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村を出ていった幼馴染が帰ってきたけど様子がおかしい
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シドと私は幼馴染だった。
三軒隣に住むシドの夢は王都に行って騎士になる事で、しょっちゅう庭先で剣を振っていた。
動きの良し悪しは分からないけど、ひたむきに汗を流すシドはとてもかっこよくて、来る日も来る日も剣を振り続けるシドを、私も毎日の様に見守った。
そしてシドは十五歳の時、騎士になるために王都へと旅立っていった。
「ソフィー、騎士になったら迎えにくる。それまで待っていて欲しい」
旅立ちの前日、シドは私にそう言うと返事を待つようにじっと私を見つめた。
「シドならきっと騎士になれるよ。応援してる」
笑顔で答えると、シドはそっと私にキスをして、逃げるように去っていった。
今はシドとの別れがとても悲しい。でも、いつか素敵な思い出として思い出せる日が来るんだろうか。
そんな事を思いながら、私は小さくなるシドの後ろ姿を見送った。
「シドも王都に行っちゃったかー」
「努力家だし見た目もいいし、シド君なら騎士になれるんじゃないかしら」
「なったらなったでモテそう……」
作業場でチクチクと縫い物をしながら、姉さん達が好き勝手喋っている。
私の家は洋品店を営んでいて、父さんはよその街に仕入れに行き、母さんは店頭でデザイン画を書きながら接客、四姉妹の私達は作業場でそれぞれ得意な物を気ままに作成と言う暮らしを送っていた。
「ソフィー、王都に行った男が村に帰って来る事はないんだから、シドの事は早く忘れなさいよ」
母さんのデザイン画を元にパターンを作っているのは、長女のステラ姉さん。
「たいていは騎士になれたかどうかも分からないまま、音信不通になるのよね」
正確無比な手さばきで布を裁断しているのは、次女のシンシア姉さん。
「シドはもう死んだと思った方がいい……」
テンションは低いけど目にも止まらぬスピードで針を動かしているのは、三女のシーラ姉さん。
「ちゃんとお別れしたから大丈夫」
私はハンカチに刺繍をしながらシドを見送った日の事を思い出した。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
すぐそこまで出かけるような軽い挨拶に、私もいつもの調子で返事をした。
いつかこんな日が来る事は知っていた。
だから泣く事もなく、笑顔でシドを送り出す事ができる。
「頑張りすぎて怪我しないようにね」
「ああ」
シドは最後に私の頭をポンポン叩くと、少し寂しそうな顔をして旅立っていった。
今までありがとう、そしてさようなら。
去りゆくシドに心の中で別れを告げ、私はシドが見えなくなるまでその場に立ち続けた。
あれ?ちゃんとお別れできていないかもしれない。
まあでもいいか。私と違ってシドは直ぐに私の事なんて忘れてしまうだろう。
年の離れた姉さん達の会話を聞いて育った私は、王都に旅立つ若者を待つ事がいかに無駄な事かよく知っていた。
ある者は何年も待ち続けたまま、ついには伴侶を得る事なく人生を終えた。
またある者は王都へ追いかけていき、会えぬまま別の男性との子供を身籠って村へと帰ってきた。
そしてまたある者は散々お金をせびられ貢がされた挙げ句、音信不通となりお金と若さを失った。
「ソフィーはいっつもシドに付いて回っていたから、他の子は声をかけられなかったんだよ」
「これからはソフィーの周りも騒がしくなるわね」
「ソフィーもモテモテ……」
私はチクチクと刺繍をしながらこれからの事を考えた。
シドとはいつかこんな風に別れがくるとは思っていたけど、その先の事は全然考えていなかった。
「しばらくは針仕事に専念する。私も姉さん達みたいに、もっと色々できるようになりたい」
モテモテになるとは思わないけど、誰かと付き合う事も考えられなかった。
「そうだね、手に職をつけておくのはいい事だよ」
「ソフィーはまだまだ若いものね」
「恋だけが青春じゃない……」
適齢期を過ぎても一向に結婚する気配がない姉さん達を見ると、シドの思い出とともに生きていくのもいいかもしれないなと思った。
そして、あっという間に月日は過ぎ、シドが村を出ていってから三年が経った。
三年の内に姉さん達は皆結婚して、子供も授かっていた。
シドとの思い出と生きようと思っていた私も適齢期になり、このままでいいんだろうかと考える様になっていた。
シドからは騎士の採用試験に受かったと言う手紙を貰ったのを最後に、連絡が途絶えている。
最後の手紙には、しばらく忙しくて手紙が出せないと思うとは書いてあったけど、三年は長すぎだ。
しばらくしてシドの家には手紙が届くようになったけど、ついの一度も私宛に届く事はなかった。
お兄さんのサイラスにそれとなく手紙の内容を聞いた事があるけど、私の事は何も書かれていないと言われ、もう諦めるしかなかった。
