勇者の中の魔王と私

白玉しらす

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本編

二日目

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「おはよう、ニナ」
 オスカーの声に、私は飛び起きた。
 正確に言うと、オスカーに抱きしめられていたので、身体は動かなかったけど、兎に角一気に覚醒した。
「ひゃあっ」
 間抜けな声を上げて、オスカーを押し退けると、慌てて自分の格好を確認した。
 しっかりと寝間着を着ていた。
「どうかしたか?」
「どうもしない!」
 夢か。夢だな。そうに違いない。
 こっそり足の付け根を確認してみても、水っぽい物は無いし、下着も乾いている。

「ニナ?」
「近い!」
 すぐそこにオスカーがいるのに、私は何処を触っているんだ。完全に動転している。
「同じベッドで寝てるんだから、仕方ないだろ」
 オスカーは呆れたように言うと起き上がり、服を脱ぎだした。
「ニナも早く着替えろよ。出発が遅くなると、昼飯を食べ損ねる」
 確かに、以前の私はあまり気にせずオスカーの前で着替えをしていた。
『男の前で肌を晒す意味を、知らないわけでもないだろうに』
 昨日のオスカーの声が蘇る。いや、魔王の声か。いやいや、あれは夢だった。
 私は頭をブンブン振って、オスカーに背中を向けると、一気に寝間着を脱いだ。

「ふぐっ」
 胸元に付けられた沢山の赤い跡に、変な声が出てしまった。
「大丈夫か?」
 オスカーがこちらを見ている、気がする。
 恥ずかしくて確認は出来ない。
「何でもないから、こっちを見ないで」
 私は慌ててサイドテーブルに用意しておいた服を着込む。
 昨日の事は、夢ではなかった。
 その事実を認めると、足の付け根の違和感も、昨日の事が現実にあった事だと主張してきた。
 
「もういいか?」
 昨日の事を知らないオスカーはいつも通りだ。
 朝から爽やかなオスカーを見ると、オスカーを汚してしまったような気持ちになる。
 私は言い知れない罪悪感に、身体を震わせた。
「う、ん……」
 おずおずと振り向くと、支度を終えたオスカーが、心配そうに私を見ていた。
「顔が赤い。熱でもあるんじゃないか?」
 至近距離でおでこや首を触られて、私は泣きそうになった。
「大丈夫だから、ほら、朝ご飯食べに行こう」
 私は無理矢理笑顔を作って、いつも通りの私を演じた。
 昨日の事は、絶対に知られてはいけない。
 あれは、オスカーではなかったのだから。
 
「オスカーって、好きな人とかいるの?」
 朝食を食べ、ひたすら街道を歩き、昼食も済ませてまた歩き出した頃には、私は平常心を取り戻していた。
 服を着て赤い跡が見えなくなれば、やはり夢だったような気がしてくる。
 足の付け根の違和感も、気のせいと言う事にした。
 そうでもしないと、正気を保っていられない。
「ニナがそんな事を聞いてくるなんて、珍しいな」
「いや、王都に行くなら色々と大変だなと思って」
 適当に言ったけど、本当は違う。
 良く考えたら、もしオスカーに好きな人がいたら、引き返してでもその人を連れてくるべきなのだ。
 今後また魔王が出て、あんな事になっても、好きな人となら問題にはならないだろう。
「俺は、ニナが好きだ」
「うん、私が聞きたかったのは、そう言う好きじゃない」
 オスカーが私をお母さんのように慕ってくれているのは分かっている。
 私が知りたいのは、男女の仲的な、そう言う方の好きだ。

