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高校生
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「なにこれ」
ノートにびっしりと書かれた単語を見て、瀬良は唖然と言った。
放課後の視聴覚室。黒カーテンで窓を覆われた部屋は、前方だけが照明で明るい。
「歌詞に使えそうな単語。このページは英語だけど、次は日本語」
智史はページをパラパラとめくっていく。
「その次はギリシャ、フランス、ドイツ語……あと、リズムを統一した単語も集めてみたんだけど……どうかな?」
「これ……お前が作ったのか? 俺たちのために?」
俺たち、というか瀬良のためだ。智史は照れ隠しに鼻を擦った。
「うん。まだ作詞に難航してるみたいだよ。これ、役に立つんじゃないかな」
「貰っていいのか?」
「もちろん。そのために作ったんだから」
瀬良はしげしげと智史を見る。
「お前……いいやつだよな」
「へっ……あ、どうだろう……」
みんなに同じことをするわけではない。雨に濡れた瀬良が気になって、力になりたいとう自己満足のためにやったことだ。
「絶対いいやつだろ。これ、ありがたく貰うわ」
ノートを顔の横にヒョイと掲げ、瀬良は笑った。
その笑顔が見れただけで、智史は三日徹夜して良かったと思った。
ダメだったか。
放課後、第波区の雑談の中に、瀬良の姿はなかった。
「井上」
ふいに、童子丸に声をかけられた。
「お前、やばいな。厨二病拗らせすぎ」
智史はムッとした。ヴィジュアル系バンドに言われたくない。
「でもこれすげえ使えるわ。ありがとな」
えっ……と頭が空白になる。瀬良は、自分が作ったことにしなかったのか?
「グラン・ギニョールは見世物小屋、イチハチヨン、は非通知ね。こういうのも参考になるわ」
昨日、瀬良に渡したノートを、童子丸が両手に開いて言った。
「参考になるけど……ククッ、こんなの作ってたとかマジウケる」
なになに? と他の学生らが集まる。ノートを覗き込んで、キャッキャと笑った。
智史は顔が熱くなった。シャープペンを握る手が汗ばんでいく。
「やべえっ! 試験勉強しなくていーのかよっ!」
「もしかして第波区に加入希望?」
「わっ、これアピールだったのかっ!」
「でも俺ら、ヴィジュアル重視だからなあ」
好き勝手言われ、たまらず、ガタンと席を立った。視線が集まる。
「裏方っ…………希望、です」
教室がシン、と静まり返った。
(何言ってんだ、俺……)
「第波区のサポートメンバーに、なりたいです。作曲はできないけど、作詞とか、広報とか……雑用でもいいし」
メンバーを見る。「それ、本気?」と清水が言った。
「本気だよ」
知久を見据え、智史は言った。
知久は片側だけ口角を引き上げた。
「お前、ナオのことが好きなんだ」
「うわっ、井上もホモかよ!」
「黒歴史ノートまで持ってきて、そんなにナオを助けてやりたいか。あいつ、視聴覚で練習してるだろ。ヘッタクソな音ですぐわかったわ」
「……それで、俺はメンバーに入れてくれるの? くれないの?」
知久の意地悪には答えず、言った。知久は露骨に不機嫌な顔で、「却下」と言った。
「いやいや、俺はアリだと思うよ?」
と童子丸。清水も「いいじゃん。文化祭の準備とか頼みたい」と好意的。
文化祭、と聞いて、智史は内心焦った。筆記試験のある月だ。
「てかさ、井上って、裁縫得意じゃなかったっけ」
ノートを覗き込んでいた学生が、ふと思い出したように言った。特別親しいわけではないが、彼とは小学校から一緒だ。
「衣装とか作れるんじゃねえの?」
軽々しく、とんでもないことを言ってくれる。
「えっ……いや……」
冗談じゃない。どうして俺が、人生の大事な時に、アマチュアV系バンドの衣装を作らねばならないのだ。
そう思う一方で、瀬良の顔が頭に過ぎった。衣装を理由にすれば、瀬良に、自分の作った服を着てもらえる。どういうわけか、ものすごく魅力的なことに思えた。
「マジでっ? えっ、もしかしてこういうのも作れたりすんのっ!?」
童子丸がライブのフライヤーを見せてきた。
落書きだらけのコンクリートをバックに、黒ずくめの四人組が並んでいる。全員スカートのような、ひらひらした丈の長いものを履いている。左右非対称だったり、異素材を組み合わせていたり、一見、凝っているように見えるが、緻密さは感じられない。既製品にちょっと手を加えて作られた服、という印象だ。
「作れるよ」
「マジっ! すげえっ!」
「俺、最後の文化祭はオリジナル衣装でやりたい。井上ウェルカムっ!」
「別に俺は学ランで良いんだけど」
知久が言った。
「学ラン、カッコいいよね」
智史が同意すると、知久は鬱陶しそうに舌打ちした。
「でも、着崩し方で損してると思う。第波区はV系なのに、中にTシャツ着るだけじゃ、他のロックバンドと同じだよ。曲の雰囲気に合わせた着方をするべきだと思う」
「うざ」
「曲の雰囲気に合わせた着方って?」
清水が食いつく。
「第波区の歌には、よく死が出てくるよね。自殺とか、殺人とか。だったら葬式をイメージして、きっちり前ボタンを止めて、白手袋なんか着けたらどうかな。制帽に黒いレースを付けて、顔を覆ってしまうのも面白いかもしれない。雰囲気出ると思うよ」
一同はぽかんとしていたが、やがて顔を見合わせ、「いいんじゃね?」「制帽ってどこで買うの?」などと盛り上がった。
「よし、決まり。井上、キミを裏方担当に任命する」
童子丸が調子良くグッドサインを突き出した。
ノートにびっしりと書かれた単語を見て、瀬良は唖然と言った。
放課後の視聴覚室。黒カーテンで窓を覆われた部屋は、前方だけが照明で明るい。
「歌詞に使えそうな単語。このページは英語だけど、次は日本語」
智史はページをパラパラとめくっていく。
「その次はギリシャ、フランス、ドイツ語……あと、リズムを統一した単語も集めてみたんだけど……どうかな?」
「これ……お前が作ったのか? 俺たちのために?」
俺たち、というか瀬良のためだ。智史は照れ隠しに鼻を擦った。
「うん。まだ作詞に難航してるみたいだよ。これ、役に立つんじゃないかな」
「貰っていいのか?」
「もちろん。そのために作ったんだから」
瀬良はしげしげと智史を見る。
「お前……いいやつだよな」
「へっ……あ、どうだろう……」
みんなに同じことをするわけではない。雨に濡れた瀬良が気になって、力になりたいとう自己満足のためにやったことだ。
「絶対いいやつだろ。これ、ありがたく貰うわ」
ノートを顔の横にヒョイと掲げ、瀬良は笑った。
その笑顔が見れただけで、智史は三日徹夜して良かったと思った。
ダメだったか。
放課後、第波区の雑談の中に、瀬良の姿はなかった。
「井上」
ふいに、童子丸に声をかけられた。
「お前、やばいな。厨二病拗らせすぎ」
智史はムッとした。ヴィジュアル系バンドに言われたくない。
「でもこれすげえ使えるわ。ありがとな」
えっ……と頭が空白になる。瀬良は、自分が作ったことにしなかったのか?