「ソフィー、そろそろうんと言ってくれよ」
庭で洗濯物を干していると、サイラスが近寄ってきて耳元で囁いてきた。
「シーラ姉さんに振られたその足で、私に告白する様な人とお付き合いする訳無いでしょ」
サイラスは真面目でひたむきなシドと違って、本当に兄弟かなと思うぐらい、ちゃらんぽらんな人だ。
定職につかずその日暮らし。私達姉妹全員に告白して、全員から振られている、ある意味凄い経歴の持ち主だ。
「今はソフィーだけだよ」
「ちょっと、やめて」
後ろから抱きしめられて、思わず干そうとしていたタオルを落としそうになってしまった。
「シドの事が忘れられないなら、俺が忘れさせてやるよ」
性格は正反対なサイラスだけど、顔と声はシドによく似ていた。似ているだけに苛立ちは倍増した。
「ねえ、いい加減に……」
サイラスの顔を押しのけながら後ろを向くと、道の真ん中で立ち止まり、こちらをじっと見つめる人と目があった。
「え?」
「付き合うのが嫌なら、身体だけの付き合いでいいからさ」
何かサイラスに身体を弄られている気がするけど、それどころでは無かった。
「シド……」
睨むように私を見つめるその人は、背も高く身体も逞しくなり、どこか垢抜けていて、三年前とは全然違う姿になっていたけど、間違いなくシドだった。
「そんなにシドがいいなら、シドのフリして抱いてやろうか?愛してるよソフィー、一日足りとも君の事を忘れた事はない」
演技がかった愛の囁きにイラッとして、視線は動かさずにサイラスを押しのけると、異変を察知したサイラスも道の方を向いた。
「げぇっ!」
サイラスが、蛙が潰れたような声を出して走り去って行ったけど、構わず私達は見つめ合った。
「ソフィー」
シドは私の名を呼びながら近づいてくると、ひらりと柵を乗り越えて私の目の前に立った。
「どうして、シドがここに……」
シドがこの村に帰ってくるなんて思っていなかったから、会いたかったの言葉よりも先に、そんな言葉が出てしまった。
「どうして、か。そうだよな……なんでよりによって兄貴なんかと……」
「え?何?」
腕を掴まれたと思ったらぐいっと引っ張られて、そのままシドの家に引きずられる様に連れて行かれた。
「あの、シド?」
様子のおかしいシドになんて声をかけたらいいか分からなくて、引っ張られるままにサイラスとシドの部屋に連れ込まれてしまった。
シドは何も言わず部屋の中を見つめている。
まだ子供だった頃、この部屋に遊びに来た時は、ちゃらんぽらんなサイラスと真面目なシドの境界線が分かるぐらい、ごちゃごちゃな部分としっかり整頓された部分が別れていた。
でも今は、部屋全体がごちゃごちゃしている。
シドがいなくなり、サイラスの部屋になった事が、私にも分かるぐらいの変わりようだった。
「俺がソフィーからの手紙を待ち続けている間、ソフィーはこんな所で抱かれていたのか」
急に抱き上げられ、乱暴にベッドに降ろされた事に驚いて、シドの言葉の意味が直ぐに理解できなかった。
私からの手紙を待ち続けるって何?
抱かれてたって何?
シドは何か大きな勘違いをしているんじゃないか。
「待って。私は……んうっ……」
腕を押さえつけられ、冷たい瞳で見下されたと思ったら、キスをされ口を塞がれた。
強引に舌を入れられ、シドの舌が私の口の中を生き物のようにうごめいている。
上顎を舐めたと思ったら舌に絡みつき、ゆっくりと舌を抜き差しされて劣情を誘う。
こんなキスは初めてで、欲望をぶつけるような動きに、頭がおかしくなりそうだった。
長かったキスが終わり、シドは何も言わず私を見下ろした。
「ここじゃ、嫌……」
ぼうっとする頭で何とかそれだけ言うと、シドは私のブラウスに手を掛け、一気にボタンを引きちぎった。
「ここじゃ無ければいいのか?」
「だって、ここは……あっ!」
腕を掴んで止めようとするけど、そんな事はお構いなしに下着を捲くり上げ、乳首に吸いつかれた。
「だ、めっ……やっ……」
頭を押さえて抵抗しても、シドの身体はびくともしない。
スカートの中に手を入れられたと思ったら、太ももを一気に上まで撫であげられて、足の付け根を触られた。
「んんっ……」
変な声が出そうになって、慌てて手で口を押さえる。
片方の手で胸を揉み、舌先で乳首を転がし、ゆっくりとした動きで割れ目をなぞるシドを、私は呆然と見つめた。
唇が触れるだけのキスをして、逃げるように立ち去ったシドからは想像もできないぐらい、いやらしい動きをしている。
三年の月日で、見た目だけじゃなく中身も変わってしまったんだろうか。
そんな事を考えていると、シドの太くてごつごつした指が私のナカに入ってきて、くちゅくちゅと水音をたてながら抜き差しされた。
「んうっ……んーっ……」
こんな場所でこんな事、嫌なはずなのに、身体がびくびくと震えて声が我慢できなかった。
「俺の知らない間に、随分いやらしい身体になったんだな」
気がつくとシドは身体を起こし、表情のない顔で私を見下ろしていた。
