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『ホモ』

 ホモセクシャルの略語。本来同性愛者という意味だが、男性同性愛者を指して使われてきた。元は差別的意味合いを含んだ言葉ではないが、男性同性愛者に対して差別的文脈で使われることも多かったので『ゲイ』と言い換えることがある。

 ウィキペディアと睨めっこした後は、検索ページに戻って『ゲイ』スペース『エロ動画』と打ち込んだ。

 勢い余って「ホモ」と認めてしまったが、よくよく考えたら、オナニーのおかずは女だった。

 今日は、休み時間も瀬良と過ごした。瀬良は、智史がそっちの仲間であることに親近感を覚えている。嘘だとバレたら、自分の信頼は地の底だ。

「よし……」

 腹を決め、ズボンとパンツを脱ぎ払った。画面上にずらりと並んだゲイ動画……どれも生々しくて圧がすごい。選ぶのも億劫で、とりあえず一番再生回数の多いものをクリックした。

 元気のない一物を右手に握る。ゴクリと唾を飲み込んだ。

 二十代後半くらいの、浅黒い肌の男二人が、逆方向に重なって、互いの性器を愛撫している。69というやつだ。

 二人ともガッチリとした体型で、むさ苦しい風貌。上にいる男の尻がアップになって、びっしり生えた尻毛に激しく萎えた。

(どうしよう……全然勃たない……)

 単に、コンディションの問題かもしれない。試しに馴染みのエロサイトを開いて、「悶絶! 美人タクシー運転手をイカせまくり!」を再生したら、すぐにムクムク血が集った。

(まずい……)

 これでは瀬良に合わせる顔がない。もう一度ゲイ動画に戻る。やっぱり抜けずに、馴染みのサイトに引き返した。その気になってしまったから、とりあえず一発抜いておこうと、真面目に動画を探すことにした。どうせ女で抜くなら、自分好みの女優で抜きたい。

 サイト内の検索欄に「銀髪」と打ち込んだ。いつもなら「巨乳」とか、「黒髪」と打ち込むのに。

 目に留まった女優も、いつもと趣向が違う。いつもなら黒髪清楚、素人系を選んでいるのに、今日はどういうわけか、金髪ギャル系の、ボーイッシュな女優が目に留まった。他の作品では、綾波レイのパロディモノに出演している。こちらはもっと瀬良に雰囲気が似ていて、そそられた……

「なっ!」

 自分の思考にギョッとし、椅子から崩れ落ちた。

「大丈夫か?」

 幻聴だろうか。ドアの向こうから、瀬良の声が聞こえた気がしたのだが。

 ガチャ、とドアが開く。智史は咄嗟にパソコンに飛びついた。エロサイトを消し、ズボンとパンツを引き上げる。

「悪い……取り込み中、だった?」

「せ、瀬良くんっ!?」

 いそいそとファスナーを上げ、ベルトを留めた。頭から湯気が出そうだ。

「ノックしたんだけど、返事がなかったから……」

「ご、ごめんっ……気づかなかった!」

 瀬良はふふっと笑った。

「お前、肝座ってるよな。下にお母さんいるのに」

「母さんは滅多に上がってこないんだよ。裁縫に集中してるから」

 瀬良は頷くと、「お前に用があるって言ったら、勝手に上がっていいって言われた。忙しそうに両手動かしながら」

 智史は苦笑いした。

 ところで、両肩に引っ掛けている大きなショップ袋はなんだろう。「それ何?」と問うと、瀬良は「ああこれは……」と言って、ふと息をのんだ。パソコン画面を見て固まる。

「はひっ」

 エロサイトのタブを消したことで、その下にあったゲイポルノサイトが表示されていた。

「こ、これはっ……」

 あわあわしながら画面を消す。振り返ると、瀬良は口元を抑えて笑っていた。

 ついさっき、瀬良似のAV女優を探していたことを思い出し、なんとも奇妙な心地になる。股間がムクムクと反応し、ギョッとする。ゲイ動画では抜けなかったが、もしや……もしかしてしまうのか?

「お前、ほんとメンタル強い」

「つ、強くないよっ」

 瀬良は小首を横に振った。

「今日、電気科の奴らに『笑われるようなことじゃない』って言っただろ。俺、まじでお前のこと見直した。すげえって思った」

 瀬良は少し、寂しそうな顔をした。

「……俺は、そんなふうに堂々とできなかった。ずっと、アキに気持ちがバレたらどうしようって怯えてた。なのに離れるのは嫌で、一番いい友達でいるために、嘘ばかりついた。……だから、あいつが怒るのは当然なんだよ」