「グラン・ギニョールは見世物小屋、イチハチヨン、は非通知ね。こういうのも参考になるわ」
昨日、瀬良に渡したノートを、童子丸が両手に開いて言った。
「参考になるけど……ククッ、こんなの作ってたとかマジウケる」
なになに? と他の学生らが集まる。ノートを覗き込んで、キャッキャと笑った。
智史は顔が熱くなった。シャープペンを握る手が汗ばんでいく。
「やべえっ! 試験勉強しなくていーのかよっ!」
「もしかして第波区に加入希望?」
「わっ、これアピールだったのかっ!」
「でも俺ら、ヴィジュアル重視だからなあ」
好き勝手言われ、たまらず、ガタンと席を立った。視線が集まる。
「裏方っ…………希望、です」
教室がシン、と静まり返った。
(何言ってんだ、俺……)
「第波区のサポートメンバーに、なりたいです。作曲はできないけど、作詞とか、広報とか……雑用でもいいし」
メンバーを見る。「それ、本気?」と清水が言った。
「本気だよ」
知久を見据え、智史は言った。
知久は片側だけ口角を引き上げた。
「お前、ナオのことが好きなんだ」
「うわっ、井上もホモかよ!」
「黒歴史ノートまで持ってきて、そんなにナオを助けてやりたいか。あいつ、視聴覚で練習してるだろ。ヘッタクソな音ですぐわかったわ」
「……それで、俺はメンバーに入れてくれるの? くれないの?」
知久の意地悪には答えず、言った。知久は露骨に不機嫌な顔で、「却下」と言った。
「いやいや、俺はアリだと思うよ?」
と童子丸。清水も「いいじゃん。文化祭の準備とか頼みたい」と好意的。
文化祭、と聞いて、智史は内心焦った。筆記試験のある月だ。
「てかさ、井上って、裁縫得意じゃなかったっけ」
ノートを覗き込んでいた学生が、ふと思い出したように言った。特別親しいわけではないが、彼とは小学校から一緒だ。
「衣装とか作れるんじゃねえの?」
軽々しく、とんでもないことを言ってくれる。
「えっ……いや……」
冗談じゃない。どうして俺が、人生の大事な時に、アマチュアV系バンドの衣装を作らねばならないのだ。
そう思う一方で、瀬良の顔が頭に過ぎった。衣装を理由にすれば、瀬良に、自分の作った服を着てもらえる。どういうわけか、ものすごく魅力的なことに思えた。
「マジでっ? えっ、もしかしてこういうのも作れたりすんのっ!?」
童子丸がライブのフライヤーを見せてきた。
落書きだらけのコンクリートをバックに、黒ずくめの四人組が並んでいる。全員スカートのような、ひらひらした丈の長いものを履いている。左右非対称だったり、異素材を組み合わせていたり、一見、凝っているように見えるが、緻密さは感じられない。既製品にちょっと手を加えて作られた服、という印象だ。
「作れるよ」
「マジっ! すげえっ!」
「俺、最後の文化祭はオリジナル衣装でやりたい。井上ウェルカムっ!」
「別に俺は学ランで良いんだけど」
知久が言った。
「学ラン、カッコいいよね」
智史が同意すると、知久は鬱陶しそうに舌打ちした。
「でも、着崩し方で損してると思う。第波区はV系なのに、中にTシャツ着るだけじゃ、他のロックバンドと同じだよ。曲の雰囲気に合わせた着方をするべきだと思う」
「うざ」
「曲の雰囲気に合わせた着方って?」
清水が食いつく。
「第波区の歌には、よく死が出てくるよね。自殺とか、殺人とか。だったら葬式をイメージして、きっちり前ボタンを止めて、白手袋なんか着けたらどうかな。制帽に黒いレースを付けて、顔を覆ってしまうのも面白いかもしれない。雰囲気出ると思うよ」
一同はぽかんとしていたが、やがて顔を見合わせ、「いいんじゃね?」「制帽ってどこで買うの?」などと盛り上がった。
「よし、決まり。井上、キミを裏方担当に任命する」
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