瞳だけは燃えるようにギラついていて、酷い事をされているはずなのに、なぜだか興奮してしまう。
「どんどん溢れてくる」
「んんっ!」
指を抜き差ししながら、反対の手でクリトリスを押され、私は身体を仰け反らせた。
「俺は、ずっとソフィーが好きだったよ」
「んっ、んっ……んんっ……」
「一日だって忘れた事はない」
「ふ、うっ……うぅっ……」
「俺は、ソフィーだけを想っていたんだ……」
シドの声を聞きながら、指の動きに合わせるように腰が動いてしまう。
私だって、諦めてはいたけれど、ずっと忘れられなかった。ずっと好きだった。
もう会えないと思っていた好きな人に触れられて、快感を与えられて、私の身体はもうどうしようもないぐらい溶けてしまっていた。
「ほら、イケよ。俺の手で、兄貴のベッドの上で」
「んっ、うっ……あっ、あああっ!」
激しい指の動きに声を抑える事ができなくて、私は叫ぶようにイッてしまった。
「は、あっ……あっ……」
あけすけな姉さん達の話から知識としては知っていたけど、実際こんな事をされるのは初めてで、大き過ぎる快感の波に、理性が遠いところに流されてしまう。
「ソフィー……」
「シド……」
シドは私に覆いかぶさると、腰を揺らして硬いものを擦りつけてきた。
いつの間に脱いだのか、直に感じるシドのものに、私も腰を揺らして答えた。
「んっ、ふっ……んうっ……」
舌を絡めるキスをしながら擦りつけあっていると、もう我慢できなかった。
ここがどこかなんてどうでもよくて、早くシドを受け入れたくて堪らなかった。
「シド、きて……」
キスの合間にそれだけ言うと、シドは何も言わず私に押し入ってきた。
「うっ……くっ……」
初めて感じる圧迫感と痛みに少し怖くなったけど、姉さん達のアドバイスを思い出した。
入ると信じて力を抜く。要望は口に出して伝える。気持ちいいと思い込む。
「や、あっ……シドのっ、入って、るっ……」
「そうだ……俺のだ……俺が、ソフィーをっ……」
ちゃんと入ってるなら力を抜かないといけないらしいけど、ガツガツと腰を打ち付けられるとそれどころではなかった。
「やっ、うっ……シド……もっとっ……もっとっ……ゆっ、くっ……んうぅっ……」
「くそっ……」
もっとゆっくりして欲しいのに、最後まで要望を伝える前にシドの動きが激しくなって、言葉が続かない。
「うっ、ふっ……きもちっ、いいっ……きもちっ、いいのっ……」
とりあえず気持ちいいと思い込もうとするけど、激しい動きにどうしたらいいのか分からなくなった。
「シドッ……シドッ……」
救いを求める様にシドに抱きつくと、シドは動きを緩めて私にキスをしてくれた。
「ソフィー……そんなに俺が……欲しいか?」
ゆっくりと抜き差ししながら、シドが私を見つめている。
見つめられ、全身でシドの身体を感じていると、泣きたくなるぐらい嬉しくなった。
諦めたと言いながら、本当はずっと待っていたのかもしれない。
「うんっ……シド、好きっ……大好きっ……」
「そうか……」
シドはそれだけ呟くと、私をしっかりと抱きかかえ、激しく腰を打ち付けてきた。
「そんなに、好きなら……俺の子を、産んでくれっ」
「やっ、あっ……ああっ!」
奥まで穿つような腰の動きに身体を揺さぶられながら、それもいいかもなと思った。
どこか様子のおかしいシドは、私を迎えに来た訳ではないんだろう。
また私の側からいなくなってしまうかもしれないけど、私はもうシド以外の人とこんな事をするなんて考えられなかった。
シドとの思い出と一緒に、シドとの子を育てていけるなら、それはとても素敵な事のような気がした。
「うんっ、産むっ……シドの、赤ちゃんっ……ちょうだいっ……」
激しい動きの中、なんとかそれだけ言うと、シドの動きが一層激しくなった。
「くっそっ……」
「あっ、やっ……あっ、あっ……ああっ……」
シドの身体がびくびくと揺れ、熱いものを注がれたのが分かると、幸せな気持ちでいっぱいになった。
ぐったりと身体を預けてきたシドの重みを、ずっと感じていたかった。
「なんでだよ……なんで、兄貴となんか結婚するんだよ……」
「えっ?」
私にのしかかったまま、シドは泣いているような声を出した。
サイラスと結婚って、何の話をしているんだろう。
「結婚するなら、俺の事は拒絶しろよ……」
「あの、シド?」
「俺を裏切って、兄貴も裏切って、三年の内にソフィーは変わっちゃったんだな……」
「待って、サイラスと結婚って、何?」
私の言葉に、シドは身体を起こして怪訝そうな顔で私を見下ろした。
「春が来たら、兄貴と結婚するんだろ?」
「する訳ないよ」
私が即答するとシドは驚いた顔をして、しばらく二人で見つめ合ってしまった。
「あの、まずは、その……抜いて欲しい……」
まだつながったまま見つめ合っている事が恥ずかしくて、私は言葉につまりながらお願いした。
「そうだな……」
シドが私の上からどくと、足の間からドロっとしたものが出てきて、うわっと思った。
サイラスのベッドに、とんでもないものをこぼしてしまった。
