが私の顔を覗き込んできた。
「あ、う……は、早く顔を洗おう!口もすすごう!」
 昨日の事が思い出され、一刻も早くオスカーにキレイになって欲しくて、私はオスカーをバシバシ叩いた。
「言われなくても、もう起きる。今日は山越えだから早目に出発したいしな。ニナも早く支度しろよ」
 オスカーはそう言うと立ち上がりかけて、私の首元にそっと手を置いた。
「ニナ、ここどうした?赤くなってる」
「む、虫刺されかなあ!」
 その場所は魔王に強く吸われた場所な訳で、原因はどう考えてもアレな訳で、私は強引に誤魔化した。
 魔王め、なんて事をしてくれるんだ。
「何の虫だ?」
 オスカーが顔を近づけて来たので、私は慌てて手で顔を押し退けた。
「痛くも痒くも無いから大丈夫!それより早く顔を洗ってきて」
 多分魔王が浄化の魔法を使ってくれているんだろうけど、気分的にちゃんと水で洗い流して欲しい。
「変なヤツだな」
 オスカーは笑いながら立ち上がると、身支度を始めた。
 当たり前だけど、オスカーはいつもと何も変わらなくて、昨夜の私の痴態を思い出すと、どうしようもなく申し訳ない気持ちになった。
 完全に自分の快楽の為に、オスカーを求めてしまった。 
 心の中で謝り倒して、私も身支度を始める。
 身体に付けられた赤い痕が増えいて、私は泣きそうになった。
 
「そろそろ旧街道だな。いい加減、ぼんやりするのはやめろよ」
「うん」
「折角だ、なるべく多くの魔物を片付けていきたい」
「うん」
「ニナ?」
「うん」
「……キスしていいか?」
「うん」
 気がついたらオスカーの顔が目の前に迫っていて、私は腰を抜かすかと思った。
「うわあっ!何?急に!」
 一瞬魔王かと思った私はどうかしている。
 オスカーが、魔王が見せたような色気溢れる顔を私に向ける訳がない。
 つまり、完全に見間違いだ。
「ぼんやりするなと言ったんだ」
 オスカーは私の鼻を摘むと、顔の位置を適正な距離に戻してくれた。

「ごめん、新しい魔法の術式を考えていたから」
 どうにかして魔王の動きを封じられないか考えていて、オスカーの話をろくに聞いていなかった。
「どんな魔法を考えていたんだ?」
「対象者を害することなく、長時間身体の自由を奪う魔法」
 魔王はオスカーが寝てから現れるから、単純に眠らせればいいと言う訳でもない。
 物理的に拘束するのは簡単だけど、一晩中身体を固めておいて、オスカーの身体が休まらないのもダメだ。
 寝てるオスカーの身体の動きをトレースして、その動きをループさせれば、適度に寝返りもうてていいんだろうか。
 でも相手は魔王だし、身体は鍛えまくったオスカーの物だし、力加減はどうしたらいいんだろう。
 
「ニナ、本当にするぞ」
 またオスカーの顔が迫っていた。
「ス、スミマセン!」
「バカな事考えてないで、ちゃんと歩け。あんまりぼんやりしてると、担いで行く」
 オスカーなら本当にやりかねない。何しろこの旅の間も、私が休憩している間、一人鍛錬に励んでいるような人だ。
「ちゃんと歩くから」
 気がつけば私達は旧街道に入っていた。
 遠回りだけど海沿いに安全な道が出来てから、近道とは言え、山道で魔物も出やすい旧街道を通る人は少なくなっている。
 昔は護衛を付けて団体で歩くのが普通だったから、魔物も適度に間引きされていた。
 今はそれが無くなり、魔物は増える一方だ。
「そろそろ魔法で魔物を誘き寄せるか。ニナ、頼む」
「了解」
 私は右手にはめた金の腕輪を握り、魔法を発動させる。
 色とりどりの魔法陣が私の足元に出現し、複雑な紋様の一つの魔法陣になる。
 光り輝く魔法陣は私をすり抜けて頭上で弾けると、キラキラと輝く光の粒となって降り注いだ。

「やっぱり、ニナの魔法は綺麗だな」
「そんな風に言ってくれるのは、オスカーぐらいだけどね」
 普通はもっと単純な術式で魔法を使うので、魔法陣も極めてシンプルだ。
 私は発動時間短縮や魔力効率向上、効果範囲や持続時間の細々とした設定など、とにかくあらゆる事を盛り込めるだけ盛り込んで魔法を使うので、極彩色で複雑な魔法陣になってしまう。
「そもそも、ニナが単位を取れない事自体、おかしいだろ」
「試験では腕輪の使用が禁止されてるから、仕方ないね」
 私が複雑な魔法を使えるのは、術式を書き込んでおける腕輪のお陰だけど、学校ではまだ使用が認められていない。
 腕輪に術式を書き込むのにも魔力がいるし時間がかかるので、センスと魔力に恵まれた人は腕輪を使おうとしない。つまり、学校の先生方の事だ。
「とは言え、私だって大人しく黙ってないからね。実は、この旅で目覚ましい成果を上げたら、単位を貰う約束を取り付けている」
 私はそう言うと魔法を発動させた。
 光の玉が四方八方に散り、あちこちから魔物の断末魔が聞こえた。
「単位取得の為に開発した、探索機能付き対魔物殲滅魔法。オスカー、証言よろしく」
 思い通りに魔法が発動したようで、私は上機嫌だ。
「これでよく、足手まといとか言えたな」
「いや、もう魔力があんまり残ってない。オスカーがいるから使える魔法だよ。と言う訳で後は頼むね」
「ああ、ニナは俺が守る」
 追加で集まってきた魔物に対峙し、剣を抜いたオスカーは、軽い準備運動とでも言うように剣を振るい、あっと言う間に魔物を倒していく。