「ニナは、いるのか?好きな人」
「好きな人……考えた事がないなあ」
『ブスが調子に乗るんじゃないわよ』
 嫌と言う程聞かされた、村の女の子達のセリフが思い出される。
 それ自体はそんなに気にしていなくても、言われるのが面倒なので、なるべく調子に乗らないように生きてきた。
 人を好きになると言うのは、かなり調子に乗った行為だと思う。
「まあでも、やっぱりおじさんかなあ」
 おじさんとは結婚する予定だった訳で、それは完全に男女の仲と言えるだろう。
「もう、死んだ人間だ」
 オスカーが不機嫌そうに呟く。
 おじさんは家を空けることが多かったからか、どうもオスカーはおじさんとあまり仲が良くなかった。
 おじさんも強かったから、ライバル心とか反抗心とか、色々あるんだろう。
「だって、私はおじさん以外と結婚する気ないし。心は未亡人だよ」
 だから、オスカーも私を家族だと思って欲しいと言うのは、欲張りだろうか。
「ニナは、バカだ」
 結局、オスカーは好きな人がいるのかいないのか教えてくれる事はなく、私達は一日目同様、無言で歩き続けた。

「ニナ、宿はどうする?」
「一室にして、豪華な食事を希望します」
 私は夢だと思いながらも、歩きながらこれからの事を考えていたので、すんなり返事をする事が出来た。
 また魔王が出た場合、部屋が分かれていたら止めることが出来ない。
 魔王が現れた時のために、同じ部屋で寝た方がいいだろう。
 オスカーに魔王の存在を相談する事も考えたけど、私としてしまった事が分かったら責任を取ると言い出しかねない。
 秘密裏に私が処理するのが最善と言う結論になった。 
「ベッドは?」
「やっぱり、分けておこうか」
 流石に、同じベッドで寝る勇気はない。
「デザートはいいのか?」
「いや、広々と寝た方が、疲れも取れるかなと」
「宿泊者限定のケーキがもの凄く美味しいらしいけど、残念だったな」
「ぐ……それはお小遣いで食べよう」
 限定と言われると、どうしても食べたくなる。
「ここでケーキを食べると、エシュリでの食べ歩きに影響が出る」
 オスカーに手渡された宿泊者限定ケーキの案内を見ると、結構いいお値段がした。
 よっぽど質のいい材料を使っているんだろう。
「うう……じゃあ、食事は質素にして、ケーキを食べよう」
 もう、何が何でもケーキが食べたくなってきた。
「残念だな。コース料理にしか限定ケーキはつけられない」
 なんてお高く止まったケーキなんだ。 
「オスカーに、任す」
「俺は、食べたい」
 昼間の不機嫌は何処に行ったのか、オスカーは楽しそうに笑うと、宿泊手続きをしに行った。
 食欲に負けてしまった。
 これで美味しくなかったら、文句を言ってやる。

 宿泊者限定のケーキは、そりゃもうフワッフワで、クリームとベリーソースを付けて食べると、最高に美味しかった。
「幸せ……」
 寝支度も済ませた私は、ベッドに倒れ込む。
 すぐ隣にオスカーがいるけど、ケーキを思い出して気にしないことにした。
 お風呂に入る時に、胸元だけでなく身体中に赤い跡があって、恥ずかしさに倒れるかと思ったけど、それもケーキを思い出してやり過ごした。
 美味しいケーキは万能だ。
「俺も、幸せだ」
 目を細めて微笑むオスカーと目が合う。
「美味しかったもんね」
「そうだな。また食べたい」
 オスカーが私の髪を梳くように、頭を撫でる。
「だから……瞬殺で、寝ちゃうってば……」
 あまりの気持ちよさに、瞼が重くなる。
「寝ればいいさ。ちゃんと起こしてやる」
 髪を耳にかけようとしているのか、耳をくすぐられて、私の身体から力が抜ける。
「ん……」
「ニナ、お休みのキスをしてもいいか?」
「んん……いい、よ……」
 まどろみながら、子供の頃のお休みのキスを思い出す。うん、問題ない。
「お休み、ニナ」
「ふぁ……」
 耳にキスをされながら告げられた挨拶に、吐息が漏れる。
「いい夢を」
 オスカーは耳元で囁きながら、反対の耳をくすぐる。
「んんっ……」
 お休みも言えずに、私の意識は気持ちのいい眠りの中に落ちていった。 
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