どうしていいのかよく分からないけど、とりあえず脱がされたパンツを履きながらシーツを確認すると、少し血もついていた。
「ソフィー、なんで血が……」
シドがシーツを凝視しながら聞いてきた。
「なんでって、初めてだったから……」
「初めてって、兄貴と毎晩のように楽しんでたんじゃ無いのか?」
「サイラスと?気持ち悪い事言わないで」
「……じゃあ、なんで手紙をくれなかったんだよ」
「だって、シドがくれなかったから」
「そんなはずはない。家に送る手紙の中に、ソフィー宛の手紙も入れて出していた」
「サイラスは来てないって言ってたし、私の事も何も書いて無いって……」
私とシドは顔を見合わせた。
犯人はどう考えてもサイラスだ。
三年間の悲しくて苦しい気持ちを思うと、ちょっと殺意が湧いた。
いつまでもサイラスの部屋にいるのも落ち着かないし、ブラウスもボタンが引きちぎられているし、シドにはしっかり手を洗ってもらいたいしで、私達は色々整えた後で私の部屋で落ち合う事にした。
洗濯物が途中だったので、ついでに汚してしまったサイラスのシーツを洗っていると、シドがやってきた。
「手伝うよ」
「ありがとう」
二人で汚したシーツを二人で洗うのは、なんだか落ち着かなかった。
「後で新しいシーツを渡すから、こっそり敷いておいて」
「ああ……このシーツはどうするんだ?」
「返すわけにもいかないし、使うのも嫌だから、申し訳ないけど切って掃除にでも使おうかな」
「そうだな……」
しばらく黙々と洗濯をしていると、シドが私の名を呼んだ。
「初めてだったのに、酷い事してごめん」
「うん、初めてはもうちょっと、まともな場所が良かったかな」
「兄貴の手紙に、ソフィーは毎晩俺のベッドの上で可愛い声を聞かせてくれてるって書いてあって、ここでソフィーがと思ったら我慢ならなくて……って、何の言い訳にもなんないな。本当に、俺は最低な事を……」
「最低なのはサイラスだよ」
なんて事を書いているんだ。嘘をつくにも程がある。
「なんでそんな嘘をついたのかな」
「そう書けば俺が諦めると思ったんじゃないか?兄貴は俺に帰ってきて欲しくなかったんだよ」
サイラスにとって優秀な弟は、目の上のたんこぶのような存在だったんだろう。
「場所はともかくとして、私は初めてがシドで、嬉しかったよ」
落ち込むシドがなんだかかわいそうになって声をかけると、シドは頬を赤らめながら私を見つめた。
照れた顔は三年前と変わっていなくて、私まで顔が赤くなりそうだった。
「俺も、初めてがソフィーで嬉しかった」
「えっ?嘘でしょ?」
「嘘って何だよ」
「初めてにしては、手慣れ過ぎだなって」
「騎士に採用されても、騎士見習いの五年間は宿舎から外に出られないんだ。その辛さを知る先輩達からの差し入れにより蔵書が充実……」
差し入れってなんだと思ってシドの話を聞いていたら、私の視線に気づいたシドが顔を赤くして俯き、何かもごもご言っていた。
見た目は逞しく大人っぽくなったけど、中身はあまり変わっていないのかもしれない。
そう思うと胸が苦しいほどきゅっとなった。
「やっぱり私、シドが好き。諦めたと思っていたけど、全然諦められてなかった」
思わず口から出た言葉に、シドは真剣な眼差しを私に向けた。
「ソフィーの事を信じずに、あんな酷い事をした俺を許してくれるのか?」
「それを言ったら、私は最初からシドの事を信じてなかった。おじさんかおばさんに連絡先を訊いて、私から手紙を出す事もできたのにそれもしないで、酷いよね。ごめんなさい」
「いや、実家以外に手紙を出すとめちゃくちゃ詮索されてからかわれるからってだけで、ソフィー宛に手紙を出すのを避けていた俺も悪い。本当に、何から何まですまなかった」
「騎士見習いは大変なんだね……あれ?待って。五年は宿舎から出られないんじゃないの?なんでここにいるの?まさか……」
夢だった騎士を辞めてきてしまったんだろうかと思いシドの顔を見ると、シドは安心させるように私に笑顔を向けた。
「剣術大会で優勝して、騎士になったんだ。報奨で長期休暇も取れた」
「えっ、優勝?やっぱりシドは強いんだね。かっこいい!」
「いや、どうしても兄貴をぶん殴りに行きたくて、かなり泥臭い勝ち方をしたから、かっこよくはないな」
「私には剣の良し悪しは分からないから。優勝したなら、かっこいいよ」
私の言葉に、シドはじっと私を見つめた。
「何?」
「いや、ソフィーは変わってなかったんだなと思ったら、なんか嬉しくて……」
シドが私と同じような事を考えていて、驚いてしまった。
「いつもソフィーが褒めてくれたから、俺はがんばってこれたんだと思う。これからも、ずっと俺の側にいて欲しい」
「あの、それってつまり……」
「ソフィー、愛している。結婚してくれ」
洗濯桶に手を突っ込んだままのプロポーズは全然ロマンチックじゃなかったけど、それもシドらしくて、とても嬉しかった。
「……うん、嬉しい!」
私の返事に、シドはそっと私にキスをした。