 瀬良がしゃがみ、智史はドキリとしたが、単に、ショップ袋の中身を床に出しただけだった。

「これ、先輩から貰ってきた学ラン……生地に使えるかと思って。あと雑誌、これは参考になりそうだったから」

「わっ……すごいっ! ありがとうっ!」

 智史もしゃがみ、学ランを手に取った。至近距離で瀬良と視線がぶつかる。

「本当にいいのか?」

 疑うような目で見られ、「何が?」と問い返した。

「だってお前、警察の試験受けるんだろ? 俺たちに付き合ってる暇なんかあるのかよ」

 その通りなのだが、これを断ったら、一生後悔するような気がした。だって今、すごく楽しい。

「大丈夫、なんとかなるよ」

 にっこり笑うと、瀬良は恥じらうように目を伏せた。

「アキから……聞いたんだけど」

 瀬良は上目遣いに智史を見た。頬がほんのりと赤い。知久は何を言ったのだろう。智史は身構えた。

「俺のこと、好きなの?」

「へっ……」

「あいつのことだから、揶揄っただけかもしれないのは、わかってる。でもお前、なんかやけに親切だし……さっきのAV女優……あれ、花園ジュリアだろ?」

 瀬良は目を伏せ、何度も瞬きした。

 智史は唸りそうになった。ゲイポルノの前の、馴染みのエロサイトもバッチリ見られていたのだ。

「俺……よくそのAV女優に似てるって言われるんだけど……」

 誰だ。瀬良にAV女優に似ているなんて言った奴。

「それに……ゲイ動画も交互に観てるし」

「こ、交互では観てないっ……」

 そんな、オナニー上級者だと思われたくない。

「……で、どうなんだよ。お前、俺のこと好きなの?」

 交互、と聞いて、智史の胸に湧いたのは、羞恥心だけではなかった。

 その手があったか、という興奮も、同時に芽生えたのだ。画面を二つに区切って、右側でゲイ、左側で花園ジュリアを映す。それなら抜けるかもしれないと……

 いまだかつて、そんな面倒なオナニーを試みたことがあっただろうか。身近にいる人間をオカズにしようと思ったことが、あっただろうか。

「ごめん、キモいよね……」

 オナニーのことばかり考えていたから、自然と謝罪が出た。

「キモくない」

 瀬良が驚いたように首を横に振った。なんだか申し訳なくなって、智史は頭を抱え、項垂れた。

「キモくない。キモいわけないだろ」

 肩を揺さぶられる。ますます罪悪感が込み上げ、智史はブンブンと首を横に振った。

「キモいよ……だって俺、瀬良くんをオカズにして、抜こうとしてたんだ」

 やばいでしょ、と自嘲すると、「いや、なんとなくそうかなって思ったし」と静かに言われた。

「ごめん……」

「だから謝るなって……驚いたけど、別に嫌じゃないから」

 智史は顔を上げた。目の下をほんのり赤くした瀬良と目が合う。AV女優よりも、ずっと綺麗な顔だと思った。色白の肌など陶器のようだ。

「お前……俺で抜けんの?」

 真顔で問われ、ドッと心臓が跳ねた。

 瀬良は細い眉をキュッと寄せ、「抜けるんだろ」と決めつけた。

 まだ、女でしか抜いたことがない。でもすがるような瀬良の眼差しに、智史は「うん」と頷いた。

「そう……か」

 瀬良は急にしおらしくなった。もしかして引かれただろうか。

「キモい?」

 彼は慌てて首を横に振った。

「う……嬉しい」

 そんな言葉が返ってくるとは思わず、智史は目を丸くした。

「すげえ、嬉しい……俺で、抜けるとか……やばい」

 整った顔を紅潮させ、うわずった声で言う。

 瀬良は智史の肩に置いた手を、スルリと二の腕に滑らせる。それだけで股間がムクリと反応した。ぎこちない触れ方で、これまで彼が、男の体に触れるのを躊躇い、自制してきたのだとわかった。

「キス……したことある?」

 瀬良が、智史の二の腕を掴んだまま言った。智史は「ないよ」と即答する。

「俺も、ない」

 それが恥ずかしいことであるかのように、瀬良の手に力がこもる。

 周りが「ヤッた」「ヤらない」の話をしている最中、瀬良はキスも未経験。そんなことがバレたら容赦無くバカにされるだろう。瀬良は嘘をついてきたに違いない。

 こういう時、チャラ男ならサクッとキスしてしまうのだろうが、智史にそんな度胸はない。

「してもいい?」 

 と言って、顔を近づける。

「……早くしろよ」

 どんなふうにすれば良いか分からず、軽くチュッと唇を当てた。

 すぐさま離れると、瀬良の顔から緊張感が抜けた。イタズラっぽい笑みを浮かべ、「こういうのなら、したことある」と彼は言った。

「え……」

「小学校のとき、こういうキスなら女の子とした」

 もっと……ディープなやつをしろということだろうか。心臓はすでに張り裂けそうなほどバクバクと波打っているというのに。

「ちょっと……待ってね」

 とりあえず深呼吸する。両手で彼の肩を掴んだ。

「……結婚式かよ」

「初めてだから許して」

 気を改め、顔を寄せると、「初めてが俺でよかった?」と彼は不安げに言った。これ以上リズムを乱されたら、できなくなる。智史は無視して唇を重ねた。

 わからないなりに舌先を絡ませる。瀬良の両手が智史の背中に回され、ゾクっとするほどの興奮が全身を駆け巡った。彼の柔らかい唇を、角度を変えてついばむ。智史の拙いキスを、瀬良は従順に受け入れていた。

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