「ニナ、動くなよ」
 オスカーが片手を上げて魔法を発動させると、大きな火球が飛んできて、私に襲いかかろうとしていた魔物を焼き払った。
 オスカーもまた、センスと魔力量に恵まれた人だ。
 オスカーを見ていると、術式の工夫でどうこうしようとしている私が評価されないのも、仕方ないかと思えてくる。
 とは言え、単位が貰えないのは困る。
「もう一個試したい魔法があるから、見てて」
 私はオスカーに声をかけると、魔法を発動させた。魔法陣が大きく広がり、中にいる魔物を拘束していく。
「対魔物拘束魔法。五分ぐらいこのままだから、今の内にどうぞ」
 相手のことを考えずに拘束するだけなら、大した魔力を使わなくても出来る。
「なんでニナがまだ学生なのか、理解できない」
「これぐらい誰だって出来るから、仕方ないね」
「魔物だけに作用する魔法ってだけでも、出来る人間は少ないだろ」
「それは皆が、細かい設定するのを面倒臭がってるだけでしょ」
 普通の動物と違い、魔物は魔力で組成されているから、術式を細々設定すれば判別は簡単だ。
「そんな事より、折角動きを止めてるんだから、早くやっつけてよ」
 なかなか動こうとしないオスカーに、私は文句を言った。
「実戦は久しぶりだから、どうせなら動く相手を倒したい」
「ええ……私の魔法の意味が……」
 オスカーは拘束された魔物の前で素振りを始め、魔法が切れた瞬間、一筆書きの様に続けて魔物を倒していった。
「お見事。でも、私の魔法の証言もちゃんとしてね。一回の魔法で九匹の魔物を倒しました。拘束魔法も素晴らしかったですって」
「何だ、その具体的な数字は」
「倒した数をカウントする術式も組み込んであるから、間違いないよ」
「相変わらず、芸が細かいな」
「本当は倒したら何かしら上空に打ち上げて、目視で確認出来るようにもしたかったんだけど、時間が足りなかった」
「時間があったら出来たのか?」
「術式はおおよそ出来てた。腕輪に組み込む時間が無くてね」
 魔力に乏しい私は、腕輪に術式を書き込むのにも人並以上に時間がかかってしまう。
「ニナの魔力が少なくて良かった」
「良くないよ。そのせいで間に合わなかったんだから」
「人並みにでも魔力があったら、今頃こんな所にいなかっただろ?」
「買いかぶり過ぎだよ。ほら、次のお客さんが来てるよ」
 魔物を倒しながら進むオスカーの後を、私は距離をあけて付いていった。
 人並みに魔力があったら、私は術式でどうこうしようとは思わなかっただろう。
 落ちこぼれの私がオスカーに付いていくには努力が必要で、努力をしても、今みたいにオスカーは先を行ってしまう。
 隣を歩けるのも、この旅が最後なのだ。

 オスカーは難なく魔物を倒しながら進み、予定通り今日の宿泊地へと着いた。
 街と言っていいぐらい規模の大きな村だけど、閉まったお店や空き家が多い。
 新しい道が出来てから寂れる一方なんだろう。
 なかなか泊まれる宿が見つからず、着く頃にはすっかり夜が更けていた。
「ニナ、ベッドはどうする?」
 何も言わず、同室で宿泊手続きをしていたオスカーが、そこだけは聞いてくれた。
「今日使った術式の確認もしたいし、別でお願い」
「あまり夜更かしするなよ」
 宿泊者限定のデザートは無いようで、オスカーはすんなりベッドが二つある部屋を指定してくれた。

「俺はもう寝る。ニナも程々にな」
 お風呂から出て、軽くストレッチをすると、オスカーはベッドに潜り込んだ。
「うん、私ももうちょっとしたら寝る」
 私は自分のベッドの上に乗り、腕輪に書き込んだ術式を確認している。
 昨日までは私が先に寝てしまっていたから、起きたら事が始まっていて、そのまま流されてしまったのだ。
 こうやって起きていれば、ちゃんと魔王と話すことも出来るだろう。
 折角だから、魔王が出てくるまでに、魔物を倒した数を目視出来るように術式を書き換えておこう。
「おやすみ、ニナ」
「おやすみー」
 私はオスカーの方を見る事もなく、声だけで挨拶をすると、書き込み作業に入った。
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