三年前と同じ、軽く唇が触れるだけのキスはなんだか誓いのキスみたいで、胸がいっぱいになった。
三軒隣に住むシドの夢は王都に行って騎士になる事で、しょっちゅう庭先で剣を振っていた。
動きの良し悪しは分からないけど、ひたむきに汗を流すシドはとてもかっこよくて、来る日も来る日も剣を振り続けるシドを、私も毎日の様に見守った。
そしてシドは十五歳の時、騎士になるために王都へと旅立っていった。
「ソフィー、騎士になったら迎えにくる。それまで待っていて欲しい」
旅立ちの前日、シドは私にそう言うと返事を待つようにじっと私を見つめた。
「シドならきっと騎士になれるよ。応援してる」
笑顔で答えると、シドはそっと私にキスをして、逃げるように去っていった。
今はシドとの別れがとても悲しい。でも、いつか素敵な思い出として思い出せる日が来るんだろうか。
そんな事を思いながら、私は小さくなるシドの後ろ姿を見送った。
「シドも王都に行っちゃったかー」
「努力家だし見た目もいいし、シド君なら騎士になれるんじゃないかしら」
「なったらなったでモテそう……」
作業場でチクチクと縫い物をしながら、姉さん達が好き勝手喋っている。
私の家は洋品店を営んでいて、父さんはよその街に仕入れに行き、母さんは店頭でデザイン画を書きながら接客、四姉妹の私達は作業場でそれぞれ得意な物を気ままに作成と言う暮らしを送っていた。
「ソフィー、王都に行った男が村に帰って来る事はないんだから、シドの事は早く忘れなさいよ」
母さんのデザイン画を元にパターンを作っているのは、長女のステラ姉さん。
「たいていは騎士になれたかどうかも分からないまま、音信不通になるのよね」
正確無比な手さばきで布を裁断しているのは、次女のシンシア姉さん。
「シドはもう死んだと思った方がいい……」
テンションは低いけど目にも止まらぬスピードで針を動かしているのは、三女のシーラ姉さん。
「ちゃんとお別れしたから大丈夫」
私はハンカチに刺繍をしながらシドを見送った日の事を思い出した。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
すぐそこまで出かけるような軽い挨拶に、私もいつもの調子で返事をした。
いつかこんな日が来る事は知っていた。
だから泣く事もなく、笑顔でシドを送り出す事ができる。
「頑張りすぎて怪我しないようにね」
「ああ」
シドは最後に私の頭をポンポン叩くと、少し寂しそうな顔をして旅立っていった。
今までありがとう、そしてさようなら。
去りゆくシドに心の中で別れを告げ、私はシドが見えなくなるまでその場に立ち続けた。
あれ?ちゃんとお別れできていないかもしれない。
まあでもいいか。私と違ってシドは直ぐに私の事なんて忘れてしまうだろう。
年の離れた姉さん達の会話を聞いて育った私は、王都に旅立つ若者を待つ事がいかに無駄な事かよく知っていた。
ある者は何年も待ち続けたまま、ついには伴侶を得る事なく人生を終えた。
またある者は王都へ追いかけていき、会えぬまま別の男性との子供を身籠って村へと帰ってきた。
そしてまたある者は散々お金をせびられ貢がされた挙げ句、音信不通となりお金と若さを失った。
「ソフィーはいっつもシドに付いて回っていたから、他の子は声をかけられなかったんだよ」
「これからはソフィーの周りも騒がしくなるわね」
「ソフィーもモテモテ……」
私はチクチクと刺繍をしながらこれからの事を考えた。
シドとはいつかこんな風に別れがくるとは思っていたけど、その先の事は全然考えていなかった。
「しばらくは針仕事に専念する。私も姉さん達みたいに、もっと色々できるようになりたい」
モテモテになるとは思わないけど、誰かと付き合う事も考えられなかった。
「そうだね、手に職をつけておくのはいい事だよ」
「ソフィーはまだまだ若いものね」
「恋だけが青春じゃない……」
適齢期を過ぎても一向に結婚する気配がない姉さん達を見ると、シドの思い出とともに生きていくのもいいかもしれないなと思った。
そして、あっという間に月日は過ぎ、シドが村を出ていってから三年が経った。
三年の内に姉さん達は皆結婚して、子供も授かっていた。
シドとの思い出と生きようと思っていた私も適齢期になり、このままでいいんだろうかと考える様になっていた。
シドからは騎士の採用試験に受かったと言う手紙を貰ったのを最後に、連絡が途絶えている。
最後の手紙には、しばらく忙しくて手紙が出せないと思うとは書いてあったけど、三年は長すぎだ。
しばらくしてシドの家には手紙が届くようになったけど、ついの一度も私宛に届く事はなかった。
お兄さんのサイラスにそれとなく手紙の内容を聞いた事があるけど、私の事は何も書かれていないと言われ、もう諦めるしかなかった。
「ソフィー、そろそろうんと言ってくれよ」
庭で洗濯物を干していると、サイラスが近寄ってきて耳元で囁いてきた。
「シーラ姉さんに振られたその足で、私に告白する様な人とお付き合いする訳無いでしょ」
サイラスは真面目でひたむきなシドと違って、本当に兄弟かなと思うぐらい、ちゃらんぽらんな人だ。
定職につかずその日暮らし。私達姉妹全員に告白して、全員から振られている、ある意味凄い経歴の持ち主だ。
「今はソフィーだけだよ」
「ちょっと、やめて」
後ろから抱きしめられて、思わず干そうとしていたタオルを落としそうになってしまった。
「シドの事が忘れられないなら、俺が忘れさせてやるよ」
性格は正反対なサイラスだけど、顔と声はシドによく似ていた。似ているだけに苛立ちは倍増した。
「ねえ、いい加減に……」
サイラスの顔を押しのけながら後ろを向くと、道の真ん中で立ち止まり、こちらをじっと見つめる人と目があった。
「え?」
「付き合うのが嫌なら、身体だけの付き合いでいいからさ」
何かサイラスに身体を弄られている気がするけど、それどころでは無かった。
「シド……」
睨むように私を見つめるその人は、背も高く身体も逞しくなり、どこか垢抜けていて、三年前とは全然違う姿になっていたけど、間違いなくシドだった。
「そんなにシドがいいなら、シドのフリして抱いてやろうか?愛してるよソフィー、一日足りとも君の事を忘れた事はない」
演技がかった愛の囁きにイラッとして、視線は動かさずにサイラスを押しのけると、異変を察知したサイラスも道の方を向いた。
「げぇっ!」
サイラスが、蛙が潰れたような声を出して走り去って行ったけど、構わず私達は見つめ合った。
「ソフィー」
シドは私の名を呼びながら近づいてくると、ひらりと柵を乗り越えて私の目の前に立った。
「どうして、シドがここに……」
シドがこの村に帰ってくるなんて思っていなかったから、会いたかったの言葉よりも先に、そんな言葉が出てしまった。
「どうして、か。そうだよな……なんでよりによって兄貴なんかと……」
「え?何?」
腕を掴まれたと思ったらぐいっと引っ張られて、そのままシドの家に引きずられる様に連れて行かれた。
「あの、シド?」
様子のおかしいシドになんて声をかけたらいいか分からなくて、引っ張られるままにサイラスとシドの部屋に連れ込まれてしまった。
シドは何も言わず部屋の中を見つめている。
まだ子供だった頃、この部屋に遊びに来た時は、ちゃらんぽらんなサイラスと真面目なシドの境界線が分かるぐらい、ごちゃごちゃな部分としっかり整頓された部分が別れていた。
でも今は、部屋全体がごちゃごちゃしている。
シドがいなくなり、サイラスの部屋になった事が、私にも分かるぐらいの変わりようだった。
「俺がソフィーからの手紙を待ち続けている間、ソフィーはこんな所で抱かれていたのか」
急に抱き上げられ、乱暴にベッドに降ろされた事に驚いて、シドの言葉の意味が直ぐに理解できなかった。
私からの手紙を待ち続けるって何?
抱かれてたって何?
シドは何か大きな勘違いをしているんじゃないか。
「待って。私は……んうっ……」
腕を押さえつけられ、冷たい瞳で見下されたと思ったら、キスをされ口を塞がれた。
強引に舌を入れられ、シドの舌が私の口の中を生き物のようにうごめいている。
上顎を舐めたと思ったら舌に絡みつき、ゆっくりと舌を抜き差しされて劣情を誘う。
こんなキスは初めてで、欲望をぶつけるような動きに、頭がおかしくなりそうだった。
長かったキスが終わり、シドは何も言わず私を見下ろした。
「ここじゃ、嫌……」
ぼうっとする頭で何とかそれだけ言うと、シドは私のブラウスに手を掛け、一気にボタンを引きちぎった。
「ここじゃ無ければいいのか?」
「だって、ここは……あっ!」
腕を掴んで止めようとするけど、そんな事はお構いなしに下着を捲くり上げ、乳首に吸いつかれた。
「だ、めっ……やっ……」
頭を押さえて抵抗しても、シドの身体はびくともしない。
スカートの中に手を入れられたと思ったら、太ももを一気に上まで撫であげられて、足の付け根を触られた。
「んんっ……」
変な声が出そうになって、慌てて手で口を押さえる。
片方の手で胸を揉み、舌先で乳首を転がし、ゆっくりとした動きで割れ目をなぞるシドを、私は呆然と見つめた。
唇が触れるだけのキスをして、逃げるように立ち去ったシドからは想像もできないぐらい、いやらしい動きをしている。
三年の月日で、見た目だけじゃなく中身も変わってしまったんだろうか。
そんな事を考えていると、シドの太くてごつごつした指が私のナカに入ってきて、くちゅくちゅと水音をたてながら抜き差しされた。
「んうっ……んーっ……」
こんな場所でこんな事、嫌なはずなのに、身体がびくびくと震えて声が我慢できなかった。
「俺の知らない間に、随分いやらしい身体になったんだな」
気がつくとシドは身体を起こし、表情のない顔で私を見下ろしていた。
瞳だけは燃えるようにギラついていて、酷い事をされているはずなのに、なぜだか興奮してしまう。
「どんどん溢れてくる」
「んんっ!」
指を抜き差ししながら、反対の手でクリトリスを押され、私は身体を仰け反らせた。
「俺は、ずっとソフィーが好きだったよ」
「んっ、んっ……んんっ……」
「一日だって忘れた事はない」
「ふ、うっ……うぅっ……」
「俺は、ソフィーだけを想っていたんだ……」
シドの声を聞きながら、指の動きに合わせるように腰が動いてしまう。
私だって、諦めてはいたけれど、ずっと忘れられなかった。ずっと好きだった。
もう会えないと思っていた好きな人に触れられて、快感を与えられて、私の身体はもうどうしようもないぐらい溶けてしまっていた。
「ほら、イケよ。俺の手で、兄貴のベッドの上で」
「んっ、うっ……あっ、あああっ!」
激しい指の動きに声を抑える事ができなくて、私は叫ぶようにイッてしまった。
「は、あっ……あっ……」
あけすけな姉さん達の話から知識としては知っていたけど、実際こんな事をされるのは初めてで、大き過ぎる快感の波に、理性が遠いところに流されてしまう。
「ソフィー……」
「シド……」
シドは私に覆いかぶさると、腰を揺らして硬いものを擦りつけてきた。
いつの間に脱いだのか、直に感じるシドのものに、私も腰を揺らして答えた。
「んっ、ふっ……んうっ……」
舌を絡めるキスをしながら擦りつけあっていると、もう我慢できなかった。
ここがどこかなんてどうでもよくて、早くシドを受け入れたくて堪らなかった。
「シド、きて……」
キスの合間にそれだけ言うと、シドは何も言わず私に押し入ってきた。
「うっ……くっ……」
初めて感じる圧迫感と痛みに少し怖くなったけど、姉さん達のアドバイスを思い出した。
入ると信じて力を抜く。要望は口に出して伝える。気持ちいいと思い込む。
「や、あっ……シドのっ、入って、るっ……」
「そうだ……俺のだ……俺が、ソフィーをっ……」
ちゃんと入ってるなら力を抜かないといけないらしいけど、ガツガツと腰を打ち付けられるとそれどころではなかった。
「やっ、うっ……シド……もっとっ……もっとっ……ゆっ、くっ……んうぅっ……」
「くそっ……」
もっとゆっくりして欲しいのに、最後まで要望を伝える前にシドの動きが激しくなって、言葉が続かない。
「うっ、ふっ……きもちっ、いいっ……きもちっ、いいのっ……」
とりあえず気持ちいいと思い込もうとするけど、激しい動きにどうしたらいいのか分からなくなった。
「シドッ……シドッ……」
救いを求める様にシドに抱きつくと、シドは動きを緩めて私にキスをしてくれた。
「ソフィー……そんなに俺が……欲しいか?」
ゆっくりと抜き差ししながら、シドが私を見つめている。
見つめられ、全身でシドの身体を感じていると、泣きたくなるぐらい嬉しくなった。
諦めたと言いながら、本当はずっと待っていたのかもしれない。
「うんっ……シド、好きっ……大好きっ……」
「そうか……」
シドはそれだけ呟くと、私をしっかりと抱きかかえ、激しく腰を打ち付けてきた。
「そんなに、好きなら……俺の子を、産んでくれっ」
「やっ、あっ……ああっ!」
奥まで穿つような腰の動きに身体を揺さぶられながら、それもいいかもなと思った。
どこか様子のおかしいシドは、私を迎えに来た訳ではないんだろう。
また私の側からいなくなってしまうかもしれないけど、私はもうシド以外の人とこんな事をするなんて考えられなかった。
シドとの思い出と一緒に、シドとの子を育てていけるなら、それはとても素敵な事のような気がした。
「うんっ、産むっ……シドの、赤ちゃんっ……ちょうだいっ……」
激しい動きの中、なんとかそれだけ言うと、シドの動きが一層激しくなった。
「くっそっ……」
「あっ、やっ……あっ、あっ……ああっ……」
シドの身体がびくびくと揺れ、熱いものを注がれたのが分かると、幸せな気持ちでいっぱいになった。
ぐったりと身体を預けてきたシドの重みを、ずっと感じていたかった。
「なんでだよ……なんで、兄貴となんか結婚するんだよ……」
「えっ?」
私にのしかかったまま、シドは泣いているような声を出した。
サイラスと結婚って、何の話をしているんだろう。
「結婚するなら、俺の事は拒絶しろよ……」
「あの、シド?」
「俺を裏切って、兄貴も裏切って、三年の内にソフィーは変わっちゃったんだな……」
「待って、サイラスと結婚って、何?」
私の言葉に、シドは身体を起こして怪訝そうな顔で私を見下ろした。
「春が来たら、兄貴と結婚するんだろ?」
「する訳ないよ」
私が即答するとシドは驚いた顔をして、しばらく二人で見つめ合ってしまった。
「あの、まずは、その……抜いて欲しい……」
まだつながったまま見つめ合っている事が恥ずかしくて、私は言葉につまりながらお願いした。
「そうだな……」
シドが私の上からどくと、足の間からドロっとしたものが出てきて、うわっと思った。
サイラスのベッドに、とんでもないものをこぼしてしまった。
どうしていいのかよく分からないけど、とりあえず脱がされたパンツを履きながらシーツを確認すると、少し血もついていた。
「ソフィー、なんで血が……」
シドがシーツを凝視しながら聞いてきた。
「なんでって、初めてだったから……」
「初めてって、兄貴と毎晩のように楽しんでたんじゃ無いのか?」
「サイラスと?気持ち悪い事言わないで」
「……じゃあ、なんで手紙をくれなかったんだよ」
「だって、シドがくれなかったから」
「そんなはずはない。家に送る手紙の中に、ソフィー宛の手紙も入れて出していた」
「サイラスは来てないって言ってたし、私の事も何も書いて無いって……」
私とシドは顔を見合わせた。
犯人はどう考えてもサイラスだ。
三年間の悲しくて苦しい気持ちを思うと、ちょっと殺意が湧いた。
いつまでもサイラスの部屋にいるのも落ち着かないし、ブラウスもボタンが引きちぎられているし、シドにはしっかり手を洗ってもらいたいしで、私達は色々整えた後で私の部屋で落ち合う事にした。
洗濯物が途中だったので、ついでに汚してしまったサイラスのシーツを洗っていると、シドがやってきた。
「手伝うよ」
「ありがとう」
二人で汚したシーツを二人で洗うのは、なんだか落ち着かなかった。
「後で新しいシーツを渡すから、こっそり敷いておいて」
「ああ……このシーツはどうするんだ?」
「返すわけにもいかないし、使うのも嫌だから、申し訳ないけど切って掃除にでも使おうかな」
「そうだな……」
しばらく黙々と洗濯をしていると、シドが私の名を呼んだ。
「初めてだったのに、酷い事してごめん」
「うん、初めてはもうちょっと、まともな場所が良かったかな」
「兄貴の手紙に、ソフィーは毎晩俺のベッドの上で可愛い声を聞かせてくれてるって書いてあって、ここでソフィーがと思ったら我慢ならなくて……って、何の言い訳にもなんないな。本当に、俺は最低な事を……」
「最低なのはサイラスだよ」
なんて事を書いているんだ。嘘をつくにも程がある。
「なんでそんな嘘をついたのかな」
「そう書けば俺が諦めると思ったんじゃないか?兄貴は俺に帰ってきて欲しくなかったんだよ」
サイラスにとって優秀な弟は、目の上のたんこぶのような存在だったんだろう。
「場所はともかくとして、私は初めてがシドで、嬉しかったよ」
落ち込むシドがなんだかかわいそうになって声をかけると、シドは頬を赤らめながら私を見つめた。
照れた顔は三年前と変わっていなくて、私まで顔が赤くなりそうだった。
「俺も、初めてがソフィーで嬉しかった」
「えっ?嘘でしょ?」
「嘘って何だよ」
「初めてにしては、手慣れ過ぎだなって」
「騎士に採用されても、騎士見習いの五年間は宿舎から外に出られないんだ。その辛さを知る先輩達からの差し入れにより蔵書が充実……」
差し入れってなんだと思ってシドの話を聞いていたら、私の視線に気づいたシドが顔を赤くして俯き、何かもごもご言っていた。
見た目は逞しく大人っぽくなったけど、中身はあまり変わっていないのかもしれない。
そう思うと胸が苦しいほどきゅっとなった。
「やっぱり私、シドが好き。諦めたと思っていたけど、全然諦められてなかった」
思わず口から出た言葉に、シドは真剣な眼差しを私に向けた。
「ソフィーの事を信じずに、あんな酷い事をした俺を許してくれるのか?」
「それを言ったら、私は最初からシドの事を信じてなかった。おじさんかおばさんに連絡先を訊いて、私から手紙を出す事もできたのにそれもしないで、酷いよね。ごめんなさい」
「いや、実家以外に手紙を出すとめちゃくちゃ詮索されてからかわれるからってだけで、ソフィー宛に手紙を出すのを避けていた俺も悪い。本当に、何から何まですまなかった」
「騎士見習いは大変なんだね……あれ?待って。五年は宿舎から出られないんじゃないの?なんでここにいるの?まさか……」
夢だった騎士を辞めてきてしまったんだろうかと思いシドの顔を見ると、シドは安心させるように私に笑顔を向けた。
「剣術大会で優勝して、騎士になったんだ。報奨で長期休暇も取れた」
「えっ、優勝?やっぱりシドは強いんだね。かっこいい!」
「いや、どうしても兄貴をぶん殴りに行きたくて、かなり泥臭い勝ち方をしたから、かっこよくはないな」
「私には剣の良し悪しは分からないから。優勝したなら、かっこいいよ」
私の言葉に、シドはじっと私を見つめた。
「何?」
「いや、ソフィーは変わってなかったんだなと思ったら、なんか嬉しくて……」
シドが私と同じような事を考えていて、驚いてしまった。
「いつもソフィーが褒めてくれたから、俺はがんばってこれたんだと思う。これからも、ずっと俺の側にいて欲しい」
「あの、それってつまり……」
「ソフィー、愛している。結婚してくれ」
洗濯桶に手を突っ込んだままのプロポーズは全然ロマンチックじゃなかったけど、それもシドらしくて、とても嬉しかった。
「……うん、嬉しい!」
私の返事に、シドはそっと私にキスをした。
三年前と同じ、軽く唇が触れるだけのキスはなんだか誓いのキスみたいで、胸がいっぱいになった。
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